第十一話「アリスの人形」
「帰って! ユーリの顔なんて見たくないわっ」
「アリス、イチには俺からきちんと言っておいたから、仲直りしてくれないか?」
「絶対嫌! ユーリ監督になったんでしょ? あいつをクビにしないなら、あたし絶対試合に出ないんだからっ!!」
ロックされたドアの向こうから、アリスのヒステリックな叫び声が響く。部屋に入れず立ち往生するユーリと、心配そうに自室のドアを開け様子を見ていたメリルの目が合い、両者は深々と溜息をつくのだった。
「今回は重傷みたいね。でもまぁ、アリスちゃんの気持ち、分からないでもないかなぁ」
半分だけ開かれたメリルの瞳から逃げるように、ユーリは明後日の方向へ視線を逸らす。予想はしていたが、やはり今日のところは一旦引き上げた方が良いだろう。
「待ってユーちゃん。それで結局……さっきの子、何者なの? あの子が試合に出るって、ベルちゃんはもう知っているのよね?」
「ベルちゃん? あぁ、社長になら親父の方から……メリルさんも、イチがアイゼンブルームに入るのは反対ですか?」
「そんなつもりはないわ。それにアリスちゃんだって、本音じゃ反対したい訳じゃない筈よ」
「でも、イチをクビにしろって……」
「アリスちゃんがして欲しいのは、そんな事じゃないってユーちゃんなら分かるよね?」
ゆっくりと諭されたユーリが、自然と上着からズィーベンの人形を取り出すと、眼鏡の奥にあるメリルの黄色い瞳が、にこやかに細められた。
「なんだ、ちゃんと分かってるんじゃない。ユーちゃんもちゃんと成長してるみたいで、お姉さん嬉しいわ」
「なんですかそれ。っていうかさっき、親父にも似たような事言われましたよ」
「私にとっても、ユーちゃんは子供みたいなものですもの。さ、アリスちゃんに試合に出て欲しいなら、こんなところでお姉さんと話してないて、すぐ行動しなさい?」
アーベインのように強打ではなかったが、優しくメリルに背を押し出され、ユーリは駆け足でハンガーを後にするのだった。




