1章
「ねえ、もう暗くなっちゃうよ。そろそろ帰ろうよさきちゃん」
後ろを歩いていた祥子ちゃんが私の服の裾を小さく引っ張って言った。
「えー、まだ大丈夫だよ。もうちょっと進んでみようよ」
私は自分の背丈と同じくらいの高さに逞しく育った草を両手でかき分けながら振り返らずに答えた。
「で、でも道が無いからもう進めないよ? それに山ジジイが出てきたらどうするの? ねえ、もう帰ろうよ。祥子怖いよぉ……」
祥子ちゃんは胸の前で両手をきゅっと結んで身を屈め、不安そうに辺りの様子をうかがっている。
祥子ちゃんの言っている『山ジジイ』というのは、この学校の裏山で何度か目撃されているおじいさんのことだ。
伸びっぱなしの白いヒゲに汚い服と古い帽子をかぶっているその外見に加えて、いつも感情が無いように無表情でいるらしい。この辺の子供達の間では、あれは「おばけ」だとか「妖怪」だなんて噂が広まって、ちょっとした話題になっている。
「もー、祥子ちゃんは怖がりだなぁ、大丈夫だってば。もし何か出てきても、でっかい声でわーって叫べば驚いてどっかに逃げちゃうよ」
「んー、でも……」
「じゃあ祥子ちゃん一人で帰る? 私はもうちょっと探検していくけど」
「えぇ、一人でなんてイヤだよぉ」
「じゃあ一緒に行こうよ。ねっ、ほら行くよ!」
「あっ、さきちゃん待ってよぉ、置いてかないで」
私と祥子ちゃんは、さらに草をかき分けて裏山の奥へと進んで行った。祥子ちゃんが言ったように辺りはすぐに暗くなりはじめ、私達の居る森の中が真っ暗になるまでそう時間はかからなかった。