其ノ八~DIRTY~
巡る、廻る、絶望キネマ。
(あれ? ボク、どうしたんだっけ?)
少女は、瞼を開く。
目の前に広がる光景は、色も輪郭もない世界。実際に入った事はないけれど、雲の中とはこういう感じなのだろうかと、ぼんやり思う。
(クエビコさん、どこ?)
頼みを置く者の姿を真っ先に探し求めるも、気配すらない。
不安が押し寄せ、涙が滲む。
(そうだ、確かさらわれたんだった。で、眠くなって……)
状況を整理するうち、親友の冷たい声が意識の裏側を刺す。
『ニセモノ』
『変なモンスター』
『アイツの真似』
『なんでアタシの名前知ってんの?』
(偽物じゃないって、否定できなかった。だってボクにもわからないんだ、今の自分が何者なのか。こっちでも向こうでも、それは大して変わらない)
タケルは何故ああも頑なに、こちらを敵と認識し続けたのか。外見で判別できなくとも、態度や口調から、本人だと気づけなかったのか。
わからない事だらけの中、ニギはハッキリと自覚した。
自分は
ひとりぼっち
なのだと
(クエビコさんの気持ち、今なら何となくわかるよ)
元いた世界での数少ない大切な繋がりを、説明できない理不尽によって断ち切られたという事実は、彼女の心を打ちのめすのに充分過ぎる力だった。
(ボクらはおんなじだ。さみしんぼどうしだったんだね)
民と友を失い、見えない涙を流すカカシの神。
彼の袖をニギは掴んで放さなかった。あの行動の理由は、己の立場を無意識に感じ取っての共感だったのだろう。いっそ同情と言い切って構わない。
(ボクはこれからどうなるんだろ。消えるのかな?)
もうどうでもよい、何も望むまい。
捨て鉢な思考に支配されかけた頃、真っ白だった視界が歪んで変化する。
そこは、ニギにとって馴染みのない、古めかしい日本家屋の風景だった。
藁と木材の香り漂う部屋の中心で囲炉裏がたかれ、パチパチと薪の弾ける音がする。それに混じって聞こえるのは、男女の会話。
『駄目だ、どうやっても川の氾濫が止まらぬ。田畑も軒並みやられてしまった。このままでは、村は終わりだ』
『だからって本当にあんな要求のむつもりなの? あいつが助けてくれるって保証は? アシナくんはそれでいいの?』
『わかってくれ、テナ。八方手はつくした。もう奴にすがるしかない』
少しの間があって、テナと呼ばれた女性が、さめざめとすすり泣く。
『わかりたくない。だってわたしとアシナくんの娘なんだよ。それならこんなとこ捨てて、どっかに逃げちゃった方がマシだよ』
『気は確かか、滅多な事を言うでない。我らはミカドからこの地を任されているのだぞ。子供一人の命と国作りの使命、天秤にかけるまでもあるまい』
叱りつけつつも、アシナと呼ばれた男は奥歯を噛み締めていた。
『じゃあ、来年もまた川が荒れたら同じ事するの? わたし怖いよ、オロチなんかより、平気で納得しちゃうアシナくんの方がずっと!』
険悪な空気が濃くなった時、奥の戸が開き、少女が現れる。
『父上様、母上様、喧嘩なさらないで』
『〇〇〇〇ッ!』
テナが娘の名を叫んだらしいが、妙な雑音が邪魔で聞き取れない。
『私、行きます。ヤマタオロチの言う通りにすれば……私が生け贄になれば、誰も困らずに済むのでしょう? 川は静まって、村が助かるのでしょう?』
『ダメだよ、そんなのいや! お母さん許さないから! ねえ、アシナくんも何か言ってよ! なんとか……ねえ、お願い!』
アシナは口を閉じたまま、妻には答えない。ただじっと、娘の目を見る。
やがて、一言だけ。
『許せ』
そこで映像が途切れる。
先ほどまでの声が聞こえなくなった代わりに、地響きにも似た不気味な音が、全身を激しく揺さぶる振動と共に、大音量で繰り返し鼓膜を震わせた。
完全なる覚醒の直後、視界に飛び込んできたのは、白ばんだ空。
一面の空。
風が顔面に吹き付けて、前髪を踊らせる。
遥か遠くに望むのは屹立する山々と、麓の竹やぶと、木造家屋の散在する村の風景。眼下に敷くのは、へし折れてゆく木々の運河。空を飛んでいるように錯覚するニギであったが……彼女は今、巨大なヤマタオロチの腹に位置する傷口に下半身を包み込まれ、一体化しているのだった。
「ひ、い……いやあ!」
パニックに陥ってもがくと、不快な生暖かさとぬめりけを下腹部に感じる。
傷口は徐々に再生し、塞がってゆく。こじ開けて抜け出さんと手に力を込めてみても、徒労に終わった。
ニギ自身与り知らぬところだが、吸収されつつある彼女は、類稀な霊的素質によってオロチの意識と繋がっていた。そこを中継点としてさらに、オロチの精神支配を受けるアシナヅチ・テナヅチ両名とも、同様に接続した。故に、夫婦の過去の記憶を追体験できたのである。
※ ※ ※
「ヘイヘイ! 火ぃふいたぜ、雷だしたぜ、吹雪も起こしたぜー! すごいねー何でもありだねオロチさん! そこにしびれる恋い焦がれるゥーッ!」
我が物顔で森をゆくヤマタオロチの巨体に、空中から急接近するは、力の神兼サイボーグの神・タヂカラオ。
腿裏のロケット噴射の出力を上げて、音速で風を裂く。地上に対して水平に近い前傾姿勢で飛行しているのだが、主翼も尾翼も持たない推進機だけの有り様なのに、いかなる手段で航空力学的バランスを整えるのかはまったくの謎である。神力を浮力に変えてカバーしているのかもしれない。
鋼の肉体の脇に抱えられながら、クエビコは、二メートルほどの長さになった木の杭を両腕でしかと構える。三百人のニンゲンもどきを容易く灰塵と帰した圧倒的破壊力を目の当たりにし、気圧されぬよう必死で前方を睨む。
(吐き出すモノと首の関係……対応してるとしたら、アレはそういう事なのか? 推測の域を出んが、やってみる価値はある!)
