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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
肆ノ巻~ダイコク☆ナイトフィーバー~
32/54

其ノ二~Daydream café~

イナバカフェへようこそ。

「ニギ殿、じっとして……」


 クラミツハの瞳の輝きに射すくめられて、ニギは反射的に背筋を伸ばす。


「顔を上げて、目をつぶって」


「は、はいっ……」


 言われるがまま、か細い輪郭線を描く顎先を相手に向け、長いまつげが縁取る二重瞼を閉ざす。

 頬を染めて震える小動物めいた少女の様を、視線でもって愛撫してから、凛々しき乙女は距離を縮める。

 二つの影が交わり、離れた。


「よし! とれたでござるよ、ごはんつぶ」


「えっ、どこについてたの?」


「まぶたに」


 そう答え、指先の米粒を口へと運ぶクラミツハの仕草は、少し色っぽい。


「しかし、なんとも可愛らしい反応でござったな。近くで見ると器量良しなのが余計にわかって、どぎまぎしましたぞ」


「やっ、やめ……てよ。ボクなんて根暗ブスだし……綺麗なのはみっちゃんさんだよ。かっこいいから、もてるでしょ?」


 気恥ずかしさに耐えかねてか、巫女装束の袖を振り、顔をそむけて歩き出すニギ。


「いや何を仰る、拙者はとうに女を捨てた身なれば。それに見てくだされ」


 束ねた髪を揺らして追い付くと、クラミツハは自嘲ぎみに微笑む。右瞼と頬の上を縦断する、痛々しい傷痕を見せつけながら。


「これがある限り、誰もそんな気にはなりますまい」


「あ、あ……ごめ、そんな、つもりじゃ」


「構いませぬよ」


 しょんぼりとうなだれてしまう巫女の頭を、女武士が優しく撫でる。


「あいつら、ちょっと気持ち悪いくらい仲良くなりやがって」


 後ろを歩きながら両者を観察するクエビコは、複雑な心境を吐露するのであった。


「やっぱり女同士がいいのか? もうあだ名で呼んでるし、おれなんか名前覚えられるのにも時間かかったぞ」


「男の嫉妬ですかな、情けないねえカカシくん。このままイケナイ花が咲くのを黙って見てるつもりかーい?」


 隣からちゃちゃを入れられた。怒ろうとして声の方を向くと、タヂカラオの鬼仮面が想像以上に近い位置にあったので、「ぅを!」と驚いてしまう。


「てやんでい、ばっけろい!」


 暮れなずむ茜空のもと、茶番劇を演じながら、一行は岩山を下ってゆく。

 高台から一望できるのは、麓に広がるエキゾチックな町の風景。

 赤や青といった原色の目立つ屋根瓦が並び、敷石舗装された通りは複雑な入り組みを見せる。夕飯時なので露店は賑わい、人々の流れも慌ただしい。


 この先は、オオクニヌシという名の上位神が統治するキヅキ州の一部だ。


 関所の門前まで辿り着くと、大鎧と槍で武装した二人の門番が進み出る。


「止まれ、身分を明らかにせよ!」


 兜の隙間から髪と一緒に覗く、薄桃色の体毛に覆われた長い垂れ耳は、イナバ族と呼ばれるウサギの妖怪の証である。真っ赤な瞳孔と、男女で形が異なる耳が少しばかり特徴的なくらいで、後の部分は人間とそう変わらない。


「我々はミカドのめいで旅をしている者だ。ここに証印もある」


 クラミツハが懐から取り出した一枚の紙を、兵士二人はしげしげと睨む。


「領主殿に取り次いではもらえぬか?」


 この申し出に、涼やかな声で応じる者がいた。


「えー、その必要はございません」


 関所の門が軋み、内側から開く。

 地味な色合いの着物の上に、フリルつきの割烹着かっぽうぎを纏う少女神が、慎ましやかな小股で歩いてきた。

 肩に垂らす三つ編みのおさげは清楚な印象を与え、きっちりと分けた短い前髪が、おでこの眩しいきらめきを強調する。一見すると給仕のお姉さん然とした素朴な風貌であるが、その姿を確認するなり、兵士達は姿勢を正す。


