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真夜中の冒険  作者: 忠臣
2/8

 2章


「━━さきっ!」


 名前を呼ばれて私は夢からはっと目覚めるように声のした方へ振り向いた。照らされた懐中電灯の光が目に入ってまぶしい。


「何やってたのこんな時間まで! お母さん心配したんだから」


 そう言って走り寄ってきたお母さんは、ちょっと怒ったような、泣き出しそうな顔をして、キョトンとしている私を抱き締めた。

 抱き締められながらつま先立ちをしてお母さんの肩越しに辺りを見回してみると、そこは私の通っている小学校の目の前だった。

 私は状況がよく理解できなかった。

 何で私は今ここに居るんだろう? 私、ここで何をしてたんだっけ? なんとなく何かとても大変なことがあったような気がするんだけど、思い出そうとしても、昔に見た夢のように記憶がぼやけてよく思い出せない。

 お母さんの腕の中で首をひねっていると、また別の懐中電灯で誰かに顔を照らされた。私はその光がまぶしくて、自分の顔を照らされてちょっと恥ずかしくて、お母さんの肩に隠れるように顔を伏せた。


「さきちゃんっ、祥子は? 祥子は一緒じゃないのっ?」


 慌てた感じでそう言った声の主は祥子ちゃんのおばちゃんだった。その声を聞いてお母さんもおばちゃんと同じことを私に聞く。


「そうだわ、さき、祥子ちゃんはどうしたの? 一緒に遊んでたんでしょう?」


 どうやら私は祥子ちゃんと遊んでいたらしい。そう言われればそうだったような気もするけれど、よく思い出せない。何故だか分からないけれど、お昼に自宅を出てからさっきお母さんに名前を呼ばれるまでの間、自分がどこで何をしていたのかよく分からない。だから祥子ちゃんの居場所を聞かれても答えられなかった。

 けど、普段はきれいで優しい祥子ちゃんのおばちゃんが、取り乱して今にも泣き出しそうな顔になっている。とてもいつもの調子で「知らないよぉー」なんて言えるような雰囲気じゃない。私は答えに困った。おばちゃんの顔を見ていると、私まで泣きそうになったから、唇をへの字に結んで下を向いた。

 おばちゃんはそんな私の態度を見て、祥子ちゃんに何かあったのだと思い込んだらしく、地面に泣き崩れた。


「さき! 黙ってちゃ分からないでしょ? 祥子ちゃんはどうしたの?」


 お母さんが両手で私の肩を掴んで揺らす。それで私はこらえきれずに泣き出してしまった。


「……わ、わかんないよぉ……」


「分からないってどういうことなの? 一緒に居たんじゃなかったの? さき、大事なことなのよ」


「ホントにわかんないの……覚えてないんだもん……」


「覚えてない?」


 私は泣きながらこくんと頷いた。どうしてこんなに大事なことなのに何も思い出せないんだろう……。なんだか悔しくてぎゅっと目を閉じると、大粒の涙がこぼれてお母さんのサンダルの上に落ちた。ポタッという音に気付いて目を開けると、お母さんは右と左で別々のサンダルを履いていた。きっと私を心配して慌てていたから間違えちゃったんだ……。お母さん、心配かけてごめんね。何も思い出せなくてごめんね……。もう一度目を閉じると、さっきとはちょっと違う涙が二つこぼれて、またお母さんのサンダルを濡らした。

 それから私はお母さんと祥子ちゃんのおばちゃんに事情を説明した。事情と言っても昼過ぎに家を出てからのことは何も覚えていないので、そのことを正直に話しただけだった。


「それはもしかして、記憶喪失っていうこと……?」


 そう言ってお母さんは慌てて私の体を調べて目立ったケガが無いか確認した。それから少しほっとした表情で息をついて私の頬を両手で軽く触れると、ゆっくり立ち上がって、隣で泣いている祥子ちゃんのおばちゃんの肩にそっと手を置き、私には聞こえないくらい小さな声で何か話しかけていた。


 それから私達は、もしかしたら祥子ちゃんが家に帰っているかも知れないと思い、三人で祥子ちゃんちに戻ってみることにした。


 祥子ちゃんのおばちゃんはズボンのポケットから、かわいい星形のキーホルダーが付いた鍵を取り出して鍵穴に差し込み、玄関のドアを開けた。

 玄関に入ると家の中は真っ暗で、シーンと静まり返っていた。それだけで祥子ちゃんが帰ってきていないことは分かったけれど、おばちゃんは家中の明かりをつけて祥子ちゃんを探しはじめた。泣き出しそうになるのを堪えた声でおばちゃんは何度も祥子ちゃんの名前を呼びながらトイレもお風呂も台所も全部探したけれど、祥子ちゃんは見つからなかった。

 そんなおばちゃんを見ていて、私はだんだん自分が悪いことをしているような気持ちになった。私が記憶を失わずにちゃんと覚えていたら、祥子ちゃんのことも何か分かっていたかも知れない……。そう思うとおばちゃんに申し訳なくて胸が苦しくなり、私はお母さんのスカートにぎゅっとしがみついた。

 お母さんはそんな私の気持ちに気付いてくれたのか、優しい顔をして私の頭をなでてくれた。そしてお母さんは、おばちゃんをソファーに座らせて落ち着かせると、電話を借りて私のお父さんと祥子ちゃんのおじちゃんに連絡をとった。


 しばらくしてお父さんと、祥子ちゃんのおじちゃんが仕事を終えて帰ってきた。

 お父さん達はお母さんからだいたいの事情を聞いて、それから私にお母さん達がしたのと同じ質問をした。私は横目でおばちゃんの様子を気にしながらさっきと同じように、覚えてないと小さな声でつぶやくように答えた。

 少しの間沈黙があって、足元に視線を落としていた私の頭上で祥子ちゃんのおじちゃんが力無く息を吐き出す音が聞こえた。

 私はまた胸が苦しくなった。膨らんだ風船から少しづつ空気が抜けていくときのように、私の心もしぼんでしまいそうだった。

 お母さんが私の背中に手をあてて、お父さん達から少し離れたソファーの所まで連れて行ってくれた。

 それからお父さん達は深刻な顔でしばらく話し合い、時折、「誘拐」とか「警察」という言葉がこっちにも聞こえてきたりして私は怖くなった。

 話し合いが終わって、私たち家族は自宅に帰ることにした。祥子ちゃんちを出る時、私は玄関先でおばちゃんに呼び止められた。


「さきちゃん、さっきはおばちゃん混乱しちゃってごめんなさいね。あの……もし祥子のことで何か思い出したら、すぐおばちゃんに教えてくれる……?」


 そう言ったおばちゃんは、さっきよりだいぶ落ち着いているように見えたけれど、その声は微かに震えていた。

 私がこくんと頷くと、おばちゃんは少しだけ安心した顔をして、「ありがとう」と言った。


 それから家に帰って布団の中に入っても、私はなかなか寝付けずに、うなされて寝返りばかり打っていた。それは祥子ちゃんのことが原因なのか、それとも蒸し暑い熱帯夜のせいなのか、私にはよく分からなかった。



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