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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
参ノ巻~オロチ☆THE☆リベリオン~
24/54

其ノ四~WILL~

君を信じていいですか?

「おまえ脱げよ」


「はぇっ?」


 思いがけぬ提案を受け、ニギは動揺のあまりくしびぎりを取り落とす。

 神殿の小部屋にて、彼女は今、木工作業の最中だった。

 橋の役目を果たした聖なる杭を切断し、元の長さに戻すためだ。

 己の鍛えた二振りとない傑作が、ノコギリと変わらぬ扱いを受けたと知れば、名工カナヤマヒコもさぞやガッカリだろう。


「はかま貸してくれって意味だ。おれの一張羅はあの有り様だし」


 全裸のクエビコは、槍ぶすまに貫かれて立ち往生する『自分の亡骸』を、離れた位置から未練がましく眺めている。タニグク村でカカシの任を課せられてから二千年間も着続けてきた(元)上等の着物は、もはや穴だらけのボロ布となり、無数の槍の穂先によって亡骸に縫い付けられてしまっていた。


「でも、これ、生乾き……」


 対するニギは、神殿に入る前に渡されていたミニスカートとレースの下着ぱんつを懐から出し、憂鬱なため息をつく。


「それに、ここで着替えるとか……」


「ヨソ向くに決まってんだろ、ばっけろい。じゃあなにか、おまえはこのまま丸出しのおれと冒険したいってのか」


 言う通りにするしかなくなった。

 男神が背を向けるのを合図に、少女はぎこちなく帯を解き、上半身と比べてやや肉付きのよい下半身を露にする。

 激しく動き回っていたので多分に蒸れており、白い肌にまとわりつく汗の滴が、腰から太ももにかけての艶めかしい曲線を伝い落ちてゆく。

 絹擦れの音が聞かれていないか気になった時、足元を這う小さな影にふと気づく。

 正体は一匹のトカゲ。ニギにとっては、カエルに次ぐ苦手生物の一つだ。


「わうぅぅ!?」


 突発的恐怖によって理性を手放すと同時、浮かせていた右足首が袴の口に引っ掛かる。

 急激につんのめる体を支えようとした挙げ句、けんけん歩きで前進してしまう。行く手には、先の悲鳴に驚いて振り向きかけるクエビコがいた。

 衝突と、転倒。


「おまえさ、どういうつもりなの」


 少女は答えられない。異世界にまで来て、男性を押し倒す羽目になるとは夢にも思わなかっただろう。あまつさえ相手は全裸で、自分は下半身が裸。


「まさか、こんな時に変な気でも起こしたんじゃあるまいな。ガキんちょのくせしていっちょまえに」


 クエビコはべつだん焦る様子もなく、皮肉めいた微笑を浮かべ、軽口を吐く。どこか大人の余裕を感じる対応に、猛烈な恥ずかしさを覚えたニギは、


「ちがうから~っ!」


 転移後初となる、本気の怒声を迸らせた。


 ※    ※    ※


「無理ってこたねえが、やっぱ赤はダセエなあ」


 女物の袴を履いたクエビコが、文句を垂れながら歩く。むき出しの上半身には『たすき』を巻き、元通りになった杭を括りつけている。


「嫌なら、脱げばいい……」


 ぶっきらぼうな調子で呟くニギは、未だ湿り気を帯びたスカートと下着を気にしてか、小股でもってちょこちょこと後ろをついてゆく。


「ははっ、さっきのこと怒ってんのか? 許せ許せ、不可抗力だろうがよ」


 悪びれない様子で口角を上げるあたり、田畑の神も所詮は男だ。


「クエビコさん、どえっち……幻滅」


「にしても、わかんねえんだよな。単なる神殿なのに、アシナヅチの野郎はなんだってこうややこしい造りにしやがったんだか」


 今度の通路は嫌に入り組んでおり、一人と一柱は既に何度も行き止まりにぶつかっていた。意味深な宝箱が設置してある場所もあり、妙な衝動に駆られたニギが考えなしに開けようとするたび、クエビコは引っ掴んで止めた。


「手前の神力で建てたんだし、いくらでも造り変えられるはずだぜ。オロチの奴を倒させるのが目的なら、ちったあ楽に進めるようにしとけってんだ」


「あの……ヤマタオロチって名前からして怖いけど、やっぱ強い?」


「伝説通りだとすりゃあ最悪級のバケモンさ。第一に、災厄と呼べるモンなら奴は口から何でも吐ける。火でも雷でも嵐でも、毒でも槍でも何でもだ。もっとも、八本の首のうち一本だけは何も出さないと言われてる。名だたる武器を丸呑みにするってのが奴の性癖らしくてな、いわばそこは宝物庫だ」


