其ノ六~バリバリ最強No.1~
最悪の再会。
『……おい小娘、まだ動けるか。今から言う事よく聞けよ……』
クエビコがニギに与えた指示は、以下の通り。
『狙われるのはおれのはずだ。死んだふりして後ろから援護するから、おまえはとにかく食い付いて奴の視界をふさげ。んで合図したら、信じて飛べ』
具体性の足りない言い方であるが、つまるところ、信じろという言葉一つに全ては集約されていた。
両者の行動のタイミングに僅かでもズレが生じれば、不意打ちはニギをも巻き込む結果となってしまうのだから。
そう、作戦の目的は……あまりにも隙の大きい唯一の遠距離攻撃を、分裂する『手』に邪魔されず確実に命中させる事。
テナヅチの体を壁に縫い付けるのは、十五メートル以上離れた酒樽の位置から伸びる、野太い杭だった。神力によって急成長させたそれを脇に抱え、上半身だけを起こしていたクエビコが、したり顔を浮かべる。
「貴様、このオロチを謀ったというのかァ~!」
床に転がるテナヅチの生首は、気管とも肺とも繋がっていないにもかかわらず、口を開いて怨嗟の呻きを絞り出す。
「だが何故だ、生きておるとは、おかしいではないか!」
「へっ、驚いているのかよ? そいつは胸のすく思いだぜ!」
クエビコは鼻で笑ってうなじのチューブを引き抜くと、前頭部を横に走る切れ目に手をやって、押し広げてみせた。
鍋の蓋みたくパカッと開いた頭蓋の中身は、空っぽだ。
「まだ再生が途中なんでね、血管とも神経とも繋がっちゃいねえ。ちょっと揺れたりするだけで隙間からこぼれちまうのさ」
うどん玉のごとき脳みそを持ち上げ、元の場所に納めた後で蓋をする。倒れた際に抜け落ちたそれを、彼は器用にも腹の下に隠しておいたのである。
「『よくできました』をやるぞ小娘! あとはおまえが」
「うん、ありがとうクエビコさん」
ニギは頷くと、袖口を一振りし、端末を取り出す。
犬耳ヘッドフォンから鼓膜へ、鼓膜から脳へと伝わるのは、催眠の祝詞。『かがみ』発動時のものとは趣の違った、勇ましき戦歌の旋律だ。
「『つるぎ』、起動」
呼び掛けに応じ、テナヅチの体がびくんと波打つ。みるみるうちに膨らんだ腹部を突き破り、血肉と臓器を追い出しながら、巨大な剣の小さな柄が現れる。それは光の粒子と化して宙を漂い、ニギの掌に吸い込まれていった。
アマノムラクモノツルギ、今ここに回収完了。
「うぐっ……」
音楽の再生を止め、ミクサ・モードを解除した少女は、凛々しい顔付きを一変させて青ざめる。
目の前の凄惨な光景と、鼻孔を突き刺す生々しい悪臭に圧倒されてか、口元を抑えて何度かえずく。それでも逆流だけは健気に我慢するあたり、流石は巫女に選ばれるだけの精神力の持ち主と評せざるを得ない。
「小娘、やったんだな。これでもう大丈夫なんだよな?」
「命が戻ってきたのがわかるみたいだよ。だけど……」
空色の瞳が喜びで煌めくも、床の上の生首に視線を掠めると、すぐ曇る。
立ち上がったカカシの神も、死の危機を共に脱した相棒のもとへただちに駆け寄りたい気持ちを抑え、同じ方向を見やる。
「おのれ、おのれおのれ、おにょれおのれおにょれれれっ! もう少しで完全なる黄泉還りが果たせるものを! 許さぬぞう、貴様らららっっ!」
無様な状態にて激昂するオロチだが、聞く者を萎縮させるだけの凄みはもはやない。テナヅチ特有の舌足らずな発音が混ざり、かえって憐憫を誘う。
