3.ミネタ始動
五月、学校では校外学習の計画が推し進められていた。
ミネタは、第一印象において赤点すれすれの評価だったものの、一月付き合うと割にいい奴であることがわかってきた。他クラスで教科書を忘れた者がいると相手が誰でも貸すし、落ち込んでいる者には缶コーヒーを奢って話を聞いていた。
しかしミネタには致命的な欠点があった。
馬鹿なのだ。
誰にでも教科書を貸すことの代償として、自分が使用する時間までに返ってこないこともしばしば、人に缶コーヒーを奢った後に、自分の昼食代がなくなったことに気が付く。人の話を聞きはするものの、要点を上手く捉えられない、などなど。
これらはほんの一例で、きっと彼と一日同じ屋根の下で過ごしたなら彼の気質がよく理解できると思う。しかしそれは叶わぬことだろうから、代わりに彼を一言で表現するならばお調子者の部類に入る、ということになる。
彼の優しさはどこから来ているのか。優しいくせに少し察しが悪いのは馬鹿なのがいけないのか。僕にはまだわからなかったが、馬鹿だから変に自らの利益を考えずに行動できるのだ、という考えに落ち着いた。
そんなミネタが言った。
「なぁなぁ、どうせ男女混合班を組むなら、可愛い子と同じ班が良くないか?」
ミネタの女子好きにはもう慣れかけていたから、別にそれくらいのことは気にしなくなっていた。ミネタの口癖は《俺と付き合ってくれる奴いないか》だった。もちろん本気で受け取るような生徒はいないし、ミネタがそう本気で言っていると誰も思っていないはずだ。しかしそんなことを喚いている者ほどいざというときに相手にしてもらえないもので、ミネタに浮いた噂はなかった。
「例えば誰だよ」僕は問う。どうせミネタ流のノリが通用するタイプなんだろうと思った。慣れつつあるものの、やはりそういうものは苦手だった。
「例えば……橋本とか関根とか……」ミネタにしては弱い言い方だった。
関根と橋本と言えば、学期初日にミネタが「可愛い」と言った二人だ。しかし、ミネタはその二人に接近することができていなかった。なぜか。簡単な理由だ。
二人は浮いていたのだ。いや、一線を画していると言った方が適切かもしれない。大体の人間が行う「なんとなく他人に合わせる」行動を取らなかったのだ。取れなかったのとは違う余裕さを持つ二人は、クラスメートと話はするものの、過多な関係を他者と持つことはなかった。その分二人でいることが多く、少しずつではあるがその関係性に踏み込むことが難しそうな雰囲気が醸し出されつつあった。
「あの二人か……。いいけど、誘ったところで乗ってくれるのか」
「大丈夫だろ。絶対に男女混合の班じゃなきゃいけないわけだし、他の男子だって誘うに誘えなさそうだし。断られたらそのときはそのときさ」
いかにもミネタらしい答えだった。
ならよろしく頼むわ、と言って責任を全てミネタに投げやり、二人分の重石を背負った彼は教室前方の美少女二人と交渉を始めた。
二分後、ネゴシエーターミネタは誇らし気な顔で帰還した。
「余裕でOKでした!」
想像より遥かに容易そうで短期間だった交渉に僕は腰を抜かした。「別にやきもきする必要はなかったな」
「みんなが壁を作ってるだけで、案外打ち解けられるものかもな」
その後でミネタは続けた。
「俺は橋本を狙ってるからな」