其ノ七~Sexy Sexy,~
部屋に来ない?
ナイショの話、聞かせてあげる。
「御館さまぁ!」
今さら寝屋へと集まってきたのは、槍や剣などで武装したミズチ族の男衆である。
風通しを良くしている大穴や、壁中に走る抉れたような切り傷などの惨状を認めるや、雁首揃えて間抜け面で硬直してしまう。
「おせーよ平和ボケども」
間に合ってもどうにかできたか怪しいが、とクエビコは心中で付け足す。それから、放心状態で座り込むアシナヅチに詰め寄り、唾を飛ばした。
「喜べコラ、手前をぶち殺すのは後回しにしてやらあっ! 代わりに全部教えろ。テナヅチのあのザマは、オロチってのは何だ」
「……『ヤマタオロチ』だ。つっ、妻は奴に意識を乗っ取られたのだ」
「はぁ? バカ言うな! そんなモン今頃……」
まさか伝説級の名が飛び出すとは思ってもみなかった。
ヤマタオロチ。
かつて地上の出雲の地に巣食い、アシナヅチの開拓村にて傍若無人の限りを尽くした、最悪の邪龍をそう呼ぶ。『八』つの首と尾を一つの体で束ねる異形と、山や谷を『跨』ぐほどの巨体を持つ事から、名付けられたという。
でも奴はもういない。『海原の大泣き虫』の異名をとる豪傑神・スサノオの手で退治されたはずなのだ。イゼの都では毎年のように歌劇が演じられ、辺境の妖怪達すら子の寝物語に選ぶほど、有名な英雄譚にして史実である。
「そう、おぬしも知る通りだクエビコよ。奴は確かに死んだ。しかし、我らにとって本当に重要なのは、この後の話なのだ」
歴史の当事者は瞳を閉じる。過去の映像を瞼の裏に投影するかのように。
「オロチは元来、荒ぶる川の神の化身ゆえか……死した後も骸に生命力が残り、いつまでも朽ちなかった。
私はこれを地上に残すわけにはいかぬと思い、高天ヶ原へと持ち帰り、魂を静める神殿を築いて安置したのだ。
するとどうだ、荒れ地であったそこに緑が生い茂った。
現在、テナガとアシナガの境にある大森林がそれだ。
……私と妻がその森の果実を口にすると、神力がみなぎり、衰えていた肉体が若返った。
私達はそうして得た力で蛇達を民に変え、村を拓き、ここまで発展させてきたのだよ。
オロチの骨を山に埋めれば、良質な砂金や鉱石が溢れ、それで大量の武器を生産できるようにもなったな。奴の首には最高級の『つるぎ』が眠っていたと聞くが、武器に関しても何らかの加護を働かせていたようだ」
クエビコはハッとする。
歴史によれば、三種神器の一つである『アマノムラクモノツルギ』は、どういうわけかオロチの体内から発見されたのだという。スサノオが八本の首を落とす際、うち一本に埋め込まれていた剣を、アマテラスに献上した。そしてアマテラスの手から孫のニニギノミコトへと、それは所有者を移した。
「だが私はとんでもなく愚かな選択に気付けなんだ。
オロチの恩恵を受けるという事は、オロチの血肉を取り入れる事と同義だったのだ。
奴は自然に溶け込んで長い時間をかけ、私達と民の体内に細胞を分散させていたらしい。それは最近になって突然、あろう事か妻を、テナヅチを病魔で蝕み始めた」
アシナヅチはひと呼吸置いてから、両手で顔を覆って唸る。
「オロチは蘇りかけているのだ! 森の神殿の封印がほころび、禍々しい気配が漏れている。
完全に滅ぼすには弱いうちに動くしかないが、もはやオロチの一部とも言えるこの体では、奴に直接の害を及ぼせぬ。
そうできぬよう知らぬ間に、精神的な制約のような術をかけられてしまった。
途方に暮れていた、そんな時だ。
神に近しい姿と、神をも殺す力を持った一軍が領内に攻め込んできたのは。圧倒された私は、とっさに……」
明らかに言い渋る様子を見せたので、その先をクエビコが繋ぐ。
「だから、『奴ら』と契約したってわけか。オロチの討伐をさせるために」
「そうだ。彼らの半分以上は聞き入れなかったがな。
さらなる侵攻を望んでテナガに行こうとしたところを……私は、タニグクの隠れ里の情報を与える事で説得した。
もともとオロチ神殿の財宝目当てで来たという残り半分には、民への略奪を行わぬ事を条件に、宿と装備を提供した。
今、アシナガ村はその一団の根城になっている」
「待て。なぜ真っ先に帝に助けを求めず、都の敵なんか頼った?」
「言っただろう、制約の術のせいだ。
信じられんと思うが、今の私はオロチに抗うどころか、村を出る事すらできん。
帝に文をしたためようとしても使いを送ろうとしても、体が拒否する。
都からの連絡がずっと途絶えているのも、奴が手を回しているのだろうな。スサノオを恐れているのだ」
「それが本当だったとして、なんつー気の長い話だよ。賊が神殿を荒らす過程で都合よくオロチを退治してくれるのを待ってるってか?」