「クエビコさん、テナヅチさんをどうにか助けられないの? これじゃ、なんだか、あんまりにも……」
「いちど『禍ツ』に堕ちた神が治った前例はある。僅かでも信仰を捧げてくれる存在が近くにいればあるいは、な。だが救えるかどうかは運否天賦だ」
その運を決めるのが神様なのになと、自らの矛盾を含む発言に内心で呆れ果てたクエビコは、苦虫を噛み潰す表情となる。
「後味が悪いって言うんだろ? それは、おれだって嫌さ。だが今はその気持ちを別にまわせ。目的はもう果たしたんだし、さっさと出るぞ、『ニ……」
初めての呼び名を唇に乗せようとして、押し黙る。
部屋のどこかから流れてくる、異様な空気……否、冷気が肌を刺したのだ。
ニギも同じものを感じたらしく、眉の形を険しく歪め、立ちっぱなしであった杭の上から身を踊らせる。
刹那の速度で滑空し、襲い来る、視認不能の質量があった。
長大な丸太ん棒と化していた杭はその直撃を受けて、へし折れてしまう。
数メートル先の地点へと着地する寸前、ニギの眼はしかと見送った。
千々に砕け飛ぶ木片が、氷を纏ってゆく様を。
「え? これ……って」
愕然と呟いた直後、
「盛大に外してしまいましたわあ。わたくしとした事がイケないイケない」
穏和さの中にも肌寒いものを孕む声が、ホール状の空間に浸透する。
間もなくして部屋の隅の暗がりから、ゆったりとした足取りで進み出る者がいた。
影を切り取ったかのような漆黒の髪を腰まで垂らす、一人の美女だ。左右対称に切り揃えた前髪の隙間では、紫色に近い垂れがちの瞳が、豊かなまつげに縁取られて妖しげに輝く。軽く羽織った長衣の下には流線型の起伏を作る肢体と、胸元や腰まわりなど要所要所の布地を意図的に丸くくりぬいてあるという、扇情的を通り越して変態的な仕立てのドレスが見え隠れする。
「ああっ、キミは、カズッ……」
ニギが震えて何かを言わんとした時、美女のやわらかな微笑みに、凍てつく殺気が浮上する。
「今度はしっかり当てませんとね」
片手に持つ見上げるほどの長さの杖に息を吹き掛け、大仰な動作で担ぐ。
いや、よくよく見れば、それは単なる杖ではない。
先端に埋め込まれた藍色の宝石を中心に据え、鈍くぎらつく鋼の部品がバイクの駆動系を彷彿とさせる複雑構造を成す、別の剣呑な何かだ。
『祷技、起動。「虚雹華・零式」』
機械音声を発して開口した先端が、膨大な風圧と共に白銀の閃光を放つ。
極限まで凝縮されし雪の砲弾である。
杖に見えていた物の正体は、大筒だったのだ。
「よけろ!」
クエビコは、駆け寄っても間に合わぬと判断し、大声を投げ掛ける。
淡い眠りから覚めたばかりのように瞼をしばたたかせるニギが、とっさに屈み込む。弾丸は疾風を巻き起こしながらその頭上を通過して、背後の樽を粉々に破壊せしめた。中身の酒が勢いよくぶちまけられると同時、流れ出た形のまま瞬時に凍り付き、クオーツの原石にも似た美しい氷の結晶と化す。
「二度も外した……わたくしったら、どうしようもないゴミ人間!」
自身を卑下する台詞とは裏腹に、激しく腰をくねらせて勝手に悶絶し始める美女。
その傍らに飛び出して、甲高い声でわめく少女がいた。
「こぉら『ツキヒメ』、今のワザとでしょアンタ!」
身に纏うのは西洋騎士の甲冑。とはいえ全体的に軽装で、防護よりも見映えや動作性重視のものとわかる。頭部には額当てのみ装着し、女性特有の歪曲を描く胸当て、四肢を守る手甲や向こうずね当てなどの他は露出が多く、白い肩や太ももが空気にさらされていた。
