第十七話「憶測と追憶と」
「親父の考え過ぎ……だよな? ターミナルで戦ってた時だって、爆発に巻き込まれても平気だったんだし」
ひとしきり練習を済ませたものの、帰宅したユーリの胸には未だ幾許かの不安が残っていた。
監督としての初試合、それがもしかしたらアイゼンブルーム最後の試合になるかもしれない。
長年DFとしてチームを支えてきてくれたメリルはともかく、今までBRしかやった事のないアリスにFWが務まるのか? そして急遽チームに入る事になったイチ、状況的に仕方がないとはいえ、不確定要素の塊である彼女を本当に試合に出していいのだろうか?
「……何か起きる前に、今からでも出場を辞退した方がいいのかな。でも、そうしたらアイゼンブルームは……」
チームの進退が掛かった一戦、試合前の興奮も相俟って、どうしても寝付く事が出来なかったユーリは、気を紛らわせようと裏庭の倉庫へと足を運ぶ。あれから結局、ろくに帰っている暇もなかったので、自前の工房はあの蒸し暑い夜にイチを運んできた時のまま、散らかり放題になっていた。
何の気なしに狭い工房内をウロウロとしていたユーリは、ふと床に置きっぱなしになっていたイチの折れた刀を発見する。
「そういえば……時間があったら、これもちゃんと直したいな」
宵闇を内包するかの如く鈍く光る刀身を見ていると、あれから数日経った今でも、あの日ここでイチに刀を突きつけられた時の事を容易に思い返す事が出来た。
――……貴方、目的、まだ言ってない。
――俺の目的? えーっと……君を直すのが目的なんだけど。
――嘘。信じられない。根拠がない。
「ま、そりゃそうだよな。初対面……って、イチはまだ俺の顔知らないけど、いきなり直したいなんて言われて、信じられる筈がないや……俺、どうしてイチを直したいと思ったんだろう」
単にイチの造型に惚れ込んだから……それも確かに事実だ。だがユーリはどちらかと言えば、新しい物より骨董品の方に惹かれるタイプだった筈だ。それがどうして、最新の試作機であるイチが、こうも気になってしまうのだろうか。
「やっぱ……イチも、棄てられたからかな」
イチもユーリも、互いにⅣ番ターミナルに棄てられていた者同士だ。だから放っておけなかったのかもしれない。それに……、
――約束……悪くない。
「そうだよな、俺……イチと約束したんだ」
必ずイチを直すと約束した。それに血縁のいないユーリにとって、アイゼンブルームは家族のようなものだ。家族がバラバラになってしまうのは嫌に決まっているし、ねこばば同然だったとはいえ、イチも今や家族の一員になったのだから、大切にするのは当たり前の事だ。
「だったら辞退なんて、出来る訳ないよな……!」
黒光りする刀をギュッと握るユーリ。気持ちは否応なしに昂っている筈なのに、冷たい刀を握っていると、不思議とそれも収まっていくような気がしてきて、ユーリは抜き身の刀を持ち主同様手近な布で包むと、結局そのまま工房で寝付くのだった。




