其ノ三~君色思い~
「二千年くらい前かな、平坂の乱って戦があったの。イザナミとかゆー黄泉のババァが大群連れて攻めてきたやつ」
オレンジ色の焚き火の前であぐらをかき、小気味いい音と共に弾ける薪を見つめて、タヂカラオは遠い目になる。
「たまたま最初に狙われたのがうちの村で、抵抗したけど結局は一族郎党みなごろし。俺ちゃんだけミカド様に助けられたわけ。つっても、手足もシッポもなくしてたから、改造手術受けるしかなくてリハビリ大変だったじゃんよ」
陰鬱な話が極めて軽い口調によって語られるので、隣で体育座りするニギは、受け止め方に本気で悩んでしまう。ニニギノミコトとの会話にも登場したイザナミという名が気になりながらも、深く追求して良いものか判断に迷う。
「それから軍に入ったんだけど、当時は俺ちゃん、色々とヤケクソ気味な心境になっててね。復讐だ~って息巻いて誰にも頼らず、戦場じゃ無茶したもんさ。んで、せっかく拾った命も落としかけた時……ミカド様に叱られたんよ。
勇気の使い方を間違うな、って。
視野を広げろ。仲間を作って頼れ。独りで強くなれると思ってるうちは、お前は永遠に弱いままだって。
それで初めて冷静になれたってか、自分がいかに余裕のない生き方してたか身に染みたんだわ。ずっと怒ってたり恨んだり、そういうのスゴい疲れんの。どうせなら死んだ皆の分も楽しい思いしてやろーって事で吹っ切ったわけ。
だから、えと、なぜこの話をしたかというと」
ここで途端に歯切れ悪くなり、後ろ髪を掻きむしって、うーんと唸るタヂカラオ。
「ニギちゃんも味方がいるうちは、変な負い目とか感じる必要ないんだよって言いたかったんだ、つまり」
「うん、わかるよ。勝手してごめん。それと、助けに来てくれてありがと」
不器用なりに励まそうとしてくれた優しさが、もったいないほど嬉しく思えて、ニギの表情は自然と和らぐ。
「伝わったんならいいんだって。つか、こっちこそゴメンじゃん。さっき勢いで変なもん見せちゃったし」
「変じゃないよ。ボクのためにやってくれたんでしょ?」
あの一見突拍子もない強行手段のおかげで、平静を取り戻す事が出来たのだ。ちなみにぱんつとスカートは近くの川で洗ったのちに、焚き火の横で乾かしている。代わりに履いているのは、サイズがぶかぶかの白いズボンである。
「うっ!? でもあんなん序の口だからね? だって俺、頭まわり以外ぜーんぶメカメカまみれよ? キモない? 最初の頃はみっちゃんでさえ『面妖な!』ってビビってたし、同期連中とかもだいたいドン引きしてたんですけど」
「ひかないよ。むしろヒーローみたいでカッコいい」
「そ、そんなん初めて言われたし、なんか、なんつーか」
タヂカラオはしどろもどろに答え、そっぽを向く。覗き込むと、耳まで赤くなっているのがわかる。
女子に微笑みかけられる事に慣れていないのか。普段は軟派でスケベ丸出しのくせに、根っこはウブなのか。
(ちょっとカワイイぞ、逆に女子の方に攻められたらどう反応するのかな)
軽い悪戯心が芽生えてしまうニギである。
経験はないけれど、同級生の男子と近い距離感で喋るというのは、こういう感じなのだろうかと、ぼんやり思う。
「はは、正直いうとね……この体、わりとコンプレックスだったりすんの。特にほら、アレがないのが一番ツラい。そのうち自分が男だって事まで忘れそうで怖くなんのよ。あー、いっそ再手術頼んで女の子になっちゃおうかしら」
面白おかしく茶化してはいるが、仮面の奥の悲しい瞳が透けて見え、とても一緒になって笑えない。
性別の象徴を失って生きる苦しみは、きっと言いようもなく重いのだろう。日頃のセクハラすら『男』を忘れまいとする足掻きなのかもしれないと深読みすれば、不思議とつじつまが合って、これまでの印象は百八十度転換する。
