其ノ十~もってけ! メイドふく~
倒錯と、崩壊。
感情の昂りが制御できない。
ニギを支配するのは、未だかつてない高揚だった。
早鐘の鼓動を刻む心臓が、小さな胸の内側を止めどなく叩き、叫ぶ。
飢えを満たし、渇きを潤せ。
目の前にぶら下がる、しっとりと濡れた果実に、お前の爪を突き立てろ。
滴り落ちる甘美な蜜を、一滴余さず口で受け止め、舌と喉で貪りつくせ。
妄想に連れ去られそうになり、慌てて首を振った。
冷静を取り戻すため、現実の状況把握に努める。
ここは脱衣所。
ニギは今、ぐったりと横たわるクラミツハに膝枕をしていた。
時おり苦しげに呻くので目が離せず、汗の玉が額の上を転がるたび、ハンカチで拭う。
スクナビコナを探しに行きたいところだが、弱りきった友達を置き去りにもできない。
「みっちゃんさん安心して。ボクがついてるからね」
優しい台詞とは裏腹に衝動は増すばかり。
敵が欲しい。できれば次は虫けらじゃなく、もっと肉厚で骨太な奴。
今回は仲間を守るという、この上なく正当な大義名分も用意されている。
臆病で貧弱な自分はもういない。
強大な暴力を手にした事で、生まれて初めて蹂躙する側へと回ったのだ。
その快楽をまた味わいたいという欲求に駆り立てられ、吐息が漏れ出す。
相手を断ち切る時の、腕の神経に走る心地よいしびれを思い出すだけで、下腹部が切なく疼く。
「絶対に守ってあげるからね」
ニギはうっとりと目を細め、次なる戦いの気配を敏感に読み取っていた。
壁一枚隔てた先がにわかに騒がしくなり、ついにゴングは鳴り響く。
湿った木材独特の虚しい音を立てて、目の前の引き戸が砕け散ったのである。
破片を撒き散らして突っ込んできた……いや、何者かによって放り込まれたのは、虫使いの女神・スセリの体だ。白目を向いたまま、脱衣所内に投げ出される。
「おいーっす!」
数十体ものサメ怪人を従えたヤガミヒメが、浴場側から元気に声を張る。
「悪いけどコンテストは中止! 第一回女体踊り食い大会に変更でーす!」
「そいつら連れてるって事は……ヤガミさん、『刺客』はキミだったんだね。やるしかないっていうなら、やるよ」
ニギはただちに身構えて小型端末を操作し、犬耳ヘッドフォンが垂れ流すアップテンポな音楽に身を委ねた。
「『つるぎ』、起動」
しびれを切らした本能が最高潮の興奮をもたらすと、掌に特大の剣が現れる。
「いきなり好戦的ィ! 嫌いじゃないよそういうの、歓迎しちゃいなお前らァ」
怪人達はヤガミの合図を受け、一斉に前進を開始。
一方のニギは、無謀にも自分から浴場に躍り出て、集団を迎え撃つ。
最前列の一匹を、躊躇いのない袈裟斬りにて両断した。
左右から挟み込んでくる二匹に対し、全身で大きな円を描き、横薙ぎの一閃を見舞う。
ただひとすじの光の線が、二つの首を切り飛ばし、傷口は赤黒いしぶきを噴き上げる。
「あは」
美しくも残酷な光景に知らず知らず酔いしれて、薄笑みを浮かべる少女。
直後、正面の管理が疎かとなる。
隙を見逃さず、サメ怪人が大口を開けて急迫し、彼女の胸元に食いつく。
そう見えたが実際には、ニギは即座の判断でステップを踏んで飛び退き、辛くも回避していた。
上顎の牙がエプロンドレスの襟元に引っ掛かり、まさに皮一枚、いいや布一枚の差で、柔肌は無事を保っている。
「このぉ!」
強固に閉ざされた口は、押せども引けども剥がれない。
身動きを封じられた数秒のうちに、集団に取り囲まれてしまう。
