其ノ九~DAYBREAK'S BELL~
『今のはなかなか良かったよ。でも……まだ弱い』
ニギの背中を踏みつけ、少年が得意気に笑う。
『どうだい、こんなのまだ使えないだろ? 「つるぎ」や「かがみ」は単純だけど、「まがたま」はちと曲者でさ』
右手に握る得物……もとい第三の神器『まがたま』は、兵器とはとても思えぬほど派手派手しいデザインだった。回転式拳銃と似通った部分を確認できるが、機能美からは程遠い。全体的に丸っこい形状といい、中心の弾倉を境として銃身と銃把がそれぞれ赤と青に塗り分けられている事といい、幼い姿の神が扱えば悪趣味な玩具にすら思える。
『やいカカシ、きみさ、この娘を守るとかってカッコよくほざいてたよな。早くも一回死んだわけだけど感想は?』
あからさまな嫌味にクエビコは歯噛みしながらも、
「殺れるもんかよっ! そんな手段で、今ここで!」
堪えていない体を装って叫んだ。
「そのニギは意識の欠片を切り離した分身だ! そいつを消しても、布団で寝てる本体が目覚めるだけなんだぜ!」
コトシロの受け売りである。
術式に移る直前、口酸っぱく説明されていたのだ。
「調子こいてんじゃあねーよ、クソナマガキ! こっちも言わせてもらうがな、ずっとニギの中に居て自由に動けたんなら、とっくの昔に乗っ取ってるはずだよな! 積極的に出来ない条件とかがあると見た! 違うか、あァん?」
数秒間の沈黙が過ぎ去ったのち、少年は投げやり気味に「あァうんそだね」と答え、あっさりとニギを解き放つ。
「わああああうっ!」
死なないとわかっていても、相当に怖かったのだろう。少女はふらつく足取りで駆け、保護者の足元にすがり付くなり、滝のごとき涙を溢してガタガタと震えるのだった。
(これがいつものコイツだよな。さっきのは驚いたけど)
クエビコは、ナマガキに飛びかかっていった先程までのニギの姿を思い出して、今の情けない泣きっ面と重ねる。
どうにも、しっくりこない。
この臆病ワンコ女が激昂するところなど、初めて見た。パニックに陥って喚いたり反論したりする事はあっても、いち個人に噛みついていくほど取り乱した事はないはず。
意外と、沸点の低い性格なのか?
一人称が『ボク』なだけに、本当は男勝りな面を秘めているのだろうか?
わからないけれど、腐れナマガキ……ニニギノミコトは確かにこう言った。『良かったよ』と。どういう意味だ?
「ひぐうううっ、クぅエええええっ!」
「つくづくおまえは度胸があんだかねぇんだか……相手も知らず向かってくのは勇気じゃなくて無謀ってんだぞ?」
頭を撫でまくってなだめながら大事な教訓を語っている最中なのに、
『良かったねチビちゃん、飼い主様に慰めてもらえてさ』
などと、すかさず茶々が投入される。
「わぅうぅ、うっさいばか、ばーか!」
幼稚な悪口しか言い返せないニギに呆れ果てた様子で、少年は、銃を持っていない方の手を上げる。
指が三本、立っていた。
『三分』
「は?」
何の事やら、とんとわからない。
クエビコを笑わないであげてほしい。
彼の記憶に残る古代日本では、一日のうちの時間区分が近世ほど細かく設定されておらず、ゆえに分も秒もない。では、彼よりも若いと言えど似た時代を生きてきたはずのニニギノミコトが、それを使うのはどういうわけだろう。
『いいんだよ別に、カカシに伝わらなくったってさぁ……ねェきみに言ってんだよチビちゃん。次にミクサウエポン発動してから、だいたいカップめんが出来上がる頃。宣言しよう、その間にきみの人格を食いつくしてやれるとね』
ニギが、生きたまま凍り付くように硬直する。
『きみなんか所詮そんなもんさ。下々の言葉を借りれば、まな板の上の鯉ですらない。食ってくれと言わんばかりの……調理済みの据え膳だ。とはいえ、これじゃあ勝負がつまらないんで、どれ、いっちょ苦言を呈してあげよう』
対するニニギは、歌うような語調でのたまう。
『我のない奴ほど乗っ取りやすい獲物もいない。
よく考えてみなよ。例えばダイコクの城で、きみは何を思って「つるぎ」を振るった?
