第一話「十三番目のアリス」
東洋の言葉に、後悔先に立たずというのがある。そしてそれは、人間もAESも関係ない。だからこの言葉は嫌いだ。
事故で左眼と共に優しかった前社長が亡くなった時、大切な姉が他所のチームへ移籍してしまった時、そんな姉の人形をカッとなって壊してしまった時……。
こんな事になるならと、いつだって後になって後悔する癖に、どうしてこうも失敗ばかりしてしまうのか。
「はぁ……まったく。なんなのよもう。やってられないわ」
チーム・アイゼンブルーム所属のAESアリスはそんな事を考えながら、持ち主がよくそうするように、深々と溜息をつくのだった。
「街頭PR? ちょっとユーリ、あんたまさかあたし達AESに、チラシ配りなんてさせるつもりなの?」
「おいおい、なんてって言い方はねぇだろうよ。Dクラスに上がったら、修理費やらなんやらなにかと金がかかるんだ。スポンサーを少しでも増やさねぇと、困るのはお前等なんだぞ?」
「そうだよアリス、手っ取り早く俺達アイゼンブルームを分かって貰うにはこれが一番だろ? それになんたって、とっても安上がりなのがいい」
うんうんと頷き合うヒロニクス親子を尻目に、アリスはチームメイトに救いの眼差しを向けるも、白髪頭の先輩AESメリルは、わざとか天然なのか豊満な身体を見せつけるように腕を組むと、ユーリ達に同調するように頭を下げるのだった。
「そうねぇ、たしかに最近はあまり見かけないけど、昔はどのチームも自前のCMデータを配ったし、またやってみるのもありかもしれないわね」
「お、懐かしいじゃねぇか。この間のハーベスト戦のファイトマネーが振り込まれたら、またなんか作ってみっか?」
「へぇ、なんかそれ面白そうッスね! あれっすか、アリスちゃん達にきわどい格好とかさせれば、一気に再生数とか増えたりしないっスかね?」
「アーベインさん! ライオットも! なんでそんな乗り気なんですか! ……ちょっとポンコツ、あんたからもなんか言ってやんなさいよ。AESは戦う物だーとか、いつも言ってんじゃない」
アリスはライオットの嫌らしい視線から逃げつつ、最後の希望と新米AESイチに助けを求めるものの、イチの答えはその晒した真っ白な素体同様、なんともそっけないものだった。
「司令官の命令なら、異論は、ない」
「あ~もう! あんたってAESは!」
「そんなに嫌がらなくたっていいじゃないか。会社から宣伝費を貰えれば、普段着れないような服だって買えるかもしれないんだぜ?」
「え、それを先に……って嫌なものは嫌なのよ!」
「分かんねぇな。何がそんな嫌だってんだ? アリスおめぇ、普段からファイトマネーがはいる度、ヒラヒラっとした服買ってんじゃねぇか」
「それはそれ! これはこれなんです!」
アリスにだって当然一女型AESとしてのおしゃれ心は備わっているが、それは誰に対しででも見せたいものという訳ではない。
とは言ったものの、アリスがチラリとユーリを垣間見ると、当の本人はアリスの気持ちなど知りもせず、呑気にイチにどんな服が着たいかなどと聞いている始末だから困ったものだ。
「特に要望は、ない。司令官が、選んで」
「俺が? うーん……って言っても、女の子の服なんて分からないからなぁ。それこそ、アリスが選んでくれないか?」
「あたしが? 嫌よ。なんであたしが、ポンコツの服なんて選ばなきゃならないのよ」
「頼むよアリス。親父も言ってたけどさ、アリスってすごいお洒落に気を使ってるだろ? アリスのセンスだったら信用出来るんだけどなって」
「……はぁ、分かった。分かったわよ、やればいいんでしょやれば」
「ほんとか!? アリスありがとう! やっぱり最後に頼りになるのはアリスだよ!」
観念したようにアリスが両手を挙げると、ユーリは少年特有のキラキラした碧い瞳を目いっぱい覗かせてきた。
あの日以来、いくら反抗しようとも、最終的にアリスはいつもこの眼差しには勝てないでいる。先日もイチのチーム入りに反発こそしてみたが、結局最後にはこの瞳の前にアリスは考えを翻してしまった。
――ま、悪い気はしないんだけどね。あの時の想い出でもあるし。
数年前、とある事故でアリスは多くのものを失った。
綺麗だと褒めて貰った両の青い瞳、瞳を褒めてくれた生みの親、家族達が築き上げてきた栄光、そして華々しく活躍していた姉達……それらがたった一度の事故を皮切りに、あっという間に奪われてしまった。
原因は今でもよく分かっていない。確かな事はあの事故を契機に、ローゼンヴァルト社の経営は急速に傾き始め、それを埋め合わせる為社にとって特別なメリルなメリルを除き、アリスシリーズの姉妹機は全て売り払われ、あれよあれという間にアイゼンブルームは弱小チームへと成り下がってしまった。
そんな絶望の淵にいたアリスを救い上げてくれたのは、当時まだ引き取られたばかりの幼いユーリだった。
――あの時ユーリがいなかったら……あたし、まだ自分の中に閉じこもっていたのかしら。
「ん? どうしたんだアリス? そんなジロジロ見つめて。あ……もしかして」
「えっ!? な……なによ?」
「言っておくけど、今回はあくまでチームの宣伝が目的なんだから、あんまり贅沢は出来ないからな? そもそも宣伝費が貰えるかどうかもまだ分からないんだから」
「……は?」
人の気ならぬAESの気も知らず、詰め寄ってきたユーリが見当違いの台詞を吐くものだから、アリスだって気が抜けた返事しか出来ないというものだ。
「はぁ……ユーリ君、分かってない。全然分かってないッス」
「そうねぇ。ユーちゃんダメダメねぇ」
「ライオットさん? え、メリルさんまで急にどうしたんですか?」
「君は技術者としては天才なのに、どーしてそういう所は……まぁある意味バランスが取れてるって事なんスかね」
「お姉さんアーちゃんにも責任があると思うの。アーちゃんも昔っから、そういう所は全然ダメダメだったから」
やれやれと頷き合うライオットとメリルに対し、朴念仁親子は何のことやらと首を傾げるばかりである。勿論イチは心底興味がなさそうに、相変わらずぼんやりと突っ立っていた。
「なぁなぁアリス、ライオットさん達なんの事話してるんだ?」
「もういいわよそれは。それより、さっきから気になってたんだけど、ポンコツの服選ぶのはいいとして……皮膚、どうすんの? そいつ、色々と剥き出しのままじゃない」
「あ……いけね、忘れてた」
うっかりと自分の後頭部を叩くユーリを、唖然と見守るアリス達……今度は当事者であるにもかかわらず、依然イチだけが我関せずとばかりに、閉じた瞳でどこかを眺めていた。