「くれてやる! メイド服のひとつやふたつ!」
ニギは叫んで手首を返し、逆手持ちに切り替えた剣の切っ先を、眼前の敵の胸板に深々と突き込む。
と、同時に思いきり蹴りつけて、押し飛ばす。
怪人は心臓を貫かれて絶命し、布をくわえたまま仰向けに倒れたので、衣装の前面はビリビリと裂ける。
下着があらわとなるも、彼女はさして気にする素振りもなく、背後に忍び寄る一体を、振り向きもせず刺し殺す。
「なに、あいつ……?」
後方から様子をうかがうヤガミは、たちまち青ざめる。
化物の群が一人の子供に圧倒され、一匹また一匹と確実に数を減らしていくのだから、驚くのも無理はない。
「たたみかけろ! 一気に潰せ!」
つばきを飛ばして喚くけれど、命じられる方が憐れだ。言われなくともやっている。それでもなお敵わないのだ。
「キリが無いな」
過半数を切り伏せたところで、ニギはようやく息苦しさを感じ始める。
(『一気に潰せ』か、いい考えだ)
念じると、『つるぎ』は瞬時にして変容した。
刀身がどろどろと溶けて半液状となり、八本に枝分かれし、勢いよく四方に伸びたではないか。
それらは命を持つかのごとく自由自在に曲がりくねり、目にも留まらぬ速度で虚空を乱舞する。
漂う湯気もかき消す勢いでつむじ風を巻き起こしつつ、怪人達の合間を駆け抜け、次々と貫通あるいは触れるそばから切断していく。
「『つるぎ』……mode『オロチ』」
伝説の怪物を倒した後、正確には倒したと自覚した瞬間から、新たな能力はとうに開眼していたのだ。
こうして、サメ怪人は為す術もなく倒れていった。
最後の生き残りが床を這いずって、脱衣所のクラミツハに近付いていく。
ニギは決して見落とさず、もとの形に戻った『つるぎ』を振り向きざま投擲する。
相手の背中に埋もれる事でトドメを与えた聖剣は、例のごとく光の粒子と化して雲散霧消。
(ああ……どうだい、タケル?)
快感に肩を震わせながら、心の中の親友に語りかける。
(ボク、こんなに強くなったよ。もう守られるだけの弱虫なんかじゃない。自分の力で、友達を守れるんだ!)
「こんちくしょおがァ~ッ!」
怒り心頭のヤガミが、悔し紛れの突撃に乗り出す。
しかし、振るった拳はニギの顔面に届く寸前、ぴたりと停止してしまう。
不自然な動きの理由がわからず呆気にとられながらも、ニギの指は素早く端末をいじっていた。
「『かがみ』、起動」
立て続けのミクサウエポン使用だ。煌めく透明の帯が体から展開し、女神の首に絡みつき、締めあげる。
「ぐうえぇあ」
「見てぇタケル! ボクをほめてよ! あははははっ!」
調子外れの哄笑を飛ばす少女の脳内で、友が振り向く。
《違う》
切望した称賛はどこにもなく、代わりに注がれたのは、明確な嫌悪の眼差し。
《アンタはニギじゃない》
心の砕ける音が響いた。
《ニセモノ
偽物
にせもの》
怨嗟の声は、いつしか爆音になっていたヘッドフォンの音楽と重なって、精神を蝕む。
ニギの瞳から生気が失せる。
ぎくしゃくとした動作でもって膝をつき、
「おぅヴぇうろろろっっ」
胃の中のものを全部、浴場の床にぶちまけた。
存在を維持できなくなった『かがみ』が消滅し、ヤガミを解き放つ。
この時、気絶した女神の耳の穴から、ホタルめいた光を放つ何かが飛び立ち、天井の通気口へ潜り込んだが……。
当然ながら、そいつの姿を確認できた者は居ない。
※ ※ ※
数分後、完全に覚醒したクラミツハは、浴場の惨状を目の当たりにし、困惑のるつぼに落ちる。
