其ノ七~Over Soul~
よみがえれ
「なぁめぇるぅな、うおのれらああああああァァッッ!」
床に放り出されていたテナヅチの生首が、吠える。
呪いが凝縮されて声となり、聞く者の鼓膜を焼き切ろうするかのような、どす黒い殺意の怒号。
「我の神殿で、我を無視して、好き勝手振る舞いおってえ!」
次の瞬間、テナヅチは、怒りによって爆発した。比喩ではない。
頭蓋と顔面が炸裂し、飛び出したものは脳漿にあらず。
不気味にうねって、そそり立つ、肉の柱である。それは見る間に伸長し、膨張して、枝分かれした。一本一本に青白い鱗の皮膚が張り、赤黒い眼が開き、ぱっくりと裂けた顎に牙が生え揃う。無から有を創造する元・神の細胞が、質量保存の法則を鼻で笑って増殖し、多頭の大蛇の体を構成してゆく。
見るもおぞましい変貌を経て、古の魔物は今ここに蘇った。
ホール状の酒蔵は、数トン級の大樽を数えきれぬほど詰め込んでいても余りある広さだが、ヤマタオロチにはいささか狭すぎるらしい。
全長はおよそ百メートルといったところだろうか。
もたげた八つの首は誕生と同時に天井を突き破ってしまい、顔が確認できない。同数の尾が煩わしげに蠢き、うち一本がいくつかの樽をまとめて薙ぎ倒す。首と尾を束ねる胴体はちぢれた毛で埋め尽くされ、角化した分厚い皮膚の塊が飛び出しており、歪な棘山を形作っている。
禍々しき異形を大部屋の隅っこから見上げる者達は、各々の反応を示す。
「うわ、ちょっ、デカすぎない!? イキナリ怪獣映画!?」
「ずいぶん小さいな」
ぽかんと開口して後ずさるタケルとは対照的な感想を、クエビコは抱く。
八つの山と丘を文字通り跨ぐ巨体の持ち主だからこそ、ヤマタオロチと呼ばれるのである。復活のために何千年ものあいだ力を蓄え、『つるぎ』からもエネルギーを吸ったにしては、完成には程遠い状態のようだ。その証拠に尾の末端では、まだ肉が固まっていない傷口のような箇所が見受けられた。
穴空きの樽からぶちまけられる酒の滝を浴びて、その部分がビクビクと痙攣する様を、彼は見逃さない。
「そういう事か。ようし、あれならまだ付け入る隙はある。おい逃げるぞ」
他に気を取られているタケルの耳に入らぬよう、ボソボソと言って、胸の中で茫然としたままのニギを無理矢理にでも連れていこうとする。
その時だ。
縄状の物体がニギの細い腰元に巻き付き、天高く吊り上げた。クエビコは反射的に手を掴んだものの、引っ張る力が強すぎて指がほどける。
縄かと思えたものは、オロチの胴から伸びる肉の芽だった。
「小娘ェーッ!」
虚ろな表情を崩さず、悲鳴も上げず、少女は連れ去られてしまう。オロチの腹に開く、ポケットにも似た傷口に、彼女の下半身がすっぽりと納まる。
『カカシよ、アマノムラクモは娘ごと返してもらうぞう。まだ力が完全ではないゆえな。……どぉれ、まずはこの地の民に今までの礼を言うとしようか』
テレパシーを用いて挑発を投げ掛けるなり、オロチは背を向け、ホールの壁にどしんとのし掛かる。器用にも全ての首を手のように動かすと、天井に空いた大穴の縁に自身の巨体を引っかけ、外へと抜け出ていった。
「行かせっかよォーッ!」
落下してくる大小様々な瓦礫を避けて、クエビコは後を追おうとするも、
「こっちの台詞よボロカカシ!」
タケルによって道を塞がれてしまう。
華奢な腕には似つかわしくない、無骨な石剣が宙を滑った。
即座に仰け反ると、切っ先が顔の端を掠め、頬が僅かに裂ける。
