其ノ八~ショウジョ~
何も知らない二人の交差。
巫女の様子は、凄まじい力を振るって賊どもを圧倒した時とは、明らかに別人だった。
「違……う? 人じゃない……? けど敵……でもない。もしかしてNPC? なら運営と繋がってるはず……」
形のよい眉を不安げに曲げ、空色の瞳は戸惑いに揺れている。
「あの……いま、困ってる。お願い助けて」
早足でクエビコに近づくと、彼の着物の袖を両手でぎゅっと握りしめる。
「ボクの名前……あ、えと、ユーザーネームは『ニギ』っていうんだけど……急にログアウトできなくなった……! 『たった今』、あっちの方で起きたばかりで、頭が痛くて……ホントの名前、思い出せない。他にも色々、忘れてる事あって、でも半端に覚えてる事もあって……ワケわからなくて……」
本人は錯乱しながらも必死に助けを求めているつもりなんだろうが、ぼそぼそと聞き取りにくい低音で喋る上、話の内容も支離滅裂で要領を得ない。
おまけに発言には矛盾まである。
たったいま起きたと言ったが、既に日は暮れかけているのだ。少女……ニギが目覚め、三人の賊を葬った頃は、まだ明るい時間帯だったというのに。
さらに、態度にも違和感がありすぎる。
先ほどの連中は問答無用で敵と見なして襲いかかって来たのに対し、なぜこいつは味方のごとく頼ってくるのか。誰と勘違いしているのか知らぬが。
「何人か人に会ったけど信じてもらえなくて、笑われて……こんなトラブルあるって話、聞いた事ない……! ねえ、はやく連絡して、ボクを帰して」
「るせえよ」
クエビコは自分にしがみつく腕を逆に捕まえて、ぐいと引き寄せた。
「えっ、なに……?」
「黙って聞いてりゃ意味わからねえ事を耳元でブツブツと、ウゼェって言ってんだ『ニンゲンもどき』ッ!」
バランスを崩した相手を、勢いに任せて地面に押し倒し、上から怒鳴る。
「わたしは無関係ですって面でノコノコやって来やがって……騙そうとでもしてんのか? 手前もあいつらの仲間なんだろうがようっ!」
「ひぁっ……!」
憤怒の形相で凄まれ、二重瞼を見開くニギ。折れそうな肩を寄せ、震える息を吐く。
クエビコの右手が伸び、細い首を締め付ける。左手は襟元を乱暴に引っ張り、巫女装束をはだけさせた。生じた隙間からは、痩せている割に柔らかな質感を持つ白い肌が覗き、誰も足を踏み入れた事のない雪原を想起させる。
絹との間に指を差し込んで、小ぶりな乳房をわしっと掴む。
獲った、と勝ち誇り、口元を歪に歪ませる。無駄に露出の多い嫌らしい服だと思っていたが、やはり肌襦袢すら身に付けていない。反転させた治癒の神力を胸にぶちこんで、このまま心臓を止めてやるぞ!
「かっ、はっ……! いや、やめっ……ふ、ぁっ」
痛みと苦しさに、ニギはひたすら喘ぐばかり。
涎を垂れ流す口から小さな舌を突き出し、ぐりんと上を向く虚ろな瞳から涙を溢れさせている。しなやかな足をじたばたと暴れさせるが、まるで抵抗になっていない。カカシにすら組みしかれてしまうほど非力なのだろうか?
