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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
参ノ巻~オロチ☆THE☆リベリオン~
23/54

其ノ三~摩訶不思議アドベンチャー~

ダンジョンって何なんだよ(哲学)

『ヨォこそおいでくださいました、あなたは四万五千四百五十人目のお客様ですん』


 神殿の入口に足を踏み入れた直後、奇妙な声が、どこからともなく大音量で轟き渡る。


『オメデトーございます。このたび、当ダンジョンでは特別メニューをご用意してますので、永久にごゆるりとおくつろぎ下さいませう』


 神経を逆撫でする、やけに甲高い頓狂な響き。

 激しい悪寒と嫌な予感に駆り立てられて、カカシは少女の肩を抱く。


「小娘、おれから離れんじゃねえぞ!」


「わぅ? は、はひ……!」


 唐突な地響きが発生し、観音開きの石の扉が、大きな音を立てて閉じた。

 一人と一柱の周囲は闇に包まれるが、それも一瞬の事。

 壁の松明が独りでに燃え上がり、小さく頼りない明かりでもって空間を照らす。そこは、狭い通路のようだった。


「オロチの野郎だな? やんのかこらァ、なめくさりやがってからにっ!」


 クエビコは憤慨し、天井を睨む。されど、返答はなし。


「閉じ込められちまったのかよ。まァ『つるぎ』取り返せたらどうとでも」


「あの、えっと……クエビコしゃん」


「なんだよ」


「いつまで、その、くっついてれば……」


 気まずそうに俯いて頬を染めるニギの言葉で、密着したままだった事をようやく思い出し、大慌てで距離を取る。


「ああァッ! すっすまん!」


 仰々しきこと童貞のごとし。咳払いを連発し、気を取り直した。


「い、行くぞ!」


 警戒を緩めず一本道の通路を抜けると、だだっ広いホールじみた空間に出る。

 前方には、八つの巨大な扉が並ぶ。どれも悪趣味なくらい派手な造形で、金細工による装飾と赤青緑のまだら模様の塗装が施してある。それぞれポーズの異なる蛇の絵が描かれており、けばけばしいコントラストが目に痛い。


「なんだこりゃあ……」


 立ち止まっていると、ふざけたアナウンスが再び降り注ぐ。


『最初のオモテナシはコレ、オロチの首の数にちなんだ、八つの扉だお! 全部この先に続く正規のルートだけど、どれか一つが普通の道で、残りは素敵なデストラップルートなり。どーするどこ行く? しらみ潰しに進んでもいいよ。命が七個あればの話だけどね。ひひ、オレンジの玉集めちゃう?』


「しち面倒臭え仕掛けだなあオイ」


 挑発的な台詞を浴びせられても、怒りや敵意を追いやって、呆れる気持ちが先に立つ。


「小娘、なんぞ意見ねえか? 熟練の冒険者と見込んでひとつ頼まあ」


「わうぅっ? ぼぼぼボクぅ……っ!?」


 急に話を振られ、わかりやすく目を回すニギである。


「ボク、こんなダンジョンはじめてで、よくわかんないけど……と、とりあえずセーブポイント、さがす……かな」


 わたふたと腕を振りながら辺りを見回したあげく、がっくりと背を曲げてしまう。


「ううぅ、どこにもない……よ」


「あースマンスマン、なんか知らんがおれが悪かったから落ち込むな」


 そうこうしている間にも、オモテナシとやらの説明は続く。


『どんな罠が飛び出すかは通ってみないとわからないようになってるよ。あと、心の慰め程度に武器も用意したから自由に使ってね』


 クエビコは、一番近くの壁を見やる。

 そこには、二種類の武器が固定具に引っ掛けられていた。片方は特大級の鉄槌ハンマー、一方は槍と斧を組み合わせたハルバードという長物だ。

 だが片方の数だけ明らかに足りていない。


(八つずつ揃ってたみたいだが、鉄槌は一つしか残ってない。これを何かに使って先に進んだ奴がいたって事か?)


 思考を巡らせ、ある仮説に行き着く。


「ほら小娘、いい加減シャキッとしな。いい考えが浮かんだ」


 彼は突然たすき掛けの布をほどいて杭をおろすと、襤褸ぼろの着物を脱ぎ始めた。


「きゃああっ、なっ、なんで脱ぐの?」


 これにはニギも驚きの悲鳴を上げ、両手で顔面を覆う。


「おまえに受け取ってほしいんだ、おれの大事なモンを」


 真剣な言葉と共に取り出されたのは、脈打つ赤黒いモノ。少女は、あまりにグロテスクなソレを指の隙間から覗き、失神する寸前のように青ざめた。


 ※    ※    ※


 を済ましたクエビコがまず行ったのは、八つの扉を全て開ける事。そこから先はどこも似たような風景で、五~六メートルほどの廊下が伸びており、突き当たりには別の扉があった。

