其ノ六~僕じゃない~
ボクの知りたくないボクがいる。
ニギは次の瞬間、テナヅチの鳩尾を強かに蹴りあげた。
「げぅおっ!」
幼女は胃液を逆流させてもんどり打つ。相手の苦しむ様を、起き上がったニギがガラス玉のごとき瞳で見下ろす。
「テナヅチィーッッ!」
アシナヅチは先の衝撃で折れた槍の柄を放り、クエビコを押し退けて、血相を変えて妻に駆け寄ろうとする。が、
「『つるぎ』、起動」
低い呟きの直後、唐突な閃光が男神の眼球を焼く。
出所は、ニギが高くかかげた右の掌だ。部屋全体の風景を真っ白く塗りつぶすほどの目映い煌めきは、次第に収束し、発熱と共に巨大な質量を形成してゆく。
やがて部屋が元の薄暗さを取り戻した時、掌に握られていた図太すぎる諸刃の剣は、蛍に似た淡い明かりを纏っているように見えた。あまりの大きさのため、誕生と同時にその切っ先が天井を突き破ってしまっていたが……ニギはそんな事はお構いなしという様子で、柄に左手を添える。
「けへ、うへへっ、でたぁ♡ やっぱり隠してたねぇぇ」
狂った笑い声の主は、テナヅチである。
異様な興奮状態で目を血走らせ、口から涎を垂れ流し、魑魅のごとく四つん這いになっている。
「それ待ってたの、ほしいの、ちょうだい。おっきくて、ふといの、すっごい好きぃっ」
「さくじょ、削除、する……」
ニギは何やらぶつぶつと言いながら、剣とは形ばかりの鈍器じみた物体を、躊躇いなく降り下ろす。
この二者の間に、アシナヅチより早く割り込んだのは、クエビコだった。
「ばっけろい! テナヅチは関係ねえよ!」
何度も酷使してすっかりボロボロの杭を抱えあげ、十字を描く丸太の交差部分で、直上からの衝撃と大重量を見事受け止める。
アマテラスの持ち物だった剣とアマテラスに作られた杭は、ある種、共通の力を持っているはずと推測しての行動であったのだが……実際にやってみるまで成功するという保証が薄かったので、彼は間抜けな声で驚く。
「うお出来た……つーか小娘! 『つるぎ』! いざって時に出さねーでいま出すとはどういう事だおい、空気読め」
胸元に突き立ったかに見えた槍の穂先は、杭に埋もれて折れている。突撃を食らった際、とっさに防御したのだ。
「どいて……」
どこを見ているのかも定かではない表情のニギは、淡々と語る。
「『それ』はもうこの世界に存在しているべきではない。許されない邪なモノ。だから斬る、叩く、潰す、消す」
「何を言ってる? おまえ、どうしちまったんだ!」
「あなたは、どっち……? 前に会った時と違う。神聖、邪悪、今は両方持っている」
きょとんとした眼差しで小首を傾げ、杭に乗り上がろうとするみたく背伸びして、前方に体重をかけた。
華奢な少女が少しばかり踏み出しただけだというのに、巨木じみた剣の圧力は一気に跳ね上がり、クエビコの腕が下がっていく。肩先に刃が触れて、彼は思わず叫ぶ。
「ギあッ」
見ると、傷口が煙を上げて、焼けただれているではないか。
痛覚なきはずの作り物の体を襲う、身の毛もよだつ不快感。これには、覚えがあった。
タニグクの里で、人間達の武器に斬られた時と同じだ。
「庇うならあなたも削除する。違うなら、どいて」
冷徹というにはあまりにもあっさりと宣言し、ニギは、お留守になっていたクエビコの足を軽く払う。音を立ててスッ転ぶ彼を見ようともせず、ぴょんと乗り越えて進む。
「貴様ァーッ!」
その進路上に、アシナヅチが立ちふさがった。
ひょろ長く伸ばした右足を鞭様にしならせながら、少女の脳天に踵落としを見舞うべく、跳ぶ。
命中すれば、頭蓋は瓜のごとく陥没すること必至。
だが、それは叶わぬ。
「邪魔」
ニギの手が、刀身の『面』の部分……すなわち『鎬』を振るい、アシナヅチの体を弾き落としたからだ。
さながら特大のハエ叩きである。
「おまたせ」
無情の使い手は、砕けた床に沈んで呻く蛇神を一瞥してから、標的へと向き直る。
深く息を吸い込み、再び柄をかかげ持つ。
狙いを定められたテナヅチは恍惚の笑みで両手を広げ、迎え入れる。