それだけで意識が警笛を鳴らす。この世界の武器でいくら傷付こうとも、カカシの神は脳と心臓が壊れない限り死ぬ事はない。けれどニンゲンもどきが扱うものは普通と違って、生命エネルギーたる神力そのものを削り取る、特別な性質を持つらしい。彼はその事を、タニグク村での件から推察した。
いかに切り抜けるべきか思考を巡らす暇もなく、衝撃が脇腹を押し潰す。
「そうそう、ダメですよ逃げちゃ」
全身装甲の少年が、肩当てを正面に向けて突っ込んできて、猛牛のごときタックルを見舞ったのだ。
弾き飛ばされ、よろめきながら着地したところを、横薙ぎに吹き付ける弾丸の嵐が出迎えた。十数メートル先で、鋼の砲を担いだ魔女の美貌が笑う。
身を翻して見事全弾を回避するクエビコだが、当たらない事も相手の想定の範囲内だったらしい。冷気の塊のような弾丸は着弾したそばから、その地点に厚い氷を張ってゆくではないか。ぞっとして距離を置こうとした彼は、遅れて気付く。足首が床と一緒に凍結し、一歩も動けなくなっている事に。
「さあタケルちゃん、あとはお望みのままにー」
「でかしたヒメ」
転ばぬように注意してか、タケルは慎重な歩調でにじり寄ってくる。
退路もふさがれ、行動不能。
仲間もさらわれ、完全孤立。
クエビコにとっての絶望の足音が間近に迫る。
(もうダメなのか。こんな遊んでるみたいな連中に、好きにされるのか?)
液状になるまで煮えくり返った腸をぶちまく思いで、叫ぶ。
「ちくしょおおおおおお!」
それに対して答える者が敵以外に存在しようとは、夢にも思わなかった。
「ほいほーい、お待たせしちゃってワルいねどーも」
底抜けに明るい声が、ホール内の空気をかき乱す。
続いて、無数の破裂音と共に降り注ぐのは、弾丸の雨。
魔女によるものとは違って燃えたぎる火の玉状のエネルギーを纏うそれらは、凍りついた床に怒涛をうって撃ち込まれ、放熱で氷を蒸発させてゆく。
「うおおっ」
反射的に腕で身を庇うクエビコ。
しかしその弾丸は彼を避け、正確に足元の氷と敵だけを狙っていた。
「ひゃっ!」
無防備のまま短い悲鳴を漏らすタケル。彼女の体は、甲冑の少年の腕にすっぽりと隠れる。少年は背負っていた大盾を傘にして、鉛の雨を遮断した。
銃撃が止んだとき、二つの人影が、天井の大穴から身を踊らせる。
どしん、と派手に降り立ったのは、大柄な男。
すとん、と軽やかに降り立ったのは、長身の少女。
「よっす! しっかし良いタイミングで見つけたわ。あのさ~コレってひょっとして、初っぱなからお株爆上げの超オイシ~展開じゃんね~」
男は、鬼を模したと思われるメカニカルな仮面を被っていた。厳めしい外見からは想像できぬ軽い調子で話しかけられ、クエビコは思わず面食らう。
裸の上半身に逞しい隆起を盛り上げる筋肉は、暗がりの中にあって不思議な光沢を放つようにも見えるが、その正体は何と鋼鉄であった。すなわち、金属板の数々が規則的に組み合わさって、肉体を織り成しているのだ。肩や肘などといった各関節の継ぎ目からは、チューブの束らしき構造が覗き、腕を曲げると駆動音を鳴らして蠢く。前腕の一部分にはひっそりと開口部が存在していて、環状に並んだ筒がそこから顔を出し、白煙を吹き上げていた。
「あんたら、誰だ?」
「クエビコ殿とお見受け申す。連れの無作法を許されよ」
