其ノ十~キングビコナー・オーバー!~
暗くて狭くて臭くて暑い。
そこは牢獄だった。
厳重な結界によって封印された密閉型の虫籠は、内部でいかに暴れようと決して開かず、虜囚の脱走を許さない。
「~~、~~~~~~~~~~~~!」
小人の神兼妖精の神兼脳外科の神……スクナビコナは、全長0.4ミリにも満たぬ体を震わせて、怒りに燃えていた。
「~~~~~~、~~~~~~~~~~~~!」
嘆く声は神族の可聴域をも超越する高周波音……つまり超音波なので、人間にはまず聞き取れまい。こうして字幕スーパーで翻訳せねば、読者諸兄にも伝わらぬであろう。
ここで虫眼鏡視点に切り替え、彼女を観察してみよう。
総合的な外見は、あどけない女児そのものだ。
丸い瞳は光を吸い込む琥珀色。腰まで届く髪は、白銀を溶かして叩いて薄く伸ばしたかのよう。
垂れ下がるほどの長い耳といい、昆虫そっくりな三対の薄羽を背負う姿といい、西洋圏にてしばしば空想されがちなステレオタイプの妖精像に近い。もちろん、衣服の類も着ておらず、称号に恥じぬ絶壁幼児体型が瞭然である。
「~~~~~、~~~~~~~~~~~~~~~~、~~~~~~~~~~~~~~~~……! ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……
~~~~~~!」
スクナの辞書に自業自得の文字はない。こうなったのも反逆罪の罰なのに、なおも懲りずに恨み節を吐き捨てる。
そんな時、
『ぎひひひゃは~ッ!!』
暗闇にこだますは、気味の悪い哄笑。
『や~、オメーちゃん極悪だにェ、自己中だにェ、反省の色無しだにェ。おいちゃん気に入っちゃったよォン』
男の声らしいが周囲に気配はない。何者かがテレパシーで語りかけているのだと気付き、スクナは身を固くした。
(~~~~!)
こちらも負けじと心の叫びを飛ばす。
『ダレでもい~いダルォ。聞きてェ事があンのはコッチ。確認してェのは、オメーちゃんの望みだァ。
どうしたい? 何が欲しい? 留め金を外してェってンならお安いご用。分けてやるぜ、おいちゃんの力をにゃ』
影も形もない男が、神経に障る巻き舌で誘惑してくる。対するスクナは不思議な事に、いきなり馴れ馴れしい口を利き、甘く優しい手を差し伸べる得体の知れぬ相手の言葉を、怪しすぎると感じながらも既に受け入れ始めていた。
(~~~~~~~~~~~~? ……~~)
『みなまで言いなさんな、出るだけじゃ心許ないんだろ。そこはホレ、おいちゃんビジネス歴長いから解ってるヨ。ワガママなご要望にも懇切丁寧、臨機応変、笑顔で営業。安心と信頼の各種サービスでお出迎えってなもんで……』
いよいよ話の胡散臭さに拍車が掛かってくると、
『ダ、ル、い。ダルすぎだわよ、あんた。こんなヤッツケ仕事の、それも前置きだけにいつまでもチンタラやって』
今度は、女の声が加わった。
聞く者の耳を貫く針のごとくに、冷たく鋭い響き。
(~~~~~~~~~~~?)
『仲間ぁ? ふざけんなだわ。こんなゲロ野郎とひと括りとか、最大級の侮辱だわよ。地面にぶちまけられるだけの汚物と違ってね、あたしゃ、時間を大切にするんだ。川の流れのようにとめどなく、今日が夕焼け色に変わるまで』
『おーおー、おしっこ娘が囀ずってらァ~』
男のセクハラ的発言を、女は、シカトで受け流す。
『これはねスクナ、さる御方の思し召しなのよ。カカシと神器使いが憎けりゃ支援するから、好きに暴れろって事。ま、あんだけコケにされといて神の誇りが傷つかなかったって言うなら、こっちも無理強いする気は無いけど……』
さっきから命令したいのか挑発したいのか。ゲロ野郎とおしっこ娘の言う事は、突飛すぎてついていけない。
スクナは徐々に迷うのも考えるのも面倒になって、
(~~~~、~~! ~~~~~~~!)
