第十八話「Stand up to the fight!」
「っていうか今更だけど、あんたなんでそんな恰好してる訳? 人工皮膚はどうしたのよ」
「分からない。でも、これで問題ない」
「問題ないって……そんな恰好、恥ずかしくないの?」
「AESに、羞恥心なんて、搭載されていない」
きっぱりと言い切るイチに、アリスは最早諦めるように溜息をつく。普段着から競技用スーツに着替えたアリスとメリルに並ぶと、素体に布一枚のイチはどうしたって悪目立ちしている。
「仕方ねぇだろ馬鹿野郎! こちとら調整だけで時間一杯だったんだ。人工皮膚を取り寄せて装着させる暇なんかどこにあるってんだ」
狭い控室の中で、武装の最終チェックをしつつ、眉間に皺を寄せたアーベインの反論が飛んでくる。
ユーリも似たようなものだが、ここ数日ほとんど寝ないで各AESの調整をしていたのだから、元々良くない愛想も更に悪くなるというものだ。実際シズカ以下他の班員は、先程チームを送り出すのと同時に、全員失神するように寝込んでしまった。
「まぁまぁアリス。全世界に放送されるチャンピオンズリーグならともかく、こんな下位クラスの試合なら、気にする人なんていないから平気だよ」
「精々観光客くらいしか見ていないしね。諦めましょう、アリスちゃん? ところでアーちゃん、ベルちゃんは試合を観に来ないのかしら?」
「馬鹿野郎メリル! いい加減その呼び方止めろつってんだ……ゴホン。ボスなら支社で待機してる。今日の結果次第で、企業連から抜けなきゃならねぇかもしれねぇからな。色々手続きやらがあるんだとよ」
「そうなんだ、残念」
余裕をもった笑みを湛えつつも、メリルはどこか不満そうに両腕に戦術機甲を装着した。
チーム・ブルーティッシュのフォルテの物とよく似た武骨な腕を着けたメリルは、愛用している眼鏡を外している所為もあってか、普段の柔和で落ち着きのあるイメージから一転、緊張感を伴った兵器としてのオーラを纏う。もっとも、敵を切り裂く事を目的としたフォルテの爪と違い、メリルのそれは専守防衛に長けた篭手のような物なのだが。
「はぁ……っていうか、ハーベストの連中はまだなの?」
「そろそろだと……あ、噂をすれば、丁度来たみたいだよ」
ピリピリとした緊張感に満たされた控室で、今か今かと試合開始を待っていると、相手チームの準備が整った事を示すランプが点灯する。
こうなったら後は、控室の装置からDCへ転送してしまえば、もう泣いても大破しても試合終了まで、AESはここへ戻って来る事が出来なくなる。
試合中も通信で指示なら出せるが、直接話すのはこれが最期……なんて事もザラにあるのがフットドールだ。メモリーがない所為か、初出場でもさほど緊張していないイチや、大ベテランのメリルはともかくとして、慣れないFWとして出場しなければならないアリスは目に見えて緊張しているようだ。
「アリス落ち着いて。性能ならこっちが上だから、無理しなければ敗ける相手じゃないよ」
「分かってる……分かってるわよ」
「十三番、戦いを怖がる必要は、ない。そんな事、無駄」
「分かってるっつーの! あんたみたいなポンコツに言われなくたって、あたしはもう何度も試合に出てんのよ。メモリーもない癖に、知ったような口きかないで!」
「まぁまぁアリスちゃん、イチちゃんも悪気があった訳じゃないんだから……」
メリルに宥められるも、十三番と呼ばれすっかり不機嫌になってしまったアリスは、そそくさと転送装置へ入り、試合会場へ転送されていってしまった。メリルもまたアリスの後を追うように転送され、気まずくなった控室に、イチとユーリが取り残された。
「司令官、私、間違ってない?」
「うん……間違ってはなかったんだけど……アリスはさ、番号で呼ばれるのがあまり好きじゃないんだ。だから呼ぶなら、アリスって呼んであげてくれないか?」
「容認出来ない。アリスという呼称は、あの子単体を指す呼び名ではない……出撃する」
「いやまぁ、それはそうなんだけど――あ、ちょっと待ってイチ。イチはまだネットワークに繋がってないだろ? だから試合中の指示はメリルさんかアリス経由で――」
「必要ない。私は、逃げていればいい、そうでしょ?」
やはりアリス同様、どこか拗ねるように転送装置へ入っていったイチを、ユーリ達は見送る事しか出来なかった。
「ふぅむ。イチはどうも感情面も不安定だな。とても最新型AESとは思えねぇ」
「だね……出だしは最悪だな。このまま何もないといいんだけど」
ユーリとアーベインが心配そうに控室のモニターを見るのと、両チームのAESが試合会場へ現れたのはほぼ同時だった……いよいよ、チーム・アイゼンブルームの運命を決める試合が始まるのである。




