其ノ四~哀believe~
熱帯雨林の奥に、草木がサークル状に禿げ上がった広場みたいな場所がある。
コマイヌ族の戦士の子・ロクは、そこで目覚めた。
激しい運動後の疲労時にも似て、ふしぶし痛む仰向けの体をゆっくり起こす。
周囲には奇妙な物体が複数、等間隔で配置されている。地面に伏せた格好の大熊を象る、怪しげな石像だ。求道者の目に触れれば一流彫刻家による逸品とも見なされそうなものだが、美術に無頓着な子供には威圧感しか与えない。
「なんでオレこんなとこに。確か留守番してたよな」
どんぐり眼をぱちくりと瞬かせ、ふと気付く。
足元に、壊れたツルハシが転がっているではないか。命とも言える先端が飴細工みたく曲がっており、掘削道具としての寿命は既に尽きているだろう。コトシロキャンプの所有物だが、問題は、どういう用途で使われたかである。
「ガウガウちゃ~ん!」
急な呼び掛けに驚き、全身の毛を逆立てる。背後には、世紀末ファーム団の頭目たる、もんぺの女が佇んでいた。
「わわ、驚かすなっ。噛みつくぞっ!」
「はにゃ~ん。えぇでえぇで、だいかんげ~い。うちさんむしろMP回復してまうわ~」
牙剥き出しの威嚇も意に介さず、サザキは、天然パーマの毛並みに抱きつこうと近づいてゆく。
「来るな変態、ニオイがうつる!」
「そかそか、よしよし、寂しかったんか。ほんなら今からたっぷりしっぽりモフモフしたるで♡」
「聞いてないなこんにゃろ、目が節穴なら耳は風穴かっ」
動物への愛情と支配欲を履き違え、過剰スキンシップの末に嫌われてしまうダメ人間の見本だ。
伸びてくるウザったい手を俊敏な身のこなしで回避すると、ロクはツルハシを拾い上げて、しゃにむに振り回す。
「来るな。そのスカスカ頭、パッカーン割ったるぞ」
「ん~、おっかしーな。好感度イベしこたま消化したったし、そろそろデレ期や思たんやけど~」
難民となったところをコトシロに拾われて、根無し草の生活を始めて、はや一年と数ヶ月。
ロクはこいつに振り回されてばかりいる。
考えが深いのか浅いのかも不明だし、薄気味悪くて仕方ない。生理的に受け付けない相手からなぜか一方的に惚れ込まれ、情熱的なアプローチにさらされ続ける苦痛は相当なもので、ストレスの許容量はもはや限界突破していた。
そんな獣と変態による一進一退の攻防の最中、
「見つけたぞガキ」
草村の向こうから現れたのは、クエビコとクラミツハ。
「おまえ、ニギを殺そうとしやがったな!」
「はぁ? いきなり出てきて何言って……」
突然の断定に、ロクは焦り、色めき立つ。
「証拠はあがってるんでい、こいつを見な」
対するクエビコは、右手にぶらさげていたモノをずいと見せつける。それはタヂカラオの一撃によっていずこかへ吹き飛んだかに見えた、岩熊の首である。目を凝らさねばわからないくらい小さな傷跡が、後頭部に刻まれていた。
「夏眠っていうんだがよ……岩熊の冬眠時期は普通の熊と真逆なのさ。その間は完全にただの岩になって、翌年の冬まで目覚めない。硬いもんでブン殴られでもしない限り」
そう、辺りに鎮座する石像の正体は、凶悪な野獣の寝姿なのである。
「こいつを叩き起こしてニギを襲うよう仕向けたんだろ。この傷口は、ツルハシの先っぽとピッタリ合うはずだぜ」
「そ、そんなの知らない、知るもんか!」
かぶりを振って後ずさるロクに、クエビコは怒りの形相でにじり寄ってゆく。
「この期に及んでシラぁ切ろうってか。おまえにゃあ動機だってあるだろうがよ!」
「正面きって向かってくるならいざ知らず、闇討ちなどと姑息な手段に頼りおって。戦士の血が泣いておるぞっ!」
クラミツハもいきり立ち、糾弾に加わる。
そんな場面で、さらなる乱入者があった。
※ ※ ※
「それは違うよっ!」