よく通る涼やかな声色で答えたのは、少女の方。涙の跡をなぞったような古傷が右瞼から頬までを縦断しており、隻眼である。それでも残る左目は、顔面の痛々しさを補ってあまりある鮮烈な存在感を醸し出す。夜空の闇を押し返して自己主張する三日月のごとき、凛とした意志の輝きを宿している。
牡鹿のものと似た角が側頭部から生えているのは、彼女が『龍神』のうちの一柱である事を示す、最大の証だ。香りたつほど色素の濃い髪を束ね、肩から垂らす髪型は、男物の和服を着流しにした格好とも高い親和性を持つ。
「その男の名は『タヂカラオ』。そして、拙者は……」
「恐れ知らずですこと! タケルちゃんの邪魔立てをするなんてっ!」
名乗り終わる前に、遠方の魔女が金切り声を発した。そして、杖の結晶から特大の雹を錬成し、射出する。
迫り来るそれを前に侍少女はまるで動じず、腰を落として半歩踏み込む。
着物と袴との境目にぶら下がる、身の丈以上の長さを誇る大太刀に、軽く手を添える。
鯉口が切られ、刀身の根元が僅かばかり露になったかと思うと、見る者の視界を銀一色に染める閃光が迸り……一瞬後には刃は完全に鞘に収まる。抜こうと思ってやめた、というふうに映るかもしれぬが、実際には抜刀は既に行われていた。雹の砲弾は文字通り細切れと化して、風に散る。
「ヒノカグツチの血より生まれし『クラミツハ』。アマテラスのミカドの勅命により、助太刀に参った」
颯爽たる少女神は、居合いの妙技を名刺がわりに差し出す事で、名乗りの続きとした。
「ちょいちょーい、みっちゃん! 今の確かにカッコ良いけどさ、俺ちゃんより露骨なポイント稼ぎにいくのやめてくんにゃーい?」
タヂカラオの鬼面の目玉がぎらりと光り、やじが飛ぶ。それを受けたクラミツハは冷静な態度から一変して、子供じみたむくれっ面へと切り替わる。
「みょ、妙な事ゆーな! 悔しかったら貴様も頑張ればいいじゃないか!」
「わーったよ、やってやんよ。掴まりな!」
タヂカラオは突然、クエビコの体を脇に抱え上げるなり、股の裏の金属板を開く。
袴の布地を破って露出した筒が、炎を噴射する。それは、紛れもなくロケット式の推進機だ。理解不能な浮遊感に包まれて、カカシは慌てふためく。
「のわあ、なんだぁあああ! なんで飛んでんだよう!」
「ん? 俺ちゃん、『力の神兼サイボーグの神』だもんで。……このまま脱出すんよー!」
「な、なんかよくわからねえけど置いといて! その前に、あの杭も取ってくれ。おれの大事なモンなんだ!」
「およ? りょーかいっす!」
地をなぞる低空飛行のさなか、落ちていた杭を片手で拾うタヂカラオ。一方のクラミツハは走って追い付き、大きな背中に飛び移る。準備完了を確認した自称サイボーグは急上昇し、天へと舞い上がってゆく。何かしら叫ぶタケル達の姿は、クエビコから見れば、もはや豆粒程度にしか映らなかった。
※ ※ ※
作夜の森に広がる木々の運河を薙ぎ倒し、ヤマタオロチの巨体はのしりのしりと這い進む。
白ばむ空を背景として、遥か地平に悠々とそびえるは、神々の山脈。
夜明けを告げる太陽すらも山々の描く曲線の荘厳美に敬服してか、どこか遠慮がちに顔を覗かせると、淡い日光が大蛇の八首を照らす。
どの頭にもハ虫類にはとうてい似合わぬ癖の強い金髪が伸びている。それが怪物の素体となった憐れな女神の名残である事は、ごく限られた者しか知るまい。鮮血よりもホオズキよりも紅い双眸を爛々と煌めかせ、黄泉の亡者の鼻さえ潰す異様な腐臭を発散しながら口を開け、不気味な咆哮を轟かす。
森羅万象よ、我を見よ、そして怯えよと。
