其ノ八~JAP~
ぶった斬れ 煩悩絶つTrigger
「へえ意外。怖い顔も出来たのね」
スセリは感心したふうに呟くと、右腕を引く。
怪物ムカデは櫛火切の拘束を解いて彼女の袖口へと戻り、巨体を内側に潜り込ませる。
せっかく掴んだものを、なぜ放すのか。思わぬ行動に驚きつつもニギは警戒を緩めず、両手の刃を構え直す。
「キミはダイコクさんを殺すつもりなんだろ? だったらボクがさせない。キミを勝たせる訳にはいかない!」
一次審査でのあからさまな殺意表明から、ニギは目の前の相手こそが『刺客』であると、ほぼ断定していた。
対するスセリは口元を手で覆い、ころころと笑う。
「あなた、あのひとのこと愛しているの?」
「違う。ボクは脅されて来ただけ。彼に何かあったら、友達が危ないんだ」
「ああ、そゆこと? まァそっちの事情は知らないけれどねえ、わたしは愛してるわよ」
「なんだって?」
首を傾ぐニギ。ステージでの発言と真逆ではないか。
「好きだからこそ苦しめたい、とか言ったら異常者だと思うかな。でもよく考えて、世界中の恋人達が同じ事をしてるのよ。自分のモノだって証を相手の体にねじ込んで、激しく抜き刺しして、消えない傷を刻み付けてる。そのためのわかりやすい手段を持ってるんだから、男ってのはズルいものよね」
スセリは突然、極端な例を持ち出して持論を語り出す。
「だからあのひとに言ってやったの。『あなたは特に興味のない他の女にもそれをするけれど、使いかた間違ってるわよ』って。いちど切り取ってやろうとしたら何故かものすごく怯えて、以来、寝床には一歩も近づけてくれないわ。ひどい話でしょ。そのうち正妻選なんて馬鹿げたマネを始めて、わたしの愛をますます遠ざけようとするんだもん。お仕置きしてあげなくちゃ」
まるでついていけず、ニギが青ざめて後退りする。
何を思い出してのものか、恍惚の表情で溜め息をつくスセリだったが、ふいに話をそらす。
「ところでムシムシしない?」
ここは湯が沸いている浴場なのだから、当たり前だ。
片やメイド服、片や着物姿で、どう考えても後者の方が暑そうではある。
「脱いじゃいたいけどそんな訳にもいかないか」
パタパタと扇ぐみたく、腕を振る。ただし涼を得るための動作ではない。
袖口の奥から群をなして舞い上がるのは、一匹一匹が大型鳥類と等しき体躯のスズメバチ。
攻撃的な羽音と共に空中停止し、顎の牙を噛み鳴らす。
「スクナ探さなきゃだし、あなたの相手はこの子達って事で。じゃね~」
虫使いの女神はそう言い残し、走り去る。
同時に、ハチ達が一丸となって動く。
ニギの目には視認できない速度だった。ただ気配だけを頼りとし、すぐさま身を翻す。
一瞬前まで居た空間を殺意の嵐が通り過ぎ、かんしゃく玉めいた破裂音が遅れて響く。
あろう事か、『彼ら』の飛行は音の壁を破るのだ。
彼女はゾッとした。衝突の果てに人型の惨劇が生産されるであろう事は、想像に難くない。
「にげなきゃ……」
されど、ハチの群は逃走を許さない。
空中で急角度の方向転換をし、分散して、背後から襲い来る。その怒涛の勢いたるや、さながら意思持つ散弾だ。ニギは真横に跳んで避けるも、うち一匹の牙が右足首を掠め、浅い切り傷を刻む。血が滴り、鋭い苦痛が染み渡る。
「あ、ぎっ……!」
裏返る自らの声に情けなさを覚え、心臓が暴れる。
恐ろしい。助けてくれる仲間もなく、孤立状態なのだ。
一方で、脳みそはやけに冷めていた。
逃げても恐らくキリが無い。奴らは機敏かつ執拗。与えられた命令は、主の性格からして足止めなどという甘いものではあるまい。
さりとて戦うにも、いかに立ち回る? 敵は圧倒的多数にして捉えきれぬ速さを持つ。どの方向から狙ってくるか予測できず、気配でやり過ごすのには限界があるだろう。唯一わかっているのは、標的が自分一人という事くらい。
そこで思考を中断し、覚悟を決める。
精一杯の勇気をくべて瞳の炎を燃やし、前を睨む。
視線の先では、バラバラに飛んでいたハチ達が再び集結しつつある。
次の瞬間、ニギは走った。間近の壁に背をくっつけて、自ら逃げ場をなくす。
「来るなら来なよ!」
血迷ったともとれるその行動に反応し、ハチの群は羽音を唸らせ、ひとかたまりの疾風となる。
雪崩をうって突っ込んでくる目視不能の弾丸が、視界の全てを埋めつくす中、少女は密かに微笑む。
自棄ではない、予想通りにことが運んで、気味が良いのだ。
左手首を捻り、逆手に持ち替えた『つるぎ』を構える。
縮んだとはいえ、常識外れに広い大剣の幅は、人ひとりの体を完全に隠して余りあるほど。
半身をとり、左手の甲に櫛火切の切っ先を添えた。正面からの攻撃に対する防御姿勢の完成である。
音速飛行の最中で急には止まれぬハチ達は、『つるぎ』の分厚い鎬の盾に次々と激突し、潰れて弾け飛んでゆく!
