第二十三話「ICHI STRIKES!」
ズームで映し出されたイチは、一歩一歩そろそろと歩きつつも、決して小岩にぶつからない辺り、センサーはきちんと働いているようだが、一体何をするつもりなのかと、ユーリは固唾を呑んでただ見守る。
『おいおいおい、なんか相談してたみたいだが、どうやらアイゼンブルームはイチを見殺しにするつもりみたいだぞ? 見た所マント以外なんも装備してねぇようだが、あのマントの下には一体何が隠されてやがるんだ!?』
「なぁんもねぇよ。素っ裸だ。棒きれ一本持っちゃいねぇ……それでも、行かせるんだな?」
「家族との約束だ。信じるのは当たり前の事だろ、親父?」
「そうだ、それでいい」
楽しそうに煙管を咥えるアーベインと共に、画面の向こうのイチを括目するユーリ。
ユーリの信頼を背に受けて、センターラインを越え敵陣へ侵入したイチを、ここぞとばかりにナイトアーマー軍団が包囲してきた。
『ほれ見た事か! アイゼンブルームの監督は一体何考えてやがるんだ!? 単身突っ込んできたイチも、あっさり囲まれちまったじゃねぇか! 始まるぞ、バラバラ解体ショーだ!』
小岩の影から躍り出た西洋騎士達が、イチを押し潰さんと大盾を構える。厚さ数㎝の鋼の板を前面に押し出し、突進してきた騎士達は……何故かイチを素通りしていった。
『あぁ~?! おいおいハーベスト、いくらもう勝ち確だからって、生意気に試合中にウケなんて狙わなくていいんだぜ? よしよし、もういっぺん囲み直して今度こそ……ってまた素通りかよ!』
明後日の方向へ突進を続けていたナイトアーマー達は、再度仕切り直し今度はイチ目掛け分厚い盾を振り下ろすものの……やはりそれらは空を切るばかりで、イチは何事もないように前進を続ける。
傍から見ていると、ナイトアーマー達がわざとイチのいない所ばかり攻撃しているようにしか見えず、会場内に勝敗が決した時の弛んだ空気とも、クライマックス特有の張り詰めた空気とも違う、異様な空気が満たされていく。
『な、なんだ……? 今何が起こってるんだ?! ハーベストの連中も困惑しているみたいだが、ひとまず俺様達だけでもVTRを確認してみるか! それでは会場のお客様、中央大型モニターを御覧あれ!』
スローモーションで再生される戦闘映像。しかしどれだけゆっくり再生しようと、おかしな点など見つかる筈がない。ナイトアーマー達が空振り、イチが歩いているだけだ。
しかし唯一イチの異常な性能を知っているユーリだけが、ようやく今会場で何が起こっているのか、おぼろげながらも把握する事が出来た。
秒にも満たない僅かな刹那、その刹那を更に細分化した単位を六徳といい、その六徳をさらに分けた単位を虚空、清浄と表す。
イチの従来機を遥かに超えたセンサーは、清浄の領域で風を読み音を拾い、最早未来予知にも等しいレベルでナイトアーマー達の行動を先読みし、ナイトアーマー達が動き始めた時には、既に回避行動に移っていたのだ。
ナイトアーマー達がどれだけ密な連携を取ろうとも、構えた盾がどれだけ広く厚くても、動けば大なり小なり必ず隙は生じるのが道理だ。イチはその針の孔よりも僅かな隙を掻い潜り、しかして無人の野を歩くかの如く平然と歩を進めていく。
見守る観客はおろか、普段は口うるさいバーチャル実況者までもが、語る言葉を見失いただ黙ってその進軍を見届けた。
開いた口が塞がらないのは観客席だけではない。センターラインの向こうでイチを見送ったアリスとメリル、そして控室で事の成り行きを見守るアーベインも同様だ。
「おいユーリ……おめぇ、こうなるのが分かってて見送ったのか?」
「まさか、驚いてるのは俺も一緒だよ。ただ……もしかしたらとは思ってた。イチのセンサーがずば抜けてたのは知ってたし、昨日アリスが本気で人形を取ろうとしたのに、イチにかすりもしなかったのも見てたから……でも、これ程までとは思わなかった」
唖然とする余り煙管を落としたまま画面に食い入るアーベインと共に、ユーリはイチの白い背をただ見守る。
そうやってナイトアーマー達の攻撃を文字通り紙一重で躱し続け、イチは所々千切れたマントをはためかせる。
「行け!」
「行っちまえ!」
『行って!』
通信機を持っていないイチに、何を言った所で伝わらないのは分かっている。
しかしそれでも、心の奥から絞り出すようなその声援を、ユーリ達が止める事は出来なかった。
『行きなさいよ! ポンコツ!』
チームの声に後押しされ、フットドールの長い歴史の中で、恐らく初めて傷一つ負う事なく、そして敵機に傷一つ負わせる事さえなく、イチは敵陣のゴールへと辿り着いた。
イチがゴールに入るのと同時に、試合終了を告げるブザーが鳴ったものの、遂にイチのマントの端さえ掴めず肩で息を吐くナイトアーマー達を含め、会場の誰一人ブザーに反応する事が出来ず、しばらくの間静寂がDCを包み込む。
漸く口火を切ったのは、やはりと言うか流石と言うべきか、もっとも喋り慣れているであろう実況者だった。
『し、試合終了……試合終了! だがその前に、俺は今とんでもない体験をした。い、いや……体験したというより、俺様のちっぽけなAIじゃ完全に理解を超えていたんだが、それでも俺にだって実況者としてのプライドがある。だから今! 俺様達が体験した事をありのまま話しておくぜ! チーム・ハーベストは確かに勝利目前だった筈なのに、気付いたら敗けちまってやがったんだ。何事かと慌てて戻ってきた連中には、なんの事だか分からねぇかもしれねぇが、ぶっちゃけ俺様達にだって何が起きたかまるで分かりゃしやがらねぇ! 催眠術でも使ったのか、はたまた超スピードで動いてたのかは分からねぇが、一つだけ言える事がある。それは! ウィナー! チィィィィィィィィィム・アイゼンブルームって事だぁぁぁぁぁあああ!!!』




