其ノ五~カクセイ~
神風、吹く。
「うわ、退くから待って」
「ザコカカシの巻き添えでフレンドリーファイアとか草も生えんわ」
侍少年と薙刀女は、慌ててクエビコから距離を取る。
狐耳の弓兵が弦を弾き、とき放たれた最後の矢はまっすぐに、満身創痍の神に向かって滑空してゆく。
刹那、疾風が吹き抜けた。
十五メートルもの距離を瞬時に縮め、矢の先回りをして、クエビコの前に躍り出た者がいる。
少女だ。
気絶していたはずの正体不明の巫女は、迫る必殺の一撃に物怖じする事もなく、瞼を開ける。
瞳の色は、まさに今日この日の晴天を水面に落としたかのごとき、透けんばかりの蒼だった。
「『かがみ』、起動」
梅の花弁を思わせる薄い唇が、低くひそめた言葉を紡ぐ。
正面の虚空に、あり得るはずのない鳴動が響く。
目映い光が瞬くと、現れたのは巨大な銀の障壁。
正確には透明な帯のようなものが、巫女とクエビコを取り囲んだのだ。
矢は、輝く帯に先端を『やんわり』受け止められたかと思うと、途端に進行方向を曲げる。結果的に射抜いたものは、避難の最中だった侍の後頭部。
「ふえっ」
味方の矢によって額を突き破られている事を知ってか知らずか、少年は間抜けな声を発して地面に倒れ伏す。
そして、全身が音もなく消滅した。
眼前で起きた不可思議にクエビコは驚きを隠せぬが……今はそれより、巫女の行動の方が理解できない。
「ちょっとアンタ何してくれてんの!」
薙刀女が遅れて気付き、怯えの混じった叫びを上げる。
「PKとかまぢ胸糞なんですけどぉーっ!?」
乱入者への怒りをむき出しに、震える両手で得物を構え、突進をかけた。
対する巫女は相手の顔を見ようともせぬ。
代わりに、光の帯が蠢き立つ。それは、全身の体重を乗せたであろう刺突を難なく遮断したばかりか、再び怪現象を引き起こす。
薄っぺらな帯の内側に、薙刀が、ずぶずぶと吸い込まれてゆくではないか。
貫通した、という意味ではない。突き出した柄の中程までが、どこか見えない空間に消え去ってしまったのだ。
そして次の瞬間、帯に沈み込んでいる部分の横から、失われたはずの切っ先が飛び出す。まるで、鏡の反射を利用したトリック映像のごとしである。
薙刀女はわけもわからず、自らの武器に胸を抉られ、力なくうなだれる。その体が侍と同じく雲散霧消した後、
「最悪……こいつイカれてるぅ!」
残った狐耳の弓兵は、得物を捨てて身を翻す。
「運営さぁーん助けてぇーっ! ここにPKいますよぉーっ!」
錯乱して喚きたてながら逃げる背中を、巫女が追う。
「『つるぎ』、起動」
彼女がまた呟くと、展開していた光の帯は収束し、瞬く間に形を変えた。
それは言葉通りの諸刃の剣……
だったのだが、幅・長さ共に、常軌を逸している。半透明の刀身はゆうに五メートルを越すに違いなく、雄々しく天を突く巨木のごとき威容である。対して柄の部分は、少女の手に軽くおさまりきるほどに小振りなもので、アンバランスこの上ない。実在するなら武器として扱う以前の問題であろう。
その剣とも呼べぬ塊を、巫女は片手で振り抜いた。
先端が僅かに『かすった』だけにもかかわらず、弓兵の右足首は『吹き飛んだ』。
「いぎゃあァっ!」
斬れたのではない。飛び散ったのだ。
「あひいいぃ痛いっ! いだいよおぉぉっ! うそウソうそウソ、嘘だよこんなの、なんでえぇぇえええ!」
田んぼの泥の中を転げ回る狐耳の絶叫に、もはや茫然と立ち尽くす他にないクエビコは、眉をひそめた。生き物が肉体を損失して痛いのは当たり前。それをさも信じられないといった様子で叫ぶ事に、違和感を覚えたからだ。
注意して眺めると、奴の断面からは血が一滴も出ておらず、露出するはずの肉も骨もない。薄ぼんやりと発光し、火花を散らしているように見える。
(人とも神とも違う……いやその前に、生き物なのか?)
途方に暮れると同時、その理解不能な存在を今まさに追い詰めている者への戦慄が、彼の心を支配した。
「だずげで、お願いじばすっ!」
芋虫のごとく這いつくばって、しゃくり上げて情けを乞う相手に、巫女は一貫した無表情のまま『つるぎ』を振り上げる。
「むり、むりぃ……そんなっ、おっきいの」
涙声を虚空に残し、弓兵は叩き潰された。
極太の凶器が無数の粒子と化し、風に吹かれて運び去られた直後……巫女が振り向く。空色の瞳は、紛れもなく、カカシの神の姿を映しこんでいた。
「お次は、おれの番ってか……。畜生、やる事が山ほどあるってのによう」
クエビコはもう立つ事もままならず、体をグラリと傾けてボロボロの杭に寄りかかる。視界が霞み、意識が揺らぎ、大切な力が枯渇するのを感じた。
神だって生物だ。斬られればちゃんと死にもする。
「むら……あいつら……まもん、な、きゃ」
ぼそぼそと繰り返すうちに、巫女が彼の前に立つ。
その額に掌を宛がうと、彼女は静かに口を動かす。
「『まがたま』、起動」
クエビコの世界は、そこで暗転した。
おしえて! オモイカネちゃん☆
オモイカネ「キャー(棒)、着替エ中ニ入ッテクルナンテH・スコッチ・フルスクラッチ、デース。エ? オ前ノつるぺたボディナンカ見テモ別ニ楽シクナイッテ?
『屋上ヘ、行コウゼ……久シブリニ……キレチマッタヨ……』
サテ、ソンナ事ヨリ今回ハ、文字通リのヒロイン覚醒回デシタネ。デモ残念、真のヒロインハ私デスカラ。神ダケニ。
ダイタイ無表情トカ私のパクリデスカラ。認メマセン。ナンカ、いかにもチートっぽい能力持ッテルシ、絶許デスシオ寿司。
『つるぎ』……何デモ斬ル
『かがみ』……何デモ跳ネ返ス
『まがたま』……何デシタッケ?
ドレモ限られた時間内シカ使エナイ、使ッタ後ハ壊レルトイウ制限ガアルヨウデス。マーお約束デスネ(*`・ω・)ゞ
ソレデハマタお会いシマショウ。サヨナラ……」