13.モーニング・グローリー①
七月の初め。
テスト期間になると多くの生徒が隙間時間に勉強を始める。普段うるさい連中でも、その騒がしさの中身を仮定法や塩基に変える。それでも僕とミネタは勉強せずにいた。僕はアメリカの小説を読み、ミネタはCDプレーヤーで音楽を聴いていた。
「オアシスって知ってるか?」とミネタは最近よく尋ねる。
「まあ、名前くらいは」とその度に答える。
何年か前からイギリスでそんなバンドが活動していて、それがビートルズやクイーンといったアーティストに匹敵する売り上げがあるらしい、というくらいの知識しかなく、実際に曲を聴いたことはほぼないと言えるくらいだ。
ミネタは再生を止め、プレーヤーの蓋を開ける。そこから覗くCDには『(What’s The Story)Morning Glory?』と刻印されている。彼はイヤホンを外して僕の耳に押し込み、そのアルバムの十曲目を再生した。
ヘリコプターのプロペラ音から始まるその曲は、ノイズのようなギターサウンド、それを上塗りするようなもう一つのギターが鳴り、誰かの会話の一端が抜き取られ、単純なリズムのドラムを帯び徐々に曲としての形を表してきた。いつの間にかプロペラ音はどこかへ消え、歌が始まる。
英詞は上手く聞き取れなかったがサビでは、「ワッツザストーリーモーニンググローリー」と、「ウェイクアップウェイクアップ」というフレーズが繰り返されていることだけがわかった。曲の最後には再びのプロペラ音と女の声が入っていた。
五分の再生が終わり、ミネタにイヤホンを返すと、自分の曲でもないくせにしたり顔で「いいだろ?」と言う。
「良かった」と答える。
「ちゃんと目覚めるには、ちょっとばかし時間が要るんだぜ」とミネタは決め顔で言った。
放課後、ミネタのオアシス話を少し飽きながら聞いていたとき、教室に関根が入ってきた。大半の生徒は家に帰ってしまったので、関根は普通に話しかけてくる。
「私の家まで来てほしいの」と関根は言った。
一瞬考えて一瞬で緊張した。え、付き合ってもいないのに親御さんに紹介されるんですか?
しかしその緊張も一瞬で解けた。ただ渡したいものがあるだけだから、とのことだった。
ミネタのオアシス愛には、彼の橋本に対する情熱と似通うものがあったが、第一僕はオアシスの曲をほとんど知らないのでその講演は些か相互交流に欠ける退屈なものにならざるを得なかった。だからその場を離れる理由ができたのはありがたかったし、何より関根と下校できることが単純に嬉しかった。
ワイシャツのボタンを一つ開け、カバンを肩にかけ教室を出る。ミネタに二人で手を振る。