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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
参ノ巻~オロチ☆THE☆リベリオン~
30/54

其ノ十~それでも明日はやってくる~

すべて解き放ち、

だれかを

 ニギの手から『つるぎ』が消滅し、オーラの粒子となって体内に戻る頃、周囲一帯の地面は真っ白な砂で埋め尽くされていた。

 巨大なヤマタオロチは、影も形も無くなった。『ヤシオリ』の作用によって全ての細胞が活動停止すると同時に、膨大な量の塵芥と化したのである。

 古の魔物も朽ち果ててしまえば、自然の一部として風化してゆくのみだ。


「勝っ、た、の……?」


 ニギは生き延びた事を実感できず、へなへなと地べたにお尻をついてしまう。とにかく無我夢中で、自分がどんな動きをしたのかさえ覚えていない。


「ニギ、おまえ、やってくれたなっ!」


 砂の中に埋もれていた杭を担ぎ上げてから、クエビコが駆け寄ってくる。

 普段から怒っているイメージの強い彼が満面の笑みを浮かべているものだから、彼女は大袈裟に驚いた。

 基本的に伏せがちの瞼をまん丸く見開いて、肩をびくりと上下に揺らす。


「ごっ、ごめめめ、ごめんなさいっ!」


 戦いの最中に見せた醜態を、責められるかと思ったからだ。笑顔でキレるような人はたくさんいるし、神様だってそこは同じだろうと。

 さらに難儀な話になるが、この子は大声と怒鳴り声が区別出来ないのだ。


「はははっ、ナニ謝ってんだよ。ほれ、手ぇ出せ!」


 ずいと拳を突きだしてくる。パンチではないという事を確かめて安心すると、ニギは小さな掌を握り締め、遠慮がちに打ち合わす。

 男が拳を出したなら、返事はこうだ。

 教えてもらった時とは違って、今度は自分の意思によるもの。このスキンシップをしっかり交わせたのは、彼女にとって、とても新鮮な体験だった。


「言わねーでも動いてくれるんだもんな。ほんと大した奴だおまえは」


「……そんなこと、ない、よ。クエビコさんのおかげだし」


「てやんでい、謙遜すんなってニギ! 神様がほめてやってんだから」


 仲間と喜びを分かち合う行為への、ほのかな高揚と懐かしさを感じながらも、ふと冷静になる。

 普通に、名前を、呼ばれていた。

 意識し出すと、途端に頬が熱を持ち、頭がくらくらしてしまう。


「どした? 疲れたか?」


「ち、がうの……嬉しいけど、恥ずかしくて。急に、呼び捨てされちゃうと」


「あァ!?」


 ここでクエビコはすっとんきょうな声を上げ、先程までの態度が無意識のものだった事を証明するように、じわじわと頬を染めてゆく。


「いや、あれだよ……深い意味とかはなくって、むしろ小娘って方が呼びづらいから、短くてあっさりした方を選ぶのは当然というかだな」


 甘ったるいような、むずがゆいような、何とも言えぬ空気が漂い始める。

 それを良しとしない者が二名ほど、後方に控えていた。


「あー、御免、お二方。仲むつまじき事も結構にござるが……なんと申すべきか、時とか場合とかを、もそっ(・・・)と」


 片や、白け顔で腕組みをする、隻眼の侍少女(クラミツハ)