「その通りですわあ。あなたに構ってほしいばかりに粗相を働く赤ちゃん人間のわたくしを、どうか叱って蔑んで! 音高くぶってくださいましー!」
「あーもう、うっさい! ……それよか、これってどういう状況? オロチいないと思ったら変な奴らいるし。ここが最後の部屋であってるのよね?」
ツキヒメと呼んだ美女の尻を蹴り飛ばし、鎧の少女は周囲をきょろきょろと見回す。
その姿に釘付けとなり、ニギは唇をわななかせる。
「やっぱり、あの子と一緒だと思った。会い、たかった……っ」
無駄な肉の省かれた、スレンダーかつ小柄な体躯。目尻の尖った勝ち気そうな瞳と、やわらかな質感をもって背中に流れ落ちるナチュラルブロンド。
それら全てに、過剰なまでの反応を示す。
「タケルッ!」
驚愕と歓喜の同居したニギの笑顔が、
「はぁ? いきなり何よ。馴れ馴れしいわねアンタ」
この素っ気ない返事によって、硬直する。
「ねえねえ『タチバナ弟』ぉ、あの変なモンスターさぁ、なんでアタシの名前知ってんの?」
困惑の眼差しで振り向くタケルの後ろには、背の高い少年が佇む。分厚い鉄板を組み合わせた重装甲で全身を固め、筋肉質でもありながら、面構えには厳つさが一切ない。顔だけに焦点を絞れば、幼さを残す容貌の上に飾り気のない眼鏡をかけている事も手伝い、むしろ線が細いと言っていい印象だ。
「わかんないですよ、んなこと僕に聞かれても。あとその呼び方よしてください。……ヒメさんはなんか知ってます?」
「さ~あ? わたくしもあんなの見覚えないですわ。新手の『プレイヤーミミック』では?」
三人のやり取りは、極めて淡白なものだった。
「……みんな、じょうだん……だよね?」
血の気の引いた顔に汗を滲ませて、弱々しく首を振るニギ。
「ボクだよ……ニギだよう……」
「小娘、何してる! 奴らはニンゲンもどきだぞ!」
「ちがう、ボクの仲間だよ。クエビコさんは黙ってて……!」
駆け寄ろうとするクエビコに食ってかかるような言葉で返し、涙に濡れた薄笑みで三人に向き直る。明らかに情緒が不安定だ。
「みんな、えと、あのね、ボクいま大変な目にあってて、すごく困ってて、連絡もできなくて……ああゴメン、なんて言ったらいいかよくわかんないや。あはは、もう言いたい事だらけで頭がぐちゃぐちゃで……ねえ、ぜんぶ説明するから、ちょっとでいいから時間ちょうだい。お願いだから、話を聞いて」
「確かにアイツに似てない事もないけどね」
タケルはその場で軽くステップを踏み、疾駆する。一気に間合いを詰めて腰の鞘から引き抜いたのは、大振りの石剣。
首めがけて横薙ぎに空を走った一閃を、ニギはとっさに刀の腹で受け止める。刃と刃が擦れ合い、散った火花が二人の足元で舞う。
「やめてよタケル、こんな事したくない。どうしてボクがわからないの?」
「アンタどう見ても敵にしか見えないし、騙すつもりだったなら相手が悪いわよ。よりによってアタシ様の前でアイツの真似するなんてさ……ナメんな」
アナライズを発動して片目だけ白く染めるタケルは、何が逆鱗に触れたのか、肉食獣もかくやと言わんばかりに八重歯をむく。柄を両手持ちに切り替えて刀身を押し込み、鍔競り合いに持ち込む。この時、お互いの鼻頭がくっつくほどに急接近して息を吹きかけ、ニギの前髪を退けた。
