其ノ四~ニンゲン~
神様だって斬られれば死ぬ。
襲撃の二分前まで、時間は戻る。
「おいカエル、ちょっとあのムスメ見てこい。後で飴ちゃんやるから」
「嫌でやんすよ! だいたいそれ何千年モノっすか!」
タニグクの里は、たとえ神でも単独での走破に手こずる険しい山脈に包囲され、さながら敵の侵入を拒む天然の城塞がごとしである。
ならば、カカシ男とカエル娘が今まさに言い合っている田園地帯は、城門にあたるだろう。そこは村から続く丘を登った地点に位置し、唯一平たい道が伸びているからだ。故に、誰かが出るにも入るにも必ず通らねばならぬ。
恵みの守り神たるクエビコは、二千年も昔からこの地の出入口に立ち続けていた。それこそ、タニグク達がまだ普通の両生類として、泥んこまみれでゲコゲコ鳴いていた頃から。ではその彼が、忍び寄る略奪者を察知できなかったのはなぜか? カラスもカラスで、どうして危機を報せなかったのか?
そこんところの真相は、今はあえて置いておくとしよう。
「にしても兄貴、あれってホントに何でしょうかね? たったいま降臨した新神でやんしょか?」
「ばっか。おまえは妖怪だから知らんだろうが、神はあんな生まれ方しねえし、意識失った状態で空間転移したりもしねえよ。別の何かさ」
カカシとカエルが見つめている、先ほど巨大な爆発と共に現れた少女は、田んぼに仰向けに寝そべったまま動かない。
死んでいるのか? 否、胸が微かに上下しているのがわかる。
十五メートルばかりの距離を挟んでも、クエビコの目には少女の姿が細部までハッキリと確認できた。
顔形は若干幼さを残すものの、横にいるカエル娘より外見年齢は上の、象牙細工じみて整った麗しい容姿をしている。髪は短く、地上でいうショートボブに切り揃えられ、色は見る者の網膜に焼き付く濃紺。
半ばまで泥に浸かった小柄な肢体を包むのは、どうやら巫女装束らしい。らしいというのは……襟元・脇腹・上腕などを隠すはずの各部の布が大幅に省かれていたり、裾の丈がいわゆる『みにすかあと』状に切り詰められて眩しい太ももが露になっていたりと、やたらいかがわしいデザインだからだ。
「多少根性がネジ曲がっちゃいるが、ありゃ神を崇拝する側の格好だ。だったら人……ってまさかな。人間が天に来れるわきゃねえ」
自らの有り得ない想像を、クエビコは失笑で打ち消す。
彼の頭に針で抉るような激痛が走ったのは、この直後の事。
「がっ、あ……! なん、だ……!?」
「どどっ、どうしたんすか兄貴ぃ! 大丈夫でやんすか?」
カカシだというのに脂汗を滲ませて呻く男の袖を、カエル娘が掴む。
「わからん、だがこれは……おれへの信仰がどんどん消えてく……だと? 叫んで、泣いて、痛いって……苦しんでる、おれの……民が……」
うわ言みたいな呟きが漏れた、その時である。
丘の上から見渡せる村の風景が、なんの前触れもなく、真っ赤な明かりで照らし出された。紛れもない炎の色だ。
「えっ……!? むら、が……」
カエル娘は愕然として、細い肩を震わせる。
見下ろす視界の中で、故郷が焼かれていた。響き渡る絶叫と悲鳴で、地面が揺れているようだ。逃げ惑う豆粒様の村人達が、追いすがる妙な装いの何者かにより、次々と斬り捨てられては折り重なって倒れゆく。
何が起きたのかわからない。ただ、猛烈な不安を伴って彼女の脳裏によぎるのは、自身が勝負のネタとして面白おかしく語っていた『謎の賊』の噂。
「おっ父! おっ母!」
喉が裂けんばかりに最愛の家族を呼ぶと、カエル娘は青ざめた顔で跳躍した。ほとんど滑り落ちるくらいの勢いで、緩やかな斜面を駆け降りていく。
「ま、待て、危ねえ! それよりすぐにこの縄をほどいてくれ! 自分じゃ動けねえんだよ! 行くな、おいカエル! カエルーッ!」
磔の神は必死にもがくも、小さな背中は既に遠く、願いは届かぬ。地面に深々と埋め込まれ、彼を縛り付ける十字架はびくともしない。