 いくつかの道の半ばには、硬い何かで砕かれたような亀裂が見てとれる。

 彼はそれによって予測の信憑性を確かめ、ほくそ笑む。


「ようし、やってみるか」


 今のクエビコは、上半身裸の格好だ。右手にハンマーを引きずり、左手にハルバードをぶら下げ、聖なる杭は身に付けず足元に置いている。

 これの意味するところは、禍ツ神の力を使う必要があるという事だ。

 黒い血管が肌に浮かぶと、激しい熱を伴う疼きがじわじわと胸の奥を焼いていくような、猛烈な不快感が襲う。

 邪神化を解放しては、再び杭に触れて抑え込む。こんな無茶は何度も続くはずがないと、彼も理解していた。繰り返すたびに僅かずつでも呪いは強くなるわけだし、杭の効果はあくまで進行を止めるだけで治すものではない。せめて一人でも、信仰を抱いてくれる民がそばにいれば……と考えてしまう。


「本当に、大丈夫? 苦しそうだよ……」


 大きく膨らんだ麻袋を抱え、後方に控えるニギが問う。


「おいおい、おれを信じてくれって頼んだばっかだろ? ……やっぱ無茶なこと言ってるか?」


 クエビコは悲しげな目で言ってから、右端の通路目掛けてハルバードを放る。ガシャンと金属音が響くが、何も起きる気配はない。

 今度は邪神の力にものを言わせて、同じ場所へとハンマーをぶん投げた。分厚い鉄の塊が床に沈み込んだ後、通路の壁から毒々しい色合いの液体が噴出し、大きな水溜まりを生む。

 鉄製のハンマーは液体を浴びた途端、たちまち蒸気に包まれ、飴細工か何かみたいにグニャリと歪曲してしまう。

 特別強力な溶解液の罠だったらしい。


「罠ってのは『一定の重さ』に反応するんだな。へんてこな槍じゃ反応ないとこを見ると、たぶん一人分の体重で動くんだろう」


 なんでわかるの? とでも言いたげに眉を曲げるニギ。


「ヒビのある道があっただろ? 今みたいに鉄槌で罠を確かめて、安全な道を探した証拠さ。先に通った奴らの中にはスゲエ馬鹿力が居たんだろうぜ」


『正解だね。偉いねー、武器の使い道に気付くとはねー』


 すかさずアナウンスが返ってきた。驚く事に、会話を聞いていたようだ。


『でもこれからどうすんの? リトマス紙のハンマーはもうないよ。回収させてもらったからね』


「……げ、ゲームならふつうリセットしとくべき。りふじんだぁー」


 ニギは珍しくぷんすかと怒った様子で、低い声のまま抗議するが無視される。


「そう言うと思ってよ、わざわざ準備したんじゃねえか」


 右から二番目の通路の前に移動したクエビコは、杭を担ぐなり、気合いと共に思いきり振りかぶる。邪神化抑制作用が働くいとまは与えない。


「そぉい!」


 勢いよく投擲された杭は風を裂き、真っ直ぐに廊下を飛んでいく。向こう側の扉をぶち破ってもなお勢いを緩めず、その先の部屋の壁に突き刺さる。

 いや、木製の杭が石の壁を貫けるわけがない。

 実際には、『植え付けられた』のだ。

 クエビコとニギの居る部屋からは当然見えない光景だが、杭は先端部から木の根のようなものを生やして、壁の隙間にそれらをねじ込んだのである。


「しゃらああああーっ!」


 雄叫びを上げ、クエビコは疾駆した。

 地を這うような前傾姿勢で、そのまま飛び上がってしまいそうなほどの俊足を発揮し、一息に廊下を突っ切った。

 罠は発動していない。理由は単純、今の彼が軽過ぎるがゆえだ。

 仕掛けが感知しなかったハルバードの一般的な重量は、約三キロ。人間大にもかかわらず、これと同等に軽い肉体の持ち主が存在するのであろうか?

 存在する、ここにいる。


 クエビコは先ほどニギの目の前で、自らの頭を割って腹を裂き、全ての内蔵を取り出していた。

 すなわち、

 脳(1,324g)、

 大腸(260g)、

 心臓(267g)、

 腎臓(280g)、

 肝臓(1,275g)、

 膵臓(102g)、

 小腸(450g)、

 脾臓(125g)、

 胃(110g)、

 これら全ての重さを脱ぎ捨てたという事。

 骨の代わりに枝を、筋肉の代わりに藁を組み合わせたカカシの体は、ただでさえ軽い。さらに内蔵を失った今、総体重は実に三キロを下回っている。

 では、現在のクエビコはどういう状況なのか。

 脳と心臓はニギの抱える麻袋の中にあり、そこに宿る『神としての彼の精神』が、肉体を遠隔操作しているのだ。

 そんなスカスカの有り様で重量級のハンマーや杭を放り投げたり、高速で突っ走ったりと、次々に離れ業をこなす事ができたのは……邪神化によって備わった超常能力の賜物と言う他にない。

 神における『死の条件』とは、神力が尽き果てた場合と、精神の中枢が破壊された場合の二通り。逆を言えば、他の部分がどれだけバラバラになろうとも、死ぬ事は決してない。それが神々と人間の圧倒的な違いなのである。


 廊下の向こう側の部屋へと、クエビコは半ば転がり込むような形で到達した。そして、壁面に植え付けられた杭に触って、強く念じる。


(伸びろ!)