素直に平伏し、助けを乞う。
脳内では、自身に屈辱を与えた娘の面が、どろどろと渦巻いている。
復讐とも呼べぬ八つ当たりだろうと、小物である彼女にとっては、悪魔に魂を売るだけの十分な理由となり得た。
『覚悟決めたら受け取りねぃ、こんなサービスこれっきりよん!』
ゲロ野郎が言い放つと同時に、神力の譲渡は完了する。
『そんじゃま、武運を祈る、ってなもんだ』
『山神と水神の力の欠片だよ。上手に使うこったね』
珍入者達はそれきり通信を絶つ。
ただし、スクナは聞いていない。余裕がなかったのだ。
彼女の小さな肉体は、内側で暴れ狂う膨大な熱と電撃を許容しきれず、粉微塵に爆裂していた。
暴風吹き荒ぶ中、飛散した細胞群は空間を漂いながら、目に見える速度で増殖・肥大して、一つに結集してゆく。
宿す力に相応しい新たな姿へと、転生を果たすために。
※ ※ ※
痛くて寒くて辛くて苦しい。
ダイコクは重傷だった。けれど死には至らない。気分は最悪だ。
湖に浮かぶ淫らな城・比礼城最上階に位置する部屋は、彼の流した血液でドス赤く染め上げられている。
(畜生、なんで我輩がこんな目に)
ダイコクは丸二日間、百を越す妾達による怒りの制裁を受け続けてきたのだ。
女の恨みというものは恐ろしい。
なまじな事では死ねない神の体を理解しつくしているが故、拷問のバリエーションも多岐にわたる。焼いた大岩に縛り付けられた上で転がされたり、縦に割った巨木の間に挟み込まれた上で毒虫に襲われたりと、いっそ殺してくれと願うほど趣向を凝らして苛め抜かれて、さしもの豪胆な彼の精神も、今や赤子の泣き顔みたいにクシャクシャだ。
痛いのが体だけならまだ我慢できようが、現実はもっと厳しい。ウン千年かけて集めた女達は皆、キヅキ州の経済基盤たる地方豪族出身ばかり。そいつらに愛想つかされたという事は、出兵契約解除などの様々な政治的報復処置をこうむるという事だ。比礼城の兵は既に引き上げ完了しており、現在はお抱えメイドしか残っていない惨状である。
「んくちょ」
突然、細いものに鼻孔をくすぐられ、クシャミが出た。おかげで、朧気だった意識が強制的に引き戻される。
瞼を開けると、妻と似た顔の少女に見下ろされていた。
「うくくっ、やっと起きてくれた」
スセリの口元が、ふわりとほころぶ。いつもどおり悪戯めいていながらも、どことなく疲労の陰りが見え隠れする弱々しい微笑みだった。細い指先で、自らの瑞々しい髪をひと房つまんでおり、それをこよりとして用いたらしい。
ダイコクはしばしポカンと開口し、硬直する。
やわらかくあたたかな感触を後頭部に覚え、彼女に膝枕されている事に気付くやいなや、
「触るな離れろ汚らわしいッ」
まだ全ての筋が繋がりきらない、再生したての肉体に鞭打って、跳ね起きた。
しかし、手足に巻かれた包帯が邪魔で自由に動けない。
「なぜ我輩の部屋に居る! 寝首でも掻きに来たのか!」
相手の体の中で目に留まるのは、着物の裾からちょこんと覗く右手。ひどい荒れ方で、あかぎれが痛々しい。
ダイコクは不快になって、顔をしかめた。
さらに床には氷水を張った桶があり、新しいものと取り替えたばかりであろう血染めの包帯まで散らばっている。
いやがおうにも、想像力を喚起されてしまう。
(我輩が再生するまで、こいつはずっとそばにいたのか。
目の下の隈はなんだ、見苦しい。
我輩の事を、夜通し介抱していたからか?
ボロボロの手はどういうわけだ、醜いぞ。
我輩の炎症とかを、何度も冷やしてそうなったのか?)
あらゆる推測が、ダイコクの神経を逆撫でる。
悔しくて腹立たしくて、たまらない。
「どうしてこんな真似をする」
彼はいつしか暴れるのをやめていた。
「夫婦だからに決まってるでしょ。ま、これに懲りたら、くだらない浮気心なんか二度と起こさない事ね」
「違う! ふざけるな、お前は妻ではない!