(見えないスピードがなんだ。こいつらは確実にボクに向かってくるんだから、それさえわかってれば充分さ)
控えていた群の後列は、思わず困惑してか、空中で固まってしまう。
そんな僅かな隙を突き、ニギは反撃に転じる。
「うおおおおっっ!」
雄叫びを上げて床を蹴り、装備の重量をいっさい感じさせぬ跳躍を見せ、真っ向から残党に斬り込んだ。
上半身を反らして、全体重ごと叩きつけるかのように、左手を振るう。弧を描く『つるぎ』のひと撫でが、数十匹の胴をまとめて薙ぎ払う。
蓄積した勢いが消えてしまわないうちに、宙返りざま、右手を振るう。波打つ軌道で走る櫛火切の乱激は、生存した個体を逃がさず微塵に刻む。
原型を留めぬ骸がボトボト落ちて、床をまだらに彩る。
独特の青い返り血を頬に浴びても、少女はむしろ爽快な心持ちとなり、満面に笑みをたたえる。
(なんだよ……ボクって、こんなに強いじゃないか!)
剣と刀で遊び、力を誇示して舞い踊る、無邪気な子供がそこにいた。
※ ※ ※
一方、スセリは浴場の出口へと迷わず辿り着いていた。
いくら広くてもたかが風呂場と思うだろうが、そうでもない。何しろ城主が百単位の美女と同時に混浴するためだけの空間だ。千五百平米というちょっとしたビーチ並の面積を誇る上、複数のフロアに分かれる複雑怪奇な構造にもかかわらず、脱衣所に続く扉は一つしかない不親切な造りをしている。
しかしスセリにとって比礼城は、庭と呼ぶべき日常の拠点。
領内序列二位の立場として管理を一任されていたという意味では、ダイコク以上に詳しい。
「それにしても、あの子には酷な事したかしら。まァ……あれで死ぬようなら見込み違いなんでしょう」
フロアの仕切りに阻まれて、戦いの模様はわからない。
今頃はハチに刺されて泣いてるか、物言わぬ屍か。
ニギの可哀想な姿を思い浮かべて、うくくっなどと特徴的な含み笑いを漏らしながら、引き戸の前へと向かう。
その時、妙なものを踏んづけた。
「ぐむぎゅうっ」
風変わりな呻き声の主は、倒れていたクラミツハ。
今ので意識が戻ったらしく、緩慢に首をもたげる。
ステージからの落下後、上手く着地できたものの、不運にも床のせっけんに滑って頭を打ち付けてしまい、気絶していたのだ。
「き、貴殿は確か……う~まだクラクラするでござるよぅ」
ちなみに纏っているのは、一次審査で破れた水着とは別の、白の競泳水着だ。
「大丈夫ぅ? もう少し休んだ方がいいんじゃない」
「かたじけない」
「あと百年くらいね」
心配するフリをして屈んだスセリが、相手のうなじに容赦なき手刀を叩き下ろす。それから何食わぬ顔で背を向けると、脱衣所への引き戸を開ける。
「おのれぇ……!」
だがクラミツハは、ただでは失神しなかった。震えながらも身を起こし、長刀を抜き払う。
力つきて再び倒れ込む直前の一閃は、スセリの帯の結び目を根元から切り落とす。
「え、えっ……うわ、やばっ!」
滅多な事では動じないかに見えたスセリが、泡を食う。
帯は緩んで滑り落ち、着物が一気にはだけた。
襦袢との隙間からうじゃうじゃと這い出すものは、通常大のムカデやスズメバチの群。
彼らはどういうわけか、飼い主であるはずの存在にまとわりつき、それぞれの牙や針で攻撃し始めたではないか。
うろたえる理由は、服が脱げる羞恥にあらず。
もっと切羽詰まった事情だ。
虫達を肥大させて怪物に変えたのは、まさしくスセリの神力。だが実際のところ、獰猛さの増した彼らに飼い主自身が襲われぬよう、制御する能力までは備わっていない。以上の不足分を補っていたのが、たったいま切断された帯である。これの塗料には、野生の荒ぶりを静める成分が含まれていた。
身に付けている限り、大量の害虫を懐に潜ませていても安心だった。
外れた結果が、この有り様だ!
