其ノ七~HUMAN TOUCH~
一行はコトシロの案内を受け、エレベータに乗り込む。
滑車の仕掛けが回って降下し始めると、木製の台を柵で囲んだ簡素な駕籠は、時おり軋んで上下左右に揺れ動く。
「あ~、ほのかに香る藁のにおい素敵で~す!」
「もちょっと離れてくんねえか?」
たださえ狭苦しいスペースの中、クエビコはコトシロに抱きつかれ、気が滅入っていた。キヅキ領主には男色家の息子がいると、カラスの噂でよく耳にしていたが、まさか実際に会って一目で、己が見初められる事になろうとは。
「なんつーか、まぢにダイコクと真逆の趣味してんのな。これで長男とはとても思えん……」
「暫定なんですけどね。父上ってば世界中で遊び回ってたんで、子が生まれた順番とかいちいち覚えてませんもん」
さらりと返されたのは、天上イチのプレイボーイを親に持つ者ならではのブラックジョークだ。
「……放して、あげて。クエ、嫌がってる、から……」
ニギが変神の袖を引っ張り、か細い声で抗議する。
「拒否しまーす。あなたクエビコさんのなんだって言うんですかあ?」
「ぐぬ……トモダチ、だよ……」
「きゃはっ、オトモダチぃ? その程度の関係性で、男の恋路を邪魔するもんじゃありませんよお、お嬢ちゃ~ん」
「わぅ……むか……つく……」
軽くあしらわれた挙げ句に子供扱いまでされて、少女はむくれてしまう。飾りであるはずの犬耳と尻尾が、怒りを表現するみたく、ぴんと立つ。
「しかし、なぜ村に寄る気になったのでござる? 我らは旅を急ぐ身だというのに」
「ばっか、みっちゃん。察してあげようよ。まんざらでもなかったからに決まってんじゃん」
隅っこの方ではクラミツハが首を傾げたり、タヂカラオが何やらおぞましい邪推をしたりしている。
「聞こえてんぞデカブツ、おれまでソッチ側みてぇな言い方すんな。ニギのやつを診てもらおうと思っただけでい」
クエビコは嫌々ながら、コトシロをまっすぐ見つめる。
「カラス情報だけど……あんたは封印術やら結界術やらの専門家で、医学にも通じてると聞く。病気ってのとはちと違うかも知んねえが、この娘は厄介なモン頭に抱え込んでんだ。金なら出すから、いっぺん頼まれてくれねえか?」
「うれしっ、あたしのこと調べてくれてたんですねえ!」
「やるのか、やらねえのかっ」
「はひっ、やります! クエビコさんの望みとあらば……もちろん無料でやらせていただきますとも!」
(よしっ、惚れた弱味ってのは利くな。気持ち悪いけど)
強引に出てみるものだ、と、内心でガッツポーズを取る現金なカカシである。
ニギはというと、期待の込もった空色の瞳を煌めかせ、
「……おねがいします」
先程まで敵意満々で睨んでいた相手に深くおじぎする。
「ニギ殿は、やはりその、具合が悪いのでござろうか?」
クラミツハが心配そうに眉を曲げるので、クエビコは、『上書き』の件を説明し忘れていた事を今さら思い出す。
(こんな時に教えても混乱するだけだ)
そう考えて、「まあな」と適当にごまかした。
※ ※ ※
エレベータが停止して、一行は大穴の底へと降り立つ。
地に足がつくと、ニギは途端に軽い立ちくらみを覚え、よろけたところをタヂカラオに支えてもらう。
「おっと、まだ気分悪いん?」
「あ、うん……へいき。東京タワー登って降りてきた時と感覚似てる……かな? この穴ってホントに深いんだね」
もちろん、この例えはサイボーグ神には通じない。
「あとなんか、肌がピリピリする。なんでかな……?」
巫女装束からむき出しの肩を何度もさすって、蜘蛛の巣がまとわりついた時のような違和感を紛らわせていると、
「え~、反発しないようにちゃんと出力下げといたのに、敏感な方だなあ」
コトシロがとぼけた顔で語り始める。
「穴の上にはね、でかいお椀型の結界を被せてるんです。
あたしが丹精込めた自信作。皆さんは今さっき、それを通り抜けて来たんですよ」
「バリアって、なんでそんな事を?」
「この穴は黄泉の化け物が暴れまわった跡なんで、不浄の力が常に漏れ出てくるわけですよ。
あたしとコマイヌさん達の役目は、汚染がこれ以上拡大しないように封じ込める事でね。他にも似たような場所があちこちにあるもんだから、我々は遊牧民の真似して一年じゅう領内を渡り歩いてます」
なるほど言われてみれば、野営地は慌ただしい雰囲気で満ちている。
コマイヌ族の若者達が荷物を運んだり、天幕を畳んだりと、忙しそうだ。