それに……俺はお前を殺そうとしたのだぞ。そのためにスクナを利用したんだ」
「知ってたわよ」
スセリは後ろ髪を払い、事も無げに言い返す。
「むしろ嬉しいくらいだわ、ちゃんと恨んでもらってね」
理解できないといった男神の顔を穴が開くほど真っ直ぐ見つめて、またも微笑む。
「そうよ、わたしはスセリじゃない。
消えないために、自分を守るために、あなたから奥さんを取り上げた女よ。
そして、あなたが泣くのを初めて見た日……決めたの。この世界で生きて死のうって。
責任感とか罪悪感とか、そんなクソつまらないものじゃなくって、間違いなく自分の意志でね。
奥さんの代わりにはどうあがいてもなれないんでしょうけど、せめてあなたの心の穴を寂しさ以外の何かで埋めてあげたかった。怒りでも憎悪でも空虚よりはずっとまし。生きてるあなたが好きだから、だからわたしは嬉しいの」
「好き、だと?」
言葉の応酬に打ちのめされたダイコクは、思わず首ごと目をそらす。
「はっ、白々しい嘘をつくな。今まで散々襲っておいて」
「あなたばかなの? 命を奪うってのは、相手の全存在を背負う事なのよ。愛がないと出来ないじゃない」
一方のスセリはというと困ったふうに眉を曲げ、彼の額に軽いチョップを食らわせる。
「いてっ、やめろ馬鹿!」
「わたしは浮気性のあなたが嫌い。あなたはスセリの偽者のわたしが嫌い。どっちも殺したいほど求め合っているのだから、これはもう立派な両想い」
「だ、黙れ! お前は狂ってる!」
「相手を殺す気もない奴に恋する資格はないわ。男と女は追って追われて狩って狩られてこその動物。ましてや夫婦なんか、一生かけてお互いを飼い殺すようなものでしょ」
抗議の叫びすらも押し切って、独自の理論をさも常識とばかりにまくしたてたのち、満足げに胸を張る。
「これがあなたを許す理由。おわかり?」
「もういい、頭が痛くなってきた! 誰かある、こいつをつまみ出せー!」
付き合いきれぬと呆れ果て、ダイコクは掌を打つ。合図に応じて入室したのは、イナバ族のウサミミメイド二名。
「おおおお、お呼びでしょうか御館さまままま」
「なななな、なんなりとお申し付けくだしああああ」
来たはいいが、様子がおかしい。
揃って能面然とした表情で、体を前後に激しく揺さぶる奇っ怪な動作を繰り返す。
「どうしたのだお前達?」
ダイコクが訝しみ、不用意にも歩み寄っていったところで、メイドの頭は唐突に柘榴めいて爆ぜ割れる。
断面の血肉を無理矢理押し広げ、もう一つの頭部が飛び出す。ギョロリと剥いた目玉や、裂けた大口に並ぶ鋸様の牙は、忘れようもないサメ型怪人の偉容だ。イナバ族の子々孫々に脈々と伝染してきた、変化の病の再発である。
(馬鹿な! スクナはいま術を使えないはずだ。いったい誰が操っている)
想定外の事態に整理が追い付かず、立ちつくす男神の前で、サメ怪人の喉が鳴る。
「ダイコク……呪イヲ解ケ! サモナクバ死ネ!」
意味深な言葉を発した顎が、糸引く唾液の滴る牙が、彼に向かって急迫してゆく!
