第十二話「レゾンデートル」
「あぁ? ユーリお前、今度は何しに戻ってきやがった。こっちは任せておけって言っただろ」
「違うよ親父。監督の仕事をする為に戻ってきたんだ。二番ドックの設備を使いたいんだけど、親父の名前で申請出してくれないか?」
「それは構わねぇが……まぁいい。ほらよ、メール送っておいたぞ。だが第二ドックはAES用じゃ――」
「ありがとう親父! 後で説明するよ!」
ナノマシン経由で申請を送ってくれたアーベインに礼を言うと、ユーリは急ぎ隣の第二ドックへ向かっていった。
ローゼンヴァルト社アトール支部には、大小含め五つのドックが建てられていて、景気が良かった頃はそれら全てが常時フル稼働していたらしいが、今ではAES整備用の第一ドック以外は実質閉鎖状態になっている。
アーベインの申請を受け、オートロックが既に解除されたドックの扉を開くと、溜まっていた埃が舞い上がり、ユーリは吹き込む埃をパタパタと手で払う。
「ま、全然使ってないもんな……さて、と」
扉のロックは社のサーバーで管理しているが、中の設備は完全にスタンドアローンなので、主電源を入れようとスイッチの元へ向かうと、ふと堅い感触を踏み抜きユーリは足元を向く。
「十二号のパーツか……結局アリスのフィギュアは、製作途中で頓挫したんだよな」
ローゼンヴァルト社の主力AESであるアリスシリーズ、これまで十三体作られた機械の少女達は、AESスポーツの他にも主にフィギュア化等の商品展開で、新たな妹が造られ“アリス”の名を引き継いだ後も、代々ローゼンヴァルト社を支え続けてきた。
しかし現アリスである“十三号”は、開発後まもなく経営悪化の煽りを受けてしまい、フットドールの活躍も芳しくない為、商品展開もろくにされないまま今に至る。
ユーリにとってアリスとは、物心ついた時から一緒にいる今の十三番目のアリスなので、彼女がズィーベンや他のアリスのように、様々な形で沢山の人に愛される事などなく、ただフットドールで戦い続けるしかない現状は、やはり気分のいいものではない。
なんとかしたい。いやなんとかしなくては。ユーリは落ちていた人形のパーツを握りしめ、今度こそと設備の電源を入れると、ふと背後に気配を感じ振り返った。
「あれ、どうしたんだイチ? まだ整備中だろ?」
ユーリが尋ねると、入り口から頭だけ覗かせていたイチはフルフルと首を振り、耳を澄ませ探るようにドックへと入ってきた。
「検査は終わった。だから指示を仰ぎに来た……司令官、何してるの?」
「流石親父達は仕事が早いな。今は人形のパーツを綺麗にしてるんだ。綺麗にしたら塗装し直して、それから修理しようと思って」
「人形? ……そんな物、戦いに必要ない。何故そんな事を?」
「これ、アリスがとても大事にしてた人形なんだけど、ちょっと壊れちゃったんだ。だから直してあげたら、アリスも喜ぶかなって――」
「AESを、喜ばせる必要なんて、ない。司令官の命令があれば、それだけでAESは戦える」
閉じた瞼でまじまじとこちらを見つめてくるイチに、どう答えていいか言葉を探すユーリ。
メリルの言う通り、これはきっとアリスと和解する上で、きっと必要な事の筈だ。そしてイチの言う通り、AESは基本的に人間の命令には従うようにプログラムされているのだから、どれだけ不服を漏らそうと、命令されればアリスは試合に出ざるを得ない。しかし……、
「そりゃ必要ないけどさ、俺はアリスに嫌々戦って欲しくないんだよ。本当は戦いたくないのに、命令されたから仕方なく戦うなんて、なんか嫌だろ?」
「私は、嫌じゃない。AESには、戦いさえあればいい。だってそれが、AESの存在理由なんだから。違う?」
「そんな悲しい事言っちゃだめだよ。大昔ならともかく、今は君達AESにだって、色んな事を楽しむ権利があるんだから」
「そうなの? ……そんな権利、私、知らない」
「そうさ。だからAESには、企業連から高額のファイトマネーが支給されてるんだ。そりゃ勿論、実際の目的はAIに経験値を……って、もしかしてそれも知らない?」
無言でコクリと頷くイチ。先程のDCシステムにしてもそうだが、イチはAESなら知識以前に当たり前に備わっている筈の情報が、あまりに不足している節がある。
これらは記録とは別に、OSのもっと深い部分に常識として刻み込まれている筈なので、多少のダメージで忘れる類の情報ではないのだが……。
――色々覚えてないのは、昨夜の爆発の所為だと思ってたけど、もしかしたら最初から知らなかっただけなのか?
そうやって考えてみると、イチが眼球や人工皮膚を欠いた、いわばAESからしてみたら丸裸同然なのも、単純にまだそこまで開発されていなかったからなのかもしれない。もっともそんな状態で、試験戦闘を行うかは疑問ではあるが。
「イチ、一つ提案があるんだけど……」
「提案? 命令じゃ、ない?」
「あぁ提案だ。アリスの人形を直すの、手伝ってみないかい? 眼が見えないイチに、人形の良さはちょっと伝わりにくいだろうけど、戦闘がAESの全てじゃないって、イチにも知って欲しいんだ。ダメかな?」
「AESに、戦闘以外に大事なものなんて、ないと思う……でも、司令官がそこまで言うなら、やってあげなくも……ないことも、ない」
ユーリの言い分を否定しつつも、歯切れの悪い答えで視線を逸らすイチに、ユーリはたまらず噴き出してしまう。
「それどっちなんだ? 興味があるならそう言えばいいのに。アリスも相当だけど、イチもAESにしてはかなり捻くれ者だよな」
「ムッ……そんな事、ない。私は、立派なAES。だって……――」
「だってなんだい? なにか思い出したのか?」
「なんでもない。司令官は、いいから早く指示を。私は、何をすればいい?」
「はいはい。それじゃあイチには、洗い終わったパーツを拭いて貰おうかな」
ユーリは丁度洗い終わったパーツを機械から取り出すと、布巾と共にイチに手渡す。
イチはパーツを受け取ると、最初は不思議そうに指先でつまみ、やがて人形の手足を確かめるように手のひらで転がすと、器用にそれらを丁寧に拭き始めた。
「やっぱりイチのセンサーはスゴイな。見ないでそんな綺麗に拭けるなんて」
「これくらい問題ない。それより、拭いたら次は、何をすればいい?」
「え、そうだな……そこまで器用にこなせるなら、じゃあ――」
ユーリの称賛を当然の事と受け流しながらも、どこか得意気に拭いたパーツを差し出してくるイチに、ユーリは内心微笑みつつ、さらなる指示を与えていくのだった。