いや、今のクエビコが強くなりすぎているのだ。タタリの影響で、半ば邪神化しているがゆえ。
田畑の神としては考えられぬ攻撃的振る舞いも、抗えぬ破壊の衝動に支配されている事の表れ。
いやしかし……そうだとしてもクエビコよ、お前の頭には相手への憎しみ以外ないのやもしれぬが、こうして無理矢理に少女を襲う姿はまるで……。
「……たす、けて……」
「黙れ! 手前らはタニグクどもの命乞いを聞いたってのか? ただじゃ殺さねえぞ、あいつらの感じた苦しみを万分の一でも味わわせて、気が狂うまで辱しめてからだ! どうせおれは禍ツ神になるんだぜ? もう怖いものなんぞあるかよォッ……!」
喉から離した右手を太ももに這わせたところで、
『あいあーい、すとっぷー』
一羽のヤタガラスが、真正面にある焦げ付いた木のてっぺんに降り立つ。
『強〇はさすがにアカンぞよー、クーエビーコくーん☆』
何と、そいつは流暢に口を利く。地上のカラスも人語を解すし、ある程度まで真似もできるが、そういう次元の話ではない上手さであった。
ヤタガラスは神の使いとしては上位の存在で、最重要クラスの命令でのみ働くという。元来とてもプライドが高く、下級神を見下す事すらあるのだ。
だが今はどうやら、別の誰かの意識が宿っているらしい。
「おまえ、まさか……アマテラスか?」
『様をつけろよオンボロ野郎』
露骨にふてぶてしい気だるげな口調から、すぐにわかった。八百万の頂点にして到達点、高天ヶ原最強神のお出ましだ。依り代を通してではあるが。
「うっせえ引きこもり! よくも今さらノコノコ現れやがったな! 手前がとっとと動いてりゃおれの村だって……てか、いったい何してやがった!」
『あ、わりわり。寝てたぞよ』
「寝てっ……ざっけんな!?」
怒りの矛先が無責任な国家元首に向いた事で、ニギは解放される。しかし当然というべきか目にはまだ涙を溜め、すっかり縮こまってしまっていた。
『まーまー待て待て。仕方ないではないか、余だって何かと多忙なのだよ。それにしてもちょうどお前ら揃ってるとは、良いタイミングで来たものぞ』
カラスは数回羽ばたきをうってから、妙な事を語り始める。
『クエビコくんよ、貴様がその子と会ったのも何かの縁。いきなりで悪いが大事な仕事を頼みたい』
「は?」
『その子を連れて大至急、旅に出なさい。そんで、「天浮橋」まで行ってほしいぞよ』
唐突。あまりに唐突。
天浮橋と言えば、シンメイ大陸最南端に位置する巨大遺跡だ。
かつて地上の日本列島の名を葦原中国と呼んだのだが、そこと高天ヶ原を空間同士で繋げる『境界線』の役目を担うのが、天浮橋であったという。アマテラスの父神であるイザナギはここを通じて列島を形作ったし、アマテラスの孫もここから地上に降りていった、らしい。
しかし神々が地上の支配権を人間に譲渡すると、扉は完全に閉ざされた。今や記念碑として残っているに過ぎず、観光スポットと成り下がっている。
「何だそりゃ、何でそんな事せにゃならん。てか、こっからどんだけ離れてると思ってる! ここ北の端! そこ南の端! 大陸縦断じゃねーかよ!」
ちなみに、この村と天浮橋のある土地を単純な縦線で結ぶなら、実に七千五百キロ以上にもおよぶ。参考までに。
『その旅が、タニグクどもの仇に対する最大の攻撃手段と知ってもか?』
クエビコはハッと目の色を変えて、ニギを見る。この巫女を連れていく事と、あの正体不明の襲撃者達にどんな関係があるのかは、わからない。だがアマテラスは、いい加減な事は言っても根拠のないデタラメは絶対に言わない。彼は、長い付き合いの中で彼女の性格をよく知っているつもりだった。
「おいおい、そいつは魅力的な話だなぁ。是非とも詳しく聞きたいね」
「待……って、ちょっと……ついていけない」
凶悪な笑みをたたえるカカシの横からニギが飛び出して、口を挟む。おいてけぼりな扱いへの抗議みたいだが、ロートーンな呟き声では迫力もない。
「連れてくって……ボクを、そこに? ログアウト、できない事と……それは関係ある話なの?」
「手前は黙ってろ!」
『いいや、その子個人の今後にとっても重大な事ぞ。せっかくだから今ここで全部説明するとしよう』
語り始める前に、アマテラスは付け足した。
『……メンドくさいがな』
おしえさらせ! オモイカネちゃんゴラア☆
オモイカネ「はひぃぃいいい(失禁)
命ダケハお助けヲー! 何デモスルンデー! 何デモぺろぺろ舐メルンデー! 許シテつかあさいイイイイ(涙声)
ハアハア……夢か
あ、皆サン、ドゥーモー……
サテ、今回はヒロインが初めてマトモに喋リマシタが……
んん? クールと聞イテいたノ二全然違うじゃナイデスカー! 確かにボソボソ喋ッテマスけど、コレただの暗いボクっ娘ジャナイデスカーっ!
と思ッテタラ、アマテラス様(声ダケ)登場デース! チャンと会議ニモ出席シテクダサーイ!
ソレデハ次回、アマテラス様が語リマス! クエビコ様に使命が課せられマスよ! 宜シクお願いシマース!」