あわや、という局面に、介入したのはスセリであった。
軽やかな身のこなしで躍り出て、右手を一閃。
着物の袖口から放たれた大百足の鞭が、虚空を疾走ってうねり、サメ怪人の首に絡み付く。百足は蠢く無数の脚で敵をガッチリと捕まえたまま、野太い身体の節々を捻り、凄まじい力で頸骨を締め上げた末、一気に粉砕せしめる。
さらに少女は、左の袖を振り払い、内側にて眠っていた雀蜂の群を呼ぶ。音速の壁すらも容易くぶち破る生きた弾丸が、二匹目の怪人めがけてお尻の針を向け、機関銃の勢いで一斉に突撃し、相手を文字通り蜂の巣へと変えた。
鮮烈なまでの手並みに、ダイコクは声を失う。
「非常口から逃げなさい。たぶん、まだ来ると思う」
どこか遠い場所を見るような眼差しとなるスセリ。
彼女の予言は数秒後、現実となった。
東西の戸が破られて、ウサギメイドとサメ怪人の中間という半端な姿の化物どもが、次々に押し寄せてきたのだ。
「あ~くそっ!」
正体不明のモヤモヤを連れて、ダイコクは背を向ける。でかでかとした行書体による『処女狩り』の筆文字が踊る掛け軸を力任せにひっぺがすなり、裏側に隠されていた、秘密の通路へと続く階段を数段飛ばしで駆けおりてゆく。
もちろん、分厚い鉄板の扉をロックするのも忘れない。
※ ※ ※
「逃ゲルカ、ダイコク!」
「サモナクバ!」
口々に唸って追いすがろうとする怪人どもを、スセリは単身、迎え撃つ。
「うくくっ、行かせないわ。殺らせもしない」
いかに腕の立つ虫使いといえど、華奢な乙女の孤軍奮闘など、当然ながら長続きするものではない。
両手の百足で薙ぎ払っても吹き飛ばしてもキリはなく、次第次第に息があがって劣性となり、取り囲まれる。
「……誰にも渡さない」
爪が撫で、着物を破る。
牙が食い付き、柔肌を裂く。
「あのひとの命は……」
傷が刻まれ、血が流れ、意識と気力がすり減ってゆく。
だがスセリは、己が負けているなどと露ほども思わず、勝ち誇ってさえいた。
なぜならば、この戦いにおける勝利とは、敵を打ち倒す事ではなく、愛する男を逃がす事にあったから。
「わたしが奪うのよっっ!!」
だから、彼女は、うくくと笑う。
※ ※ ※
静まり返ったその部屋で、虫籠の錠が外れる。
蓋がひとりでに開き、あふれでたのは、闇だった。
※ ※ ※
湖畔から望む景色に、異変が起きた。
湖が干上がってゆく。
否、登っている。幾筋もの水の柱として渦を巻き、雲に帰る龍のように。
比礼城が崩壊してゆく。
否、変形している。幼子が積木を蹴り倒し、でたらめに組み直すように。
渦が消える頃、城はすっかり元の面影を無くし、曇天を突いてそそりたつ岩と鋼の巨神と化していたではないか。
見よ、これこそ、生まれ変わったスクナビコナ。
もはやチビ妖精ではなく、少なでもない。百メートルをゆうに越すサイズにして、大容量だ。ならば何と呼ぼう。
《これでアタイは、キングビコナーなのだ~!》
語り部が考えあぐねていたら、勝手に名乗りを上げた。
とにかくまァ、キングと。
そういう事らしい。
オーバーヒートだ! オモイカネちゃん★
アマテラス
「それではお待ちかねバンジーの時間だオラァ!
全裸で、命綱亀甲縛りの上、ダブルピースでチョリースしながらシーチキンへの想いのたけを洗いざらい告白しつつ、腐った豚の角煮の海へとダイブしてもらおうぞ」
オモイカネ
「ミカド様フザケンナ! おまえ完全にキ〇ガイじゃねーかァァァァ!
これが最高神のやることかァ!」
アマテラス
「最高神だからやるんだろう?
レッツバンジー!」
オモイカネ投下!
オモイカネ
「びゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!
アマ公テメェ、ファッ……おぼえて◎◇□■▲▼◆▽★(解読不能)
シーチキンさんいつもありがとうございまぁぁぁぁああああああああああああっっ!!
アヘー、チョリースチョリース!
あっこれ命綱くいこんで……切れる切れる! ちょ、ダメだってこれっっ……あっうっぁっ………!(失禁)」
数時間後
オモイカネ
「グギギギギ……もう許サン……! ナメヤガッテ、殺してやるアマテラス……!」
アマテラス
「あっ……怒っちゃった?
ほ、本気になるなよ~、こんなの単なるおふざけぞよ?」
オモイカネ
「うっせうっせ!
もうオマエとは絶交ダー!
ワターシが反抗できないと思って、まいどまいどつけ上がりやがって~!
こんな生活もうたくあんデース!(血涙)」
アマテラス
「行っちゃったぞよ……
……どうしよ、やりすぎたかな……嫌われた?
明日から遊んでくれなかったらどうしよう。
余、あいつ以外に友達いねーぞよ。
なのに孫の事で血がのぼってあんなひどいこと……
……
ま、まあ、あいつバカだからきっと明日には忘れてるか! 気にする事ないな!」
つづく……




