プロローグ
「双子です」と担当の鈴木医師が言うと、僕は母の身が案じられた。数え年で三十七を迎える母の身に、双子の出産という重荷を背負わせるのは酷だと思った。それでも母の顔は凛として決意を固めているようだった。
診察室から出ると、地方の病院らしく多くの老人が目に付く。子連れ患者が多い病院では待合室がうるさく落ち着きがないが、老人同士が会話もほとんど交わさずいる姿はこの町の未来を暗示しているようにも思えた。
「結局産むんでしょ」
と僕は小声で母に尋ねた。
「当たり前でしょ。やっと授かったんだから」
母は僕の目を見て言った。それから空き椅子を見つけて座った。
「お父さんと話し合ったんだもの。命をつなぎたいんだって」
「そうだよな」
母の診療に父が付き添っていないのは、父が病気だからだ。本人は気丈に振舞っているものの、医者からは症状の進行度合を知らされていた。
「もう体が痛くてたまらないはずです。笑顔どころか、不平を漏らしたり人に当たったりしないだけでも大変な精神力が必要なはずです」
過酷な冬を越えたら、次には病も勢いづく春がやってくる、そう思っていた時期が過ぎ、本当に春がやってきた。その予感が徐々に強く感じられていた。新しい命、終わりが近づく命。どちらにとっても初春の日差しは暖かい。
「まだ動いたりしないよね」
「当然でしょ」
「ちなみに産むって、嘘じゃないよね」
「そんな悪趣味な嘘、つくわけないでしょ。怒るよ」
そう言うと本当に頬を膨らませる母は、まだ若いなと思った。三十七歳と、十六歳。よく仲の良い親子だと言われるが、本当は一番年の若いおばさんと、一番年のいった甥のような関係なのではないかと思う。きっと親子でなくともよい相談相手になってくれたはずだ。
そう思っていると、一台だけ設置されたテレビが正午のニュースを流し始めた。――四月一日の正午をお知らせします……。
もう嘘はつけない、と思った。
嘘は許されなくなった。