「情けなかろう、笑ってくれ。友を裏切り、妻を守れず……私はとんだ神だ」
心身ともに疲れきったというふうにうつむいて、アシナヅチは無言になった。
クエビコはため息をつくと、右手に大事な杭をぶらさげ、左手にはニギの首根っこを引っ掴み、ずるずると引きずりながら部屋を出ていく。
※ ※ ※
その後、彼は廊下で女中のひとりをつかまえ、代わりの部屋を用意させた。
「なんでおれがこんな事しなきゃいけねえんだ」
ぼやきながら布団を敷き、ニギの体を寝かせていてふと気付く。巫女装束の着付けがなぜか、随分と乱れている事に。
未熟ながらに谷間を作る胸の隆起が見え隠れし、上半身と比べてやや肉付きよい下半身では、太ももどころか天上に存在しない種の下着まで露出している。眩しくきらめく白い肌の中に、薄赤いアザのようなものが点々と残っているのも確認できた。地上でいうところの『きすまーく』だ。
目の前で無防備にも晒される扇情的な寝姿に、神である前に健康な男子であるクエビコが、こみあがる欲情のうずきをどうして抑えられようか。
「なな、なんでおれがこ、こんな事しなきゃ、いけねーんだぁー」
先ほどと同じ台詞をぎこちなく吐いて、真っ赤な顔ごと目を反らし、着物の襟と裾をちょいとつまんで……乱れをしっかり正してやった。
「見~たぞ、見たぞよクエビコくぅん♡ 我が孫にムラムラしおって~☆」
障子戸を勢いよく開けて入ってきたのは、生まれたままの格好をした十代半ばくらいの少女である。揺らめきたつ炎にも似た赤髪を腰まで伸ばして、目じりの部分がツンと尖った勝ち気そうな黒瞳を、悪戯っぽく歪めている。
「あまてらす! 何だその依り代は!」
みっともなく仰天しつつも、クエビコには相手が誰か一瞬で読み取れた。
「なァに、ソナタが喜ぶかと思ってな? カラスの体を混ぜて肉人形を作ってみたのよ。本物の余には遠く及ばぬが、まあまあカワイイであろ?」
地上でいう裏ピースでポーズをとる最高神に、カカシの神は駆け寄った。
「……そうだっ、聞いてくれ!」
※ ※ ※
アシナヅチの話を含む現在の状況を説明され、アマテラスは表情をやや曇らせる。
「ふむ、そうか……よくぞ報せた。すぐに兵を向かわせよう。……だが距離を考えて早くて四日か、これは間に合わんな」
「間に合わない、って……何がだ!? オロチの復活がか?」
「良いか、しかと聞けクエビコよ。これは相当ヤバい緊急事態ぞ! 『つるぎ』はもともとオロチの一部。ゆえに狙われたわけだが、三種神器が一つでも欠ければ天浮橋は閉じぬ。このままでは旅の目的が果たせぬばかりか……」
ごくりと唾を飲み込むと、女神は、布団で荒い息を吐くニギを見つめた。
「この子は死ぬ」
ウホッいいオトコ! スサノオさん♂
オモイカネ「はぁっ、はひっ、
もぉっ、むりぃ……ゆるしてっ、
あっあっ……腕がもう逝く……逝くうぅぅぅ!」
スサノオ「どうしたまだ百回目だぞ、腕立て伏せは!まだ追い込みにも入っとらん! ほら乗ってやるから早くしろ。ひゃくいーち、ひゃくにー」
オモイカネ(まぢ死んでこのドS神!)
スサノオ「そうだ……おもむろに昔に思いを馳せよう……
アシナヅチとテナヅチはたくさんいた娘を次々オロチに食べられて、残った最後の娘をクシナダヒメと言った。
その頃はまだ君くらいの小さな女の子だったが、とってもめんこくてな~! 一目惚れしたわたしは彼女を嫁にもらう事を条件に、オロチ退治を引き受けた。
まずアシナヅチに頼んで八つのタルに秘伝の酒『ヤシオリ』をなみなみと注がせ、生け贄を求めてやってきオロチにもてなしとして飲ませてやったのだ。
しかし、いつまでまっても酒の肴の娘は来ない。なぜならクシナダヒメちゃんはわたしの髪に櫛として刺さっていたんだからな。
で、酔っ払って奴が眠ったところを、わたしがこう剣をブンブン振り回して八つの首をズバズバやったわけだ。ところがだ、首のうちの一つを斬った時、奥にあった何かがガツンと当たって剣が折れた!
奴は奇妙なデッッカイ剣を呑み込んでいたのだ。わたしが持つには特別すぎるものと一目で見抜いたよ。というわけで、わたしはあとで、姉者にそれを献上しに行った。
もうその頃にはクシナダヒメちゃんはわたしの妻だった。出雲の地にマイホームを建てた時、わたしは感動のあまり一句詠んでしまったよ! なんて詩か忘れたけどな。日本で最初のポエムと言われてるんだぞう! 体育会系にも文学センスが必要なのだよ!」
オモイカネ「降リテ、クダサーイ。モウ無理デース……話が終ワッタラモウ出てってクダサイ」
スサノオ「それは駄目だな」
オモイカネ「エ! 終ワッタラ帰るって、あんたはそう言ったじゃ……」
スサノオ「あれは嘘だ」
オモイカネ「アッッーー(崖に落下)」