「でもタヂくんは、男の子でしょ」
「あ、うん。え? どうしよう、突然のくん付けに戸惑う俺がここにいる」
「その体も含めてキミはキミだと思う。普通と違っても、過去がどうでも関係ない」
ニギは必死に考え、言葉を選ぶ。
自分を元気付けてくれた者への感謝を、いかに返すか。
「ボクは、今のキミしか知らないもの。えっちでウザくて空気読まなくて時々やめてってなるけど……たぶん、結構みんなに気を遣うところがあって……いざって時は動いてくれる。今日からそれが、ボクにとってのタヂくんだよ」
最後まで言い切って相手の様子をうかがえば、鬼仮面の目玉が激しく点滅しており、長身は小刻みに震えている。
「もう、なんなん? ニギちゃんて、ニギちゃんて」
いささか踏み込みすぎの発言だっただろうか。
などと心配していると、急にガバッと抱き締められた。
相撲よろしく鯖折りにされるかと思った。
「超イイヤツじゃんよぉ! ありがとぉマジでガチで!」
欧米人ばりに、オーバーかつストレートな感情表現だ。
タヂカラオはおんおんと泣き叫び、完全密着したニギに頬擦りしつつ、旋風のごとき猛烈な勢いで回転し始める。
「わうぅっ! くるし、苦死ぬっ。やめれぇ~」
幸い、すぐに解放されたものの、少女の視界はまだ揺れ動いていた。
「うおっニギちゃんごめぇん、感動を制御できんかった」
「喜んでくれて嬉しいけど、今のは半分受け売りなんだ。ボクが自分の事で悩んでる時に、クエが言ってくれたの」
「カカシちゃんが?」
「クエビコだよ。ちゃんと覚えて、呼んであげてね」
そう言われたサイボーグ神は、唇を結んでしばし黙り、やがて何らかの決意表明のように呟く。
「そか。じゃあ、ふたりいっぺんに借り作っちゃったな」
「どしたの、タヂくん?」
「いや、なんでもない! それよか晩メシ! 肉食おーよ肉、元気でるから!」
提案するが早いが、仕留めた岩熊に嬉々として馬乗りになり、厚い鎧の外皮を素手でむしりとるタヂカラオ。
なんと、この場で調理しようというのである。
血抜きの際に原色のゴムチューブみたいな腸がまろびでると、ニギはとても直視できずに顔を背けるのだった。
※ ※ ※
二十メートルばかり前方の木陰から、少年少女が語らう姿を覗き見ていたカカシの神は、不意に呻いて膝を折る。
「くそっ、さっそく来やがった……」
「いかがなされたクエビコ殿っ、ひどい汗でござるぞ!」
慌てて駆け寄るサムライ少女を掌で制し、もう片方の手は、肩口を必死に押さえつけている。
「声デケェよクラミツハ、気付かれちまうだろうが」
「そもそも、なぜ最初から一緒に行かないのです。こんなふうに先回りして隠れてまで助ける意味がわかりませぬ」
そう、先ほどの岩熊との遭遇時、神力によって生やした巨木の壁でニギを守ったのは、他ならぬクエビコだ。
まさにその直後、異変は起きた。
里を出て以来、時おり気になる程度だった関節痛らしき症状が、ひりつくような電撃様の感覚と化したのだ。
明確に自覚できる痛み。
枝の骨格と藁の筋肉繊維によって構成された、全身作り物の神にとって、生まれて初めて味わう経験である。
「お召し物を脱がせますぞ、御免っ」
脱力状態に陥ったクエビコが抵抗できずにいるうちに、クラミツハは襤褸を勢いよく引っ張って、はだけさせる。
露となった背中に彼女は何を見たか、
「うっ!?」
一瞬で青ざめ、口元を覆ってえづく。
「誰にも言うなよ、あいつには特にだ」
「これが理由でござったか。だから、ニギ殿を遠ざけて」
「たぶん逆だな。遠ざけたから、こうなった」
クエビコは着物の乱れを直し、呼吸を整える。
見えずとも、うすうす察しがついていた。本来あり得ぬ感覚は、我が身が別の生き物に変化しつつある兆候だと。
