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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
弐ノ巻~ガハラのRUN&RUN☆~
18/54

其ノ八~DAYS~

今はまだ灰色の日々。

 やれやれ。

 ぬしらの前で地を出すのも久しぶりな気がするのう。

 である口調ばっかで語っとると肩が凝るわい。

 さァて突然じゃが、これから語るのは、神々が住まう天の国のお話ではない。

 地上にある国の、人間の少女のお話じゃ。

 便宜上、その子の名前を『ニギ』と呼ぶ。

 女神から死を予言されて、苦しみながらとこにつく彼女が一体どんな夢を見ているのか……わしと一緒に覗いてみるとしよう。


 ※    ※    ※


「でねでね、それが飛び出してくんのね。が~って!」


「また飛び出す系? そーゆーの飽きたってもぉ」


 夜明け前はもっとも暗く、蝋燭は燃えつきる瞬間、派手に輝く。

 従って、ホームルーム直前の教室は一番騒がしい。

 この日もニギは冷たい机に突っ伏して、いつも通りの狸寝入りを決め込みながら、一つ前の席から響く女子同士の会話を聞いていた。


「今度のはスゴいんだってまぢ。ほぼリアルってか、五感にズクズク刺さる感がパないわけさー。カレシもやってるからミユキチもやろーよ」


「ズクズクってなに、気持ちーのそれ」


「いやもうまぢ電子ドラッグ」


 だんだん気になってきて、孤独な少女はちょこっとだけ顔を上げてみる。

 けれども、加わる勇気が出ない。

 そもそも相手はさして親しくもない間柄なので、関係を一から構築する努力が必要なわけだが、それもしんどい。彼女は昔から他人と歩調を合わせる事を苦手とし、一人で過ごす方が楽だとばかり思い込んでいた。結果的に、中学二年になっても友人はできぬまま。

 だからいつも楽しそうなお喋りを盗み聞いては、心の中で感想を呟くだけで満足していたのである。


(何を盛り上がっているんだろうか。もしやエッチな話題なのかな? 股間とか気持ちいいとか、そんな事を大声で言うなんて……はしたない!)


 聞き間違っているし、はしたないのはどちらだろうか。

 むしろ、誤解して受けとる者の方が、自らの隠れスケベぶりを露呈しているといえる。


「はいハシャがなーい静まりなさーい」


 よくオタクっぽいと噂される男性担任が、あくび混じりに言いながら入ってくると、ほうぼうに散っていた生徒の群が慌ただしく席につく。

 ニギは騒がしいのも嫌いだが、こういう、周りの空気が一気に入れ替わる瞬間というのも得意ではない。

 世の中は彼女にとって、苦手なものだらけなのだ。

 息をしづらい。生きづらい。

 変化など本人が動かぬのだから起こるはずもなく、世界はいつだって灰色だった。


「知ってると思うけど今日は転校生が来てまーす。入ってくれるかなー?」


「いいともー!」


 示し合わせたものなのか、うすら寒いやり取りを経て、教室の戸が蹴り開けられる。ブレザーの裾を揺らして教卓前まで進み出たのは、一人の少女。


「ハーイ皆さんグッモーニン、今日も朝から死んだ目してご苦労さん! 今からお決まりの自己紹介を始めたいんだけど、アタシ様はこう考える。何事においてもファーストコンタクトって大事だし、ナメられたら、そこで試合終了だってね。だからまず声を大にして言っとくわ」


 天然ものとおぼしき色素の薄いブロンドの髪をふわりとかきあげて、猫科動物じみた大きな瞳をカッと見開くと、黒板を叩く。


「アタシ様の名は『タケル』! 曰野本ひのもと タケル! 好きな数字はいち! オンリーワンにしてナンバーワンよっ! とにかくどんな分野でもトップに立って常に新天地を切り拓くパイオニアたりたいと思っているわ! ていうかそうならないとおかしい! そうあるべきなのよっ!」