 凄まじい情報に恐れをなしてか、ニギは身震いする。耳型ヘッドフォンと尻尾ベルトが、子犬めいた雰囲気の助長に一役も二役も買う。


「えと、それ、ひいき目に言ってラスボスクラス、だよ……ね。いきなりそんな奴と当たるなんて、一気に無理ゲーっぽい……」


「言ってる意味はビタイチわからんが、やるっきゃねえだろ。精一杯やってダメだったときゃあ、一緒に死んでやるからよ」


 和人形のごとく整った濃紺の髪をなで回されると、少女は何を思ったか、急に早足となってカカシを追い越してゆく。


「嬉しいけど、ぼ、ボク、死なないよ。助けられてばっかでも、ない。ちょっとくらいは役に立つとこ、み、みせるから!」


 待ち受けていた大きな扉の前に立ち、握り拳を高く掲げる。


「おいおいどうした威勢の良いこと言っちゃって。ったく、度胸があんのかねえのかわかりゃしねえなあ」


 意固地になる相手の姿がいじらしく思え、クエビコは思わず吹き出して、小さな背中に駆け足で近寄っていく。

 子供を見守る親に近しい和やかな眼差しは、しかし次の瞬間、驚愕に見開かれた。ニギは彼の到着を待たずして扉を開け、先に進んでしまったのだ。


 その足元に、道は無かった。


「ばっけろい!」


 駆け足を全力疾走へと切り替えて、ほとんど突進するみたく瞬時に距離を縮めてみせる。ぐらりと傾く細い体を、後ろから抱き締めた。

 両者は重なり合い、勢い余って、室内に飛び込んでしまう。

 眼下一面に広がるは、谷底にも似た光景。

 床の代わりに、深い深い穴が大口を開けていたのである。加えて穴の底には、太く鋭い鉄のとげが無数に敷き詰められているではないか。


「くそお!」


 落下の最中、クエビコはとっさに頭上を仰ぎ見る。

 天井には、眼下に敷いているのと同じ棘山が存在した。


「杭よっ!」


 呼び掛けに応じて、背負っていた杭が二本のツル状植物を生やす。それは天井まで真っ直ぐ伸びていき、棘の一部に絡み付く。

 こうして、クエビコとニギは吊り下げられる格好となった。


「このドジ! 言ったそばから迷惑かけてんじゃねえ!」


「ご、ごめんなさい」


 少女の顔は完全に蒼白となっていた。

 叱っている場合ではないとクエビコは振り向くが、通ったはずの扉は、いつの間にか壁に溶け込むようにして消え失せてしまっている。

 さらに、またもや不快なオロチの声が響き渡った。


『うひゃはー残念! あとちょっとで即死できたのに!』


 嘲笑う声と同時に、異変は加速する。天井の、棘の生えていない中央部分に空く巨大な穴から、膨大な量の水が滝のごとく流れ落ち始めたのだ。

 水は音をたてて穴の底に溜まり、みるみるかさを増大させてゆく。

 飛沫しぶきが跳ねて、クエビコの頬に当たって散った。瞬間、どこか甘ったるい独特の臭気が鼻をつく。


「水じゃねえ、これ『酒』か!?」


『当たり。串刺しは免れても次は溺死コース、あるいは急性アルコール中毒直行。上物の酒に溺れて死ねるなんて最高だよね!』


 冗談ではない、趣味が悪いにもほどがあった。


『でも安心して、出口の鍵は用意してるよ。まずは右手をご覧くださーい』


 石造りであるはずの壁が生物的に蠢いたかと思うと、地上でいう液晶モニターに似た鏡面が内側から出現し、映像を浮かび上がらせる。


挿絵(By みてみん)


 それは、五×五のマス目で区切られた図らしきもの。それぞれ数字が振られており、黒く塗りつぶされている箇所も見受けられた。

 カカシの神には無論、何を意味するものか見当もつかない。

 だが人間の少女にはハッキリと理解できたようだ。


「クロスワード?」


 呟いたのは、限られた領域に単語を入れる、ポピュラーなパズルの名前。


『人間向けに作ってあるから、ニギっちがやるしかないね。ちゃんとマス目埋めて完成させてないとダメだよ。あと、ヒントのところちょっと注目!』


「は?」


 ニギはマス目の横にある、日本語で書かれた文字列を追う。


[タテのカギ]

 1:一番左の道では何が起きましたか?

 2:曽木そぎの滝で有名なのは日本の〇〇市?

 3:左から二番目の道はどうだった?

 5:左から三番目の道では落ちてきたのは?

 8:左から四番目の道にて襲ってきたのは?


[ヨコのカギ]

 1:右から四番目の道で出たものを英語にすると?

 4:一番右の道で出た〇〇は水素イオンを与える物質でしたが、水素原子を奪うのは〇〇剤?

 6:右から三番目の道では何が起きましたか?

 7:あ、この公式、真剣〇〇でやったとこだ!

 8:新約聖書に登場するアシェル族の女予言者は?

 9:右から二番目の道で飛び出したのは?