重苦しく淀む空気に旋風を投げ掛けるのは、語尾が震えがちな、しかし確固たる意志の乗った宣言。
ニギは今、借り物の白袴を持ち主へとお返しして、まだ生乾きのミニスカート状赤袴に履き替えている。じっとりと湿った感触が太ももに貼り付いて落ち着かないけれど、履き心地を気にしていられる状況でもない。
「やったんじゃなくてやらされたのさ、そこにいるスズキさんに」
全員の視線がもんぺの女に集まった。
疑惑の当人は名指しされてもまったく動じず、「いや、サザキですねん」などと冷静なツッコミまで入れている。
「キミはモンスターを手懐ける誘惑が使えたよね。それでロクちゃんを操って、間接的に岩熊を目覚めさせた」
プレイヤースキルの概念を知らないクエビコには、発想できずとも無理からぬ事。
「お言葉やけど、うちさんはずっとガウガウちゃんのこと探してて、いま初めて会うたんよ」
とぼけた様子でしれっと言ってのけるサザキに対して、
「じゃあ、ソレはなんなの?」
ニギは、すかさず証拠を突きつけた。相手の上着の袖に付着している、茶色い毛玉を指差す事で。
「ロクちゃんの髪の毛、だよね。森に入る前にはなかったものだし、さっきまでのやり取りを覗き見させてもらったからわかるんだけど……いま初めて会ったってのがホントなら、その子に触るチャンスは一度もなかったはずだよ。だったらいつくっついたの? 誘惑にかかって意識のないその子を、ここぞとばかりに撫で回した時じゃないの?」
「何言うか思たら……いきなし探偵ゴッコですか」
サザキはしばし真顔となって沈黙したのち、唐突に腹を抱えて爆笑し始める。
「ぶひゃっはー! あんたさん急にキャラ変わるなぁ? ゲームのジャンル違うでしかし!」
推理漫画の犯人が追い詰められる場面みたく、白々しいリアクション。そんな相手のペースに乗せられてたまるかと、ニギはあくまで冷めきった態度での応対を心掛ける。
「ねェ、はぐらかそうとするのはやめて質問に答えてよ。ゆるふわライフがポリシーだとかのたまっていたファーム勢の人が、なぜボクを狙うのか。その方法にしても、なぜ直接挑まずに、無関係の子に罪をおっかぶせるような汚い真似を選ぶのか。……まァ、期待なんかしてないけどね。説明されたってどうせ理解も納得も出来ないだろうから」
彼女はしかし、重大な失敗を犯した。尋問などする暇があったら、真っ先にふんじばるべきだったのだ。
罪を暴かれた犯人は大概、どんな行動に出るか読めないものである。たとえば、衝動的な自害とか手近な者を人質にして逃亡を図るとか、大昔にカビの生えた展開ではあるものの、だからといって現実に起こらないとは限らない。
「ふいー、そう睨まれたら怖くて泣いてまいそーやわー。了解了解、負けました。洗いざらい白状するから堪忍し」
降参ですとばかりに溜め息ひとつ、サザキは背を向けるなり、隣に突っ立つロクの手中からツルハシを奪う。
「てー……なっ!」
そして全身で半円を描き、ねじれた鈍器の先端をロクのみぞおちに叩き込んだではないか。
軌道が見え見えな、大振りのモーション。コマイヌ族の運動能力をもってすれば、容易く回避できるはずの一撃。それを、あまりに無防備な棒立ち状態で食らってしまった幼子はたまらず仰け反り、地面に膝をつく。
「どや、抵抗どころか指一本も動かせへんやろ? あんたさんはもうとっくの昔にうちのお人形さんなんやからな」
「この野郎……オレに、なにした……」
「こらこら、ママに向かってその言いぐさはないでなー」
サザキの台詞に、ロクは何か言い返そうと口を開くも力尽き、うなだれてしまう。
同時に、その現象は発生した。
※ ※ ※
一瞬の閃光がニギの脳裏を焼いたかと思えば、目の前の景色は一変する。
どこかの村が、紅蓮に色付いていた。荒れ狂う炎は蛇の群が踊り蠢く姿にも似て、チロチロと揺らめく舌で酸素を貪っては肥大してゆき、時おり甲高い声で笑う。
