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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
伍ノ巻~ルールを守って楽しく戦争~
41/54

其ノ一~あんなに一緒だったのに~

天罰。



 夜の祭典ブチ壊し大事件の首謀者は、なんとも呆気なくお縄についた。

 今は封印のふだをベタベタとはっつけた特別製の虫籠むしかごに閉じ込められ、裁きの定刻を待つのみである。


「ウン千年来の友をこんな形で罰せねばならんのは、やれやれ、心が痛むねえ」


 ダイコクはキセルの煙をくゆらせながら、座布団の上にどっかと腰を下ろす。

 そこは比礼城ひれいじょう最上階にあたる、書斎風の座敷部屋。

 格子こうしを省いた窓からは早朝の日光が射し込んで、美しく焼けた肌を、より艶やかにきらめかせる。


「それにしても、驚いた。あのスクナビコナが手も足も出ないとは流石クエビコ……というより、アマテラスの杭の力か」


「心臓が止まってたのにムカつくほど元気だな」


 カカシの神・クエビコは、席と食膳を用意されても座る気にはなれず、柱にもたれかかって仏頂面で佇んでいた。


「マジに死んでりゃあ良かったものを。後でタヂカラオに聞いてガッカリしたぜ? ごたいそうな作戦もあったもんだ」


「気付かれないだけで、実際には呼吸も脈拍もあったさ。あの薬には一種の呪術がかかっていてね、ほぼ完璧な仮死状態を肉体に演じさせる代物だ。改良の必要はあるが中々に便利だよ。どうだね? 今なら特別価格で売ろう」


