其ノ五~ココロオドル~
ダンスダンスダンス♪
レディゴー☆
「お、来たぞ来たぞ!」
クエビコが天を仰ぐ。視線の先で夜空を駆け抜けるものは、ひとすじの流れ星か。
否、その星は木の葉のごとくひらりと舞って旋回し、中庭へと降下した。闇に溶け込む艶の無い黒の翼をはためかす、一羽のヤタガラスだ。
三本目の足には、丸く膨らんだ麻袋を引っかけている。
カラスはそれを、一行が集まる場所の前方十メートルの地点に落とすと、力強く羽ばたきうって急上昇し、虚空に大きな弧を描き出して去ってゆく。
「待ちくたびれたぜ。へへ、どんなかな~」
アマテラスが送って寄越すと言っていた新しい服が、やっと届いたのだ。
密かに楽しみにしていたクエビコは、はしゃぎ気味の声を上げて駆けてゆき、忙しない手つきで荷をほどく。
ようやく、女物の袴だけのダサい格好から解放される。
喜び勇んで袋の中身を取り出した時、子供みたくキラキラと輝いていた彼の瞳は、失望の色で濁ってしまう。
「こ、これは……」
待ちわびた着物は、元々の持ち物である『二千年着古した襤褸』と、寸分たがわぬデザインだった。
灰色に煤けた空気を纏うカカシの横から、無表情のニギがひょこっと顔を出し、同封してあった手紙を開く。
「えと……『クエビコくんちーす☆ この服どうよ? 開発部のオモイカネに作らせたんだけど、カカシのイメージぴったりってカンジじゃねえ? データベースを元に、前に着てたやつを完全再現してみたぞよ! 余の愛を込めたキスマークもつけといたから、気に入ってくれると嬉しいな♡』だって」
「あいつっぽく読み上げんでいい、腹立つ」
期待したおれがアホだったんだ……ハハ、などと乾いた笑いを漏らすクエビコは、ふと気付く。袋にはまだ、山ほどの衣装が詰め込まれているようだ。
それらのうち一着を手に取って、首を傾げる。
ヒラヒラした飾り付きの、桃色の薄生地。同じものをどこかで見た。
「ニギ、これっておまえの変わったふんどしと似てんな」
「あっあ、だめえ……みないでえっ」
ニギは一気に赤面し、『ふんどし』を取り上げる。
正確には地上でいう女性用のぱんつなのだが。
少女によって顔面に押し付けられた手紙を、今度はクエビコが読む。
「なになに……『ついでにニギちゃん用の着替えもいくつか入れといたぞよ。こちらは地上の技術をトレースした特注品で、洗い替えの下着とか寝巻きとかコスプレグッズ、オモチャ、女の子の消耗品も取り揃えてます。都の開発班の科学力は高天ヶ原一ィィィ!』だとよ。んー、消耗品ってどれの事だ?」
あの最高神ときたら、相も変わらず意味のわからぬ単語を並べるものだ。
彼は辟易しつつ、妙な薄皮に包まれた平たい物体を取り上げ、じっと眺めた。それもまたすぐニギに奪い取られてしまう。
「もうやだ、く、くっ、クエの……」
うつむきがちとなり、ふるふると震えている。
「えっち、きらいっ……」
か細く呟くなり、袋を抱えて、ぷいと背を向けた。
突然、嫌われてしまったらしい。理解不能な状況の中、クエビコは激しくうろたえる。
「えっ、あ、ど……どうしたよ? 急にそんな、嫌いとかわけわかんねえし。なぁ、こっち、向けよ」
壊れそうな肩に触れて引き寄せても、彼女はいやいやをするばかり。
だんだん苛立ってきた。
「なんだよおい、なぁニギってば」
文化の違いによって要らぬいさかいを始めつつあった両者だが、
「あの~お二方、それぐらいになさっては」
「も~痴話喧嘩やめい。俺ちゃんの方が爆発すんよ」
呆れ気味に観察していたクラミツハとタヂカラオが、とうとう口を出す。むしろ、ここまでよく我慢したものだ。
「皆様」
さらに、宴会広間へ続く扉を開けて、着物の上にエプロン姿のオオゲツが現れる。
「仕度が整いましてございます。参りましょう」
※ ※ ※
かくして一行は馬車に乗せられ、屋敷を出発した。
爛々と煌めきうつ虹色の灯火が導く路地を、曲がりくねって馬車はゆく。
原色の屋根瓦が並ぶ、夜なお眠らぬ華やかな市街地を、軒先行き交うイナバの民の賑やかな流れに逆らって進む。南の門を抜けて街道に出ると、周囲の景色は、虫の歌ばかりが響く草木もまばらな平原へと移り変わってゆく。
旅の情緒を悠長に楽しむ余裕もなく、幌つき荷台に揺られること一時間。
ダイコクと従者を運ぶ前方の馬車が緩やかに停止するのに対し、追走していたクエビコ達の馬車は、御者が鞭を振り遅れて危なげに急停止する。