友達を守るためなら何しても良い、だって? こんなの意志とは呼べないね。力に溺れた思考停止の暴走行為に、聞こえのいい理由をこじつけただけじゃないか。
脳味噌の足りてない奴にそういう大義名分を渡したら、悪質な免罪符にしちゃうんだな。誰かのためと言い張って責任を全部そいつに丸投げする、上面だけの綺麗事の酔っ払い。きみの事だよ。だから、強さってもんを間違える』
「ち、がう……ボクは、ボクは」
みるみるうちに蒼白に変わりゆく少女の顔を、カカシは見ていられない。
「耳をかすなニギ、くだらねえ揺さぶりだ! 心を持っていかれるぞっ!」
『笑っちゃうよぉ、何もかも空っぽで薄っぺらなんてさ。こんな人間、見た事ない。
おっと失礼、きみは確か……自分が本当に人間かどうかすらわからないんだっけ? じゃあ無理もない話かな♪』
「もうやめろォ! 黙れ手前ッ!」
『なにさ、しっかり聞いてたくせに。ぼくはね……どうせ戦争するんだったら、楽しく公平にやりたいだけなんだ』
「公平に、だァ……?」
『そう、神対人間の、生き残りをかけた食い合いをだよ』
少年が両腕を広げたところで、唐突に、崩壊は始まる。
周囲を染めつくす真っ白な霧が、爆発するみたく一気にかき消えたかと思えば、残るのは混沌渦巻く無明の空間。
闇が全てを吸い上げてゆく。
少年も、少女も、カカシも。
『あァそうだ、クエビコ。次またいつ会えるかわかんないし……ちょっと言伝て頼まれてくんないかなあ?
アマテラスのお婆ちゃんにさ……愛してるって』
「やなこった、クソジャリめが!」
『はは、つれないね』
そんな会話を最後に、世界は塗り替えられた。
※ ※ ※
「クエビコさん、ニギさん、起きてくださいよぅ~っ!」
薄ぼんやりとした意識に響くやかましい金切り声。瞼を開ければ、コトシロの必死の形相が目に飛び込んでくる。
「あァ、良かったぁ呼び戻せて! もうちょっと遅ければ永眠でしたよ! ギリセーフッ!」
「いくら美神でも寝起き一発オカマの面ってキッツいな」
「やだ、オカマじゃなくてゲイですってば。でも綺麗とか思ってくれてたんですね♡ うれしっ♪」
嬉しそうにはしゃぐコトシロにげんなりし、クエビコは隣を見やる。
そこではニギが掛け布団で身をくるみ、うずくまって、何やらぶつぶつとうわ言みたく呟いていた。
「……ボクは人間だ。意志だって、ちゃんとある」
「寝起き最悪はこっちも一緒かよ。けどなニギ、落ち込む暇なんかねえぞ。ああなった以上、もう避けちゃ通れん」
「……空っぽじゃない、薄っぺらなんかじゃない」
話しかけても上の空で埒があかない。まるで腑抜けだ、まともに応じる気力も尽きてしまったというのだろうか。
だんだんと腹が立ってきたので、
「こんの、ばっけろい! イジケてねぇで起きやがれ!」
布団の小山を鷲掴みして引っぺがす。
勢いでやってしまってから、「あ、こいつまだ裸だったっけ」と、重大な事実を思い出したものの、後の祭りだ。
「きゃああああ~っっ!」
悲鳴と共に、再び、艶めく素肌がさらされる。
クエビコは余すところなくガチガチに硬直し、彼の股間に視線を落としたコトシロが、「あら~」とほくそ笑む。
「えっ、なんでボクこんなカッコなの? クエもだし!」
たちまち深紅に火照り上がって、胸と局部を庇うニギ。
正気に戻れたなら結果オーライだけれど、どうも記憶が曖昧らしい。
(じゃあ、アレも覚えてないのかな。ていうか、忘れててくれ!)