心なしか人影じみて見える不気味な炎に退路を塞がれ、うずくまって泣いているのは、妖怪の幼子。
他人の意識がリアルな映像として流入してくるという、アシナガ村にて何度か味わった覚えのある体験だ。そしてこれは今まさにロクを苦しめている、誘惑による精神汚染の悪夢なのだと、ニギは直感した。
『おやじ、おふくろ、どこにいったんだよう……』
(ロクちゃん、逃げよう。こんなところに居ちゃダメだ)
目の前で嘆く背中に呼び掛けたくとも、声を出せない。今のニギは舞台の真ん中に放り込まれた観客さながらで、介入など許されないのである。もどかしく思っていると、炎の壁の向こうから、幼子に歩み寄る影ひとつ。
『ロク、ロク、こっちだよ』
現れたのはコマイヌ族の女……ではなく、もんぺの女。にもかかわらず、ロクにはそいつが母親として見えているらしく、広げられた腕の中へと真っ直ぐ飛び込んでゆく。
『おふくろ、よかった、無事だったんだねっ』
『いや、母さんは死んじゃったよ。ついさっき人間どもに捕まって、焼き殺された』
女の口が、穏やかな声色で、残酷な真実を突きつける。
『父さんも、もういない。武勲ばっかりにこだわって年も考えず、いつまでも最前線に居座りたがって、家族の事も放っぽって勝手に無責任に死んだ、立派な戦士だったね。残したものと言えば、一文の得にもならない鎧だけ』
ロクはガクガクと打ち震え、常日頃から大切そうに身に付けている肩当てに触れた。恐らく無意識の行動だろう。
『あの頃のお前は弱くて小さかった。でも今は違うよね。今度こそちゃんと守ってくれるよね?』
『あ、あ……当たり前じゃんオレ強いもん! あの日からまいにち鍛えてるし……もうオヤジだって越えてるよ! だから絶対おふくろのこと守るって! 人間どもなんかに、もう二度と、指一本触れさせやしないからさぁ!』
幻の母にすがって大粒の涙を溢し、口角だけ笑みの形に歪ませる姿は、言葉とは裏腹にひどく頼りない。
(キミは騙されてるんだ。そいつはお母さんじゃない!)
ニギの必死の叫びは届く事なく、次の瞬間、周囲の炎が勢いよく膨れ上がって暴風となり、全てを吹き飛ばした。
※ ※ ※
ここまでが、時間にして僅か一瞬のうちの出来事。
トランス状態から現実に帰還したニギは軽い立ち眩みを覚え、足をもつれさせる。
「guraaaa~ッッ!」
腹部の大量出血も意に介さず、ロクが猛々しく吠えた。
深傷による意識混濁の影響で、洗脳に抗うだけの理性を失い、完全な操り人形と化してしまったらしい。
先の咆哮を合図としてか、周囲の闇から数十体の人影がぞろぞろと現れて一行を取り囲む。狩りに参加していた、コマイヌ族の若者達だ。彼らもまた既に尋常の精神状態にあらざる事は、焦点の定まらない瞳を見れば瞭然である。
「こーなったらしゃーなしや、尻尾巻かしてもらいまー」
サザキは一度の跳躍で高々と舞い上がり、野猿のごとき俊敏さで木の上に駆け登ると、
「ちなみになぁ、ニギちゃん、うちさんを倒さん限り洗脳は解けへんで。ロクちゃん助けたかったら捕まえてみ? ま、このダメージじゃ長くはもたんやろーけども、タイムリミットあるほーがゲームらしくなってオモロイやろー」
これ見よがしな挑発と共に深き混沌に紛れ、姿を消す。
「くそっ!」
一刻の猶予もなしと焦燥に急き立てられるニギの行く手に、サザキの逃走を助けんとするコマイヌ達が回り込む。さらに、クエビコに袖を掴まれて、引っ張られてしまう。
「おい待て、どう考えても罠だろうがよ。わざわざ名指しするってこたぁ、裏があるに決まってる!」
「お願い、行かせて、止めないでっ!」
ニギの空色の瞳が、目も眩む稲光を放ったかに見えた。
「見えたんだよ今、あの子の心が!
