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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
伍ノ巻~ルールを守って楽しく戦争~
45/54

其ノ五~僕たちの行方~

まえがきだよ★オモイカネちゃん


オモイカネ

「ドゥーモー……皆サンおひさしぶりデス。

 フッフッフ、まさか前書きに登場するとは思っても見なかったデショウ。

 ダカラッテ特に変わったトコはないんデスケドネ……hahaha。


 トコロデ皆サン、ご存知デシタカ? 枝豆って実は大豆の子供だったという事実を。

 ワターシはこないだ初めて知って、動揺のあまり軽く絶頂に達してシマイマシタよ……。

 え? んなこと知ってる?

 それと今回一ヶ月以上更新遅れた事と何の関係がアルンダッテ? もう四月終わりダゾッテ?

 ……ゴメンナサイ、ごまかそうとシマシター。


 ソノ件についてはオモイカネも申し訳ない気持ちでイッパイオッパイでーす。

 どうぞ平にご容赦を……お詫びの印に、ワターシを何なりと弄んでクダサーイ!(ごろん) さァ! さァ!

 冗談はさておき、今回はホントにひさしぶりの主人公サイドのお話とナリマス。

 ソレデハドウゾ」



 時は現在へと立ち戻る。


 ※    ※    ※


 自動運転の小舟でみずうみを渡りきった一行は、広大な平原へと辿り着く。

 太陽が最も高い位置に来る正午の空の下、一筋の街道を南目指してひたすら進む。どこまでも敷き詰められた若草の絨毯じゅうたんが揺れ踊る光景は美しく、見る者の心に新鮮な風を吹き込むかのよう。


「ふぁーあ、さっきから同じ景色ばっかで退屈じゃんよ」


 しかし、情緒の価値など一ミリほども解さない無粋なヤカラは確実に存在するもので、この場合タヂカラオがそれだ。


「なんと根性のない事だ。男子おのこなら黙って歩かんか」


 先頭のクラミツハが、呆れた様子でため息をつく。


「だってほら俺ちゃん、ゆとり世代だし。お楽しみがないと頑張れないってーか……あ、そーだみっちゃん、なんか一発芸とかやってよ! エロおもろい感じのやつ!」


「なんだそれは。おもろいはわかるが、ふしだらな要素も含んでないとダメなのか? 難しいな、うーむ……」


「おっ、いちおう考えてはくれるんだ? やーさしー!」


 サイボーグはスキップして侍少女に追い付き、ほっぺをつつくなどのちょっかいで煽りたてた。


 相変わらず、あっけらかんとした男だ。仮面の下の表情を推察するまでもないほど、仕草と台詞が一致している。

 クエビコはそんな事を思いつつ、


「おまえら仲良しだよな」


 二柱の背中に、何気なく語りかけるのだった。


「なな~~っっ! く、クエビコどにょ! 悪い冗談ヨシナンテはドンキホーテの愛馬の親戚でござる!」


 顔を耳まで赤く染め、過剰反応を示すクラミツハ。


「それってギャグ? 元ネタわかんないしイマイチだね。お笑いってのは相手に考えさせちゃダメじゃん」


 タヂカラオは評論家めいたツッコミの後、クエビコの方を振り向く。


「まァ、みっちゃんとは実際付き合い長いよ。腐れ縁ってやつなのかなあ? それもねっとり濃厚、発酵しきって糸引いちゃって濁った何かが滴るようなヤラシ~仲っすわ」


「わーわー、もぉー! 誤解を招く言い方はよせぇー! クエビコ殿、今のはぜんぶ嘘でござるからね、ね?」


「わーってるよ」


 そう、わかっている。タヂカラオの悪ふざけが、単なる能天気ゆえの行動でない事も。


 ダイコクの城を出てから、一行の間に漂う空気はやけに重苦しいものだった。

 原因がニギにあるのは明白だ。

 呆然と虚空を見つめ、とぼとぼとついてくる様からは、何か言いたいのに我慢しているような煮えきらない想いが読み取れる。

 ともかくこれでは一人の思考に引きずられ、全員が暗い気持ちになってしまう。今までの振る舞いは、そんな事態を避けようというタヂカラオなりの配慮なのだろう……と思うからこそ、咎める事などできはしない。