嘔吐によって衰弱したニギを抱えて階段をのぼり、会場まで戻れたはいいが、そこで新たな異常事態が出迎えた。
「ダイコク様ぁっ、こんなの嘘でございます~っ!」
視界に飛び込んできたのは、周りの目もはばからず泣き崩れるオオゲツと、その腕の中で息絶えるダイコクの姿。
「お慕いしておりましたのに……陰ながらでも想っているだけで幸せでしたのに……」
色男の体はどういうわけか傷一つない綺麗なもので、一見すると眠っているだけに思える。
にもかかわらず、顔面は土気色、胸はいっさい上下していない。どこからどう見ても死体であった。
「クラミツハ、どうしたっ? ニギは!?」
クエビコが汗だくで駆け寄ってくる。
「拙者にもわからぬのでござる。気づいた時には例のサメどもの死骸が転がっていて、状況から見てニギ殿が戦ったものと」
「け、怪我は……ない、みたいだな。服は破れてるが」
彼は大慌てでクラミツハと交代して、ニギに肩を貸す。
「おいオオゲツ、こいつを休ませてやりたいんだ。どっか横になれる部屋はないのか?」
「もともとそういう城ですので、そこらへんにいくらでもございます。ご自由にお使いくださいませ」
涙を拭い、どこか投げやりな返答をするオオゲツ。
「クエビコ殿、ダイコクに何があったのでござる?」
「んな事どうでも……あー、良くねえけど、今はとにかくこいつが先だ。話ならタヂカラオに聞いてくんな」
カカシの神は振り向きもせず、廊下への扉を蹴り開け、足早にその場を後にした。
不安にとらわれ、クラミツハはすがるような目を巨漢に向ける。
「タヂ、どういう事だ? あれは『刺客』の仕業か」
「いやあの、一緒に便所いったら急に倒れちゃって。発作系の持病でもあったか、転んだ時に打ち所が悪かったか、だね。うん、たぶんそんな感じ!」
いかにもテキトーかつ、要領を得ない説明だ。納得するどころかますます戸惑う。
ただ一つハッキリしているのは、護衛が失敗に終わったという事実。
すなわち、交換条件だった己が命の終わりを意味する。
クラミツハの心にはもはや一片の悔いもない。
身を捨てる覚悟など、この任務につく以前からとっくに済んでいたのだ。
「相わかった。これも約束でござる。どうかひとおもいにやってくだされ」
オオゲツに言い、つかつかと詰め寄ってゆく。
決意の一歩はしかし、呆れ果てたと言わんばかりのため息によって一蹴されてしまう。
「空気を読んでモノを言ってくださいまし。そんな呑気な事をしている場合に見えますか? アナタの命なぞ差し出されても、何がどうなるでもなし」
頭にぽんと手を置かれ、数回摩られる。
クラミツハには全く意味がわからなかったが、この行為こそ、脳血管に潜伏するオオゲツの肉の残滓を取り除く、解呪の術なのだ。
「え~……?」
責任をとって死ぬ事すら、許されぬというのだろうか。
色々と置いてけぼりの侍少女は、いよいよ混乱の極みに陥り、ただただ途方にくれるしかなかった。
※ ※ ※
かくて、不夜城におけるただれた宴は、血生臭い事件によってうやむやな形で幕を下ろす。
湖の水面が朝焼けを浴びて煌めく頃、城の最下層に存在する霊安室は、真逆の暗闇に包まれていた。
そこは、キヅキ領主が百単位の美女と永遠の眠りにつくためだけに儲けられたというふざけた空間なので、相応にだだっ広い。無数に並ぶ棺のうち、最奥に配置された一際きらびやかな棺の中に、ダイコクの遺体は納まっている。
