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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
肆ノ巻~ダイコク☆ナイトフィーバー~
38/54

其ノ八~JAP~

ぶった斬れ 煩悩絶つTrigger



「へえ意外。怖い顔も出来たのね」


 スセリは感心したふうに呟くと、右腕を引く。

 怪物ムカデは櫛火切くしびぎりの拘束を解いて彼女の袖口へと戻り、巨体を内側に潜り込ませる。

 せっかく掴んだものを、なぜ放すのか。思わぬ行動に驚きつつもニギは警戒を緩めず、両手の刃(櫛火切と『つるぎ』)を構え直す。


「キミはダイコクさんを殺すつもりなんだろ? だったらボクがさせない。キミを勝たせる訳にはいかない!」


 一次審査でのあからさまな殺意表明から、ニギは目の前の相手こそが『刺客』であると、ほぼ断定していた。

 対するスセリは口元を手で覆い、ころころと笑う。


「あなた、あのひとのこと愛しているの?」


「違う。ボクは脅されて来ただけ。彼に何かあったら、友達が危ないんだ」


「ああ、そゆこと? まァそっちの事情は知らないけれどねえ、わたしは愛してるわよ」


「なんだって?」


 首を傾ぐニギ。ステージでの発言と真逆ではないか。


「好きだからこそ苦しめたい、とか言ったら異常者だと思うかな。でもよく考えて、世界中の恋人達が同じ事をしてるのよ。自分のモノだって証を相手の体にねじ込んで、激しく抜き刺しして、消えない傷を刻み付けてる。そのためのわかりやすい手段を持ってるんだから、男ってのはズルいものよね」


 スセリは突然、極端な例を持ち出して持論を語り出す。


「だからあのひとに言ってやったの。『あなたは特に興味のない他の女にもそれをするけれど、使いかた間違ってるわよ』って。いちど切り取ってやろうとしたら何故かものすごく怯えて、以来、寝床には一歩も近づけてくれないわ。ひどい話でしょ。そのうち正妻選なんて馬鹿げたマネを始めて、わたしの愛をますます遠ざけようとするんだもん。お仕置きしてあげなくちゃ」


 まるでついていけず、ニギが青ざめて後退りする。

 何を思い出してのものか、恍惚の表情で溜め息をつくスセリだったが、ふいに話をそらす。


「ところでムシムシしない?」


 ここは湯が沸いている浴場なのだから、当たり前だ。

 片やメイド服、片や着物姿で、どう考えても後者の方が暑そうではある。


「脱いじゃいたいけどそんな訳にもいかないか」


 パタパタと扇ぐみたく、腕を振る。ただし涼を得るための動作ではない。

 袖口の奥から群をなして舞い上がるのは、一匹一匹が大型鳥類と等しき体躯のスズメバチ。

 攻撃的な羽音と共に空中停止ホバリングし、顎の牙を噛み鳴らす。


「スクナ探さなきゃだし、あなたの相手はこの子達って事で。じゃね~」


 虫使いの女神はそう言い残し、走り去る。


 同時に、ハチ達が一丸となって動く。

 ニギの目には視認できない速度だった。ただ気配だけを頼りとし、すぐさま身を翻す。

 一瞬前まで居た空間を殺意の嵐が通り過ぎ、かんしゃく玉めいた破裂音が遅れて響く。

 あろう事か、『彼ら』の飛行は音の壁を破るのだ。

 彼女はゾッとした。衝突の果てに人型の惨劇(ハチの巣)が生産されるであろう事は、想像にかたくない。


「にげなきゃ……」


 されど、ハチの群は逃走を許さない。

 空中で急角度の方向転換をし、分散して、背後から襲い来る。その怒涛の勢いたるや、さながら意思持つ散弾だ。ニギは真横に跳んで避けるも、うち一匹の牙が右足首を掠め、浅い切り傷を刻む。血が滴り、鋭い苦痛が染み渡る。


「あ、ぎっ……!」


 裏返る自らの声に情けなさを覚え、心臓が暴れる。

 恐ろしい。助けてくれる仲間もなく、孤立状態なのだ。

 一方で、脳みそはやけに冷めていた。

 逃げても恐らくキリが無い。奴らは機敏かつ執拗。与えられた命令は、主の性格からして足止めなどという甘いものではあるまい。

 さりとて戦うにも、いかに立ち回る? 敵は圧倒的多数にして捉えきれぬ速さを持つ。どの方向から狙ってくるか予測できず、気配でやり過ごすのには限界があるだろう。唯一わかっているのは、標的が自分一人という事くらい。