 クラス内の一人一人に見せつけるかのごとく、八重歯をむき出しに吠える。


「いーい? 現時点で一位の奴がこの場にいたら、いや、いなくても! 地団駄踏んで歯噛みして悔しがりなさい。このアタシ様が来たからには、アンタらが必死こいて積み上げたもの丸ごと全部ひっくり返して、笑ったり泣いたり出来なくしてやるからよ! ざまーみなさい! あーはっはっはぁ!」


 薄い胸を張って高笑いし始めるタケルの背中を、担任が両手で押していく。


「はい終了。曰野本さんの机ココね。ホームルーム始めますんで大人しく座ろうねー」


 床にローファーを擦り付けつつ、運ばれていった先は、ニギの隣席。

 担任が教卓に戻ると、ささやき声が飛び交う。


「ナニあれくっそウゼーしガチで」


「絶対キ〇〇イ。でなきゃ〇イ〇」


「顔が良いから、なおキッツいわ」


「ハブり決定な。目合わせんなよ」


 明らかに白けた視線が隣の席に集中して、自分に対するものでないのに、ニギは居心地が悪くなる。

 そして、ちらと横目で様子をうかがい、仰天した。

 タケルはなんと、椅子ごと彼女の方を向き、まじまじと見つめてきているではないか。


(すごい見てくる~! ボク、なんかした~?)


「ねェ! アンタ何者?」


 質問が変だ。ついでに言えば声もデカい。


(何者でも……ありません)


 などという心の返答さえも、この相手には筒抜けのように思えて、ニギは震えた。


 ※    ※    ※


 周囲の認識を完全に裏切る形で、タケルはだった。

 中学二年生の二学期という半端な時期にやってきたにもかかわらず、新しい環境に戸惑う様子なく、学年テストで一位を勝ち取ったのだ。

 全国模試も見事上位にランクインしたが、本人はえらく不満げな顔で、居残り勉強を続けていたという。

 運動においても、ポテンシャルは遺憾なく発揮された。普通の体育の授業内で、五十メートル走の中学記録を塗り替えてしまうほどである。


 ニギは隣席という事もあって、そこにいるだけで目立つタケルを、自然と目で追うようになっていた。

 ご都合主義を絵に描いた漫画の主人公じみていながら、意外と努力家な面があるその人物を。

 自分とはまるで正反対に言いたい事を何でも言い、迷惑なまでに自己主張の強い少女を、密かに羨んだり妬んだりもした。


「最初驚いたけど、タケルちゃんって可愛い名前だよね」


「そうそう、女の子ぶってないとこが奥ゆかしくて逆に女の子っぽいよ~」


 陰から嘲っていた者達も、裏返した掌を揉み手に変えて集まってくる。

 タケルはそんな連中とは一言も喋らず、友人をちゃんと選んで付き合っていた。ずっと見ていたニギだからこそ、知っている。

 教室に漂う僅かな感情の波も、常に離れた位置から観察し続けているニギには、容易く読み取れる。羨望が嫉妬に化ける瞬間を、見逃すはずもない。


 ※    ※    ※


「おい、男みたいな名前! 最近明らかチョヅイてるよねオマエさぁ~!」


「バカとは喋りたくありませんってか?」


 人気ひとけのない体育館裏スペースにて。

 女子とは思えぬ醜悪な形相を作る二人によって、倉庫の壁に追い詰められたタケルが、人差し指をピンと立てる。


「そ。正解よ。アンタら頭いいじゃない!」


「ざけんなクラア!」


 怒りのこもった肘をお腹に突き込まれ、タケルは呻く。

 その光景を、体育館の曲がり角から覗いていたニギは、焦って身を翻す。


(暴力だ、逃げなきゃ! いや、先生を呼んでそれから)