女達の涙を吸ったおびただしい量の花束や下着と共に、である。
固く閉ざされているはずの分厚い鉄扉が音もなく開き、小さな光の粒にも見える物体が入り込んできた。
宝石箱じみた棺の蓋が独りでに浮き上がり、男神の肉体が空気にさらされる。
光は彼の胸に降り立ち、もぞもぞと蠢く。
何やら確かめるような動作をしばし繰り返し、ピタリと止まったかと思えば、やがて小刻みに震えて、かん高い音を発した。鈴虫が羽をこすりあわせる音と極めて近いが、悲しみの念の宿ったすすり泣きにも聞こえる。
「うっうっ、うりりん、うりりりいんっ……」
声が闇に溶け込み、残響も消え去った時、傍らにあった別の棺が勢いよくこじ開けられる。
「待ちくたびれたぜっ!」
中から飛び出したのは、クエビコだった。
彼が両手に抱え持つ杭を突きつけられ、光の羽虫は弾かれるように翔び立つも、逃亡は叶わない。
杭が緑の茎を生やした。
ひょろ長い茎の先端部分……蛇の顎を彷彿とさせる肥大した器官が勢いよく口を開け、羽虫をくわえこむ。
草でありながらどこか肉食獣じみている凶悪な姿形は、まさしく、地上における北アメリカ原産の食虫植物・ハエトリソウだ。実物との相違点といったら、神力による強制突然変異がもたらす巨大さや、能動的に獲物を狩りにいく性質くらいだろうか。
「ノコノコ来ると思っていたよ、我輩が死んでいればな」
屍だったはずの色男がむくりと起き上がり、口角を不敵につり上げてみせる。
「年くったせいで観察眼が鈍ったか? 一緒に作った薬の効果も見破れんとは情けない」
ハエトリソウの口中に捕らわれて苦しげにもがく『神』は、驚きの声の代わりか、いっそう激しい羽音を鳴らす。
「教えてもらおうか、なぜ我輩を裏切った? 小人の神兼妖精の神兼脳外科の神……スクナビコナよ!」
ドンマイ(´▽σ`)σ♪ カネちゃん★
オモイカネ
「最悪だー恥ずーい恥ずーい。まさか聞かれてるトカー(前回参照)」
ツクヨミ
「あ……オモイカネくん」
曲がり角でばったり
オモイカネ
「ひゃわあああーー(*/□\*)」
ツクヨミ
「待って」
がしっ
オモイカネ
「えっ……」
ツクヨミ
「昨日の事なんだけどさ……」
オモイカネ
「アーアー、キコエマセーン」
ツクヨミ
「聞いてよ」
オモイカネ
「あ……ワターシ、本編に出る仕事があるノデ……(そんなものはない)」
ツクヨミ
「だったら今日は休みなよ」
壁ドン
ツクヨミ
「ふーん、きみってよく見たら結構可愛いよね……。言ってなかったけど僕って真性のペ〇だから、きみみたいなちっちゃいコが好みなんだ……ねえ、これからウチにおいでよ」
顎クイ
オモイカネ
(ドキドキドキ、動悸がヤバーイ、頭脳キャパシティオーバー! パクッといかれちゃう~! でもでも、こういうのってフツー踏むべき段階とかあるんじゃ……イイノ? ここがゴールでイイノ? オモイカネ、オトナになっちゃってもイイノ?)
キス待ち顔
ツクヨミ
「くくく……」
ボウンッ←けむり
アマテラス
「余ぞ」
オモイカネ
「チクショーーーー!」
※ ※ ※
四章はこれで終了です。え、半端じゃね? と思われるでしょうが、ダイコクナイトフィーバー=正妻選が終わるまでが四章という事で、次回はエピローグ兼、五章のプロローグとなります。
ご意見ご感想、レビューなど、すごい切実にお待ちしております。それでは次回もご期待ください!
四日後にまたお会いしましょう!