 そこで思考を中断し、覚悟を決める。

 精一杯の勇気をくべて瞳の炎を燃やし、前を睨む。

 視線の先では、バラバラに飛んでいたハチ達が再び集結しつつある。

 次の瞬間、ニギは走った。間近の壁に背をくっつけて、自ら逃げ場をなくす。


「来るならなよ!」


 血迷ったともとれるその行動に反応し、ハチの群は羽音を唸らせ、ひとかたまりの疾風となる。

 雪崩をうって突っ込んでくる目視不能の弾丸が、視界の全てを埋めつくす中、少女は密かに微笑む。

 自棄やけではない、予想通りにことが運んで、気味が良いのだ。

 左手首を捻り、逆手に持ち替えた『つるぎ』を構える。

 縮んだとはいえ、常識外れに広い大剣の幅は、人ひとりの体を完全に隠して余りあるほど。

 半身はんみをとり、左手の甲に櫛火切の切っ先を添えた。正面からの攻撃に対する防御姿勢の完成である。

 音速飛行の最中で急には止まれぬハチ達は、『つるぎ』の分厚いしのぎの盾に次々と激突し、潰れて弾け飛んでゆく!


(見えないスピードがなんだ。こいつらは確実にボクに向かってくるんだから、それさえわかってれば充分さ)


 控えていた群の後列は、思わず困惑してか、空中で固まってしまう。

 そんな僅かな隙を突き、ニギは反撃に転じる。


「うおおおおっっ!」


 雄叫びを上げて床を蹴り、装備の重量をいっさい感じさせぬ跳躍を見せ、真っ向から残党に斬り込んだ。

 上半身を反らして、全体重ごと叩きつけるかのように、左手を振るう。弧を描く『つるぎ』のひと撫でが、数十匹の胴をまとめて薙ぎ払う。

 蓄積した勢いが消えてしまわないうちに、宙返りざま、右手を振るう。波打つ軌道で走る櫛火切の乱激は、生存した個体を逃がさず微塵に刻む。

 原型を留めぬ骸がボトボト落ちて、床をまだらに彩る。

 独特の青い返り血を頬に浴びても、少女はむしろ爽快な心持ちとなり、満面に笑みをたたえる。


(なんだよ……ボクって、こんなに強い(・・・・・・)じゃないか!)


 剣と刀で遊び、力を誇示して舞い踊る、無邪気な子供がそこにいた。


 ※    ※    ※


 一方、スセリは浴場の出口へと迷わず辿り着いていた。


 いくら広くてもたかが風呂場と思うだろうが、そうでもない。何しろ城主が百単位の美女と同時に混浴するためだけの空間だ。千五百平米というちょっとしたビーチ並の面積を誇る上、複数のフロアに分かれる複雑怪奇な構造にもかかわらず、脱衣所に続く扉は一つしかない不親切な造りをしている。

