其ノ三~シンコウ~
マレビト来る。
さて、舞台は再び、都から遠く離れた大陸最北端へと戻る。
カカシの神・クエビコの加護を受けし肥沃なる丘陵地帯に恵まれた、美しい田畑の広がる土地。
彼と腐れ縁を持つカエル妖怪・タニグクの故郷である村落は、その片隅にひっそりと存在していた。
※ ※ ※
「んんー? あれ何だべ?」
薪の束を背負う娘が、家の前の森を眺め、首を傾げた。
この子にもクエビコと話していたタニグクと同じ角があり、着物から覗く銀杏色の肌はうっすら濡れていて、実に艶かしい。
言い忘れたが、タニグクとは個人名ではなく、ヒキガエル妖怪全般をさす種族名である。
「いま、向こうでキラって光ったよぉ」
「じゃあ星じゃろ」
木組みの家の中から、父親が気のない返事をする。彼は今、かまどの前にしゃがんで、米炊きの火を起こしていた。家といい火といい、もと両生類にしては随分と文化的な生活風景だが、これには理由がある。神々の仕業だ。
神は通常の食事の他に、人間をはじめとする高次知的生物から『信仰』というエネルギーをもらわなければ存在すら保てない、か弱い存在である。しかしながら、人と神との距離が近かった古代ならばいざ知らず、現代のただれた地上から吸い上げる分量だけではどうにも心もとない。そこで彼らは高天ヶ原の動植物を強制的に『妖怪』へと進化させ、人に近い知恵と文化を与えて自分達を崇めさせる事で、不足分を補おうとした。
「今は昼だし、空じゃなくて森の方で光ってたよぉ」
「じゃあ地上の星じゃろ」
中島み〇きは言うまでもなく素晴らしいが……親子の最後の会話がまさか、こんなしょうもない内容になろうとは。
「もー真面目に聞いてけろ」
その時、
ひゅるひゅる
という風切り音と共に、森の闇から飛来する物体があった。
それは回転しながら鈍く輝く、やや小振りな両刃の斧。厚い刃は娘の肉体を通過してもなお勢いを緩めず、側に建っていた納屋の壁に突き立つ。
「そんな事より早く薪くれ。火が足りん」
面倒臭げな親父の足元に、何かがゴトリと落下する。
「こらこら、投げる事ないじゃ……」
薪ではない、根本から綺麗に切断された娘の生首だ。
この瞬間、父親の心を占めたのは悲しみでも恐怖でも絶望でもなく、ただ目の前の出来事が受け入れられないという、純粋な困惑のみ。
震える足取りで、戸口へ向かう。そこには娘の首なし死体が横たわり、断面から止めどなく溢れ出す鮮血が、地面に赤い川を作り出しているのだった。
屍の傍らに、数名の男女が集まっているのを見るや、
「ひぃあっ!」
父親は即座にひれ伏す。
神の軍隊だと勘違いしたからだ。
男女の装いにはまるで統一性がなく、一見して何の集団なのか判別しづらい。地上の人間が見れば、青塗りの甲冑の武者、黒袴の巫女、銀色の袈裟の僧侶……という具合に、それぞれの格好の意味くらいは理解できただろう。やけにディティールの細かいコスプレだ、などと感想を抱くかも知れない。
しかし知識を持たないタニググの親父からすれば、これほど奇妙な風体の者は神以外にあり得なかった。
「わ、わしの一人娘が……何か粗相を?」
無礼討ちというものが、天にも存在した。いや、たとえ理由もなく、戯れに殺されようとも文句は言えぬ。神は命を創るのだから壊すも自由。それが高天ヶ原における、神とそれ以外の生物の間にある、一般的な認識だった。
最愛の娘を理不尽に奪われたとしても、伏せた頭の下で、憤怒と無念の形相を必死に隠す他に術はない。
が、そんな親父の問いはすげなく無視されてしまう。
「さてと、確認かくに~ん!」
むき出しの上半身に派手な入れ墨を刻む巨漢が、厳つい顔面にそぐわぬ子供じみた口調ではしゃぐ。こいつは事もあろうに、哀れな娘の首なし死体を足蹴にして転がした上、馬乗りになって身ぐるみを剥ぎ始めたではないか。
「なーんだ、木材以外ろくなもんドロップしないよこいつぅ! まァ最初の村なんてこんなもんか?」
着物が乱暴に脱がされ、たわわな乳房が露になり、男の一人は歓喜する。
「いやいや、いいモン持ってますってこれ~。グラがリアルでイイネ~!」
「はぁ? ちょっ、死体に興奮とか俺ムリだわ引くわ~。お前頭おかしいんじゃねーの」
「そもそも二次に欲情する時点でキモいから」
口々に交わされる言葉は、タニグクの親父にとって馴染み深い日の本語ではあったものの、どこか異国語のように不可解な響きも混じっていた。
「な、何をなさる!? これ以上はどうかお許しくだされ! ご慈悲を!」
ついに耐えかねて泣き叫び、男の一人に駆け寄っていく。
こちらは大熊のものらしき毛皮を羽織り、片手には血脂でぬらぬらと光る投げ斧を握っていた。
こぼれた涙が靴の上に落ちて染み込むのを見ると、先ほど娘を殺害した張本人である毛皮男は顔を青くし、容赦ない蹴りを繰り出す。
「キメェわバケモン! うわ靴汚れたし。毒液じゃねーよなこれ」
吹き飛ばされた親父は、家の壁に肩を打ち付けて座り込んでしまう。彼が苦痛に呻いていると、今度は黒袴の少女が踏み出し、手を差し伸べた。
「ねーあんた、さっき生意気に人様の言葉使ったよね。火が足りないんだってぇ?」
救いの手ではない。
掌の上ではどす赤い光の粒子が、粉雪のごとく舞っている。
「やるよ、ほら」
言葉と共に噴出した粒子が、大気に乗って前方へ流れる。
それは紅蓮の炎と化して炸裂し、タニグクの親父と背後の家を瞬く間に呑み込んだ。
※ ※ ※
舞い上がった火の粉は怒濤の勢いを持って拡散し、村じゅうの家々や木々に燃え移っては、たちまち巨大に膨れ上がって炎の海を広げていく。奇妙な事にその膨大な熱量は意思を持つようで、襲撃者達を襲う事は決してない。逃げ惑う村人達を優先的に狙って地を這い、宙に渦を巻き、唸りを上げた。
殺戮の一団はそれぞれの凶刃を振るって縦横無尽に駆け巡り、焼き討ちを免れた幸運な者も、次々と切り捨てられて血の海に沈む。
加害者の歓声と被害者の悲鳴が折り重なり、山麓に木霊してゆく。
この日、天の楽園において繰り広げられたのは、阿鼻叫喚の地獄絵図そのものであった。
タニグクの故郷は今後、高天ヶ原の地図から永久に消滅する事となる。
おしえて! オモイカネちゃん☆
オモイカネ「ドゥーモー……皆サン、私ハ思考ノ神、及ビ、スーパーコンピューターの神・オモイカネト申シマス。当コーナーハ、皆サンカラ寄セラレルデアロウ質問疑問二、私ガ対応ノ準備ヲシテイルコーナートナリマス。準備ダケデ終ワラナイ事ヲ願ウバカリデ御座イマス。誰モ質問シテクレナイ事ヲ考エルト、恐クテ尿意ガ込ミ上ゲテキチャイマースネ……アッ
(しょわあ……)
モ、漏レチャッタデース……(涙目)」