第十話「約束の負い目」
「おうユーリ、もう一度確認するが……このAES、本当にターミナルで拾ったのか?」
「そうだけど……何か問題でも見つかったのか? 親父なら、直せるよな?」
事前にある程度説明しておいたので、ドックに着くなり早速精密検査も兼ねて、修復ポッドに入れられたイチ。半透明の液体が充満した浴槽に入れられたイチを見やりながら、ユーリが不安そうに尋ねると、普段滅多な事では動じない養父は、濃いサングラスの奥で明らかに動揺の色を見せる。
「…………こいつぁ」
「……こいつは?」
「実に面白いじゃねぇか! 出力系からフレームに至るまで、俺の知らねぇ技術が使われてやがる。ゴミ捨て場で拾った見た事もないAESが動き出したとか聞いた時は、一発ぶん殴って眼を覚ましてやらねぇとと思っていたが……おうユーリ! こんな面白いもん拾っておいて、どうして今まで黙ってやがった!」
不敵な笑みを浮かべ、力いっぱい背を叩いてきたアーベインに、ユーリは若干涙目になりながら抗議する。
「ゲホッ、ゴホッ……おい親父、俺を殺す気か。だからさっきも言っただろ? ブリュッケさんとか監督代理の件で、完全にそれどころじゃなかったんだよ。その時まだイチは眠ったままだったし、まさか動くとも思ってなかったから」
「でもぉ~、不思議な話ですねぇ~。第五世代AESって、昔班長が基礎構築されたんですよね? その班長が知らない技術って事は、この子ぉ~、新型なんですか~?」
「んー、第六世代を作ってるなんて噂、どこの会社にも流れてなかったと思うんスけどね。ねぇユーリ君、これ本当に拾ったのかい? 実は、スカイネット社辺りの秘密研究所から……」
「や、やめて下さいよ。そんな事したら……そう、とっくに大騒ぎになってるに決まってるじゃないですか。大方どこかの試作機を、間違えてターミナルに廃棄したとかじゃないですか?」
「ま、そりゃそーだ。やだなーユーリ君、そんな本気にしちゃダメッスよ」
ケラケラと笑うライオットに合わせ、ユーリも乾いた笑みを張りつけるものの、内心穏やかでない事は言うまでもない。
イチは忘れてしまっているが、見た事のない蜂型ロボットに、それと戦っていたであろうイチ、両者が無関係などである筈がなく、あれがどこかの企業の模擬戦だった可能性は疑いようがないだろう。
興奮の余りつい持ち出してしまったが、本来鉄の蜂と共に回収されるべき新型機がなくなって、未だに騒ぎになっていない理由は、恐らく蜂が誤って人を攻撃してしまった所為だろう。
――直してから返せばいいと思ってたけど、もしかしたら、このまま黙ってた方がお互いの為だったりして。それにしても……一体どこの企業だったんだろう?
「あのぉ~、落し物なら念の為、軍の方にお知らせした方がいいんじゃ……」
「馬鹿野郎、そんなの勿体……もとい、そうなったら間違いなく来週の試合には出れねぇぞ?」
「そうッスよシズカさん、会社のピンチを折角ユーリ君が助けてくれたんスから、ここは細かい事は言いっこ無しって感じで」
「う~ん、これ細かい事じゃない気がするんですけどぉ……」
シズカを言い包めつつ、玩具を手に入れた子供のように瞳を輝かせるライオット。アーベインも破顔こそしないものの、既に修復ポッドにアクセスし、イチの修理に必要なパーツを調べ始めていた。
「基本構造こそ大して変わらねぇのに、パーツの規格はむしろ何一つ噛み合ってねぇときやがる。眼球はオーダーメイドするしかねぇが、一週間じゃ間に合うかどうか……おうユーリ、おめぇならどうする?」
「え……うーん、イチの性能なら、視覚情報がなくても他のセンサーだけでなんとか対応出来るから、一か八か眼球を造るよりも、他のセンサー類をきちんと直した方がいいと思うな」
家でのイチの動きを加味した上で、修復ポッドの映し出されたイチの状態を見ながらユーリが答えると、アーベインは気難しい顔で押し黙り、じっとユーリの顔を睨み出す。
「あ、あれ……親父、俺なんかまちが――いってぇ!」
「合格だ馬鹿野郎……ったく、可愛げのねぇガキに育ちやがって」
ユーリの背を叩くと、つまらなさそうに懐から電子煙管を取り出すアーベイン。そんな上司を見て、ライオットはからかうようにニヤニヤと微笑むのだった。
「そんだけおやっさんの教育が良かったんスよ。良い事じゃないッスか」
「馬鹿野郎っ。生意気言ってないで、とっととパーツの洗い出しを済ませやがれ!」
「はいはい。全く、素直じゃないんですから~」
怒鳴られても尚ニヤつくライオットとシズカに続き、ユーリもまた作業に取り掛かろうとしたところ、突如アーベインに襟首を掴まれ、ドックの出口まで引っ張られる。
「ちょ、親父?! まだなんかあるのか?」
「お前の仕事はこっちじゃねぇだろ。こいつがチームに加わる事、メリル達には伝えたのか?」
「あぁ、それならさっき丁度会ったから大丈夫……でも、ないかもしれない」
「なんだ、早速トラブルか? まぁ大方想像はつくが……イチの修理は、眼球含めソフトウェアも今の時点では手の施しようがねぇ。だがセンサー類なら俺達だけでどうとでもなるから、お前は監督業に集中しておけ」
握られた襟を正すユーリの手に、ふと上着に入ったままになっていた人形の重みが掛かり、先程のメリルの言葉が思い起こされる。
――アリスちゃん、ユーちゃんが新しい監督になったって聞いて、少しでも練習しておいた方がいいんじゃないかって。
「そうだな。うん、分かった。こっちは親父達に任せるよ」
「それでいい……それとだな。ここだけの話、お前あの機体、本当に拾ったんだな?」
堅い笑顔から一転、突如ヒソヒソと小さくなるアーベインの声。僅かに外されたサングラスからは、養父の紫色の瞳がこれまでにない程真剣な眼差しでユーリを捉えていた。
「も、勿論だよ……Ⅳ番ターミナルで、倒れてたイチを拾ったんだ。誓って本当だよ」
「そうか……ならいい。ボスには俺から適当に伝えておく。企業連リーグの公式試合に出すのに、流石に正直に拾い物だなんて言う訳にはいかねぇだろうからな」
サングラスをかけ直し、修理ポッドへ戻っていく養父を見送るユーリ。
鉄の蜂、そしてそれと戦っていたであろうイチの事を言い出せなかったのは、単に心配をかけたくなかったからか、それとも……平然と人を傷つけられる鉄の蜂やイチが絡んでいる騒動に、養父やチームを巻き込みたくなかったからか。
ユーリは言い知れぬ不安を胸の奥に押し込め、作業に取り掛かり始めた養父の背を今一度見つめると、アリス達のいるハンガーへ向かっていった。




