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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
肆ノ巻~ダイコク☆ナイトフィーバー~
39/54

其ノ九~God knows...~

神のみぞ知る、やぶの中。



「襲えっ!」


 飼い主の命令に従って、害虫の群が方向を変える。

 ムカデ達は足を蠢かせ、ハチ達は羽を打ち鳴らし、ニギのもとへと殺到してゆく。


「うくくっ、さよならイイ子ちゃん!」


 だが、スセリの望む結果は訪れなかった。

 標的の目と鼻の先に迫ったところで、群はぴたりと停止してしまう。


「は?」


 呆ける女神の傍らで、落ち着き払った様子のメイド少女は、エプロンドレスのポケットからあるものを取り出す。

 色鮮やかな、布の切れ端だ。


「キミの帯の一部だよ。さっき拾って、入れといたんだ」


 それは断片の状態でも、『持ち主を決して攻撃しない』という暗示を虫達に与える事が出来る。


「そんな、どうして気付いたのっ!?」


てただけだよ。虫がキミを攻撃してる理由を考えて、欠けてるものといえばこれくらいだったからね」


 眉ひとつ動かさないまま、ニギは怒っていた。騙し討ちをかけようとした者への情けなど、持ち合わせていない。


「どうせ罠だろうと思ってたさ。信用する訳ないだろキミの事なんか。それと、ボクは別にイイ子ちゃんじゃない」


 ベルトの鞘に納まる櫛火切を握り、繰り出すは、柄頭つかがしらによる顎への突き上げ。


「くっへぁ」


 斜め下から撫で付けるような打撃に、脳を激しく揺さぶられ、スセリは瞬く間に昏倒する。


「さよなら意地悪さん」


 吐き捨てると、ニギはすぐにきびすを返し、脱衣所に駆け込んで戸を閉めた。だから、気付かなかった。

 誰も入っていないはずの浴槽から、複数の人影がしぶきを散らして、次々と起き上がった事に。

 輪郭こそ人間に近いが、前傾気味の背中に生えたヒレといい、顔面積の大半を占める大口に並ぶ牙といい、外見はまさに化物と形容するに相応しい。


 旅の一行がオオゲツの屋敷にて相見あいまみえた、サメ怪人である。


「ぐぎっギィーッ!」


 うち、後列にたむろする者達は逞しい腕で何かを掴み、厳めしい顎で食い千切っている。

 嗚呼、なんと残酷無惨な光景であろうか。まさしく、目を背けたくなるほどに。

 彼らが奪い合うみたく貪るのは、肉塊だ。

 ニギやスセリ達と同じく最終選考まで生き残り、浴場へと落ちてきた少女神。その、成れの果てである。


「こらこらお前ら、がっつくでないの」


 荒ぶるサメ怪人の前に立ち、束ねる者がいた。


「そいつはまだほんの前菜なんだかんね。ごちそうはこれからこれからー」


 湯気の中でニヤリと笑う彼女・・もまた、審査の参加者だった。


 ※    ※    ※


 時間は少しだけ戻り、少女達が落とし穴に消えた直後の会場。


「あーっもうっ、どうやったら開くんだよこれっ!」


 クエビコはステージ上に何度も杭を叩きつけ、苛立ちをぶちまけた。


「手前こら色男! ニギに何を飲ませやがった」


 そう叫んで特別観覧席を仰ぎ見ると、


『落ち着きたまえ。君が心配するような事はないよ。ただの眠り薬だと言っただろ』


 あくび混じりの拡張音声が響いて、神経を逆なでした。


「『永遠の』の間違いじゃねえのか? そこで死んでる奴はどう説明するんでい!」


 奇妙な薬の効果によって、審査開始前に倒れた少女神は、ステージの端で今も横たわっている。

 眠っているふうにしか見えずとも、紛れもない死体だ。何せ脈がなく、呼吸もしていないのだから。


『いいかね、まずハッキリ言っておこう。あの薬はニギ嬢やクラミツハ嬢には飲ませていない。さかづきをよく見たまえ』


「あン!?」


 クエビコは渋々と、机のところまで移動した。一個一個の杯には、参加者のエントリー番号が刻まれている。


『No.181と182の器に入れたのは、味付け水さ。彼女ら以外はみな容疑者だとわかっているのだから、まとめて眠らせてしまえば手っ取り早いと思ってね。わざわざ犯人当てなんぞずるよりも、この方がずっと楽で効率的だろう。かねてから新薬の実験をしたいとも思っていたし、ちょうど良い』