 傍らの虫籠をバシバシ叩いて笑うダイコクであったが、無言で流されて不満げに眉を寄せ、やがて思案顔を作る。


「しかし、謎だな。スクナの奴は何故あんな馬鹿げた事をしでかしたのか。聞き出そうにも……こいつの声は超音波だから、何言ってるのかわからんし」


 形のいい顎を撫でる仕草と共に、うーむ、と唸り出す。

 ここで、クエビコが動いた。


「やっぱり知らなかったかよ。んなもん嫉妬に決まってんだろ、単純な話」


 すたすたと迷いのない足取りで相手の正面へと向かい、


「おまえには永久にわからねえだろうけどな、女の気持ち(・・・・・)なんざ」


 呟くみたいに言い放つ。


「おれはさっき一目でわかったのに、ウン千年から一緒のおまえが全く気付いてねえとはな。とんだ無神経野郎だ」


「はん? なんの話かね……?」


 狼狽に色付く美貌は、爪先による一撃を叩き込まれた事で、ぐしゃりと醜くひしゃげ(・・・・)飛ぶ。


「ひげぶっ」


 滝じみた鼻血を流し、仰向けに倒れてしまう。


「スクナビコナはな、女だったんだよ。扱い悪けりゃあ鬱憤も溜まるだろうし、おまえに惚れてるって事を隠してりゃあ、あんな祭り潰したくもなる」


 用が済んだとばかりに、クエビコは身を翻す。


「あいつを捕まえるまでが契約だから、おれはもう行くが……おまえのせいで仲間がえらい目みたんだ。その恨みの代償、蹴り一発で払いきれると思ってくれるなよ」


「ふが……だ、誰か来てくれ! カカシに殺される!」


 裏返った悲鳴に応じ、部屋の奥の障子しょうじを開けて、二名の少女神が現れる。

 オオゲツと、ヤガミヒメだ。

 前者は祭りの後、イナバの従者達と総出で浴場の大掃除をしていたため、疲労の色が濃い。

 後者に至っては元気娘の印象が引っ込み、やつれたように見える。スクナに憑依され、操られていた反動だろう。


「おおう、ちょうどいい。あいつは我輩に手向かったぞ。クラミツハの脳みそを遠隔破壊してやりたまえ」


 沈んだ表情のオオゲツが、首を横に振る。


「いいえ、それは出来ません。呪縛はもう解除してしまいましたので」


「なにィ!? どういう事かね、そんな命令してないぞ」


 思わぬ返事に、ダイコクは目を見張った。


「ええ、ワタクシの独断にございます」


「訳がわからん! もういい、どけ!」


 うなだれてしまった専属侍女を押し退け、元第二婦人にすがりつく。


「ヤガミちゃん見てくれよ、こんなに血が出て痛いんだ。ひどい事するだろあいつ」


「うっさい触んな!」


 見舞われたのは、腰の入ったボディーブロー。


「げおっ!」


 カエルの圧死の瞬間にも似た叫びを発し、グラリとつんのめってしまう。

 情けない格好をさらす男を、他人の吐瀉物にでも向けるみたいな視線で見下して、ヤガミは憤然と唾棄だきした。


「あんたってマジにサイテー、千年の恋も冷めたよ」


 女達の態度が明らかにおかしい。

 いよいよ焦燥の頂点に達しようというダイコクに、オオゲツが詰め寄る。


「昨晩、聞かされたというか……正しくは見せられた(・・・・・)のですが……あのお言葉は本心からのモノなのですか?」


「なァにを言ってる。どんな戯言を吹き込まれたか知らんが、お前らは主人よりもヨソ者の事を信じるのかァッ!」


「往生しなよね、モテちゃん」


 少女らの出てきた薄暗い部屋の戸が大きく開いて、サイボーグの神・タヂカラオの巨体が現れる。

 彼はおもむろに壁の方を見つめ、鬼仮面の目玉を激しく発光させると、映写機のごとく動画を浮かび上がらせた。


『こんな祭りなど安いものじゃないか。女が滅びない限り(・・・・・・・・)いくらでも開けるしな』


 それは、ダイコクが自らの本性を暴露する瞬間だった。

 単なる告げ口程度のものなら結果も違ったであろうが、映像と音声が伴っていれば、説得力は何倍にも増す。

 植え付けられた僅かな不安が、薄っぺらい関係に亀裂を生み、微塵に瓦解させるには充分な理由となったらしい。


「ワタクシの気持ちなど、文字通り掃いて捨てるがごとしなのですね」


「スケコマシどスケベ野郎、ゼッタイ死なす。うちの処女膜かえしてよ!」


 長年の愛情が転化した憎悪の波動を一身に浴びながら、色男の口元にあったのは、曖昧な笑み。

 極限まで追い詰められた時、かえって笑いが出るというのは、神も人間も変わらない。

 オオゲツとヤガミの後ろには、いつの間にやら、今まで散々弄ばれた女達による行列ができていたという。


 ※    ※    ※


 少女は、暖かな暗闇まどろみに包まれていた。

 鼻孔をくすぐる香りは、親友の使っていたシャンプーのものと似ており、懐かしさで胸が熱くなる。

 心細さを埋める何かを求め、腕を伸ばす。

 すると、柔らかい感触が掌に伝わってくる。ふくよかな弾力と反発力は、ほ乳類特有の本能的な安堵を喚起した。


(あ、これって、おっぱいだ。ふかふかで、きもちぃや)


「タケル君って、カレシの名前?」


 甘ったるい声に耳元でささやかれ、ニギの意識は一気に鮮明化する。

 スセリの妖しげな微笑が目の前にあった。


「うわ言でずっと呼んでたけれど」


 急速に状況を理解する。

 自分はなぜか布団の中にいて、例の虫使いの女神と抱き合っていたのだ。


「やっ……! 放して、よ……!」


 敷き布団の色が真っ赤である事に疑問を抱く余裕もないまま、逃れようともがく。

 しかし、振り絞るだけの体力は残っていなかった。連戦による疲労と、嘔吐による栄養不足のため、四肢が重い。


「うくくっ、怖がらなくても何もしないから大丈夫。それより、ちょっとお喋りしましょ?」


 あやすような手付きで、頭を撫でられた。不思議なほど心が安らぎ、見開いていた瞼もとろんと落ちる。

 スセリはそれを確認するや、


「古事記伝に登場するスセリヒメは、ダイコクに一目惚れしてすぐ、その場で愛し合いました。さて、ここで問題」


 あまりにも唐突に話題を切り出した。


「どうしてわたし(・・・)は未だに処女なのでしょうか」


「はぇ? 急にそんな……え?」


 質問の意図がまるで掴めず、ニギは戸惑うばかり。

 そして、直後に告げられた言葉によって、彼女の表情は完全に硬直する。


「わたしね、あなたとおんなじなの。こっちに飛ばされてきただけの、正真正銘、元人間よ」

つきあってよ、オモイカネちゃん★


オモイカネ

「バッカモーン! そいつがルパンだーっ!」


突然のドロップキック!


ツクヨミ

「ぎゃーーーーヽ(;゜;Д;゜;; )」


オモイカネ

「さっきはよくもだましたなあああああああ! よくもだましたあああああああ! 乙女心を弄ぶナンテ、いくら最高神でも許されマセーン! 天罰!」


ツクヨミ

「ちょっと落ち着いて……マジでなんのこと……?」


オモイカネ

「白々しい演技するんじゃアリマセン! どうせまたアマテラス様なんデショウ?」


ほっぺたをひっぱる。


ツクヨミ

「ひだいひだいひだい!」


オモイカネ

「アレ? もしかしてホンモノ……?」


ツクヨミ

「ワケわかんない言いがかりやめてよね! 顔のカタチ変わっちゃったらどうすんの! あー、いてー」


オモイカネ

「ご、ゴメンナサイ。勘違いデシタ……!」


ツクヨミ

「いや、許さないね」


オモイカネ

「ご容赦を~! なんでもしますから~」


ツクヨミ

「じゃあ……つきあってよ」


オモイカネ

「ふぇ!!??」


ツクヨミ

「きみも姉さんにひどい目にあわされたクチだろ? ちょっと愚痴につきあってよ」


オモイカネ

「ああ、そういう……。スッゴいベタな誤解しちゃうところデシタよ……THE・ヌカヨロコビ」


二柱はその後、高天ヶ原のス〇バにて、上司への文句をネタに語り明かしたようです。

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