「……これからまた、旅に出るの?」
「はい。三ヶ月もかけて、やっと結界が出来上がったんでねえ。口で言うなら簡単ですけど、大変なんですよお? 完成までは、なーんも育たない不毛の土地で腰据えて生活しなきゃいけないし、一仕事終わればまた次の土地……」
わからない単語も多いけれど、コトシロが苦労しているという事だけはニギにも伝わった。
その父であるダイコクの、だらしない女遊び生活の一端を垣間見た身としては、同情すら感じてしまう。
「だけれどね、今回は収穫があったんです! あたし達の仕事が今よりもグッと楽に、いや、うまくいけば汚染地域そのものを無くす事も夢じゃないと思えるほどの、そりゃもうスンバラしぃ~い奇跡の出会いがね! それが……」
「きゃあああァッ!」
甲高い悲鳴が響き渡り、説明を遮断する。
「うひ、なんですかあっ!?」
慌てて駆け出すコトシロを、一行は追う。
畑に出ると、そこには植物に襲われる若い農婦がいた。
異常発達したツル状野菜が蛇みたく蠢き、女性の足首を絡め取って、好き放題に引きずり回しているではないか。
「たっけて~、たっけて~な~!」
ふわふわの羊毛めいたカールの目立つ髪や、ぱっちりとした深緑の瞳が特徴的な女性は、妙になまった言葉遣いで叫び、ジタバタともがく。麦わら帽子にもんぺ姿という、いかにも地味な服装の割に、起伏豊かで均整のとれた長身であり、地上風に言い表せばモデル体系といった感じか。
「わひ、サザキさんが。ああ大変ですどうしましょ」
「どけ、おれが行く」
うろたえるばかりのコトシロを押し退けて、クエビコは飛び出してゆく。
かざした掌が淡い光を放ち、それを浴びた野菜お化けはたちまちしなびて動かなくなった。
豊穣神の術は植物に生命力を与えて操るものだが、今回は逆に、過剰な生命力を吸収して自由を奪ったのである。
「おい、怪我はねえかデカ娘」
「どもどもありがとうなぁ~」
サザキという名の女性が起き上がる時、背景として存在していた七メートルほどの真ん丸い岩が……いや、岩だと思われていたものが、のそりと振り向く。それは深泥鼠であった。荒れ野で戦った個体とは比較にならぬ巨大さだ。
「次から次へと……!」
舌打ちして身構えたクエビコを、サザキが止めに入る。
「待って、虐めんといたって! この子は違うんよっ。『ボラちゃん』ゆうて、うちさんの可愛いペットやねん」
「はあ!?」
「お~よしよし、うちさんを心配してくれたんやねえ?」
鼻先を優しく愛撫され、ビッグ深泥鼠は気持ちよさげに「ぼらぼら」と鳴く。どうやら本当に懐いているらしい。
「サザキの姉御ぉ、なにしてんスかぁ!」
ほどなくして、見るからに柄の悪い男連中が、ぞろぞろと畑に集まって来た。
揃いも揃ってモヒカンあるいはスキンヘッドだったり、トゲの飾り付き肩パッドを装備していたりと、なかなかに世紀末なスタイルの方々である。物騒な見た目だが、手にぶら下げている物はスコップや桑などの作業道具ばかり。
「いやはや、生産ミスってモンスターできてしもたんよ。チャーム使う暇なくて、死ぬか思たでな~」
「だからまだ早いとあれほど言ったのに! 姉御って確か農作スキル、ランク1止まりでしょうが!」
「えへへ、面目ない」
苦笑いするサザキの腕に、小さな掠り傷があった。血の代わりに弾けるものは、紫電。
すなわち、それの意味するところは。
「手前、ニンゲンもどきだなッ!」
クエビコは一瞬にして目の色を変え、女に掴みかかろうとしたところ、コトシロの腕で羽交い締めにされる。
「落ち着いて! この州は中立だって父から聞いてませんか? それに、サザキさん達はあたしらの協力者です! 汚染のせいで酷い有り様だったこの土地が再生しつつあるのは、彼女らの『力』のお陰なんですよ!」
「ダイコクの方針なんざ知るかよ! 本気で共存できるとでも思ってんのか? ニンゲンどもは血も涙もねえ敵で」
ここまでまくし立ててから、ニギと目が合って、ばつが悪そうに言いよどむ。
「クエ、この人達は……『ファーム勢』だよ」
「なんだそりゃあ?」
「そういうプレイヤーもいるんだ。畑とか牧場作って生産スキル上げたり、戦わずにモンスター手懐けたりさ……」
「せや、のんびりまったりスローライフがうちさんの信条やもん。ケンカする子は問答無用で友達にしてまうで~」
得意気に胸を張るサザキの態度はクエビコの癇に障ったらしく、背中の杭に回された手が小刻みに震え出す。