「くそくそ! こんなもんがなけりゃ! 外れろ、外れやがれよおぉっ!」
自ら選んでカカシをしていたわけじゃない。
押し付けられた役目なのだ、最高神・アマテラスによって。
「聞いてんだろコラ何やってんだ! 引きこもりのくそアマ野郎! 今すぐおれを解放しやがれ! 村がやべえんだよ! おれの民達がっ……!」
空を仰いで呪いの叫びをぶちまけた、次の瞬間。
ひゅん
と風を引き裂いて飛んできた矢が、クエビコの腹に沈み込む。
矢先は背中を容易く貫き、血を吐くほどに離れたがった十字架との関係性を、より一層強く結びつける。
串刺しという形で。
「うごっ」
激しく仰け反り、瞳を見開く。藁の肉体に痛みはないはずなのに、存在自体の基盤をかき乱されるような苦悶と、身の毛もよだつ不快感が襲い来る。
「うぇ~い、やった~ワンヒット~!」
遥か前方に茂る背の高い木の陰から、肩当てと袴を纏い、長弓を構えた少女が飛び出す。頭に生えた狐の耳が、嬉しげにぴょこぴょこと跳ねている。
「前衛さ~ん、あとよろしくね~」
そいつがおちゃらけた様子で手を振ると、
「あいよっ」
「任せろっ」
クエビコの背後にて、二つの声が応じた。
一瞬の後に白刃が閃き、藁の右腕は添えつけられた丸太ごと切り落とされる。
さらに、別の凶器が斜めに走り、杭の根元部分と足を縛っていた縄を同時に断ち切る。
どうと倒れたクエビコは首を回して振り仰ぐ。日光を背にして彼を見下ろすは、二名の刺客。
片や胴当てを身につけ、太刀を握る男。
片やド派手な蝶柄の着物を羽織り、薙刀を携える女。
「てめーらか。てめーらが村を、襲ってんのか……っ」
今や首と左腕と腰元だけで、中途半端に杭に固定されているクエビコは、生まれたての小鹿のごときおぼつかない足使いでもって、立ち上がる。
大きくふらつきながら、緩慢に前へと進む。
二千年ぶりに動く上、枷まで背負い、矢で射抜かれていては無理もない。
「絶対、許さね……。殺してやる祟ってやる……畜生めら!」
がくがくと痙攣する右足を上げ、一番距離の近い侍に蹴りを放つ。それは相手の膝を捉えたが、
悲しいかな、軽い! 弱い!
なにせ藁と枝の足。加えて言うなら体重も勢いも乗っていない。綿で殴ったようなものである。
全く攻撃になっていないばかりか、バランスを崩して転んでしまう始末。
「ええ~! 何こいつザコくね? これでエリアボスかよぉ?」
「ちょい待ち。んー……『カカシの神・クエビコ レベル42』……はい間違いないですねー。こんなん草生えるわ」
膝を叩いて笑う侍と、片方だけ白目をむいて意味不明な事を呟いてから、耐えかねるように笑い出す薙刀女。
「ねー二人とも、そこに変なヒト倒れてるけど、どうする~?」
狐耳の少女が、田んぼに倒れたままの巫女に気付く。
「知らねーよ、こいつにやられたんじゃね。カカシの神に……くっウケる」
「じゃあカワイソーな新人さんだね♪ そっとしとこー☆」
「や、やめときましょうよ……そんなん大草原不可避だわ。ふふふっ」
兵士とは思えぬ場違いな明るさで、お喋りを楽しむ三人。クエビコは血走った目で彼らを睨み、満身創痍の身を押して杭を杖にし、再び立ち上がる。
「カカシを笑うんじゃねえ。誰のお陰で米が食えると……」
「ごめんにゃー、ボロ雑巾さん♡ 私ってばパン党なんだよね」
狐耳は笑顔でカカシを罵倒して、弓を引き絞る。
「てなわけでー……死んじゃってどーぞー!」
恐らくトドメとなるであろう、無情の一矢が放たれた。
おしえて! オモイカネちゃん☆
オモイカネ「マダ準備中デース。ズット準備ダケダッタラドウシヨウo(T△T=T△T)o
今回ハ主人公ピンチ略シテ、ヒロピンデシタネ。クエビコ様ハ私ト同ジ頭脳派ノハズナノニ、チョット切レヤスイヨウデス。乱暴ナ男性ハ好ミジャナイデスネ。大和男子タルモノ、イカナルトキモ心ハ熱ク、頭脳ハ冷静二行キマセント……ビークール。クールニナレ……ソレデハ明日モ宜シク御願イシマスデース」