 走り出そうとしたところ、バレーボールを満載したカゴにぶつかり、中身をぶちまけてしまう。彼女はこれを倉庫に運ぶ途中だったのだ。


「誰……って陰キャ女かよぉ!」


 威圧的な声と視線が背中を抉り、一歩も動けなくなる。


「クラスの添え物一号ちゃんじゃん。黙って帰って教室の空気暖めてなよ」


 その通りだと、ニギは思った。

 自分は居ても居なくても同じ、日陰者。

 何者でもない存在だ。

 先生にチクったりせず、黙っていよう。そうすれば巻き込まれる心配はない。

 今までと変わらぬ、孤独であっても平和な日常が戻ってき……


「ねェアンタ! 今度こそ教えなさいよ!」


 タケルの叫びが腐った思考を吹き飛ばす。


「アンタは一体! なのよっっ!」


「……ぼ、ぼ、ボクはっ」


 ニギはブリキ人形のごとくギクシャク振り向くと、


「ボクのっ! 名前はっ! 〇〇〇ですっ!!」


 自分でも信じられない大声を張り上げていた。


 結局、校舎じゅうに響き渡ったこの絶叫によって、事態は収束した。

 何事かと駆け付けてきた教員達が、現場を押さえる事と相成ったのだ。


 ※    ※    ※


 その日の放課後。

 二人きりになった教室で、タケルはニギに話しかけた。


「アンタって一人称『ボク』なのね! なんで?」


「わひっ! うちに、おにいちゃんがいて、おにいちゃんしか遊び相手がいなくって、それで……気がついたらこうなってましひゃっ」


 もつれる舌で答えてから、ニギは気付く。いつも笑うか怒るかしているイメージしかない相手の顔が、やや陰りを帯びている事に。


「アタシって男みたいな名前でしょ。昔からどこ行ってもからかわれて、ウザかったんだよね。でもアタシは好き。だって自分の名前だもん……変かな」


「へ、変じゃ……ない、よ? ボクもよく、『ぶってる』とか、キャラ作ってて寒いとかいろいろ言われるけど……直そうとしても直んないんで、諦めてます」


「いやそこは頑張ろうよ!? 変なやつ!」


 心から楽しそうにお腹を抱え、目尻に涙を溜めるタケルに、思わず驚く。


「なーんだ、アタシらって似てんじゃん!」


 素直に、眩しいと思った。少なくとも教室にいる間は、一度も見せた事のない表情だったからだ。

 ニギが自らの時を止めていると、


「ねェ、今からアタシの家に来なよね」


 いかにも名案を思い付いたというふうな、とても得意気な眼差しでタケルは言う。


「一緒に遊びましょうよ! あ、もしかして都合悪い?」


 そう問われたニギは、このまま下校してからの長い時間を想像する。

 共働きの両親が帰宅する頃、二十二時を越えている場合がほとんどだ。年の離れた大学生の兄はいつも早くに戻るが、今日はカノジョの家に泊まると言っていた。行っても良いかもしれない。何より家に招かれるなど小学校低学年以来で、親しくなるチャンスを無駄にしたくない気持ちの方が強かった。


「ううん……だいじょぶ、たぶん。……で、でも、何するの?」


「パパの作ったゲームよ」


 有名なのに知らないの? と勿体ぶってから、タケルは愛らしく笑った。


「『アマノクニ・オンライン』っ」

しんげき! オモイカネちゃん☆


オモイカネ「ハヤク、本編に出テ……サブヒロインどもをブッ転がしたいデスッ!


いくら増えヨウト、サブはサブ! メインヒロインであるワターシに敵ウはずアリマセーン! 駆逐シテヤルッ!


はー……ヨウヤク脳筋ヒーローさんが帰ッテくださいマシタよー……これでヨウヤク一人の落ち着く時間が……


まァ一人は一人デ、寂シイものもアルンデスが……」


ツクヨミ「孤独を楽しめないようじゃまだまだだよねー……オモイカネくん」


肩ポン


オモイカネ「ミギャアアアアアア! 陰キャのツクヨミ様ぁ! 居タンデスカー!

ただでさえオバケみたいなんダカラ脅カサナイデくだっ……」


ツクヨミ「へー、今ので君が僕の事どう思ってるが大体わかっちゃったよね……『次に流すリスト』にしっかり書き込んでおくよ……(スラスラ)」


オモイカネ「エ、ナニソレ? 流すッテなに? ナンカ名前を書カレタだけでヤバそうな雰囲気がすっ……うぅ!?」


ドクンッ

ドクンッ……

バタリ


オモイカネ「死ーん」


ツクヨミ「計 画 通 り」



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