 しかしスセリにとって比礼城ひれいじょうは、庭と呼ぶべき日常の拠点。

 領内序列二位の立場として管理を一任されていたという意味では、ダイコク以上に詳しい。


「それにしても、あの子には酷な事したかしら。まァ……あれで死ぬようなら見込み違いなんでしょう」


 フロアの仕切りに阻まれて、戦いの模様はわからない。

 今頃はハチに刺されて泣いてるか、物言わぬ屍か。

 ニギの可哀想な姿を思い浮かべて、うくくっ(・・・・)などと特徴的な含み笑いを漏らしながら、引き戸の前へと向かう。

 その時、妙なものを踏んづけた。


「ぐむぎゅうっ」


 風変わりな呻き声の主は、倒れていたクラミツハ。

 今ので意識が戻ったらしく、緩慢に首をもたげる。

 ステージからの落下後、上手く着地できたものの、不運にも床のせっけんに滑って頭を打ち付けてしまい、気絶していたのだ。


「き、貴殿は確か……う~まだクラクラするでござるよぅ」


 ちなみに纏っているのは、一次審査で破れた水着とは別の、白の競泳水着だ。


「大丈夫ぅ? もう少し休んだ方がいいんじゃない」


「かたじけない」


「あと百年くらいね」


 心配するフリをして屈んだスセリが、相手のうなじに容赦なき手刀を叩き下ろす。それから何食わぬ顔で背を向けると、脱衣所への引き戸を開ける。


「おのれぇ……!」


 だがクラミツハは、ただでは失神しなかった。震えながらも身を起こし、長刀を抜き払う。

 力つきて再び倒れ込む直前の一閃は、スセリのおびの結び目を根元から切り落とす。


「え、えっ……うわ、やばっ!」


 滅多な事では動じないかに見えたスセリが、泡を食う。

 帯は緩んで滑り落ち、着物が一気にはだけた。

 襦袢じゅばんとの隙間からうじゃうじゃと這い出すものは、通常大のムカデやスズメバチの群。

 彼らはどういうわけか、飼い主であるはずの存在にまとわりつき、それぞれの牙や針で攻撃し始めたではないか。


 うろたえる理由は、服が脱げる羞恥にあらず。

 もっと切羽詰まった事情だ。

 虫達を肥大させて怪物に変えたのは、まさしくスセリの神力。だが実際のところ、獰猛さの増した彼らに飼い主自身が襲われぬよう、制御する能力までは備わっていない。以上の不足分を補っていたのが、たったいま切断された帯である。これの塗料には、野生の荒ぶりを静める成分が含まれていた。

 身に付けている限り、大量の害虫を懐に潜ませていても安心だった。

 外れた結果が、この有り様だ!


「ひぃいぃ、やっやめてぇ痛い!」


 スセリは堪らず我を失い、のたうち回る。

 ペットに蹂躙されて、肌に無数の傷口を作っていく。全身をむしばむ激痛のあまり、床の帯に手を伸ばす事もままならぬ。

 もがき苦しんでいるうちに、目の前に立つ者に気付く。


 ニギがやって来たのだ。

 武器を納めた彼女は脇目も振らず、真っ先にクラミツハの様子を確認し、必死に引きずって脱衣所まで運ぶ。


「待って! たす、助けてぇ……!」


 這いづくばって慈悲を乞う、つい先ほどまで敵だった相手の惨めな姿を、ニギはしばし葛藤するように見つめる。

 やがて意を決して踏み出し、手近にあった風呂桶に湯を汲む。

 それを虫どもにぶちまけて追い払うと、スセリの手を引いた。


「急いで!」


「ニギ……!」


 一緒になって逃れつつ、満身創痍の女神は涙をこぼす。

 もう片方の手で、とっさに拾い上げた帯をしっかと握りしめながら。


「わたしはあなたを殺そうとしたのに、あなたって子は、ホントに……」


 その泣き顔が一瞬で、黒い笑顔と入れ替わる。


「甘すぎっ♡」


 害虫の支配権は既に、スセリのもとに戻っていた。

ムシクイーン! オモイカネちゃん★


オモイカネ

「待ッテクダサイ。ワターシ虫はダメなんデス。ホントまぢ、脚がイッパイついてるのとかモー無理ナンデス。ダカラあの……解説の仕事ちゃんとするんで、ユルシテツカアサイ」


アマテラス

「あ? なんぞ? 余がせっかく日々の苦労を労ってやろうと、栄養のつく虫料理作ってきてやったのに。


イナゴとコオロギの唐揚げ、

カイコの四川風炒め、

ガの幼虫揚げたやつ、

へぼ(ハチの子の甘露煮)、

ナムプリックメーンダー(タガメ焼いたやつ)、

ヤムカイモッデーン(白アリのタマゴと幼虫のなんか)、


ほら、いっぱいあるぞよ!

余ってカワイイだけじゃなくて、意外と家庭的なの。

しかもつくすオンナ。愛に生きる。

どうよどうよ。

お嫁にしなさいっ! 受け止めて死んで!」


オモイカネ

「エート、ゼッタイ食べたくないんで仕事シマスね。


今回は『虫をおとなしくさせるアイテム』が登場シマシタが、これはオオクニヌシ神話に出てくる『比礼ひれい』という呪具じゅぐがモチーフにナッテマース。昔の女性が肩などに身に付けた布みたいなファッションでーす。


スサノオ様がダイコク様をいびろうと、ハチやムカデだらけの部屋で寝るように命じた時、スセリヒメが渡したモノで、これは虫の心を静める効果を持っていたソウデス。それによってダイコク様は無事に一夜を過ごせたらしいデスよ」


アマテラス

「ほう、仕事はそれで終わりか。どーせwik〇かなんかでひっぱってきたのであろ?」


オモイカネ

「し、失礼ナ! いくらアマテラス様でもそんな侮辱許されマセーン。これは作者がガチで本あさって調べた情報デースヨ!」


アマテラス

「まことだというなら食えような? 虫料理。

はい、あーん」


オモイカネ

「もごごーーーー!

ひゃーーーー食べちゃったーーーー!

あ、でもこれ意外とオイシイ(^q^)」


アマテラス

「というわけで次回もお楽しみにぞよー!」


オモイカネ

「もごごーーーー( ´Д`)ノ」


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