一回り小さい前者の荷台は幌ではなく、がっしりした木組みであり、金細工の装飾もきらびやか。後者はといえばもともと貨物用らしく、日頃の酷使を物語るように、あちこちが穴空きと腐食の大盤振る舞い。
造りから乗り心地、御者の質に至るまで雲泥の差だ。劣悪な待遇は予想できたが、あまりに酷い。
「……馬車って初めて……だいぶ揺れるん、だねぇ」
病弱な子犬みたいに青ざめて、心配そうなクラミツハに背中をさすってもらいつつ、ニギはふらふらと下車する。
「確かにひでえもんだったけどよ、地上にゃもう馬車はねえのか? となるとおまえ不便なとこに住んでたんだな」
続いて降りたクエビコが何気なく話しかけると、彼女はブリキ仕掛けのごとき粗大な動作で、首ごと目をそらしてしまう。
「おま、いい加減にしろよ! こっち見ろい!」
同じ行為を今まで何度か受けた時は、カカシとはいえ上半身裸の男を見る事への抵抗感から来るものだと察しがつき、理解もできた。しかし今度は、ボロの着物でもしっかり肌を隠しているのだから、恥ずかしがられる理由がないではないか。
などとばかり考えている彼は、つい一時間前のやり取りが元凶である事など、つゆほども思わない。
「おー、こりゃスゴい」
タヂカラオの無邪気な歓声を合図に、地面か馬車か互いの顔ばかり見ていた他のメンバーは、正面の光景に驚く。
先程までうるさかった虫の鳴き声が止んだ静寂の中、遮るもののない視界の大半を占めるは、海と見まがうほど広大な湖。対岸は霧に覆い隠され、ぼやけている。清らかな水面は満天に瞬く星の光を閉じ込めて、自己主張激しく満ちた月の明かりを呑み込んで、どこまでも広がっているかのよう。
湖畔にはアーチ型の橋がかかっており、その先には巨大な異物が屹立していた。良く言えば、宝石箱をひっくり返したかのごとく絢爛豪華な外装の城。悪く言えば、自然美溢れる景観をぶち殺すけばけばしい障害物。これこそが領主たるダイコクの別邸にして、建造目的から『不夜城』とも称される……
「比礼城という。どうだね素晴らしかろう」
一足先に降り立っていた天下の色男が、風光明媚な眺望を背負い、一行に向かって見栄を切る。
屋敷での長々とした準備の末、その美貌には薄い化粧を施していた。黄金のブローチやネックレスなどで過剰に身を飾りつけ、たださえ派手すぎる花柄の羽織との相乗効果で、お洒落どころかもはや悪趣味な空気を醸し出す。
「カラスの噂に聞いた。キヅキ領主は妾とイチャつくためだけにべらぼうな量の信仰吸って、ドでかい城を浮かしてるって」
そう、クエビコの言葉どおりだ。
比礼城は小島か何かに根付くのではなく、不可視の力で湖上の空間に固定されていたのである。
「これがホントの浮き城ってか。女遊びで浮いた噂を振り撒く、ただれた宮殿ってわけかい」
「カカシだてらになかなかどうして詩的な表現ではないか。気分が良いからもっとたたえろ」
「見下げ果ててんだよ、ばっけろーいっ!」
その後、一行はダイコクの導きで橋を渡り、城の天守へと近付いた。
といっても、そもそも天守だけなのだが。
三の丸も二の丸もなければ、塀も堀もない奇異な有り様の上、肝心の橋も数十メートル前方で途切れているという状態だった。
「どうやって入れってんだよ」
「飛ぶに決まってるではないかね」
返ってきたのは事も無げな答え。
飛び移れってか? という怒声が出かけるも、抑える。よく確認すれば城は壁だらけで、出入口らしきものは見当たらぬ。
ならば他に入る手段でもあるのかと悩んでいるうちに、
「ひらけ~〇〇〇」
ものすごく卑猥でいて露骨な内容の呪文を、城主自身の口が放った。
すると、突如として発生した強烈な閃光により、場に居た全員の体はかき消されてしまう。
「くえええ「にあああ「だあああ「みょええ」」」」
長く尾を引く絶叫がしばらくの間こだますばかりで、橋の上には、誰の姿も残らなかった。
※ ※ ※
次に目を開けた瞬間、クエビコ達は城の中に居た。
だだっ広いホール状の部屋に、音の暴力が荒れ狂う。鼓膜を貫き、脳髄をねじ曲げんとする音楽が。
和風の外観から受け取れるイメージとは程遠い、異界めいた空間である。
天井からは金属の玉に似た照明がいくつも垂れ下がり、多角的な表面の形状が光を乱反射して、赤青黄の目まぐるしい極彩色をあたりに散りばめる。
それらが照らし出すのは、和服の袖を振って所狭しと踊る、数多の女神。
「なんだここは」
熱狂のるつぼに放り込まれ、クエビコはただ困惑した。
楽器の演奏者は存在しないのに、曲はどこから鳴り響いているのか。
