7章
どうしよう。健ちゃんを山ジジイの所に置いてきてしまった………。助けに行かなきゃ殺されちゃう。
そう思いながらも私は公園から動けずにいた。立ち上がろうと思い、足に力を入れても体は恐怖で動かない。それに今、裏山に戻ったところで私に何ができるだろうか。きっとまた怖くて逃げ出してしまうか、私も山ジジイに捕まってしまうかのどちらかだろう。
でも、だからといってこのまま健ちゃんを放っておくわけにもいかない。
私はどうしていいか分からずに頭の中が混乱して泣きじゃくった。しかし、いつまでも泣いているだけではどうにもならない。こうしている間に健ちゃんは山ジジイに殺されてしまうかもしれない。今、健ちゃんを助けられるのは私しか居ないんだ。冷静にならなきゃいけない。
両手を胸の前でぎゅっと握ってそう思ったとき、この公園が淳お兄ちゃんのアパートに近い場所にあることを思い出した。
そうだ、淳お兄ちゃんに助けてもらおう。勝手な行動をしたことは怒られるかもしれないけれど、そんなことは言ってられない。淳お兄ちゃんならきっとなんとかしてくれるはずだ。
小さな希望が見えてきてほんの少しだけ勇気が出た私は、山ジジイへの恐怖と、真っ暗な夜と、一人ぼっちの怖さで固まりかけた体を無理矢理動かして、淳お兄ちゃんのアパートへと向かった。歩きながら何度も後ろを振り返り、辺りを警戒して慎重に移動した。
アパートの近くまで来ると、一階の淳お兄ちゃんの部屋に明かりがついているのが見えた。
――あ、電気がついてる。まだ淳お兄ちゃん起きてるんだ――
私は嬉しくて遊園地のお化け屋敷でやっと出口を見つけたときのようにアパートまで真っ直ぐに駆け出した。
よかった。これでなんとかなる。健ちゃんも助けられる。心の中でそうつぶやきながら部屋のドアを叩いた。
「淳お兄ちゃんっ! 私、さきだよ! 開けて、淳お兄ちゃん!」
必死にドアを叩いたけれど、何度呼んでも部屋の中から返事は聞こえない。
そんな――どうして? 寝ちゃってるの? 居ないの? 心の中でそうつぶやいてみても返事があるわけもなく、曇り空の中にひょっこりと顔を出した太陽を再び隠してしまう意地悪な雲のように、私の心にまた不安という名の黒いもやもやが漂いはじめ、息苦しくて泣きそうになった。
あきらめずにもう一度呼び掛けてみたけれど、やっぱり返事はなかった。が、すがるような思いでドアノブに手をかけてみると、カチャッという音がしてドアが動いた。
――カギが開いてる――
やった! 私はドアノブを握る右手に力をこめ、勢いよくドアを開けた。
「――淳お兄ちゃんっ」
ドアを開けると、期待とは裏腹にそこに淳お兄ちゃんの姿は無かった。
「…………え……?」
そのかわり私の目に飛び込んできたその状況を、少しの間、私は理解することができなかった。
きれいに片付けられた部屋の真ん中に布団が敷いてある。
その中で見慣れた顔の女の子が寝かされている。
「…………しょ……祥子ちゃん……?」
その布団で寝かされている女の子は、私のよく知っているあの祥子ちゃんだった。
「……え、なんで、何これ……? どうしてここに祥子ちゃんが居るの……?」
自分が見ているものの意味がわからなかった。
探していた祥子ちゃんが目の前に居る。
もしかしたら山ジジイに殺されてしまったのではないかと不安に思っていたけれど、その祥子ちゃんが目の前に居る。
でも、どうして淳お兄ちゃんのアパートに? どうして? どういうこと?
わけが分からずに私の頭の中は真っ白になってしまった。
「さきちゃん……?」
急に誰かに名前を呼ばれ、混乱して玄関先に立っていた私は驚いて後ろを見た。
声の主は、暗い夜の中、アパートの玄関から漏れる部屋の光に照らされた淳お兄ちゃんだった。
照らされた光の具合で、半分近くを影に隠したその顔を見た瞬間、私は異様なものを感じてゾッと背筋が寒くなった。そして、はっとした。
――もしかして、祥子ちゃんは淳お兄ちゃんにさらわれて……――
そんな考えが頭の中をよぎった次の瞬間、私は無意識にその場から逃げ出していた。
頭の中はひどく混乱し、どこに向かっているのかも分からずに、自分の頭では理解できない状況から逃げ出したくて、ただ必死に走っていた。