「ひぃいぃ、やっやめてぇ痛い!」
スセリは堪らず我を失い、のたうち回る。
ペットに蹂躙されて、肌に無数の傷口を作っていく。全身をむしばむ激痛のあまり、床の帯に手を伸ばす事もままならぬ。
もがき苦しんでいるうちに、目の前に立つ者に気付く。
ニギがやって来たのだ。
武器を納めた彼女は脇目も振らず、真っ先にクラミツハの様子を確認し、必死に引きずって脱衣所まで運ぶ。
「待って! たす、助けてぇ……!」
這いづくばって慈悲を乞う、つい先ほどまで敵だった相手の惨めな姿を、ニギはしばし葛藤するように見つめる。
やがて意を決して踏み出し、手近にあった風呂桶に湯を汲む。
それを虫どもにぶちまけて追い払うと、スセリの手を引いた。
「急いで!」
「ニギ……!」
一緒になって逃れつつ、満身創痍の女神は涙をこぼす。
もう片方の手で、とっさに拾い上げた帯をしっかと握りしめながら。
「わたしはあなたを殺そうとしたのに、あなたって子は、ホントに……」
その泣き顔が一瞬で、黒い笑顔と入れ替わる。
「甘すぎっ♡」
害虫の支配権は既に、スセリのもとに戻っていた。
ムシクイーン! オモイカネちゃん★
オモイカネ
「待ッテクダサイ。ワターシ虫はダメなんデス。ホントまぢ、脚がイッパイついてるのとかモー無理ナンデス。ダカラあの……解説の仕事ちゃんとするんで、ユルシテツカアサイ」
アマテラス
「あ? なんぞ? 余がせっかく日々の苦労を労ってやろうと、栄養のつく虫料理作ってきてやったのに。
イナゴとコオロギの唐揚げ、
カイコの四川風炒め、
ガの幼虫揚げたやつ、
へぼ(ハチの子の甘露煮)、
ナムプリックメーンダー(タガメ焼いたやつ)、
ヤムカイモッデーン(白アリのタマゴと幼虫のなんか)、
ほら、いっぱいあるぞよ!
余ってカワイイだけじゃなくて、意外と家庭的なの。
しかもつくすオンナ。愛に生きる。
どうよどうよ。
お嫁にしなさいっ! 受け止めて死んで!」
オモイカネ
「エート、ゼッタイ食べたくないんで仕事シマスね。
今回は『虫をおとなしくさせるアイテム』が登場シマシタが、これはオオクニヌシ神話に出てくる『比礼』という呪具がモチーフにナッテマース。昔の女性が肩などに身に付けた布みたいなファッションでーす。
スサノオ様がダイコク様をいびろうと、ハチやムカデだらけの部屋で寝るように命じた時、スセリヒメが渡したモノで、これは虫の心を静める効果を持っていたソウデス。それによってダイコク様は無事に一夜を過ごせたらしいデスよ」
アマテラス
「ほう、仕事はそれで終わりか。どーせwik〇かなんかでひっぱってきたのであろ?」
オモイカネ
「し、失礼ナ! いくらアマテラス様でもそんな侮辱許されマセーン。これは作者がガチで本あさって調べた情報デースヨ!」
アマテラス
「まことだというなら食えような? 虫料理。
はい、あーん」
オモイカネ
「もごごーーーー!
ひゃーーーー食べちゃったーーーー!
あ、でもこれ意外とオイシイ(^q^)」
アマテラス
「というわけで次回もお楽しみにぞよー!」
オモイカネ
「もごごーーーー( ´Д`)ノ」