かの豪傑神スサノオにしか倒せなかった化け物と戦うための、策を練る。
「ふ、ふふ……あれが伝説に聞く妖魔。あー武者震いがするでござるなあぁ」
タヂカラオの背中に気取ったポーズで座るクラミツハは、ひきつる笑みを青ざめさせて、台詞の通りガクガク震えている。
「ねェみっちゃん、さっきから俺ちゃんの首んとこにパねえ量の汗垂らしてるけど大丈夫? お願いだから別のモンまで垂らさないでね」
「バカもの! これはそういうのではない、水行的な何かだ」
「あんたら真面目にやってくれ!」
くだらぬ掛け合いを断ち切って、クエビコが声を張る。
「まず小娘を助け出す。腹のとこだ、行ってくれ!」
「ヘッ、アレの懐に飛び込めっての? 無茶言うねいブラザ……うわお!」
言葉を切り、タヂカラオは急速旋回した。
真横の空間を、長大な影と強烈な風圧が通過してゆく。
オロチの側方一キロ先まで差し掛かった時、右端の大蛇の首がうねり、牙をむき出しに襲いかかってきたのだ。
さらに、突進をかわされたと見るや、首は恐ろしい反応速度で歪曲し、タヂカラオの進路上へと回り込む。その大顎ががぱりと開く。
「かわせ、何でも溶かす液だ!」
クエビコが叫ぶと同時、オロチの喉が、土気色の流動体を吐瀉する。
急上昇で回避するタヂカラオの足先に、僅かな飛沫が付着した。表面部分が白い煙を吹くが、どうやら損傷は軽微だ。
その間も、強酸の吐瀉物はしばらく放射され続けた。不気味な虹をかけて拡散し、付近一帯の木々に降り注ぎ、それらを瞬く間に液状化してしまう。
「やはりか」
Gに耐えつつ、読みの正しさを確信するクエビコ。オロチを見下ろすと、他の七つの頭まで強酸を浴びたらしく、首を振って苦しむ様が確認できた。今しがたの攻撃は自分に向けて放ったようなものだから、当然といえば当然だ。絶大な能力と引き換えにでもしたか、おつむの方は随分と愚鈍である。
「今ならわかるぜ、手前が退治されたワケがなあ!」
伝説によればヤマタオロチは、アシナヅチが造ったヤサカリの秘酒で酔い潰れている隙をつかれ、何一つ抵抗できずして寝首をかかれたのだという。
そう、奴は狂暴性の割に、とんでもない間抜けなのだ。
加えて復活は不完全。力にも限りがある。炎や雷の一斉砲火を連続で撃ってこないところを見ても、恐らく次の発射までには時間が必要なのだろう。
注意さえ怠らなければ、スサノオほどの猛者でなくとも相手には出来る。
『カカシィ、なぁぜ今のを見破ったアッ!』
誇りが傷付いたと言いたげに、オロチは次の動きに移る。
躍り出た首が、右から二番目のものである事を、クエビコは見逃さない。
「次は槍だぞ、いっぱいだ!」
予告の通り、上向きに吐き出されたのは数えきれない槍の穂だ。
「防ぎながら飛び込めるか?」
という無茶振りの指示に、タヂカラオとクラミツハは、
「あいさー!」「承った!」
息ぴったりに答えてみせた。
ロケットを唸らせて、タヂカラオが加速する。きりもみ状の軌道を描き、銀色に光る矛先を掻い潜っていく。
続く第二、第三陣の凶器と正面から向き合って、クラミツハが抜刀した。神速の手さばきでもって長刀を振るい、片端から一本一本払い落とし、あるいは切り刻んでゆく。驚く事に、一度たりとも打ち漏らしがない。無論クエビコも杭を使って防いではいたが、彼女の迎撃数とは比ぶべくもなかった。
こうして敵の懐へと突っ込んだ三神は、すぐさま分散する。
タヂカラオは上空に舞い上がり、クラミツハは飛び降りた。
そしてクエビコは杭を両手で振りかぶり、オロチの胴体に飛びかかってゆく。鱗とちぢれ毛で覆われた肌に、先端を突き立てる事でぶら下がる。
おおよその高度は地上五十メートル。張り付いた場所の近くには横一文字の傷口が開いており、一人の少女の腰から下をすっぽりと呑み込んでいた。
「手を伸ばせ、小娘っ!」
「くえ、びこ……さん」