心に潜る直前のやわらかな唇の味が、クエビコの脳裏に甦ってきた。
「コトシロよ、念のため確認しときたいんだが……おれ、ニギに対して接吻以上の行為までやらかしてないよな?」
こそこそと耳打ちする。
「まァまァ、ご心配なさらないで。そのあと数回に分けておしりを揉んでたくらいで、すぐ倒れちゃいましたから」
「嘘だろ、触ったのかよ! ちっくしょーぜんぜん覚えてねえんだけど! あーくそう、どんなだったのかなァ!」
不覚に震えて地団駄を踏む彼の悔しがり方には、流石のコトシロも若干引いたという。
※ ※ ※
数分後、クエビコとニギは徐々に落ち着きを取り戻し、それぞれの衣服に袖を通した。
「おふたりさ~ん、心身ともに疲れたでしょう。ごゆるりとしてくださいねえ」
テントの外から戻ってきたコトシロが、洒落た湯飲みとモナカみたいな和菓子を盆にのせて運び、両者に手渡す。
「あ、ありがとます。いただきます……」
ニギはたどたどしく礼を言い、お茶の表面に映る、自身の思い詰めた顔を覗き込む。やがてキッと目尻を上げて、
「……あんな奴が、ボクの中にいたなんて。あんな奴に、今までずっと、助けてもらってたなんて……!」
「スセリに教えられてないか? なんぞ、対処法とかよ」
「一応、何度か話した。気持ちだけで上書きを抑え込んだって聞いたけど……あの人の我の強さは、なんていうか、濃ゆくてさ。同じやり方がボクに出来るとは到底思えないし、なによりも相手が相手だ……全く勝てる気しないよ」
またもや消極的な思考に逃げている。
真っ向から堂々と向けられた明確な敵意に圧倒されて、すっかり萎縮し、戦う前から敗けの姿勢だ。
叱り飛ばしたい衝動を、クエビコは辛うじて圧し殺す。
「諦めが早すぎんだろ。むしろおれは思ったんだが」
と一拍置いて、茶をすする。
「あのナマガキ、案外良い奴かも知れねぇぞ?」
「なにそれ」
ニギが怪訝そうに眉をひそめたところで、
「あの、ちょっといいです?」
コトシロが遠慮がちに挙手する。
「提案なんですが、ニギさんをしばらくうちの患者として預からせてくださいませんか? 経過も診ていきたいし、こんな半端な仕事をしたんじゃ医者の面子がたたないし」
「申し出はありがてぇ……けど、生憎おれたちゃ旅の途中で南へ急ぐんだ」
「だいじょぶ。あたしらもちょうど南の国境目指して出発するとこだから、そこまで一緒に行けばいいんですっ! 他にも色々と協力しますよ、悪い話じゃないでしょっ?」
火が付いたように鼻息荒く、グイグイ迫ってくる。そのあまりにも情熱的な剣幕に、クエビコは思わずたじろぐ。何だかんだ口実を作ってまでそばにいたいほど、ぞっこん惚れられてるのだろうか。困った事に全然うれしくない。
「元はと言えばこっちが急に頼んだ事なのに、なんでそう親身になってくれるんだ。言っとくが、おれは普通に女が好きな男だからな、見返り期待されても応えられねえぞ」
彼が気圧されて飛び退くと、コトシロは少しうつむき、眼差しに憂いの色を滲ませる。
「もちろんそれもあるけど、今回に限っては個神的な意地の方が大きいかな。
かつてのあたしは未熟ゆえに、スセリ様の神格を助ける事が出来なかった……。あの方を上書きで喪った当時の父は、そりゃもう狂うほど嘆き悲しんで、見るのも辛いってくらいでね。
その頃の無念がずっと長いこと自分の中にあったんで、また同じ症例に会えたら是が非でも再挑戦してモヤモヤを払拭したいと考えていました。患者がたとえ人間でも関係ない。これはあたしにとって雪辱の機会なんですよっ!」
切々と紡がれる言葉が胸に染み入り、クエビコは、眼前にいる相手のイメージを見直さねばなるまいと決意した。
(普通に立派な奴じゃねえか、趣味以外は尊敬できるぜ)
人間に身内を奪われたのだし、本来なら憎悪を抱いても無理はない。だのに私情に走る事なく、領土のために人間と共存する道を選び、ニギを救おうともしてくれている。
「それにね、愛しのクエビコ様が父と同じ想いするなんて嫌ですもん。
……あーあ、あたしの恋路は短かったなあ」