すかさずニギが両者の間に割り込んで、両手を広げる。
「ダメだよクエ、誘いに乗ったら言いなりにされちゃう。彼女はたぶん、催眠系の祷技持ちだよ」
「へぇ~、ニニギちゃんっていうんかあ。レア神様やね」
片目だけ真っ白く染めた観察眼の視線が、ニギの肢体を上から下まで嫌らしく舐め回す。
「ちっちゃいくせに野良犬並みの警戒心……難易度高そうやん。
うちさんはどっちかってーと百合やから、あんたさんの方が萌えるわぁ。ねね、お友達になってよぉ♡」
「やめて、ボクは神様じゃない……人間だ!」
「ん~、なに? そういう設定なんかな?」
「違う、キミにはNPCや敵キャラと区別が付かないかもだけど、ボクはニギっていうプレイヤーだよ。この世界にいきなり引きずり込まれて、神様と一つになった……!」
信じてもらえるなどと期待して明かしたわけではない。転移したての頃に同じ話を嫌というほど伝えたが、結果として理解を示してくれるプレイヤーは誰もおらず、唯一の親友と思っていたタケルからもただ嘲笑されて終わった。
だから、これはもはや単なる意地だ。
「んなら試しにDCしよーや」
「それは……無理。色んな機能が使えない状態だから」
「やーい、ちょっと突っ込まれたら逃げるって事はやっぱ嘘やん設定やん。運営もオモロイお遊びするなぁしかし」
意地悪く笑い飛ばしたサザキに、コトシロが歩み寄る。
「もういいでしょ。ニギさんは今からあたしの患者になるんですから、失礼は許しませんよ」
この助け船によって、ファーム勢は農作業に戻ったものの、険悪な空気は長らく残留し続けた。
※ ※ ※
「じゃあ用事が終わったら呼んでよ。俺ちゃんはブラつきがてらコマイヌ美少女ひっかけてくるじゃんね」
「では拙者はそれを全力で阻止しに参るで御座」
タヂカラオやクラミツハと別れてから、クエビコとニギは、一際大きなテントの前までやって来た。
双方とも先程の件を引きずって、目元が険しい。親子か兄妹に見えてしまうほど、そっくりな不機嫌顔である。
「肉体労働エクシタシーっ!」
「ヒャッハー! 害虫は駆除だーっ!」
裏手の畑で収穫を行うファーム勢の声がひっきりなしに響いてくるのも、イライラを助長する要素となっていた。
「……クエまでついてくる事ない。ボクもう十四歳だし、お医者さんくらい行けるもの」
「ばっけろい、おりゃおまえの保護者だぞ。あんな変態と密室で一緒になんかさせられっか」
入り口前で突っ立ってブツブツ会話していると、「準備できてますよー」と呼ばれたので、そそくさと中に入る。
「しかし驚きました、神と同化する人間がいたとは」
コトシロは白装束に着替えており、狭く薄暗い空間の中にあって、細身の輪郭線が仄かに輝いている。
「バカ言ったよ、ボクの妄想だと思って忘れて」
どうせあなたも戯れ言だと笑うのだろう。
ニギのいじけ心が吐き出した弱音を、
「見くびらないでいただきたい。あたしはね、スセリヒメ様を診察した事があるんですよ?」
神医はしかし、包み込むように受け止めた。
「さァ始めましょう人の子よ、
もう一人のあなたに会いに行こうではないですか」
急に歌うよ★オモイカネちゃん!
オモイカネ
「ドゥーモー……皆サン、カネちゃんデスノヨ。
コノトコロ本編ト全く関係ナイ、クソ小話ばかりでシタガ……今回ハ今までトハ違うのダヨ。
あくまでもシリアスに次回予告シタイと思いマス。しかしながら普通ではツマラナイので、今回のために練習した歌とギターの音色に乗せてイメージしてクダサーイ。ではドウゾ。
エンディングテーマ
『ぬこの〇〇グロい』
作詞・作曲・歌 オモイカネ
ぷれびゅー
ねくすと
えぴそーど……
渋い声のナレーター
「コトシロの協力によって、自らの心の奥深くへと潜ったニギは、ニニギノミコトの魂と対面を果たす」
オモイカネ
「ワターシはぬこがすこー
唐突なゲ〇さえも
撒き散らされる毛玉すら
なにもかも全て愛せる自信があるわー
だけど一つだけどうしても
我慢できないものがある
それは」
ナレ
「肉体の所有権を賭けた壮絶なる脱衣麻雀勝負の果てに、全財産を失い、文字どおり丸裸にされてしまったニギは、ついに発狂する。そして、驚くべき行動に出るのだった」
カネ
「《サビ》
ぬこの交尾グローい
ぬこの交尾グロぉーい
可愛いものも
やることやると
わかってはいてもぉー」
次回
「ミクサウエポン、売るよ!(大嘘)」




