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AES  作者: 石川湊
AES:Abandoned ONE 壱章 再誕した世界
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プロローグ

挿絵(By みてみん)

 

 かつて、永い戦争があった。

 血で血を洗う凄惨な戦いに辟易した人類は、人の代わりに機械仕掛けの少女達を戦場へと送り始め、やがてそれすら疲れ切った人類は、少女達の無数の残骸の上に遂に終戦条約を結んだ。

 終戦から約数百年後、争いがなくなり理想郷となった筈の平和な世界。しかし有り余る技術力(闘争本能)を持て余した人類は、人の傷つかない娯楽を兼ねた代理戦争を思いつく。

 終戦後役目を終え、その身を兵器から戦争と平和の象徴へ変えた筈だった鉄の少女達は、いつしか娯楽の道具へと成り下がっていった。

 アドバンスド()エクゾスケルトン()スーツ()、その名だけを残して……。




 海から吹く風すら跳ね除けるうだるような暑さの中、幾人もの観光客たちが港から伸びるメインストリートにひしめき合っていた。

 いつもならずらりと並ぶ露天商たちが、この島特有の(・・・・・・)土産物を隙あらばと売りつけてくるところだが、今夜ばかりは誰も彼もが島中に設置された特設モニターに釘付けになり、働いている者といれば酒やジュースを持った売り子くらいだった。

 今日は終戦記念日。数百年前、人の代わりに戦い続けたアンドロイド達によってもたらされた機械による平和(パックスマシーナ)が始まった日であり……アドバンスド・エクゾスケルトン・スーツ、通称AESと呼ばれるアンドロイドを使った競技の、世界一を決める日でもある。

 そんな記念すべき日に、AESスポーツのメッカであるここアトール島において、観戦をほったらかして働いている者など、島中見渡してもほとんどいないであろう。

 島中に渦巻く熱気は、外縁部の港から島中央へ向かうにつれ加速度的にヒートアップしていき、決勝戦が行われている大スタジアムに至っては、席を取り損ねても尚諦め切れない熱狂した観客達が大挙して押し寄せており、そしてそれに負けじとスタジアム内も、半ば狂気じみた興奮に満ち満ちていた。

 そんな熱気を、大スタジアムのメインモニター内を所狭しと動き回る、AESスポーツ用にプログラムされたバーチャル実況者が、さながらオーケストラの指揮者の如く主導していた。


『おぉ~っと! チーム・レッドアイズのアリス、試合残り十五分というところで大破(クラッシュアウト)だー! 急遽スカウトされた彼女では、やはりこの大舞台は荷が重過ぎたのかぁ~!?』


 巨大な鋼の腕に殴られ、バラバラに四散した鉄の少女がフィールドから飛ばされていった。錐もみ回転で数十メートル空を舞う少女の骸は、それでも一パーツも観客席に届く事はなく、その直前で分厚い水の層に絡めとられ一旦制止し、今度はフィールドに鉄屑の雨となり降り落ちる。


『聞いた話じゃ、今日のチケットは超プレミアで最高価格五万Gだったらしいぜ! 中には一生にいっぺんの想い出にって初見さんもいるだろうから説明してやるが、フットドール(・・・)の試合会場は全天ジェルシールドで覆われてるからな。中でベイビー達がどんだけ暴れよーと、客席に破片が飛ぶ可能性なんざ、雷に打たれたり通り魔に出くわすよりも遥かに低いから、安心して残り十三分二十五秒、第百三十二回チャンピオンズリーグ決勝戦、レッドアイズvsブルーティッシュ戦を楽しんでいってくれ! とかそんな事言ってる内に、ブルーティッシュの――』


 観客の歓声に呼応するように、アフロヘアーな黒人男性風のバーチャル実況者が試合の説明を加えていき、それが呼び水となりスタジアムの熱がより高まっていく。


『――フォルテの前に立ち塞がったのは、レッドアイズの司令塔にして、お世話して欲しいAESぶっちぎり一位のエアだ! この試合会場にいる各企業の社長さんの中にも、彼女の蔑むような視線にメロメロ……っと、俺様も消されたくないからな。これ以上は黙っておくぜ』