「やっぱニセモノね。アイツの眉毛はもっとカワイイまろ眉だってのよ!」
綺麗に整った眉のカーブを確認し、口角をつり上げる。
「クサナギノツルギ!」
『祷技、起動。「禊疾風」』
石剣はタケルの呼び掛けに応じ、強い輝きを帯びたかと思うと、局所的な突風を生む。
ニギの体はそれに煽られ、肌と衣服に無数の切り傷を刻み込まれて浮き上がり、木の葉のごとく吹き飛んでゆく。
「うわああっ!」
「くそお、言わんこっちゃねえっ!」
軌道上に割り込んだクエビコが両腕を広げ、彼女の背中を全身で受け止める。しかし衝撃を吸収しきれず、両者重なったまま壁に激突する。
「このやろ、ばっけ……!」
はみ出しかけた脳を押し戻し、いつもの台詞で怒鳴りつけようとする彼だったが、
「いたいよタケル、いやだ、嫌だよ。こんなの、うそだ」
うわごとみたく否定を繰り返してしゃくり上げる、あまりにも痛々しいニギの姿を目の当たりにし、二の句が継げなくなってしまう。
(それにしてもあの娘、クサナギとかなんとか言ってなかったか? そんなバカな話があるか?)
一方で、疑問が渦巻く。
クサナギノツルギとは、アマノムラクモノツルギの別名だ。
正確にはこの剣が地上に降り、人間の英雄の所有物になってから、新たに与えられた呼称とされる。
だから本来、これらが別々の剣として存在するなどという事は考えられない。あり得るはずがない。
なのに、丸っきりデタラメとも断定できない。あの『つるぎ』を初めて見た時と同じ、正体不明の威圧感に、彼は身震いを禁じ得えずにいた。
「さあニセモノさん、死ぬ準備はできてるかしら?」
心身共に疲弊しきった様子のニギと、彼女を庇うクエビコの前にタケルは幽鬼のごとく立ち、石剣の切っ先を突きつける。
「さいきょーのアタシ様を怒らせた事、後悔させたげる」
おしえろ! オモイカネちゃん☆
オモイカネ「ドゥーモー、お待たせヨウコソ皆サン。超久しぶりデスネ。
私に会エナクテ寂しかったんじゃナイデスカ? ええ? ソウデモナイデスカ……
本編ではネギとかいうヒロインがスッカリ調子こいてマシタが、今回は色々とカワイソーな目にアッテマスネ。ダカラトイッテ同情はシマセンが。
サテ今回の解説は『ヤマトタケル』についてデス。
彼はニポンの王族で、お兄チャンを素手でブッ殺した事でお父サンの怒りを買い、サンザン無茶振りな命令を受ケテ各地を巡り、地方の有力者やら蛮族やら邪神やらをとにかくブッ殺しまくった英雄ナンデース。
九州の方では女装して熊襲の首長をブッ殺した話も有名デスシ、出雲では親しくなった相手にニセモノの剣を持たせてブッ殺した事もアリマス。
ブッ殺しまくりデスネ。
彼はのちにヤマトヒメノミコトという人から『アマノムラクモノツルギ』を譲り受けマス。相模の国で火攻めにあって大ピンチの時、その剣で燃える草を薙ぎ払って助かったという逸話カラ、『クサナギノツルギ』という名前が生まれたソウデス。
ヤマトタケルを含むニポンの王族は元を辿れば、高天ヶ原から降臨したニニギノミコトの子孫に当たるノデ、みーんな神様の血を引く人間ッテ事にナリマスネ。スゴいデスネ。
マァ今回はソンナところデショウカ。
第三章もイヨイヨ佳境に差し掛かって来マシタガ、ドーセ私の出番はコッチだけデショウカラ、のんびりしたモンデスヨ。アッハッハ。
開き直りマーシタヨ!
ソレデハ次回もお楽しみに。シーユー( ´Д`)ノ」