「なにこれ」


『最初の八本道あったでしょ。あの罠を全て知ってる(・・・・・・・・・・)事がクリア条件なのでした~っ!』


「こんなの、わかるわけ、ない。だって、道を全部確かめる方法なんてなかったもの……!」


 そう、確かめる事ができたのは、僅か二通りだけ。

 残されていた手段は、罠を避けて進む事のみ。


『ほら悩んでる間にも水が来る~! どうすんのニギっち!』


 一瞬怯むニギであったが、ふとクエビコの顔を見て、口元を引き締める。


「や、やるよボク。さっきの挽回……!」


「わりい。情けねえ話だが、おれにはあそこに書いてる意味がわからねえ。おまえだけが頼りだ」


 ※    ※    ※


「7は『ぜみ』、9は『やり』、強酸と違って水素原子を奪うのは『酸化さんか』剤、女予言者はルカによる福音書の『アンナ』だから、8のタテは『アリ』」


 ニギの発言に合わせ、画面上の枠内にひらがなが打ち込まれてゆく。少しでも早く答えが出せるよう、彼女は短い間に高密度の熟考を行い、順番にも気を使っていた。先に大まかな形さえ整えてしまえば、後はヒントの文脈や断片の前後関係から推測できるからだ。

 ところが、ある段階を過ぎた時から、歯切れの悪さが目立ち始める。


「5は『かみなり』、3は……何かな、『んぜん』? えっと、それから」


 まずタテの2であるが、ニギは元々地理に疎い。続いて1のタテとヨコ、6であるが、他の単語と比べて独立しすぎており、ヒントも不親切すぎた。

 かくて進撃は停止する。

 打ち付ける水音が激しくなるたび、呼吸が荒くなってゆく。

 既に部屋の半分以上が水浸し……いや、酒浸し(・・・)となっていた。嵩は間もなく、ニギとクエビコの爪先にまで到達しそうな勢いだ。後者ならあるいは溺死を免れようが、急性アルコール中毒による脳麻痺に陥っては助からぬ。

 そしてここに来て、不可視の敵からのあからさまな揺さぶりである。


『ほらほら時間がなくなってるよ、早くしないと死んじゃうよ~う! 信頼して任せてくれたクエっちが、役立たずのあなたのせいでねえ~っ!』


「あっああっあああっ、ううぅうぅぅぅ……っ!」


 ニギはついに頭を抱え、打ち震えた。

 こうなってはもう、思考どころの話ではない。

 己のみならず他者の命まで背負うという、途方もない重圧の蓄積に、未熟な精神がパニックを起こしてしまったのだ。

 彼女を支えるクエビコに、その苦しみが痛いほど伝わってくる。


「もうよせ小娘」


 ささやきかけると、生気の欠落した顔の少女は、僅かに首をもたげる。

 碧眼の色がすっかりかすんでしまうほど、瞼の間を潤ませている。これ以上の水位の上昇を防ぐため、せめて涙をこぼすまいと必死なのだろう。

 その健気さを察したからこそ、彼は彼女を抱く腕にさらなる力を込めた。


「もう悩むな。任せっきりにしといて何いってんだって話だが、おまえが潰れそうになんの見てっとさ、なんか知らんがこっちまでこたえるよ」


 腰の高さまでが酒の海に浸り、藁の体は水分を一気に吸って重くなる。両者を吊り下げていたツタの命綱が軋み、とうとうちぎれてしまう。


「散々怒ってゴメンな。短い付き合いだったよな、おれ達……」


 終わりなど、とっくに受け入れた気でいた。民を奪われたあの日から、自分は既に死んだものと思ってきた。

 だがやはり恐ろしい。本当の死の恐怖だけは、理屈では拭い去れぬのだ。


 小刻みに震え出す若き男神の指に、巫女の白い指が触れる。全身を波に呑まれるまでの数秒間、両者は固く手を結ぶ。


「ボクと一緒に死んでくれる?」


「もちろんだとも」


 約束だろ?

 と答えかけたクエビコより早く、ニギは言葉を重ねる。


「じゃあ……ボクを信じて、死ぬ気になって全部預けてくれるかな」


 初めて見せる強い覚悟の笑みを、彼女は満面にたたえた。


「無茶なこと言ってるかい?」

皆さん失礼します。山田でございます。すっかり四日に一回更新がいつものペースとして刻まれてしまった感があります。本当はもっとあげていきたいんですが……(;´д`)(;´д`)(;´д`)


さて今回は初の試みに挑戦してみました。超単純な素人クロスワードパズルがついております。物語にも絡むという事で画像を初めて入れてみたんですが、クリックするとなぜか横向きでカッコ悪いです! ですからご覧いただくときはもう一回画像をクリックしていただくと縦になると思います。


ニギが解けなかった部分を解いてみるのもいいかな、なんて……。


ていうか、クロスワードは手書きです。しかも鉛筆がきで汚い! と警告を一応させていただきます。ぜひ本編と照らし合わせてみてくださいね!


それではまたお会いしましょう。次回はあの幼女やあの元気娘が大暴れいたします。よろしくお願いします!

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