「わかるよ、みっちゃんの気持ち。あーいうのまぢギルティ。独り身を精神的に殺しにかかる生物兵器だわ。物理的に爆発させたくなるじゃんね」


 片や、呆れたふうに肩をすくめる、巨漢のサイボーグ(タヂカラオ)。鬼の仮面で顔が隠れている分、大袈裟な身ぶり手振りは雄弁に感情を語る。


「ふむふむ、貴様もそう思うか……って、えぇ~っ!」


 クラミツハは相槌の後、ぎょっとして飛び退く。動揺したのはニギやクエビコも同じだ。死んだかと思われた者が、ごく自然に立っているのだから。


「タヂ、なぜ生きているのだ~!」


「いきなり哲学的な質問だね、みっちゃん。いやー、ぶっとぶ瞬間にロケット切り離せたからよかったんだけどさ、不時着ミスってのびちゃって~!」


 タヂカラオは事も無げに説明し、くるりと背を向ける。

 鋼の体の半分は薄い焦げ痕で覆われている他、擦り傷やへこみが残るのみで、目立った損傷は見受けられない。その耐久力には、舌を巻くばかりだ。


「なーんか起きたら全部終わってた感じだったけど、みっちゃん心配して泣いてない? 大丈夫? とりあえず胸に飛び込んどく?」


「誰が泣くか、飛び込むか! どうせなら死んでこい、ばか者ぉー!」


 おどける相方にクラミツハは蹴りを入れるが、白い袴をはちきれんばかりに盛り上げる巨木の根のような足は、びくともしない。

 やがて諦めたらしく、咳払いを一つしてから前に向き直り、頭を下げる。


「クエビコ殿、今後は我らも同行させていただく故、よしなにお願い致し申す」


「そいつぁ心強い。ニギもちゃんと挨拶しとけ……って、何してる」


 ニギはというとクエビコの背後に身を隠し、不安げに眉をひそめていた。知らないうちに加入した新顔を全力で警戒しまくり、震えてしまっている。


「こわわ……こわいぃ」


かみ見知りか! 離れろい!」


「ニギ殿は臆病な子にござったか。ま、そのうち慣れていってくだされば」


「みっちゃんの言うと~り。ゆっくり優しく馴染ませていけばいいんさー。男女の相性と同じでね! ぐへへっへー!」


 ゲスな含み笑いを漏らすタヂカラオに肘鉄をかますも、逆に痛みをこうむる結果となり、「ぐおぉ殺してやりたいでござる」と悶絶するクラミツハ。

 そんな二柱を無視し、クエビコは足元の灰の小山に目を落とす。


「あばよ、アシナヅチ。あの世でも女房泣かしてやがったら、またブン殴りにいってやるからな。だから……いつか会おうぜ」


 ぽつりと語りかける先に、かつての友の亡骸はない。神力を総動員し、文字通り爆発させた事で、アシナヅチという存在は跡形も無く消滅していた。

 数十秒の黙祷を捧げたカカシの神は、やがて顔を上げて、森の方を向く。


「さあ、行こうか皆。ぐずぐずしてる暇はねえ」


 誰が死んでも世界は回る。時の流れも止まらない。

 旅を急がねばならなかった。


 ※    ※    ※


 ところ変わって森の南東。オロチ神殿・入口前の広場にて。


「えー、帰るってそんなあっ!?」


 タチバナ少年が、ずれた眼鏡のツルを直して、情けなく声を裏返す。重厚な全身甲冑が、動きに合わせてガチャガチャと音を鳴らした。


「エリアボスは? 限定レアも逃がしたままでいいんですか? だいいち言い出しっぺはスメラギさんでしょ? 付き合う身にもなってくださいよお」


「興が冷めたの」


 散乱する大岩の一つにあぐらをかきつつ、タケルはぶすくれていた。


「ってか見てわかんないわけ? アタシ様はいま絶対的に苛ついてんの! そんな察しの悪い事だから、アンタは未だにカノジョもできず童貞なのよ」


「ちょっ、罵る意味ありました?」


「童貞に口答えの権利なし。とにかく今日は解散!」


 への字に曲がった口から飛び出す自分勝手な命令に、傍らのツキヒメはなぜか恍惚の微笑をたたえ、身震いする。


「はあん、ご機嫌ななめで理不尽なタケルちゃんも、そそりますわあ。性的に……♡」


「あーっ、うざいウザーいっ! ホラさっさと帰る! 一人にしてよっ!」


 いよいよかんしゃくを起こし始める我儘なリーダーを置いて、タチバナとツキヒメの二人は、光の粒子となって姿を消す。


「はあ……まったく、なんだってのよ一体!」


 周囲に完全なる静寂が訪れるのを確認すると、タケルは途端に膝を抱き、先程までの態度が嘘のように縮こまってしまう。


「有り得ない、有り得ない。だって、アイツは」


 脳裏を占めるのは、親友と瓜二つの外見をした、奇妙なモンスターの顔。

 今まさに心をかき乱し、不愉快にしている元凶だ。


「アイツはもう死んじゃった(・・・・・・)のに。もう、どこにもいないのに……っ」


 誰の耳にも入らない、怒りと戸惑いの声は、嗚咽混じりのものへと切り替わりつつあった。


 ※    ※    ※


 そこからさらに場所は移って、遥か南へ。

 イゼの都にそびえ立つ、天の国の中枢・大岩戸城おおいわとじょう


 薄暗闇が支配する最下層の私室にて、アマテラスは、ある一点をぼんやりと見つめていた。

 小さな背中に滑り落ちる髪の色は、風もなく燃え揺らぐ炎のごとき真紅。

 気だるげに伏せる二重瞼の隙間からは、洗練されし黒曜石を思わせる瞳が覗き、幻想的な煌めきを放つ。

 地上でいうセーラー服に酷似した衣装を纏い、けばけばしいほど大量のレースによって装飾された天蓋てんがいつきのベッドでだらしなく寝転ぶ姿には、貫禄の欠片もない。ここに何も知らない辺境の神々を呼び立てて、この少女が最高神にして国家元首なのだと説明しても、誰も信じぬだろう。