「ダイコクの城に行く前におれ、あいつと言い合いしてただろ? あのあとすぐ肩こりが悪化したんで、関係あるとふんでたんだけど……さっきの喧嘩でついに得心いった」
走る予感、すなわち邪神化の再発。
ニギとの信頼関係を築き、神力不足を補って一時は抑え込んでいたはずのそれが、いま急激に進行しているのだ。
「細かい基準はわからんが、おれへの信仰が揺らいだ結果だろう。おかげでちょこっと力を使うだけでこのザマよ」
「わかってるなら、すぐ仲直りしなければ。拙者、ニギ殿を呼んでき……」
走り出そうとしたクラミツハは、
「ひっひゃんっ!?」
珍妙な悲鳴と共にうずくまってしまう。
側頭部の角を、クエビコによって掴まれたためである。
「待ちな。そいつぁ困る」
「なぜです? クエビコ殿にとってニギ殿は、高天ヶ原で唯一の信者なのでしょう。それを失っては邪神化以前に、貴殿の命すら危うくなりますぞ……やん、くすぐったい」
龍神の角は性感帯の一種なのだろうか。軽く触れているだけで悩ましげな喘ぎが漏れ、頬を薄桃色に染めてゆく。
「考えがあるんだ。まず落ち着いて話を聞いてくれ」
試しに根本を強く握って複数回しごいてみると、全身がびくんびくんと痙攣し始め、地べたに座り込んでしまう。
「やめて、こすらないでぇ。あひはぁっ、もうらめぇぇ」
しまいには目を剥いて舌をだらしなく垂れ下げた、年齢制限に引っ掛かりそうなくらいデンジャラスな形相で懇願してくるものだから、さすがにこれ以上はやめておいた。
※ ※ ※
「……こいつぁ賭けだ。荒療治だが、ニギをあえて苦境に追い込んで土壇場の精神力を引き出す」
クエビコは椅子がわりとしてちょうどよい大きさの岩に腰掛けて、自らの計画を滔々と打ち明ける。
「確実な方法かどうかはわからん。ハッキリ言えるのは、おれらが今までどおり甘々と世話を焼いてたらニギは成長しねぇし、『上書き』と戦うのはあくまでもあいつひとりであって、手助けしてうまくいくもんでもねぇって事だ」
「だから突き放したと? しかし、このままでは貴殿は」
「だから賭けなのさ。……なァクラミツハよ、おまえは、いざとなれば情とか抜きで行動できる奴だよな? そこを見込んでお願いがある。おれがもし禍ツ神に堕ちて、敵も味方も判別できなくなるようなら、迷わず斬ってほしい」
「なっ!? 冗談ではない。そっ、そんな恐ろしい役目を拙者に押し付けると申されるかっ」
クラミツハは目を見張り、声を裏返して叫ぶ。
あまりにも無茶な要望に対し、無理からぬ反応だろう。
「たのむよ。どっちみちニギが食われて消えれば、おれも一蓮托生、堕ちるしか道はなくなる。重ね重ね勝手な話で悪いが、必ず無事に帰すって約束もしちまった。そのためには、あいつがあいつのままでいなくちゃ意味ねぇんだ」
数秒の躊躇いの間を挟んで返されたのは、
「相わかった。覚悟はしかと受け止め申した。とはいえ、出過ぎた真似を承知でひとつお聞きしたい」
どこか諦めたふうな呟きと、溜め息。
そして、続く言葉が、クエビコの心を深く抉った。
「理由はそれだけなのでござるか? 今の貴殿はまるで、ご無理をなさっているような、本当の気持ちを圧し殺そうとしているような、そんなふうに思えてなりませぬ」
潤んだ眼差しで見つめられ、戸惑いを隠せない。彼女の瞳は水鏡にも似て、胸のうちを見透かされるかのようだ。
「おまえの言うとおり、確かに、私情も混ざってる」
彼は知らず知らずのうちに、墓場まで持っていくはずの想いを吐露していた。
「わからねぇんだよ、ニギを、どう見ればいいのか。
あいつは人間で復讐の道具で、ただそんだけで良かったのに、いつのまにやら変わってた。
今じゃたったひとりの……おれなんかを信じてくれる、唯一の女になった。手前の村も守れねぇ愚図なカカシ野郎なんかに、命を預けてくれたんだぜ?