差しのべられた掌をニギが握った瞬間、ヤマタオロチは巨体をよじって暴れ狂う。
遠心力で杭がスッポ抜け、クエビコは振り落とされる。
しかしそれでも、ツギハギ柄の彼の手は、掴んだ手を放さない。結果として、魔物の腹から引きずり出した少女と共に、空中に放り出されてしまう。
風圧に為す術もなく蹂躙されて木の葉のごとく舞いながら、真っ逆さまに落下してゆく両者の体が、野太い腕によってふんわりと受け止められた。その空域には、停止飛行状態のタヂカラオが待っていたのだ。
「ナイス救出カカシくん! はじめましてカワイコちゃん♡ さァ、あとはオサラバするだけだぞっと……」
方向転換してロケットをふかそうとした巨漢の背中に、突如、真っ黒な靄みたいなものがまとわりつく。
いや、気体にあらず。羽根蟻の群だ。
「ナニなにコイツら気持ち悪うゥッ!」
一匹一匹が通常種よりも大型の、強靭な顎を有する怪物昆虫は、オロチの『左から四番目の首』が放出したもの。鋼の体を噛み砕く事までは流石に無理のようで、嫌がりながらもさほど動じない様子のタヂカラオだったが、それらがカカシや少女の方に集まっていくのを見て、危機を理解したらしい。
「み……みっちゃん、パス!」
地上十メートルの高度まで急降下して、カカシと少女を投下する。僅かでも遅ければ、両者は骨組みしか残らぬほどに食いつくされていた事だろう。
このとっさの行動の直後であった、異変が生じたのは。
「うおっあァ!」
タヂカラオの悲鳴と輪郭は、突然の炎と閃光によってかき消された。
背部装甲板と大腿部ロケットが、内部爆発を起こしたのだ。間接の隙間から蟻達が侵入して電気系統を噛み切り、燃料への引火を誘発したのである。
「……タヂ!」
相方を襲った悲劇に隻眼を見開きつつも、地上のクラミツハは降ってきたニギを優先して抱きとめる。
クエビコは宙返りで頭からの墜落を避け、少女らの隣に降り立つ。
倒れた樹木が散乱し、部分的に平地となってしまっている森の一角にて、三名はヤマタオロチの山のごとき異形を見上げ、一様に息をのむ。
『のう己ら、今しがた、何から逃げると抜かしておった』
八つの頭がチロチロと長い舌を出し、おぞましい薄笑みを浮かべている。
「やべえぞ……!」
状況が完全に向こうのものになってしまった事を、クエビコは寒気と共に受け入れた。
というより、タヂカラオが居たからこそ辛うじてかわせていただけで、実際には一度も有利になった場面などない。
脱する術が有るとするなら、戦って勝つ事だけだ。
もう、その道しか残っていない。
つづくとか何様だ? オモイカネちゃん☆
ふんぎり温泉にて
湯船にプカー
クラミツハ「なかなかやるではござらぬか……」
オモイカネ「オメーこそデース」
クラミツハ「ハハハ……これで拙者らは好敵手でござる」
オモイカネ「エッ……(きも)」
ザパア
クラミツハ「さあ、互いの健闘をたたえあう握手でござる。ひとたび刃を交えれば、くだらぬわがたまりなど吹き飛ぶものでござるよ」
ぎゅっ♡
オモイカネ「あっ……♡(トゥンク)」
クラミツハ「こたびの事は拙者にも少し非があった。本編に出たからといって、しかもこれからレギュラー確定で出世街道まっしぐらのメシウマ状態だからといって、未だオマケコーナーに入り浸っている者の気持ちを考えなかったでござるよ……まァ許せでござる」
オモイカネ「お、お、オネーサマー♡」
だきつきー!
クラミツハ「ふえっ!?」
オモイカネ「オネーサマ、超ステキ、カッコイイ! ダイテー!」
クラミツハ「ハハハ、こやつめ」
なでなで♡
オモイカネ(コウヤッテおだてて取り入っておき、イツカ私もレギュラーに返り咲くのディース。ソシテ……必ずやコノおっぱいオバケを亡き者にし、新世界ノ神トナル)
こうして二柱は友情を誓いあったのだ。
仲良き事はよきことかな。
~茶番 the end~