 視線の先には、壁に設置された大鏡。

 一体いかなる仕組みなのか、鏡面はうっすらと輝いて、いずこかの景色を映し出している。

 地平線を見渡せるほど平らになった、どこまでも広がる廃墟だ。

 天は暗雲に覆われて地は干からび、半壊あるいは全壊した建造物の瓦礫が散乱し、かつて生活の場であった事の名残を辛うじて留める。


「あーあ、なんでこうなっちゃったかな。ホントなら今ごろ」


 アマテラスの独り言を中断させたのは、奇怪な電子音。発生源である手鏡様の機械を手に取ると、ワンタッチで操作し、髪をかきあげて耳に当てる。


「おーう、待ってたぞよクエビコくん。どうなった? ニギちゃん出せ、声が聞きたい……え、ダメってなんぞ、つれないな」


 喋りながら、枕元の器に山と盛られたふ菓子(・・・)のごときものを口へと運ぶ。なんとも行儀が悪い。


「うん、万事うまくいったようで何より。なら出来るだけすぐに発て。遠くへ行けよ。……ああ、そうだ、軍が予定よりも早く着くらしいからな、じきアシナガは戦場となろう。……アシナヅチの件か、余も残念だが案ずるな。最後に体張ってくれたのであろ? 容疑も不問とするし村の今後も取り計らう」


 唇を結び、神妙な眼差しで遠くを見たかと思えば、直後に目を丸くする。


「はあ? 着物がないって、じゃあ今どうしてる。……そりゃいかん、後で替えを送る。いつまでも女物の袴だけじゃ格好つかぬだろうし、何よりニギちゃんの精神衛生上よくない。あーあと、当面の路銀はクラミツハに持たせてあるから無駄遣いしないように……ああ、そこからなら近いのはキヅキ州か」