女神達は、何かに憑かれたような恍惚とした目線を宙にさ迷わせる。何を見ているのか、あるいは何も見ていないのか。
「えと……ダンスホール?」
傍らのニギの言葉は誰の耳にも届かない。
「ぐ、酒が残って音が響いて吐きそ……袋くれ、タヂ」
「えーなに、みっちゃん聞こえない!」
「だから袋ぉ、袋よこせくださーい!」
タヂカラオとクラミツハが大声で呼び合うも、互いに伝わらない様子だ。
曲の嵐はやがて止み、部屋の明かりは一色となる。女神達の話し声で騒々しいのには変わりないが。
「諸君! 余興は楽しんでもらえただろうか?」
この声に、一行は頭上を振り仰いだ。
階段の先に設けられた足場にて、ダイコクが芝居がかった身振りで叫ぶ。
「挨拶は良いだろう、くどい説明も省く! 目的は単純にして明白なのだからな! 我輩が欲しくば、心を奪ってみせたまえ!」
女神達の張り上げる黄色い悲鳴に気を良くしてか、おごり高ぶった笑みを口角に刻むゲス野郎。しかし、
「今ここに、『我が世の春の選定祭』開催を宣言しへぶし!」
カッコ良く決めようとした矢先、くしゃみで語尾が滅茶苦茶になる。
いつの間にか周囲を飛び回っていたハエに、鼻腔をくすぐられたらしい。
「くっ、ちょっと失礼。席を外す。うわっ」
続ければいいのに、大袈裟に狼狽するやいなや、背後の扉から出ていく。
「……君はもう! 大事なとこで急に突っ込んでくるとは何事だ! は? 今なんと言ったのだね、『スク……」
扉一枚を隔てた向こう側で、奇妙にも、虫相手に何やら騒いでいる。
ホール内がどよめく中、ニギの眼前まで遠慮がちに歩み寄る少女がいた。
「もし、そこのあなた……不思議なお供を連れてるけれど、あなたもお嫁さん候補なの?」
舌先に鈴を隠し持つような、聞く者の心を解きほぐす、穏やかな声色。
「えっ、あっはい、い、一応」
緊張しいのニギならまだしも、隣に立つクエビコの心臓まで跳ね上がるくらい、少女神は魅力的だった。
決して派手な美しさなどではないが、気品溢れる佇まいと涼しげに細められた翡翠色の瞳には、奥ゆかしさという侵しがたい輝きがある。
印象を花に例えれば、露で着飾る己の艶姿を恥じらって蕾に隠れようとする、淑やかな朝顔だろうか。
「突然ごめんなさい。あなた、とても可愛らしいから、ついお喋りしたくなったの。私は『スセリ』、よろしくね」
うっすら濡れているのではと錯覚するほど瑞々しい髪を揺らし、静かな動作で会釈して握手を求めるスセリ。
「ぼ、ぼ……ニギです。どど、どうも」
舞い上がり、裾で拭った手をおずおずと差し出すニギ。
「待て」
両者の間に、クエビコが押し入った。
「この挨拶って確か、『私は武器を持ってません』っつぅ意味だよな」
軽くめくられたスセリの着物の袖を、乱暴に叩く。
そこからボトボトとこぼれ落ち、床でのたうつモノの姿に、ニギはぎょっとする。
百足だ。しかも一匹や二匹ではない。
「それとも、おれの覚え違いか?」
鋭い視線にも動じず、全く油断ならぬ少女神は、口元を隠して笑う。
「うくくっ、失礼。ペットが逃げちゃったみたいね」
スセリという名を聞いて、クエビコは思い出したのだ。
目の前の相手が、ダイコクの元正妻だという事を。
目と目が合う~♪ オモイカネ☆
「女って怖いデスネ。
まァ怖い女ほど美しいんデスガネ、この私のヨウニ……ウフフ。
というワケで、今回はミスコンの舞台に突入シタトイウ事で、スセリヒメ様を紹介シタイとオモウカネ。
コノ女神はスサノオ様の娘で、ダイコク様と出会った瞬間(正真正銘の初対面で)即フォーリンラブで即〇っちゃったんデスって(マジで)
まァーもちろん、いきなり現れて娘の〇女を奪った馬の骨を、お父様が許すワケアリマセンヨネ。てなワケで、カンカンのスサノオ様はダイコク様をヒドイ目に合わそうとするのデス。
ハチだらけの部屋で寝ろトカ、飛んでった矢を取ってこいと言って、草原に火を放つトカ。ムカデだらけの頭をケアさせるトカ。
でもそこは恋は盲目。スセリはあの手この手でダイコクをサポートします。お父様カワイソス。
最終的にはまんまとスサノオ様を出し抜き、スセリ様をめとったダイコクでしたが、実はこの奥さん……とんでもないヤン……」
ぴんぽーん
「オット。誰か来たヨウダ……
ハイハーイヽ(´д`)ノ
ジャストモーメントプリーズ」
ガチャ
スセリ「……えへ、来ちゃった……♡」
包丁ギラリンチョ。
※ ※ ※
オモイカネの消息はその日以来途絶えている。