どこか乾いた微笑みを浮かべ、溜め息混じりに呟いて、背を向けるコトシロ。
「どういう意味だ?」
「だって、クエビコ様はニギさんを愛してるんでしょ?」
クエビコはたちまち二の句が継げなくなって、同時に、背後を振り向けなくなってしまう。
そこではニギが呆然と口を開けているに違いなかった。
撃ち落とせない★オモイカネちゃん
~超緊急特番『ニニギ武勇伝!』の巻~
オモイカネ
「ハーイ、ドゥーモー皆さん、カネちゃんダヨー。
今回はミカド様の職権乱用で、急きょ特番を組む事にナタヨー。やりたくないけどお仕事だから仕方ないデスネー。
天上に様々な伝説を残し、ジャパニーズキングダムの祖として名高いニニギノミコト様デスガ、当番組ではその神がかり的エピソードの一端をお見せしたいと思いマス。
なお、事務所に問い合わせたところ大人の事情で本人出演NGという残念な結果に……。
代わりといっちゃなんだけど、綿密な取材のもと再現VTRを製作しましたので、そちらをご覧になってクダサーイ。
それでは、ドドン。
※ ※ ※
ニニギ武勇伝その一
『華麗なる女性遍歴』再現VTR
ニニギノミコト(演:ニギ)
「き、き……きみ、かか、カワイイね。
ボ、ボクのお嫁さんになってほしいんだな。にんげんだもの」
コノハナサクヤヒメ(演:クエビコ)
「え~急に言われてもおれ……ゴ、ゴホン、サクヤ困っちゃうわぁ~。そういうお話はまず父を通していただかないと……」
サクヤは帰宅後、父にことのあらましを伝えた。
サクヤの父・オオヤマツミ(演:クラミツハ)
「あの天孫様に情熱アプローチされたって?
でかした我が愛しの娘、これで拙者の老後も安泰。
そうだ、オプションで長女のイワナガヒメも一緒に嫁がせるとしよう。天孫様も喜ぶでござるぞ」
そして縁談はトントン拍子に進み、挙式当日。
ニニギ
「さ、サクヤちゃん、ボクのためのウエディングドレス綺麗なんだな。お色直しも楽しみなんだな。
そしてそのあとの、よ、夜も……げへへ。
(台本に書いてるけど、どういう意味だろ?)」
サクヤ
「やーんニニギ様ったらドスケベ。焦っちゃダーメ。死ねばいいのに」
ここで乱入する者がいた。
サクヤの姉・イワナガ(演:タヂカラオ)
「うふーん、ニニギちゃんおまたせー。コルセットきつきつだったからブチ破って来ちゃったじゃんよ。今夜は三人で燃え上がりましょうねーん♡」
ニニギ
「うわブッサ。なにこれ聞いてないんだけど、こんな醜女が二人目の嫁とかボク的にあり得ないよね。
チェンジチェンジゲッ〇ーワン!
ドブスはお呼びじゃないから実家に帰れなんだな」
イワナガ
「ひっどーい! あんまりだわ、わーん!」
顔をこきおろされたイワナガは泣いて帰っていった。
オオヤマツミ
「ぐぬぬ……なんということでござるか。
妹コノハナサクヤには天孫様の子孫が『花のごとく繁栄するように』、
姉イワナガには『岩のごとき永遠の命を約束するように』とそれぞれ願いを込めたというのに……。
まさか外見で判断して追い返すとは失望いたした。これで天孫様の子孫の寿命は、ぐんと短くなるであろう」
※ ※ ※
オモイカネ
「なんということデショウ……ニニギノミコトはとんでもないものを盗んでいきマシタ。
アナタ達の寿命デス。
それもこれも、彼がコノハナサクヤヒメとだけ結婚したせい。後の世の人間達は、まるで桜の花のごとく儚い命となってしまったのデシタ。オシマイ」
アマテラス
「おう、オモイカネ」
オモイカネ
「アッ、ミカド様! 約束通り特集組みましたよ。VTRドーデシター?」
アマテラス
「どーもこーもないわ! なんぞ、あのヘボ役者! 孫がぜんぜんカッコよくないっていうか、シナリオも最悪! これじゃただの面食いの最低男じゃんか!」
オモイカネ
「エー? だって事実そうだし……」
アマテラス
「黙れ許さん。怒ったからな余は。完全にブチギレ。ぜんぶ貴様の責任ぞ。
これは万死に値する!」
オモイカネ
「エー! バンジー!?」
というわけで次回
『オモイカネちゃん、バンジーで失禁する』
ご期待ください!