「えー皆さん初めましてワタクシ『オオゲツ』です。オオクニヌシ様から北の玄関口(この町)の守護を仰せつかった、えー代官とでも申しましょうか」


 地方役人と同じ意味での、代官らしい。


「ですから、面倒な手続きは不要でございます。ワタクシがこの場で判断を下せば、それがすなわちオオクニヌシ様のご意志となりますので」


「なるほどでござる。して、ご裁量はいかに」


「えー正直申し上げますと、許可いたしかねます。ミカド様の証印が本物であっても、自治法行使による拒否権はこちらにもございますから。さらに現在は戦時中、加えてキヅキは『中立』につき、人間を打倒せんとする方々やミクサウエポン使い(・・・・・・・・・)を気軽に招き入れ、何らかの被害とばっちりが生じてはたまりませんので」


 事務的な真顔を崩さず淡々と告げるオオゲツに対し、ニギを除く旅の面々は、一斉に身構える。

 相手は今、クエビコ達の他にはアマテラス以外知らないはずの情報を、さりげなく口にしたのだ。どうやって調べた? そしてどこまで知っている?


「あらあら、そう怖い顔なさらずに最後までお聞きください」


 緊迫の空気漂う中、オオゲツは和やかに笑う。ただし目は笑っていない。


「厄介者には違いありませんが、アナタ方はキヅキにとっても脅威であるオロチを退治してくださった。ですから、今回だけは特別にお通し致します」


「そうかい、ありがてえ」


 この女は食えない奴だ。クエビコは直感した。先のあからさまな発言は、『ナメてかかってくれるなよ』という意味を込めての牽制であったらしい。


「うさちゃん達、おいでなさーい」


 ぱんぱんっ、とオオゲツが掌を打ち鳴らす。すると門の向こうから、イナバ族の娘達がわらわらと飛び出してきて、あっという間に一行を取り囲む。


「「「ようこそ『オオアワ町』へっ!」」」


 地上でいうところのエプロンドレス姿で統一された集団が、頭から伸びるウサギの耳をぴょこんと立てて、愛嬌たっぷりのポーズと共におじぎした。


「心ばかりのお・も・て・な・しを致しますので、旅の疲れをごゆるりと癒してくださいましね」


「まぢー? そんじゃありがたく~!」


 手放しで喜んでいるのは今のところタヂカラオだけだ。


 ※    ※    ※


「ンマーイ! なぁにこれ、ちょっと気持ち悪いくらいンマイんですけど」


 巨漢のサイボーグ神が唸った。ふかし芋を両手の箸で突き刺して、被ったままの鬼仮面の内側に次々突っ込んで、掃除機のごとき勢いで貪っている。


 案内されたのは、オオゲツの屋敷内にある、宴会場のような大広間。

 決して高級ではない庶民的な料理の数々が、大きな丸テーブル上にどんどん追加されてゆく。しかしこれが、口に入れると異様に旨いのだ。

 無論クエビコは警戒を怠らず、すぐ吐き出したが。

 豊穣神特有の観察眼で、毒が盛られていない事は既に確認済み。神力の痕跡も見受けられなかった。

 それでも気分の問題から、全く食欲がわかない。ニギやクラミツハも同じらしく、全身を緊張で強ばらせて、椅子に座ったきり水ばかり飲んでいる。

 なのに、タヂカラオのアホたれときたら、


「ほら~ご主人様、さかずきが乾いちゃってますよう? 飲み足りないからもってんの~っ♪」


「も~可愛いなあ。こんな酔わしてどうするつもり? 酒なくなったら今度は君らを飲んじゃうよ?」


 隣についてわざとらしく胸を押し付けてくるウサギ少女の色香にすっかり魅了され、鼻の下を伸ばす。顔は見えないが、伸ばしているに決まってる。

 そしてクエビコにも今、同じ誘惑が降りかかっていた。


「ね~ね、ご主人様ってどんなお仕事してるんですか~♡」


「当てちゃおっかな? くんくん……藁のイイニオイするから、んーと、牧場主の神様とか☆」


 しかも二つ、いや、四つか? かしましい声と一緒に両脇から体を挟み込んでくる、熱のこもった柔らかな感触に、カカシの神の理性は必死で抗う。


「違う、ただボーッとしてるだけの仕事だよ!」


 気を紛らわそうと答えたら、ウサギ娘達はいけない事を聞いてしまったというふうに、「なんかサーセンした」と返してバツが悪そうに離れてゆく。

 何を誤解したのだろう。

 クエビコはどことなく不快感を覚えてから、歓迎すると言っていたオオゲツの姿がいつしか消えている事に気付く。気になったので、かわやへ行くなどと適当な理由をつけて廊下に出る。それから、新たな料理を盆に乗せに調理場まで戻ってゆく、ウサギ娘のうち一人を尾行する事にした。


