其ノ二~ミヤコ~
場所は変わって、ここは、大陸の南東部に位置する都。
単に都と呼ばれる事もあれば、古き地名からとってイゼの都と称される事もある。
南北を結んで八千六百十五メートル、東西を繋いで九千七百十二メートルまでの広範囲を、堅牢な外壁で囲まれた城下町だ。空から見れば、外壁の内側には大小様々な社がところ狭しと建ち並び、中には高層ビルじみて大仰なものもあったりする。当然の事ながら、この世界の住人は王族も官職も商人も平民もほぼ神様ゆえに、建物が神社ばかりであっても何ら不思議ではない。
そんな都の中心部に、どこよりも巨大な鳥居を持ち、赤塗りの外観に豪奢な金の装飾を散りばめる一際立派な社が存在した。
これこそ、高天ヶ原の頂点に君臨する女神・オオヒルメムチの居城たる、大岩戸城。
天下を睥睨して雄々しくそびえ立つ荘厳美は、道行く神々の頭上で常に煌めき、羨望の眼を惹き付けている。
さて、今日はその岩戸城の内部にて、何やら重要そうな会議が執り行われておるようじゃよ。
わしこと語り部が行って、ちと覗いてみるとしようか。
※ ※ ※
地下階層に位置する会議室。
そこは、和風の外観からは想像もつかぬ近代的な……というよりも、妙に西洋かぶれした内装となっていた。中央には円卓、天井にはシャンデリア、壁とか柱にはバロック様式の意匠までも刻まれている。
「ですから言っておりましょう兄者! 一刻も早く討伐軍を編成して乗り出すべきですと! 指揮は自分に一任してくだされば良い! 単純な話だ!」
全身筋肉の塊じみた巨漢が唸り、机に拳を打って紅茶のカップを引っくり返す。地上で言う大日本帝国海軍の将校みたいな白い軍服に身を包み、胸には勲章らしきものを山ほどぶら下げている。
こいつはオオヒルメムチと同格の『三貴子』と呼ばれる上位神の一柱で、名をスサノオという。
「……落ち着こうよサノくん、そうなんでもかんでも単純な話にされちゃうとねー、会議の意味ないんだよね」
ため息混じりに返答したのは、枯れ木じみてひょろ長い体型に漆黒のスーツを纏う青年。顔立ちこそ彫刻のごとく整ってはいるが、異常に青白い肌をしている事が、どこか不気味な印象を醸し出す。
こいつも三貴子のうち一柱であり、名はツクヨミ。スサノオとは、同時期に誕生した兄弟の関係にある。
「相手の正体もわかんないのに下手な行動起こす方が危険だよね……。戦わなくちゃいけない奴か、戦わずに済む奴かの見極めすらできてないじゃん? 最悪おっぱじまるとしても終わった後の事まで今から考えないとだし、せめて意思の疎通が出来るかどうかは知っとかないとねー……」
どうやら議題は、このところ国のいたるところで猛威を振るっているという、謎の『賊』についてのようだ。
「また悠長な事を! ではタギリ、教えてやれぃ!」
「おっしゃあ出番でありまするね! 我が軍の尖兵隊が持ち帰った報告文書によりまするとぉっ!」
スサノオの呼び掛けに応じて、背後に控えていた女性用軍服の神が、勇んで進み出る。柔らかな栗色の髪の美少女だが、落ち着きの足りない性格らしい。
「敵の外見は神や人間と酷似し、未確認技術を用いた武装を各種保有!
中には神力のごとき面妖な術を使う者も多数!
使用言語は日の本語から異国語まで多様であるも、非常に好戦的なため交渉は困難!
『突然の閃光と共にどこからともなく出現』、
『交戦の末に絶命を確認したが翌日には無傷の同一個体が出現』、
等の奇妙な証言もあり、行動原理を把握しづらく目的・思想なども一切不明! 目下調査続行中! 以上ぅお!」
やたらとやかましい少女神が敬礼の後に引き下がると、スサノオはたたみかけんばかりに叫ぶ。
「ご理解頂けたでしょう兄者! これを脅威と呼ばずして何としますかっ! 手をこまねいているうちに数多の同胞が犠牲となるのですぞおっ!」
「うーん、そこなんだよね、気になるのは。そいつら普通なら既に何人も死んでるわけじゃん。にしちゃ変なんだ」
ツクヨミは眉間を指で揉みながら、首を軽くひねった。こきこきこき、と小気味いい音が鳴る。
「『こっち』来てないんだよね、一人も。たとえ蘇生なり転生するなりしたって、一度でも死んだ魂は絶対通るもんなのに、僕が把握してないのはおかしい。だからそいつら不死の可能性もある。何かの拍子で成り出た異国の神って線も拭えない以上、軽はずみな判断はしかねるねー、残念だけどー」
彼の言う『こっち』とは『黄泉の国』の事だろう。
しかし、地上世界での神話によればツクヨミは月の神であって、黄泉……すなわち『あの世』に相当する場所とは無関係のはず。
そんな彼がさも事情通という顔で語るのは、いかんせん違和感があった。
「てかねサノくん、そもそもの話だけどね、これって誰が始めた会議?」
真顔になって投げ掛けられた素朴な問いに、
「ぐぬっ……姉者ですが」
スサノオが歯噛みしながら答える。
するとそれまでテンションの低かったツクヨミは、途端に腕を広げ、
「じゃあなんで居ないの天照大御神! おかしくない? 僕らを呼んどいて!」
それこそ天よ聞けとばかりに声を張り上げる。
天はここだが。
「ソレハ私ガ説明致シマショウ」
響くのは、機械音声みたく抑揚のない声。
円卓に頬杖をついて静かに座っていた、一柱の少女神によるものだ。物憂げに伏せた金色の瞳持つ、幼い風貌で、研究者っぽい白衣を羽織っている。
「言ってみなよ、オモイカネくん!」
「オ布団ノ誘惑ニ耐エ切レナイカラ遅刻スルソウデース」
「それ来ないパターンじゃねーかよおおおお」
ツクヨミの慟哭が、君主なき会議室に虚しく響き渡ったという。
※ ※ ※
繰り返すようじゃが、オオヒルメムチもとい天照大御神は、この天の国の元首である。
自然界の絶対権威にして太陽と天空を司る、べらぼうに偉い御方じゃ。なにせ、上級下級合わせて神口ざっと百万のイゼの都そのものが、彼女を奉るために造られた大規模な社と言っても過言ではないのだから。
ただ悲しきかな、奴は自他ともに認める『ひきこもり』であったそうな……。
今回の神様は、
スサノオ
ツクヨミ
タギリヒメ
そして……
オモイカネ
でした。