「よう、おまえ、体の方はその……平気なのかよ」


 たまりかねたクエビコが遠慮がちに問う。だがニギは、明らかに無理をしているとわかる声色で、ぽつりと返す。


「だいじょうぶ、心配しないで……」


「どこがだ、死にそうな面しやがってからに! 休みたいってヒトコト言やぁ良いもんを!」


「……な、なんでさ? それよりも急がなきゃでしょ? ぜんぜん、疲れてなんかないから」


 何かに追い立てられて焦るあまり、自分の事すら視野に入っていないような少女の姿が、カカシをイラつかせた。


「意地張ってんなよ、ばっけろい! もう四時間歩き通しだし、城で戻しちまってから胃も空っぽのまんまだろ!」


 いつも以上にぶっきらぼうな言い方となってしまった事を悔やみつつも、いったん火がつけば収まりがつかない。

 乱暴なまでの勢いで詰め寄り、肩を掴んで引き寄せる。


「おら、歩くのやめ! 休憩だ休憩! 決めたからな!」


「やっ、はなして……!」


 いやいやと激しくもがいてから、ニギは限界に達した。

 足を止められた途端、木偶人形みたく膝から崩れ落ちてゆく華奢な肉体を、クエビコの胸がしっかと受け止める。


「言わんこっちゃねえや。なあ、寝床の支度たのめるか」


「あいよーカカシちゃん」


「あわわわニギ殿ぉ! 拙者は拙者は、どうすればっ!」


 どっしり構えるタヂカラオと慌てふためくクラミツハ。正反対の二柱は指示通り、夜営の準備に取りかかる。


 ※    ※    ※


 この世界は、おかしい。

 今さら確認するまでもない事を、ニギは痛感していた。


 神様、妖怪、挙げ句の果てに巨大怪獣。出てくるものはデタラメばかりだ。時代劇めいた文明体系かと思いきや、もといた世界と変わらぬ設備や品々がいたるところで散見されるのも、不自然さに拍車をかける。

 これまで何度も窮地を救ってくれた犬耳型ヘッドフォンにしても、この前もらった生理用ナプキンにしてもそう。地上の技術のトレースだとかさらりと説明されたけど……製造過程が不明すぎて、納得いく訳がない。

 さらに、神力だか奇跡の術だか知らないが、ご都合主義な小説によく登場する『素敵で無限で宇宙の神秘なロマンエネルギー』の存在。

 どんな理不尽もこの一言で片付けようとする節がある。


 そういう要素が、もといた世界と完全に無関係な独自のものならば、時間しだいで慣れてゆく事も可能であろう。あるいは、設定部分がちょっとルーズになりがちな今時のフィクションとして、笑い飛ばすのもありかもしれない。

 しかし、違った。

 スセリの名を持つ『同類』いわく、高天ヶ原は人を引きずり込むというではないか。長らく親しんでいたゲームの舞台が、第二の故郷ふるさとみたく思えていた場所が、牙を剥いてきたのである。同時に、自らがいま直面している事態は夢でも妄想でもなく、日常と隣り合わせの脅威だったのだと唐突に思い知らされて、少女の心は打ちのめされていた。


「よう、おまえって奴はよく倒れるな」


 意識を閉ざす闇の濃霧がゆっくり晴れてくる頃、暖かな感覚に気付く。まるで柔らかいまゆに包み込まれているようで、どこか懐かしくなってしまう。

 月曜の朝の布団は強い魔力を秘めていて、恐ろしいほど優しい支配で体をとこに縛り付ける。たとえ、このままでは遅刻確定とわかっていても、外との気温差が高ければ高いだけ、いつまでもくるまっていたくなるものだ。


(うぅん……あれぇ、お兄ちゃん、こえ変わった? すぐ起きるから下で待ってて……お弁当なら部屋の机に……)


 寝ぼけ眼をこすりながら、ニギは目覚める。ぼんやりと霞む視界に映るのは兄ではなく、カカシ男の顔。


 そこは、平原を横切る大きな川のほとりであった。

 日は既に傾いて周囲の景色を茜色で焼き焦がし、流れゆく水も揺れ踊る草木も、何もかも同じ色に染まっている。


「わぅ……ボク、どんだけ……寝てたの?」


 身を起こすと、温もりの正体がはらりと地面に落ちた。クエビコのズタボロ着物の上着……すなわち羽織である。


「ちょうどいいとこで起きたよ。ほれ見ろ」


 すぐ隣であぐらをかく彼が、小ぢんまりとした鍋に焚き火を当てて煮込んでいたものを、彼女の眼前に差し出す。小鍋には、グツグツと沸騰する流動状の物体が盛られており、見た目はおかゆに似ているけれども何か確実に違う。

 具体的に言うと、まず、色が黄緑だ。

 不気味の一言につきる。


「食べろ。冷めると旨くないから」


「いや、なにこれ……?」


「ズンドコヤシモドキの実だ。栄養スゴいんだぜ!」


「カエルのタマゴ煮たやつみたいだね……」


「食った事あんのかよ、カエルの卵。ねえだろ? あれは結構イケるぞ、つまりはこれもイケるって。さあ食べろ」


 いくら空腹であろうと、生理的嫌悪感を抱かずにいられないルックスは、食欲に影響する。

 さじですくったり、かき混ぜたりして、散々いぶかしんで悩み抜き、ニギは覚悟完了した。ここは騙されてみるしかない。健康を気遣って用意されたであろう真心の結晶を、無下にする事などできない。それにこういうグロテスクな料理というのは往々にして、食べたら意外と美味でした、ってな感じのパターンと相場は決まっている。どこの相場か知らないけれど。

