第三話「失敗と後悔と」
「お、やっと来――おぉ……」
「待たせてすまない、司令官。十三番が、中々決めなかった」
「レディの服選びに、一々文句言うもんじゃないわよ。それに、待たせた甲斐はあったでしょ?」
社用車の運転席で絶句するユーリを見て、アリスは勝ち誇るように微笑むも、今まで自分がおしゃれした際、果たしてユーリがこれ程まで反応した事があっただろうかと、なんだか複雑な気分に陥る。
「あらあら、イチちゃんったらおめかしして貰ったのね。可愛いわよ。ね? ユーちゃん?」
「そうなの、司令官? 私には、よく分からない」
「あぁ……そうだな、似合ってると、思うよ」
「ふんっ。なにポンコツみたいな喋り方してんのよ。ほらユーリ、早く出しなさいよ。さっさと買い物済ませないと、夕方のラッシュとぶつかるわよ」
イチを後部座席に押し込み、自らは助手席に乗り込むアリス。着飾ったイチを見て呆けていたユーリは、アリスに促されると慌てて懐からゴーグルデバイスと取り出し、社用車へアクセスし始めた。
「あれ、また新しいゴーグル作ったの? なんかデザイン違うじゃない」
「前のはなくしちゃったんだ。こんな急造品じゃ、ネットワークに繋ぐくらいしか出来ないからほんと不便だよ」
「だーからさっさとナノマシンを移植しろって言ってるのに。ほんっとユーリはアナログ好きなんだから」
「だめよアリスちゃん。ユーちゃんはアーちゃんと一緒で、何歳になっても男の子のままなんだから、許してあげるのが大人の女ってものよ?」
「ははは、立つ瀬がないです。実際外部デバイスじゃ、色々差し支えるって分かってはいるんですけどね。イチのおかげでこれからどんどん忙しくなりそうだし」
困ったように苦笑いしつつ、ネットワーク越しに全自動電動車を発車させるユーリ。
音も振動もなく動き出した社用車の中で、アリスは助手席の窓を開け頬杖をつくと、半ば観念したように溜息をつく。
「まぁいいわ。ユーリからアナログ好きを取っちゃったら、な~んも残らなそうだもの」
「そう言ってくれると助かるよ。よかった、まだ渋滞は起きてないみたいだ。これならメインストリートまで十分もかからないな。他にどこか寄りたい場所があったら、今のうちにグループメニューからチェックしておいて」
「あら、じゃあ帰りでいいからスーパーに寄って貰おうかしら。ベルちゃんが卵と牛乳切れそうだって言ってたから」
「うーん、ポンコツが肌を換装してる間、ブティックでも冷やかしに行こうかしら」
アリスはどうしても欲しい物がある訳でもなかったので、島のマップデータに表示された当初の目的地であるAESパーツ専門店と、メリルの行きたがっているスーパーの間から、適当な店をピックアップしていった。
「そういえば、中央博物館で旧世界の機械の特集が始まったらしくて、親父がすごい行きたがってたな。俺もどうせならこんな味気ない全自動車よりも、自分の手足で運転する昔の車に乗ってみたいもんだよ」
「へー、昔の車ってわざわざ自分で動かしていたのね。言われてみれば、アーちゃんがそういう機械を弄っているとこ、前に見た事があるわ」
「親父曰く、大昔は交通事故が年に何十万件もあったらしくて、し~とべるとって装置で自分と座席を縛り付けてたとかなんとか」
「なにそれ。自分の手足で運転しなきゃいけないのに、自分を縛ってどうすんの?」
「さぁ。親父も大昔の資料を見たってだけで、実際乗った事がある訳じゃないだろうから」
「ふぅん、なんだか昔って色々不便だったのね。人間より機械の判断の方が的確なんだから、やらせておけばいいでしょうに。ポンコツもいっつも命令命令言ってるけど、たまには自分で考えてみたら?」
「別にいい。私は、言われた通り、戦うだけ。そんな事より司令官、分からない事が、ある」
「ん? なんだいイチ?」
運転席から身を乗り出すユーリに釣られ、アリスも後部座席を覗きたくなる衝動に駆られるが、イチに夢中なユーリを見るのがなんだか癪だったので、気に入らないとばかりの「ふんっ」と鼻を鳴らし、どうにか窓の外に顔を留め続ける。
「司令官、ネットワークに繋いで、運転してる。それで、間違いない?」
「あぁそうだよ。運転してるって言っても目的地とルートを決めるくらいで、後は全部車任せなんだけどね」
「イチちゃんも運転に興味があるの? 心配しなくてもAESだって、会社のサーバーに登録さえすれば、アクセス権貰えるわよ?」
「そうじゃない。そもそも私、ネットワーク、接続、出来ない。いつ、出来るようになる?」
「あー……ごめんなイチ。なんでか分からないけど、既存品はどうしてもイチの規格と合わなかったんだ。親父と相談して一から作り直してるから、不便だとは思うけど、もうちょっとだけ待ってくれないか?」
「司令官が、そう言うなら、構わない」
AESは言うまでもなく、今乗っている車をはじめとしたあらゆる機械は無線でオンライン化されており、平和維持軍の指導により、人類のほぼ全員にもネットワークに接続する為のナノマシンが注入される事で、人は人と、そして機械と、果ては世界全てとも、いつでもどこでも繋がれるようになった。
しかし、ユーリのように生まれた時の諸事情でナノマシンを注入し損ねた者がいるように、イチのようになんらかの事情で、ネットワークから弾かれた物もまたいるという訳だ。もっともユーリに外部デバイスがあるように、方法は他にいくらでもあるのだが。
「ネットに繋がってなくて皮膚がなくて眼球がなくて、おまけに記憶もないなんて……あんたもとことんないない尽くめなのね。どうしてそれでも戦えるの?」
「おい、アリス――」
「戦うのに、理由なんていらない。必要なのは、命令だけ」
「……あっそ。お気楽そうで羨ましいわ」
折角ショッピングに向け軽やかになっていた社内の空気が、今はひしひしと重苦しい。当のイチは全く気にしていないのが、殊更アリスの神経を逆なでる。
アリスとて別に、最初から喧嘩を売るつもりで言った訳ではない。ただ、イチの一種のふてぶてしさがどこか眩しく羨ましく、それ以上になんだか気に食わなくて、つい思った事が口に出てしまったのだ。
こんな空気を生み出してしまうと分かっていれば、あんな質問しなかったのに。しかし今となってはもう遅い。だっていつだって、後悔は先に立たないのだから。