 命令された杭はみるみる成長し、廊下を通りすぎてニギの居る部屋の壁にぶつかり、また根を張る。こうして、空間を繋ぐ一本の木の橋が完成した。


「おーい、いいぞ! 渡ってこーい!」


 呼ばれたニギはしばらくおろおろしていたが、やがて覚悟を決めたのか、口元をきりっと引き締める。麻袋の口を固く縛って、首に引っかけてから、橋に跳び乗った。というより、全身でしがみついた、と言った方が正しい。


「んしょ……うんしょ……」


 芋虫の方がまだ速いのではと思うほど緩慢な動きで、体を丸太に擦り付けて移動してゆく。おっかなびっくりといったふうに、時おり下にちらちらと視線を向けている。もし床に落ちれば得体の知れない罠の餌食となってしまうのだから、当然だ。見守るクエビコの瞳にも、自然と熱がこもっていく。


「頑張れ。そうだ、ゆっくりでいい!」


 十分以上費やしてついに五メートルばかりの距離を渡りきり、目的の部屋まで目と鼻の先……という場面で、事件は起きた。

 安心のあまり手元の管理がおろそかになったのか、ニギは頭から傾いて大きくバランスを崩し、落下寸前の危ういところで逆さまにぶら下がる。


「ひっ! い、やぁ……!」


 必死で丸太を握りしめるも、手汗で滑る。あわやと思われたその時、


「小娘ェーッ!」


 クエビコは叫び、すぐさま廊下へと飛び出した。ニギの体をしっかり抱え上げると、反動をつけて、先ほどまで自分の居た部屋の中へと投げ飛ばす。

 瞬間、少女一人分の体重がカカシの足を通じて床に伝わった事で、罠が感知。

 上下左右の方向から出現した槍ぶすまが、彼の肉体を貫く。


「ぐぅァッ」


「く、ひ……く、くえび……っ」


 叩き付けられた痛みも吹き飛んだらしく、ニギは部屋の床にへたりこむ。

 身動きも出来ず、ただ震えた。自分を庇った相手の腕がちぎれ、足がひん曲がっていく凄惨な光景を、生気の抜け落ちた眼差しで見つめ続けながら。

 茫然自失の彼女に対し、傷付いた神は力なく微笑みかけて、


「構わねえ、気に……すんな……!」


 そう言い残してうなだれた。


「そ、んな……うそだよ、クエビコさん」


 呼び掛けても、返事はない。空色の瞳から涙が溢れ、抑えきれない嗚咽が漏れる。


「くえびこさん、くえびこさあ~んっっ!」


 悲しみに沈む少女は気付かない。知らず知らず投げ捨てていた麻袋から、握り拳大のものが転がり出た事に。

 粗末なブリキ作りの、赤黒い心臓である。

 続いて、意志を持つように這い出たのは、ボロ絹の塊にも似た脳みそだ。

 心臓は拍動と共に無数の藁を吐き、筋繊維を織りなす。脳は脊髄に見立てた木の幹を生やし、葉脈じみた神経網と一緒に枝を分岐させ、いびつな骨組みを形作る。それらの目まぐるしい融合の果てに、一体の人型が完成した。


「んだよ、何度も呼ぶなってんだ」


「ふえっ?」


 幼児のようにぐずりつつ、ニギは振り向き、絶句する。

 立っていたのは紛れもなく、クエビコそのひとであった。

 生えたての毛糸の髮をしきりにいじくり、深いため息をついている。


「二千年ぶりにやったぞ。再生これって疲れるから嫌なんだよな」


「クエビコさぁん、わぅ~!」


 喜びに我を忘れたニギは、ツギハギ布と藁を原材料としながらも意外に逞しいクエビコの胸板に、思いきり飛び込んでいった。


 そして、彼が丸裸である事に遅れて気付き、赤面した。

次回予告


タケル「おっす! オラ、タケル!


いやーまいったわ、オロチ神殿からヤバい気を感じると思って来てみたら、なんか変なカップルのモンスターまで出てるって話じゃない?


ちょうどいいからどんな奴らか見に行ってやろうかしら。どうせやるなら手強い方がいいわね。強い奴と戦って圧倒的な差をつけて勝つ事こそが、アタシ様の存在証明だもの!


次回、『激突! タケルはとことんとまらない!』


ワクワクしてきたわよーっ!」


※嘘予告です

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