 しばらく道なりに進んで、娘が入っていった突き当たりの扉の前に座り、耳を傾ける。

 聞こえてきたのは妙なやり取り。


「いやです無理です……。お許しくださいぃ……っ!」


「やってないのはアナタだけなのよ。いいからさっさとなさい!」


 涙混じりに拒否する声と、激しい口調で叱るオオゲツの声。

 嫌がる相手に何かを強要しているのは間違いない。

 音を立てぬよう用心しながら扉を開けて、僅かな隙間から中を覗く。

 次の瞬間、予想外かつ異常極まる光景が網膜に飛び込んできて、クエビコの背筋が泡立つ。


 血生臭さに満たされる部屋で、肌をズタズタに切り刻まれた全裸のオオゲツが磔となり、恍惚の表情で叫ぶ。


ワタクシを斬りなさい(・・・・・・・・・・)! はやくハヤクはやくぅ!」


 鼻息荒く紡がれる命令に追いつめられ、ウサギ娘は泣きわめき、握りしめていた出刃包丁を主の体に振りおろす。


「うひ、ひいィッ!」


 厚い刃はオオゲツの肩口へと吸い込まれ、根本から切り落とされた右腕が生きた絵筆みたいに床をのたうち、真っ赤な鮮血の墨汁で乱れた線を引く。

 言葉を失うクエビコの前で、事態の異常さが加速した。

 転がっていた右腕は目に見える速度で腐敗し、変化を遂げる。一度はほどけた筋肉が再び結び付き、別の形を取っていくではないか。それはまさしく植物の繊維質だ。それから十五秒も経つか経たぬかのうちに……無数のクリやトウモロコシ、芋や大豆など諸々の農作物が、腕を苗床として実っていた。


 作物は部屋に集まる他のウサギ娘達の手で収穫・・され、調理され、客に振る舞う料理へと仕上がってゆく。つい先程まであの女の肉体でできたものを食わされていたのだと思えば、クエビコは猛烈な吐き気に襲われる。


 一方のオオゲツは痛みに苦しむどころか、むしろ心の底から気持ち良さそうな笑顔を浮かべ、目の前の娘に催促するのだった。


「さァ、つづけて……♡ お客様がお待ちですよ」

心ぴょいんぴょいん! オモイカネちゃん☆


オモイカネ「皆サン、ドゥーモー……本編デモおまけデモ気を抜カナイ、意識高いワターシデス。


たまにはマトモに解説シマスカ、

今回登場した女神『オオゲツ』についてデース。


名前のトオリ、安産型……なだけでなく、豊穣神の一柱ナンデスヨ。


下品ナンデスガ……ソノ……体の色んな穴からニョキニョキと作物を産み出す事のデキル能力を持ってマシタ。


一度、高天ヶ原を追放された昔のガチムチ……もとい、スサノオ様に料理を振る舞ったのデスガ、その調理課程をコッソリ覗いてしまったスサノオ様は怒り狂い、オオゲツを斬殺しちゃったのデース。


確かに体の穴から出したモノ食べさせられたら気持ち悪いデショウケド、自分をもてなしてくれた相手を何も殺す事ナイデスヨネー。やっぱ外道ダワあの英雄。


そして斬られたオオゲツの死体から、色んな作物が世に広まったとされてイマス。


ん? じゃあオオゲツって死んでマスヨネ? デモ古事記を読み返してミルト、後の方でスサノオ様の一族に組み込まれているンデスヨ。不思議ダケド、マー神様ダカラ気にしたら負けなのかもデースネ。


以上、マトモに仕事したオモイカネでした。


ではまたお会いシマショウ。あでぃおーす」

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