 思い切って、ひとくち分を放り込む。


「むぐむぐ……」


「どうでい」


「うぐ、ぅっ……!」


「どよ? どうなのよ?」


 う、うまーいぞー! と、嘘でも言ってあげたかった。

 だけど、がんばれなかった。

 味覚をワンショットキルされるほどの、痛みにも等しい新体験の前では、まともな感想すら出てこない。それでも薬膳おかゆモドキは不味いだけの効果を発揮したらしく、お腹に溜まっていくに連れ、気分がいくらかマシになる。


「あ……みっちゃんとタヂカラさんは……?」


 無言のまま完食したのち、気になってあたりを見回す。


「カタナ女なら下流の方で魚釣り、デカブツなら薬草探すとか言って近くの林に行ってるよ」


「ごめん……なさい。また迷惑かけちゃって。ボクだけの旅じゃないのに」


「気にすんな。おまえに死なれちゃ意味ねえんだからよ」


 苦笑混じりに優しい言葉を返されて、納得すると同時に寂しさも覚える。

 この旅路は、ニギにとっての帰り道であり、クエビコにとっての復讐の手段。

 今さら確認するほどの事実でもない。利害の一致を見たからこそ、両者の関係は成り立つ。


「……だよね、重要なのはボクじゃない。ミクサウエポンの方だもんね」


「おいコラおまえ、そういう意味で言ったんじゃねえぞ」


「いや、ちゃんとわかっとくべきだったんだ。あくまでもボク自身が特別なわけじゃないって事をさ。なのに、あれを自分の力だと勘違いして、すっかり思い上がっていた」


 こうしている間にも徐々に進行中かもしれぬ、ニニギの『神格』による精神侵食。

 自分が自分でなくなってゆく恐怖を思い出し、小刻みに震えが走る。


「やっぱ、あの城で何かを知ったんだな。良い機会だし詳しく話してみな。ちったぁ気が楽になるかも知れんぜ?」


「うん……」


 促されるまま、ニギは語り始めた。


 ※    ※    ※


「『上書き』だと? そんなの、ありかよ……!」


 五分後、話を聞き終えたクエビコが愕然と立ちつくす。


「つか、『げえむ』ってのは何なんだ? 前にも言ってた気がするが」


「それは……」


 ニギはなるべく簡潔な表現を選ぼうとして、躊躇ちゅうちょする。傷付き、心乱される相手の姿が、容易く予測出来たから。


「『遊び』だよ。人間達がモンス……妖怪とか神様を狙うのは、単純に楽しむためなんだ。戦争なんて大それた事を仕掛けてる自覚も、たぶん無い……と思う」


「あそび……あァなるほど、そう来たか」


 恐ろしく乾いた声でおうむ返しするクエビコ。毛糸の髪が風もなく揺らめき、めらめらと波打っているかのよう。


「どうりで連中、ヘラヘラ笑ってたわけだ。そりゃ面白いよな、ろくに抵抗も出来ねぇ民を皆殺しにするってのは」


「ボクも実際はあの人達と変わらないよ。知らない誰かの人格に飲み込まれて、暴れるのに夢中になっていたもの。だから怖くて不安で、居ても立ってもいられなくて……」


 夕焼けを宿すニギの瞳が、涙の膜に包まれてキラキラと揺れる。

 遅れて気付いたクエビコはすぐさま彼女に身を寄せて、


「泣くな、ニギ。おまえは奴らとは違うさ」


 作り物とは思えない熱い掌で、ぎこちなく頭を撫でる。


「テナヅチの死を悲しんでくれた。センの墓に供え物してくれた。あれは紛れもなく自分の意志だっただろ?」


 ニギは目元を拭い、頷く。ふさぎ込みやすい自らの性格に呆れながらも、顔を上げて前を向く。


「おまえはちゃんとおまえ自身を操れる。スセリも一度は上書きを跳ね除けてんだから、やりようがあるって事だ。怯えるよりも先に、その方法を必死こいて探すべきだぜ」


「そうだね……ありがと、クエ」


 この世界のどこまでが虚像ゲームで、どこまでが本物リアルなのか、彼女にはよくわからない、それでも、隣に居る男の不器用な優しさだけは、確かなものであってほしいと強く願う。


「まァ、まずはひと休みだな。寝れる時に寝ときな」


「うん、ごめんね……」


 ニギはクエビコの肩にもたれ掛かり、安心しきって瞳を閉じた。


 ※    ※    ※


(くそ、ややこしい情が移っちまった)


 目の前で無防備にさらされる寝顔よりも、首筋にかかる甘い吐息よりも、心を乱すものがある。

 それは今しがた自身の口をついて出た、気休めの台詞。


(『おまえは奴らとは違う』? なんの根拠があるってんでい!)


 全ての憎き敵(にんげん)の中で、ニギだけは例外として置きたいという都合の良い願望が、クエビコを支配したのだ。


「こいつは人間、おれは神だぞ。ちくしょうめ」


 危うい思考をむりやり隅に追いやると、彼は、眠れぬ夜が明けるのをただひたすらに悶々として待つのであった。

死ーん

返事がない。

オモイカネはただの屍のようだ。

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