3章
祥子ちゃんが行方不明になった日から4日が過ぎた。
あれからおばちゃんは、祥子ちゃんの写真を印刷した張り紙を作って街中に貼ったり、毎日朝から祥子ちゃんを探しているけれど、まだ祥子ちゃんは見つかっていない。
一応、警察も動いているらしかった。でもお父さんが、「警察はあてにならないからな」と言っていた。警察でも見つけられないのなら、もしかして祥子ちゃんはこのまま一生見つからないかも知れないと思い、私は怖くなった。
自分があの日のことを覚えていないという後ろめたさもあったし、何よりも祥子ちゃんは仲良しの友達だった。だから早く見つかって欲しい。
私は、首を振って風を送り続ける扇風機と睨めっこをしながら、自分に何か出来ることは無いか考えていた。
「こんにちはー」
玄関先で声が聞こえた。
「はーい」
台所から返事をして、お母さんが小走りで玄関に向かう。
「あら、大野さん。健ちゃんも、どうしたの?」
「突然ごめんなさいね、実家からスイカが送られてきたからちょっとお裾分けに」
「あらあら、そんな悪いわねぇ、わざわざありがとう。あ、よかったらあがってお茶でも飲んでいって」
そう言ってお母さんは二人をうちに招き入れた。
健ちゃんは私や祥子ちゃんと同じ四年二組のクラスメートで、家が近所なのもあって仲が良く、一緒に遊ぶことも多かった。
ドタドタと廊下を走る足音が私の居る部屋に近づいてきた。その音の感じから大人ではないことが分かる。
「さきー、居るー?」
そう言いながら健ちゃんが部屋のふすまを開けた。
私は扇風機の前から動かずに顔だけ健ちゃんの方に向ける。
「いるよー」
健ちゃんは部屋の入り口で立ち止まったまま、扇風機の動きに合わせて身体を左右に揺らす私を黙って見ている。
「何やってんのおまえ?」
「え、扇風機にあたってんの」
「……ふーん」そう言って健ちゃんは私の横に座った。「夏休みの宿題、もう終わった?」
「まだ。健ちゃんは?」
「俺もまだ全然やってない。いろいろと忙しくて」
そう言って健ちゃんは、困ったよ。といった感じでオーバーに頭をかいてみせた。
忙しいと言っても健ちゃんの場合、プールに行ったり、虫とりに行ったりと、遊ぶことに忙しいのだということを私は知っていたけれど、私も同じようなものだったので、何も言わないでおいた。
「そう言えば、祥子ちゃんまだ見つかってないんだよな?」
と、急にかしこまった声で健ちゃんが言った。
「え……う、うん」
「そっかぁ……」
そのまま少しの間、二人とも黙り込んだ。その間、扇風機の羽が回転する音が心なしかいつもより大きく聞こえていた。
「あのさ、もしかして……」健ちゃんが扇風機に視線を向けたまま、真剣な表情で話しはじめた。「祥子ちゃん、山ジジイに誘拐されたんじゃないかな」
「えっ……?」
私は健ちゃんの方を向いて固まる。
健ちゃんもこちらを向いて話を続けた。
「実はさ、このまえ学校の裏山にカブトムシをとりに行ったんだ。それでしばらく山の中を歩いてたら、急に変な声が聞こえてきてさ、振り返ってみたら、ちょっと離れた所に山ジジイが居て、スコップを持ち上げながら俺に何か叫んできたんだよ」
「えぇっ、何それ。それでどうしたの? 大丈夫だったの?」
「うん、もう慌てて逃げたよ。何言ってんのかよく分かんなかったけど、捕まったら殺されると思ったから」
真剣に話す健ちゃんの表情から、その時の心情が伝わってくる。
「それでさ、後でそのことをみんなに話したら、同じように裏山で山ジジイに追いかけられたって奴が他にも何人か居たんだよ。なあ、おまえどう思う……?」
真剣な目で私を見る健ちゃんのおでこから一粒の汗が頬の辺りまで流れた。
「ど、どうって……?」
「山ジジイは、俺達子供を誘拐しようと狙ってるんじゃないか? きっと捕まえて食う気なんだ。だからもしかして祥子ちゃんも……」
「ええっ……」
怪談話にも似た健ちゃんの言葉の雰囲気に、私はごくりと息を飲み込んだ。
「まあでも、俺の想像だから本当のところは分かんないけどな」
そう言って健ちゃんは、ふっと表情を緩ませながら両手を後ろに着いて上体を反らせた。
それを見て私も少し冷静になって健ちゃんから視線を下げ、扇風機の風で揺れる自分の髪を耳にかけながら、頭の中で健ちゃんの話を整理してみた。
捕まえて食べるっていうのは無いにしても、もし健ちゃんの考えが正しければ、山ジジイは祥子ちゃんの居場所を知っていることになる。だけど山ジジイに、「祥子ちゃんはどこでしょうか?」なんて直接聞いても教えてくれるわけがないし、第一、そんなことをしたら私の身も危ない。なんとか山ジジイに捕まらずに祥子ちゃんの居場所だけを知る方法は無いだろうか……。
私は腕組みをしていろいろと考えを巡らせた。
━━あ、そうだ! 私はある人のことを思い出す。
「健ちゃんっ、淳お兄ちゃんの所へ行こう!」
私は勢いよく立ち上がって言った。
「へっ?」
そんな私を見て健ちゃんは、驚きと困惑の表情を浮かべつつ、気の抜けた声を出した。
「ほら、早く行くよ!」
そう言って私は健ちゃんの腕を掴んでぐいっと引っ張る。
「ちょっ、ちょっと、いきなり何だ? 淳兄ちゃんの所に何をしに行くんだよ?」
「祥子ちゃんの捜索作戦会議っ!」