 センターラインを挟んで睨み合うフォルテとエア。フォルテは掴んでいだ敵機の残骸(ボール)を一旦手放すと、ブルーティッシュ(その名)の通り凶暴な鋼の爪をエアへ向け構える。


 AES式フットドール(・・・)、それが彼女達の戦場を支配する競技名である。ルールは至ってシンプル。三対三のチーム戦で、相手より早く敵陣のゴールへ敵チームのBR(ボール)を入れるか、自チームのBRが入れば(・・・)勝利となる。

 細かい点は置いておいて、かつて人類が競争し合っていた旧世界でいうアソシエーション式フットボール・通称サッカーとほぼ同じルールと言っていいが、決定的に違う点を挙げると、BRが道具ではなくポジションの一つ(・・・・・・・・)であり、ゴールに入れる際BRを含めた全選手に攻撃の自由が与えられている。

 四肢を捥がれたBRがゴールに投げ入れられる事など日常茶飯事であり、得点より先に敵を殲滅させるのが当たり前の事(セオリー)として認識されているこの空間は、終戦から数百年経った今でも戦い続ける機械の少女達にとって、戦場以外のなにものでもなかった。


『フォルテとエアって言ったら、トップリーグ内でも名FW(フォワード)として人気を二分する機体ではあるが、俺様どーも今日の試合は怪しい臭いがプンプンしてるんだよな。今日のエアはみょ~に消極的って言うかよ。何か企んでるんじゃねぇかぁ?!』


 珍しく職務を全し画面狭しと吠えまくる実況者をBGMに、フォルテはセンターラインに陣取り敵陣へプレッシャーを与えつつ、自チームのBRであるミミカとの合流を図っていた。

 両腕から内蔵式高周波ブレードを展開するエアは、カモメのような銀髪をたなびかせ、その血のように赤い眼でフォルテを見据えるも、それ以上近づこうとはせず、まるで実況の予想を認めるかのようにセンターライン前で待ち構えていた。


「どうしたのエア? 味方がやられたのに随分大人しいのね。かかってきなさいよ。それとも……何か作戦でもあるのかしら?」


「拒否。安い挑発ですね。乗る気はありません」


「つれないわね。これまで何度も殺し合ってきたんだから、決勝戦も存分にやりあいましょ? 今年こそ、得点王の座は私が貰うんだから」


「否定。殺し合いとは命の奪い合いという意味であり、生物ではない我々AESが使うには適しません」


『おやおや、どうやらフォルテは振られたみた……OK悪かった。謝るからそんな二人して俺様を睨んでないで、存分にキャットファイトを繰り広げてくれって。頼むよベイビー達』


「現実。命のない機械だからこそ、どれだけ激しく戦おうとも誰も困らない。違いますか?」


「それは……そうだけど」


「追記。そして……今シーズンの得点王はほぼ貴女で決まりです。誠に遺憾ではありますが」


 淡々としていながらも、どこか拗ねるように答えるエアを見て、フォルテは青髪から生える耳をピコンと揺らすと、それまで寂しそうに垂れていた尻尾が元気に持ち上がる。


「なんだ、てっきり私が一方的にライバル視していると思っていたわ。でも、勝負はまだこれからでしょ? 最後の最後まで、一緒に楽しみましょうよ」


「……はぁ。了承。全く貴女はいつもいつも。いいでしょう、そこまで言うなら、存分に」


 無邪気に微笑むフォルテに根負けしたのか、エアは一瞬だけ鉄面皮を崩し微笑むと、改めて両腕のブレードにエネルギーを送り始める。それを見たフォルテもまた両腕の武装を展開し、クライマックスに相応しい会場の熱気に包まれて、両機は激しい激突を繰り広げた……――。


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