 ニギの杯に残った液体を、恐る恐るひと舐めしてみる。

 ダイコクの言う通り、それはただ甘いだけの水だった。豊穣神ならではの眼力で確認しても、不純物の気配はない。


『のんびり待とう。効き目が出るまで小半時こはんときほどだ。今年の優勝者は無しって事になるが、この際仕方ない』


「……話はわかった。あいつらに危険がないんならいい。いいんだけど、よ」


 平静を取り戻すクエビコであったが、やはり納得しきれない部分がある。

 眠り薬などと言って誤魔化しているが、あれは、本当は劇薬の類なのではないか。

 いくら刺客を討つためとはいえ、こんな方法では、巻き添えを食う参加者達があまりに哀れではないか。


(中にはおまえに本気で惚れてる女もいるのに、心が痛まないのかよ。よそ様の事だし、口出しする立場でもねえけど)


 飲み込み難い気持ちを喉に詰まらせていると、


「ふぁ~っ」


 死体だったはずの娘が唐突に蘇生し、身を起こす。

 何事もなかったみたいに、寝ぼけ眼をこすり、きょろきょろと不安げに辺りを見回し始めたではないか。

 クエビコは仰天して娘に走り寄り、肩を掴んで揺する。


「あんた大丈夫だったのか!」


「ふぁいい? なんですか急にぃ」


 混乱して目を回す少女神の胸に、耳を押し当てた。


「嘘だろ、生きてる、心臓うごいてるっ!」


「ひゃああ変態ぃ!」


 当然、真っ赤になって泣きわめかれて、ビンタの応酬を見舞われる。


『はは、早くまわった分、目覚めるのも早かったか』


 ダイコクの呑気な笑い声を聞いて、キツネにつままれる心情とはこの事かと、クエビコは立ちつくす他なかった。


 ※    ※    ※


「実況する事もなくて、暇なのでございますー」


 オオゲツは気だるそうなため息をつき、ベランダみたいな造りとなっている観覧台の柵に、ぐでーっと突っ伏す。


「ふむ、そうだな。下は盛り上がってる頃だろうが」


 隣席のダイコクが神妙な面持ちで呟いた。


「ちょっと、かわやに行ってくる」


「ダイコク様、今ここを離れるのは危険でございます!」


 焦り出す専属侍女の手を、色男はぎゅっと握りしめる。


「案ずるなオオゲツ、頼りになる護衛もいる事だし、すぐ戻るよ。それとも何かね」


 熱のこもった眼差しで真っ直ぐ見つめ返し、細い顎先を指で持ち上げた。


「ほんの一時たりとも我輩と離れたくないか?」


「なっ、何を仰います! そのような……!」


 頬を染めて力いっぱい否定する、珍しい反応を示した相手の口を、おもむろに唇でふさぐ。


「ぁふ……ダイコク様、いけませっ、んっ、んぅ……」


 舌を絡め取る濃厚な接吻が、オオゲツという気高き神格・・を根こそぎ奪い去り、溶かしてしまう。

 後に残るは、一方的な愛撫に悶えるうぶな少女の心だけ。


「えーと、あのー、もういいすかね?」


 タヂカラオがとうとう耐えかね、彼にしては弱々しい、精神的にひどく消耗した声で呻く。

 無理もない。鬼仮面の巨漢はずっと扉の前で突っ立ち、悪夢じみて甘い光景をさんざっぱら見せつけられていたのだ。


「……この続きは明日の夜にしような、オオゲツ」


「はぁい、いってらっしゃいましぇ……」


 ぼんやりと応じるオオゲツを数回撫でた後、ダイコクは席を立った。


 ※    ※    ※


「俺ちゃん本格的に刺客と手を組みたくなってきたわー」


 長く薄暗い廊下をだらだら歩きつつ、巨漢はぼやく。


「そうそう、ちょうどその話がしたかった」


 並んで進む色男には濃い陰が射し、表情はうかがい知れない。

 壁に点々と続く淡すぎる灯火が、かえって闇を強調しているせいだ。


「館じゃ召し使いが聞いてる手前、ああして誤魔化すしかなかったが……敵の目的も正体も、実はもうハッキリしている」


「えっ、そうなん?」


「そもそも前提から違ってて、そいつは我輩に害を為す気など毛頭ない。その証拠に、館の寝屋で我輩が相手してたのは、イナバ族の女だよ? あの子をサメに変えれば容易く首を取れたのに、なぜそうしなかったと思うね?」


「いや俺ちゃんに聞かれても」


 ダイコクはやれやれと返して、説明を続ける。


「先方の目的はこの命ではなく、脅しなのだよ。ひいては女達を片っ端から排除して、正妻選をぶち壊す事にある。全ては我輩への想い故に……ったく、ぞっとしない話さ。今となっては何もかもが首尾良くいってご満悦だろう。