でもこれ以上はもうダメだ。だってよ……いくら大切に思っても、あいつはけっきょく地上に帰っちまうだろが。そしたらおれはまた独りだぞ。あんな気持ち二度も味わうくらいなら、いっそ自分から嫌われる方がマシかなって」
我ながら、ぶん殴りたくなるほどの女々しさだと思う。
泣き笑いじみた恥ずべき表情を隠すべく俯いていると、やわらかい何かによって包み込まれた。
抱き締められている、と遅れて気付き、慌てふためく。
「よしよし。わかった、よーくわかったでござるよ」
クラミツハは赤子をあやす時の手つきで、毛糸頭を何度も撫で梳く。
豊満な乳房が視界一面を埋め尽くす事で産み出される、あたたかな暗闇の中、クエビコはただただ困惑していた。
(なんだこれ、オイなんだこれ、なんだこれ)
違うそうじゃない★オモイカネちゃん
オモイカネ
「フーン、アンタガ私のプロデューサー? マ、イイケド」
ツクヨミ
「命が惜しければ安直なキャラ真似はよすんだ。ファンの怒りを買って殺されかねないよ。
ちなみに僕はしぶ〇んPだよ」
オモイカネ
「ソースカ、ツクヨミ様はクール系がお好みデスカ。ちなみに私に似てる子とか居マス?」
ツクヨミ
「ロボッ娘枠はないよ。あったとしてもキミみたいな品のない子はそもそもアイドルにはなれないと思う」
オモイカネ
「辛辣アウチッ……!
テカ、そんなことより、仲直りのきっかけ作りの話はどうしたんデース!
妙案あるならいますぐプリーズ」
ツクヨミ
「フフ……いいかいカネくんよく聞きな、それはね、芝居をうつんだよ」
どーん
オモイカネ
「ハイー? よし〇と伝家の宝刀として有名なアレデスカ?」
ツクヨミ
「うん、そう。傷心の姉さんにとつじょ襲いかかる暴漢、颯爽と現れて救い出すカネくん。そしてすかさず言うのさ、『やり直してくれへんやろか………?』。このシチュエーションならすんなりと気持ちを伝えられるでしょ」
オモイカネ
「ウーン……アー……ソノー、もっとモノスゴイ知的な計画を想像してたんですが、意外に地味というか、なんともベタというか」
ツクヨミ
「そんなキミに言葉を送ろう。
『ベタこそbetter more』」
オモイカネ
「うわっ……
うわっ(二回目)……」
ツクヨミ
「なんで引いた? ねぇ今なんでちょっと引いた?
まァいいや、せっかくだし、ここで軽く練習しとこうか。
僕が暴漢と姉さん役やるから、キミはヒーローやってよ」
※ ※ ※
暴漢ツクヨミ
「オラーオラオラーワクワクしてきたぞー」
裏声ツクヨミ
「やめて! 私に乱暴する気でしょう? 薄い本みたいに!」
ハイここで登場!
ヒーローカネ
「やり直したらどーや(棒)」
ツクヨミ
「ちがっちがっ! そうじゃ、そうじゃな(ry」
続く続けば続くとき




