第二十二話「約束の価値は」
『あぁ~っと?! アイゼンブルーム謎の新機体、え~、登録名はイチか。なんじゃそりゃ。まぁいい、イチのやつ、試合開始からずぅ~っと隅っこでじっとしてたと思ったら、今更になってヨチヨチ歩き始めやがったぞ? だがあいつ、こっからどうしよってぇんだ?!』
実況を聞き、完全に硬直していた会場の空気がにわかに動く。一歩一歩確かめるように、試合会場を進んでいくイチは、やがてセンターライン付近で対峙し合う他のAES達と合流した。
『え、えーっと……ユーちゃん? イチちゃんが、その……考えがあるらしいんだけど……』
「イチが? なんて言ってるんですか?」
『それが、とにかく任せてくれって……どうする? 正直もう、私達じゃどうしようも……』
メリルに言われるまでもなく、もうアイゼンブルームに打てる手は残されてなどいない。しかし、もし仮にイチが撃破された時の事を考えると、このまま降参した方がいいのではという気もしてくる。
「……親父」
「なんだ?」
「理屈で考えるなら、ここで降参するべきだと思うんだ」
「まぁ、そうだろうな」
同調しつつも、その先の答えが分かっているかのように、アーベインは懐から電子煙管を取り出すと、どっかりとベンチに腰掛け煙管を吹かし始めた。
『あ、ユーちゃん! イチちゃんが言いたい事があるって……え? えーっと、やく、そく? 約束だって! ユーちゃん、何の事か分かる?』
「親父ごめん……もし何かあったら、俺も責任――」
「馬鹿野郎。ガキがそういう一丁前な台詞吐くんじゃねぇって、いつも言ってんだろうが。責任は俺ら大人が取ってやる。好きにやれ」
「分かった。ありがとう親父……メリルさん! イチに覚えてるって伝えて。後はイチの好きにさせてやって下さい」
ユーリが指示すると、観戦モニターの向こうでイチが単機動き始め、試合会場が動揺と興奮に包まれる。
『ちょっとユーリ! あいつ、どうするつもりなの?』
「分からない」
『はぁ!? 分かってんの?! BRのあいつに何かあったら、もう逆転しようが――』
「でも、約束したから……危ない真似はしないって、約束したから。だから、信じる事にする」
通信機の向こうで絶句するアリス。ユーリ自身、こんな判断監督にあるまじきものだという事は分かっているが、約束は守ると言った以上、ここを曲げる訳にはいかないのだ。
『はぁ……もういいわ、好きにして。勘違いしないでよ? あのポンコツを信じる訳じゃないわ。信じるのはあくまでユーリなんだから、その辺ちゃんと分かりなさいよね』
「勿論分かってるよ。いつもありがとう、アリス」
観戦モニターは大きく溜息をついたアリスを映すと、尚も前進を続けるイチへとシフトていった。