 もう一つの決め手はサメの死体。

 我輩が直々に解剖してみたら、脳をいじくって『化身の奇病』を解読した痕跡があるじゃないか。こんな芸当が出来る者は、領内でも限られてくる」


「そこまでわかってんならさっさとふんじばっちゃえよ。なんで今の今まで好きにさせてたん?」


「単純明快、相手が強すぎる。キヅキには奴に敵う神力の持ち主はいない。ぶつかるとなれば大損害は免れないから、下手につつけずにいた。そこに、なんとも都合よく、オロチを倒した勇者一行の情報が転がり込んできてね」


「ふーん、利用してくれてどうもでーす……」


 ここではた(・・)と立ち止まり、首を跳ね上げるタヂカラオ。


「ちょい待ち! 狙いは女の子の方? だとすりゃあ最終審査のあの状況、相手にとっちゃ渡りに船で暴れたい放題じゃんよ! あれ考えたのって……」


「あァそうだとも我輩さ。お膳立てしてやった」


 遠雷が轟き、閃光が弾け、ガラス窓を射抜く。瞬間的に照らし上げられた細面は、いびつな薄ら笑いを浮かべていた。


「潰したければどうぞご自由に。こんな祭りなど安いものじゃないか。女が滅びない限り(・・・・・・・・)いくらでも開けるしな。こちらとしてもしぶとくて厄介な元正妻をどうしようかと困ってたところだし、願ったり叶ったりだ」


 常軌を逸した答えに対し、サイボーグはしばし固まり、やがて唸り出す。


「あのね、なんていうか……俺もヒトの事いえないスケベ野郎だけどもさ。少なくともあんたよりゃあマシなつもりだよ。女を何だと思ってんだ!」


 鬼仮面の目玉に宿す紅い激情は、マグマにも似て、沸々と煮えたぎっている。


「ふふっ、怒ったのかね。ならばひとつ頼まれてくれないか。とっても重要な仕事があるんだが」


 色男は微塵も余裕を失わず、淡々と『依頼』を告げた。

女子会! オモイカネちゃん★


オモイカネ

「ハイ皆サン、ここで好きな人を暴露してクダサイ」


スセリ&ヤガミ&オオゲツ

「「「ダイコク一択!!!」」」


 三者、無言で睨み合う。


オモイカネ

「ツ、ツマンネー……」


スセリ

「わたしの愛こそ本物で、真実なの。あとは全てマガイモノ。だってそうでしょ、世界中の恋人達が……(以下略)」


ヤガミ

「うちの方が絶対ゼッタイ愛してるもん! 木の股に置いてきたあの日の……(以下略)」


オオゲツ

「わ、ワタクシは……かげながらお慕いしているだけで幸せなのでございます。たとえ遊びだとわかっていても、あの方のお心がワタクシに向けられずとも……(以下略)」


オモイカネ

「ツマンネ! 恋は神様をもバカにしてしまうのデスネ。ワターシああはナリタクナイ」


スセリ

「うくくっ、子供ねえオモイカネちゃん……どうせ誰かを好きになった事もないのでしょ?」


オモイカネ

「アァん? 侮らないでクダサイ! ワターシにだってイマスよ気になる男神くらい!」


(あっヤベ………勢いで言っちゃったしよ……)


スセリ&ヤガミ&オオゲツ

「じーーーーっ」


獣の目の三者が追い詰めてくる。


オモイカネ

「トンヅラデース」


だが まわりこまれてしまった


スセリ

「ねえ誰? 誰なの? 正直に言ってごらんなさい」


オモイカネ

「あ……う……」


ヤガミ

「誰にも言わないから~!」


オモイカネ

「ホントデスカ? 約束デスヨ?」


オオゲツ

「じゃすとどぅーいっと、我が命にかえても」


オモイカネ

「じゃあ……あの……えと……ツ……ツクヨミ様?」


スセリ

「え~あんな陰キャ男のどこがいいの?」


オモイカネ

「がう~~~~っ! イイジャナイデスカ! 確かに暗いし冷たいとこもあるケド、ホントは優しいし! 時々見せる笑顔が可愛いし! いつもチャラチャラ着飾って聞こえのいい台詞ばっか吐いてるダイコクみたいな奴より、嫌われてても自分をちゃんと持ってるツクヨミ様の方が、何十倍もカッコいいデスカラ! 少なくともワターシにとっては初恋の……」


ツクヨミ

「え……?」


オモイカネ

「ナズェミテルンディスーーーー!(赤面石化)」


ツクヨミ

「と、というわけでー……えと、次回もお楽しみにねー……ってちょっと、オモイカネくん大丈夫? 体カチコチなってるけど!? おーーーーい!」

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