サザキは、ロクちゃんの事を……お父さんやお母さんを想う、寂しい気持ちを利用したんだ。
ボクにはそれが許せない! あいつは倒さなきゃあダメだ! 罠なら罠ごとねじ伏せてやるッッ!」
抑えがたい怒りによる、火花を散らさんばかりの叫び。
突然の感情爆発に気圧されて後ずさるクエビコの肩を、タヂカラオが軽く叩き、口元をほころばせた。
「おけおけ、ロクちゃんの事は俺らが引き受けた。絶対に死なせやしないから、急いで行っといで!」
「ありがとうっ」
ニギは早口に答えると、脇目も振らず駆け出してゆく。本人すら気付かぬ事であったが……この時、持ち主の煮え立つ感情に呼応するかのごとく、頭の犬耳ヘッドフォンが鳴動して、オーロラめいた淡い光に縁取られ始めていた。
ヒーローになる時、それは今だよ★オモイカネちゃん!
~作戦決行当日、イゼのミヤコのコンビニ前にて~
悪漢に扮したツクヨミ
「おねーさーん! 今からオレらとあそばなーい?」
アマテラス
「……あァん?」
雇ったチンピラ
「やったーツクさん! すんげー美神ゲッツ(σ゜ω゜)σ」
ツキタク
「オレ、ツクヨミっぽいけど他人の空似。略してソラニン」
アマテラス
「いい度胸だとほめてやりたいところだぁ……言っとくが今、余は最高に気が立ってるんだからね!
最高神なめんじゃねーぞよ!(ゴゴゴゴゴ)」
ツキタク
「うわわ! ちょっ待てよ、本気出さないでよ姉さん!
これじゃあ逆に僕の方にハチャメチャが押し寄せてくる~! 助けて正義のミカタ的な何か~!」
???
「泣いてる場合じゃナッシーン! パーリィの主役になろうよ!」
アマテラス
「誰ぞ!」
(コッペパーンとジャム♪ コロッケパーン★)
変装したオモイカネ
「ワターシはグレートワンダーカネダーマッ!
二ヶ月越も更新しなかったあげく安直なネタで現実逃避する作者を許セナイ女!」
ツキタク
「やむない事情があったんだよきっと! 本当にごめんなさい!(殴りかかる)」
カネダーマッ
「黙れっ許せるっ!(カウンターの腹パン)」
ツキタク
「ふんもっふー(気絶)!」
雇ったチンピラ
「もう帰っていいすか?」
アマテラス
「……なんぞこれ(ポカーン)」
※ ※ ※
~オモイカネのマンション~
ツクヨミ
「いやー、うまくいったね。ね、カネくん」
オモイカネ
「エエ。確かに筋書き通りデシタネ……デモ……」
ツクヨミ
「でもなに?」
オモイカネ
「コノ作戦ッテ、正体隠したらそもそもの意味ナイんじゃ……」
ツクヨミ
「あ」
オモイカネ
(無言の圧力)
ツクヨミ
「……やり直したらどーや」
オモイカネ
「もーえぇわ! アリガトーゴザイマシタ!(ラリアート三回)」
☆戦えカネダーマッ!
地球の平和を倒し、宇宙の敵を守れっ!