高天ヶ原に対する反逆の狼煙を上げた『かれ』のもとへと、木々の合間を飛び交って急接近し、躍りかかった人影がある。
「倒せ叩け、潰せ!」
「エリアボス、ぶっころー!」
百メートルの巨体を取り囲む形で、空を覆い隠さんばかりに飛び上がったのは、地上より召喚されし神殺しの勇者達。
その数、三百人超。
統一性皆無の和風洋風混成部隊が、統一性皆無の武器を各々降り上げる。すると、電子音声が合唱を奏で始めた。
『祷技、起動。
「たけたけたけ猛雷」まままま
「みそみそみそ禊疾風」ててて
「いくいくいく戰焔」らららら』
大気中の分子が強力に荷電して、物質のプラズマ化を誘発。膨大なエネルギーが、集団の中心核らしき青年剣士の得物に収束していく。
「一気にカタをつける!」
『複合祷技、起動。「戦術戰焔・凱」』
青年が刃を振りおろすと、空間ごと焼きつくさんばかりの熱量が連鎖的に炸裂し、迸る爆炎の奔流がモンスターの全身を包み込んでいく……。
という甘い幻想を、全員が抱いた事であろう。
実際には技を放つ直前に、オロチの吐息一つで彼らは一掃されていた。
右から四番目の首は、炎の渦を。
左から三番目の首は、雷の雨を。
左端の首は、絶対零度の冷気を乗せた突風を。
三つの喉から吐き出されたのは、様々な形の地獄。
それらが三百人の集団を余さず焼き払い、感電させ、凍り付かせたのだ。
※ ※ ※
数十キロばかりの距離を挟んだ地点にて、猛り狂う魔物の姿を見つめる者が居た。
一際高い木の上に立ち、紫の羽織を風になびかせる、妙齢の男。
アシナヅチである。
ふんばり♨オモイカネちゃん☆
オモイカネ「あ~、イイ湯デース。今日ハ♨にキテいるのディース。
今日は今回から登場シタ新キャラのうち、クラミツハ様をお招きシテお送りしたいとオモイマス。
初登場という事で、なんか感想でもアレバ適当にドウゾ~、ふい~」
かぽーん
クラミツハ「いやあの……実は拙者、二章開始回の最後あたりで既に出てるので、初ではござらんよ。ちゃんと下調べしてるのでござるか?」
オモイカネ「ハア? ソーナンデスカ知らなかった。ちなみに私は一章の二話の最後らへんに超重要な役で出てるんですが、ナニカ?」
クラミツハ「いや、オモイカネ殿の事は聞いてないでござる。今回は拙者が『げすと』でそちらは『ほすと』なのであるから、もっと拙者を持ち上げてしかるべきではござらんか?」
オモイカネ「ウルサイデース(ガチギレ)! コッチはナニも好きでヤッテンジャナーイ。頼まれたから仕方なく本編にも出ずに、こんなドーデモイイコーナーなんかヤらされてるんディース! だいたい女サムライキャラが横文字使うなんて、ブレてるんじゃナイデスカー?」
クラミツハ「くっ、言わせておけば無礼なり!」
バシャバシャお湯かけ
オモイカネ「プアっ! や、ヤリマシタネー! このー、今時古いんデスヨ、ござる口調トカー!」
バシャバシャやり返し
クラミツハ「ぐぬっ、気にしてる事を! さては最初から拙者をディスるために呼んだんでござるね! すこぶる不愉快にて候! そっちこそカタコトキャラとかじゅうぶん時代遅れでござるー!」
オモイカネ「チガウそうじゃない! この字面じゃワカラナイかも知れませんケド、私は『ロボット口調』ナンデース! ボ〇ロとかソウイウ感じの声ナンデース! むきー! その無駄に大きいおっぱい噛んでヤルー!」
湯船のなかで行われた喧嘩は、二時間超続いた……。
つづく☆