 今度は、もとより尖り気味の目尻を、さらにつり上げてみせる。随分と忙しない表情筋である。


「あのな、くれぐれも言っとくが、キヅキだけは絶対に素通りせよ! なんせ、あそこの領主はオンナの敵のサイテーど腐れヤリ〇ン野郎ゆえな……!」


 嫌な記憶でもあるのか、珍しく取り乱した様子の最高神がわめきたてていると、抑揚のない声で後ろから話しかける者がいた。


「ミカド様、お言葉デスガ、おパンツ見エテマスヨ」


「ひゃんっ」


 ベッドで転がるうちにめくれていたスカートを、アマテラスは真っ赤になって押さえる。続いて、壁の鏡に掌を差し向けて何事か念じ、映像を消す。

 部屋の扉側には、小柄な体にぶかぶかの白衣を着込む少女が立っていた。

 高天ヶ原一の頭脳と称され、女王の秘書みたいな役割もこなす、思考の神兼スーパーコンピュータ(・・・・・・・・・・)の神・オモイカネだ。


「今日コソハ無理矢理ニデモ執務室ニ引っ張って行キマスカラネ」


「よ、用事が入ったから切るが、とにかく間違ってもニギちゃんだけはそいつに近付けるでないぞよ。わかったな! ではの、ちゃんと歯ぁ磨けよ!」


 手鏡を枕の上に放り投げ、すっくと身を起こす女王。部下を振り向く整った顔は、強い決意に満ちている。


「オッ、やる気出してイタダケマスカ。今日ハ随分ト潔イ……」


「ああ、余は決めたぞよ。久方ぶりに、息が止まるまでとことんやる覚悟をな」


 スカートからすらりと伸びる、真っ白い太ももを叩く。


「ハ?」


「逃げるんだよォォォーーーーーッ!」


 言うが早いが、アマテラスは出口に向かって走り出す。

 この後、あくまでも冷静なオモイカネによる足払いをまともに食らい、勢い良くスッ転ぶ羽目になるのだが。


 ※    ※    ※


「あっ、やべえ壊れたか? おーい、何とか言いやがれー!」


 舞台は再び北方の、作夜つくりよの森へ舞い戻る。

 通話モードが終了しただけの小型端末・照音鏡てらふぉんきょうをブンブン振るクエビコは、さながら現代機器に不慣れな、古い日本人である。

 事実その通りといっても、間違いではないのだが。


 巫女服少女とカカシ男に、女武士とサイボーグを加えた芸人一座のごとき一行は、緩やかな坂を登る最中だった。


「もうちょっとで森を抜けるでござる。念のため街道は避けて参ろう」


「キヅキ州といやあウサギ妖怪の天国なんだってねえ。めっさ楽しみ」


 案内役を買って出たクラミツハは、先頭で地図を睨みながら、スケベな妄想に明け暮れるタヂカラオを時おり蹴り飛ばす。


「ふあっ……ふぅ」


 一番後ろでとぼとぼと歩を進めていたニギが、口元を隠して小さなあくびを一つ。


「眠いのか? そういや全然寝てないもんな。ほら、おぶされよ」


 クエビコは照音鏡を赤袴に挟み込み、屈んで促すが、考えてみれば背負い込んでいる杭が邪魔だ。前で抱えるかと思い直し、伝えようとしたところ、


「じゃあそれ預かってやんよん!」


 タヂカラオが勇んで下ってきて、たすきと背中の隙間から杭を抜き取る。そのまま片手で軽々と持ち上げてしまい、調子良く坂を駆け上がってゆく。


「あ、ちょっ待てって。そんな事しなくていいよ!」


「へへーっ、俺ちゃん力持ちだから平気へーき」


「そうじゃなくて! これじゃおれが危ないんだ!」


 気をきかせてくれたのは嬉しいが、杭がなければアマテラスの加護は消えるのだ。こんなところで邪神化しては目も当てられぬと焦るクエビコであったが、どういうわけか十数秒ほど経過しても、呪いは進行する気配がない。


「あ、れ?」


 首を傾げる彼のむき出しの背中に、眠気の限界を迎えたらしいニギが寄り添う。藁と枝の体に触覚など無いというのに、ささやかながらも柔らかな少女の胸のふくらみが押し付けられるのを、直接的に肌で感じる事ができた。さらに、特有の甘い香りまでほのかに漂ってくるが、男心に喜ぶ暇はなし。


「変だぞ、どうなってんだ?」


 ここでふと、思い出す。

 禍ツ神への堕落を抑える、唯一の条件を。


『僅かでも信仰を捧げてくれる存在が近くにいればあるいは、な』


 オロチ神殿にて、己が言った言葉である。


 それ(・・)は誰だ? どこにいる?

 思考を駆動させ、すぐ気付く。探すまでもないという事に。


「クエ……しゃん」


 寄りかかりながら寝ぼける、少女のまどろむ顔を振り返り見て、


(ああ、なんだ)


 クエビコは微笑む。


(こいつしか、いねえじゃねえか)


 信じてくれと彼は願って、彼女は応えた。

 つまりは、それだけの話だったのだ。


「クエ……は、ひとりじゃないよ。ボクがいる、から……」


 失ったものはかけがえなく、途方もなく大きかったが、得たものは、此処に在る。


「ボク、クエのこと……」


 寝言だと知ってはいても胸が高鳴る。


「トモダチ、

 だと、

 思ってるから」


 力つき、すうすうと息をつき始めるニギを、クエビコはよいせとおんぶした。


「トモダチかよ……まァいいや、おやすみ、ニギ」


 そして前を向き、歩き出す。

 日の光の導く道を、先程よりも少しだけ軽い足取りで。


 遥か南を目指す旅路は、最初の山を越えたにすぎない。

やったねカネちゃん! 出番がふえるよ☆


オモイカネ「ハア……まあソレはイインデスガ、何トナク不安を感じるタイトルなのは気のせいデショウカ」


アマテラス「おめでとうぞよ」


オモイカネ「ミカド様!?」


ツクヨミ「まァよかったんじゃない?」


オモイカネ「陰キャ様!?」


スサノオ「筋肉わっしょい!」


オモイカネ「ガチムチ!?」


クエビコ「おめっとさん」


ニギ「……今日から、キミが……なんばーわんだ」


クラミツハ「友の喜びは我が喜びでござる」


タヂカラオ「おっぱい!(挨拶の意)」


はちぱちぱちぱち

88888888


オモイカネ「アアヽ(´Д`;)ノ


ミンナ、モットワターシを祝福シロ!


崇メ奉レ、ディース!


ワターシハ、本編ここに居てイインダ!」


この世の全てのスーパーコンピュータの神に


おめでとう




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