11.胎児の異変
七月、母の定期検診で稲妻が走った。
鈴木医師が言ったことの意味を、最初僕はわからなかった。
おそらく母にもわからなかったに違いない。もしくは受け入れられなかったに違いない。
こう言われたのだ。
「双子のうち一人が胎内から消えています」
その声にもわけがわからないような響きが含まれていた。流産についての説明を受けたものの、通常、胎児の染色体異常で起きてしまう流産は二十二週以前のもので、今回の場合、消失が発覚したのが二十八週のことだった。つまり自然流産が起きるとしたら母体に大きな影響が出てしまうのだ。
しかし今のところは母に健康上の問題は浮上していなかった。他の妊婦たちと同じようにお腹は順調に膨らみ、安定期に入っているはずだった。
そこで他の可能性を提示された。バニシング・ツインというのがその現象の名前だった。
その言葉の意味するところは文字通り「双子の消失」だ。二つの命が宿りかけたものの、その一方だけが流産となってしまう現象とのことで、流産した子は母親の体に吸収されて、残された側の胎児はその後も問題なく成長していける……らしい。
またしかし、悲しみの先になんとか喜び――もう一人はまだ生きている喜び――を見出そうとしていた二人に鈴木医師は説明を加えた。
このバニシング・ツインも、妊娠初期に起こる現象で、六週頃にはその傾向が見て取れるのだそうだ。今回のケースは、消失がどう考えても遅いそうなのだ。そして母胎には影響はない。そのことが更なる恐怖の言葉を生んだ。
「もう一人の子に取り込まれているのかもしれません」
鈴木医師は具体的に症例を挙げてくれた。
アメリカで脳腫瘍が見つかった女性がいた。その女性は手術で腫瘍を取り除くことを医師に要望したが、それが施術の困難な部位にあったため多くの医師が断ったという。それでも女性は何とかして名医に手術を依頼し、類稀なる技術によって摘出は成功した。しかし驚くべきはその後である。取り出されたのは腫瘍ではなく、人間だったのだ。彼女は元々二卵性双生児として母親の中に生を受けたが、やはり妊娠初期の段階で片方の胎児が消えてしまったのだという。それがもう一人の胎児である彼女に吸収され、彼女が成長するまでその存在を潜めていたのだ。
もし消えた胎児が、もう一人の生きている胎児の体内に取り込まれた状態で産まれてきたとしたら。その可能性はその場にいる三者を震え上がらせた。それでも鈴木医師は言う。
「気に病むことが一番良くありません。きっと無事に産まれ、丈夫に育つ、そう考えることが一番母子の体に良いことです。幸いなことに、まだ胎児にも異常は見られません」
その言葉を無理やり信じ込むような様子で母は診察室を出る。その後で僕は鈴木医師に尋ねる。
「こうなったことに何か理由はあるんですか」
「考えられることはあります……」
鈴木医師は息を吸い、十分な間をおいて言う。
「遺伝子異常です。恐らくは、お父さんの精子の」