1.ミネタとの出会い
三月末に咲いた桜は年度の変わりごろに満開を迎え、始業式のときには既にほとんど散っていた。だから仲の良い友達や憧れの女子生徒と情趣を分かち合うことなく春らしさを失おうとしていた。数日前の雨が花弁を排水溝の金網へとへばりつかせ、淡紅色が茶色へ変色していた。春という季節が持つ美しさの裏の姿がそこにはある。僕は今茶色だった。桜ではありえない、茶から桃色への変化を志す僕はまだ人生の春にいる。春霞の奥にどんな景色があるかはわからない。それでも歩まなければならない。そんな気がしていた。
新しいクラスでまず話したのはミネタという男だった。前の席に座る彼は髪を肩まで伸ばし、毛先が七十度ほどカールしている。自然な笑みで振り返ったと思えば昨日ヌいたか? とにやけて急に言われた。
下ネタは苦手だった。それと同じで下ネタを軽率に言う人間も苦手だった。苦手な相手には取り敢えずはにかむことしかできない。
「俺、あんまそういうのしないから」
「そうか」
ミネタは第一の手段が通用しないことを察すると、すぐさま出方を変えてきた。
「あの教卓の前の関根って子、可愛いよな。あとその隣の橋本って子も」
閉口した。こいつの脳内は性のことと女の子のことで一杯なようだ。よく「男子って馬鹿」という淑女諸氏による世界中に遍く広がる偏見が叫ばれているが、ミネタのような奴がいればそう言われたとしても仕様がない気がした。自分の中でそのようなピンク要素が薄いとしても、ミネタのような人物が通常の何倍もの鮮やかさを見せたならば、女性たちにとって男全てがその穢れを抱いていると思われても不思議はない。
三度目の正直、を試みるのも流石にためらわれたようで、ミネタも担任の話や、勉強の話など無難路線へ切り替える。
僕もそれに少し安心して会話を再開する。それでも僕のミネタに対する第一印象は最悪だった。一度嫌な印象を持つと、好きになろうとしてもふとした瞬間に我に返ってしまう。わずかな段差に足を取られるように。