「来てぇ……おねがい、もうガマンできないよぅ」
「言われなくとも殺」
縦一閃に『つるぎ』が走る。
正中線に沿う形で、体が真二つに裂けた。
「望み通りに滅」
返す刀の横一閃が風を薙ぐ。
胴を境とし、上半身と下半身が別れを告げた。
「殺滅殺滅殺滅殺殺滅殺殺滅滅殺滅殺滅殺殺滅殺滅殺滅殺殺滅殺殺滅滅殺滅殺滅殺滅滅滅殺殺殺」
ひたすら単純な怒涛の滅多斬りは、局地的な嵐を生む。
鮮血の絵の具を部屋中に塗りたくり、あらゆる角度から縦横無尽の銀線を引き、極太の凶器が乱舞する。
「やめろ……もう、やめてくれ」
アシナヅチの弱々しい悲鳴が響く頃、嵐は唐突に止む。
後に残ったものは千々の肉片、赤まだらの景色、吐き気を催す異臭。
「や、やっちまった」
クエビコが茫然と溢すのと、ニギが顔をしかめるのは、ほぼ同時だった。
振り降ろしたままの『つるぎ』が持ち上がらない。
血と脂でてらてらと光る縄状のものが、絡み付いているらしい。飛び出た腸にも似ているが、違う。確かな意思を有して動いている。
正体は一匹の大蛇であった。
そいつは何と、大きな口を『ぐわり』と開けて十数倍の太さに膨張し、『つるぎ』の刀身を根本までくわえ込んだではないか。
「なぁっ、あ……なんだァーッこいつゥゥーッッ!」
狼狽するクエビコの横で、ニギがにわかに苦しみ出す。
「あ、う、ダメっ……やめて、はなしてっ!」
腕に力を込めるも、吸引力に抗いきれぬ。
抵抗むなしく、三種神器の一つは手のうちを滑り抜け、あれよという間に蛇の腹中へと呑み込まれてしまう。
「うああああっっ!」
全身に電気を浴びたみたいに震えた後、ニギは脱力し、胸を押さえて膝をつく。顔面蒼白、呼吸薄弱、紫色の唇。チアノーゼの症状と一目でわかる。
眼前で起きた二つの非常事態に、クエビコは迷う。
今すぐ神器を取り返すべきか、使い手の生命を優先するべきか。退っ引きならない状況は、彼に後者を選ばせた。少女に寄り添い、胸に手を当て、癒しの神力を送り込む。
「しっかりしろよおい! ああもうワケがわかんねえ!」
そうしている間にも、異変は次の展開に移る。
周囲に散らばる肉片が不気味に蠢いて、床や天井を這いずり始めたのだ。
中途に転がっていた骨や臓器、血だまりさえも巻き込みながら集合したそれらは、凄まじい勢いで再生してゆく。まず骨格が組み直って、ついで内蔵系がそれぞれの配置につく。筋繊維と皮膚が背骨から順番に基盤を覆い、正中線上で融合。数秒後には、全裸の幼女がそこに立っていた。
「あァあ、戻ってきた。『アマノムラクモ』が我がもとに戻ってきた」
癖っ毛の金髪とくりくりした丸い瞳の姿は、紛れもなくテナヅチである。
しかし、恐ろしく低い声色と粘着質な口調は、明らかに別人のもの。
その体に神器を食った蛇が巻き付き、ちろちろと満足げに舌を出す。あれだけの質量がどこへ消えてしまったのか、大きさはやや太い程度の縄状に戻っている。
「我が断片、我が一部! 潤うぞ、昂るぞ、待ち焦がれた時が来たのだ!」
テナヅチの外見をした何者かは身を翻すと、先程までの騒動でアシナヅチが空けた壁の穴から、部屋を抜け出す。
長く尾を引く哄笑が、夜闇に吸い込まれていった。
「あははははっ! 恐れよ震えよ天の一族! 『オロチ』はこれより今一度、現に還るっっ!」
がちむち! スサノオさん♂2
オモイカネ「はやくワターシだけのコーナーに戻ッテホシイ! (;つД`)
あ、そうそう、ナンか本編でオロチ復活するらしいデスヨ、スサノオ様。ドーユー事デスカ」
スサノオ「なぬっ!? っかしーな、アイツわたしがズタズタにして殺したぞ? 確かに強敵ではあったがマッチョメンのわたしに敵うはずもなく、初期装備の普通の剣で丁寧にさばいてやったんだ!」
オモイカネ「酒に酔ッパラッテルとこを騙し討ちデショ? ガチでバトったんじゃナイデショ? そんなのワターシでもできそ……」
壁ドン(物理)
オモイカネ「ゴメンナサイでぇーす(しょわぁ)
゜゜(>////<)°゜ひーん、また漏らしちゃった!」
スサノオ「漏らせ漏らせ! しかし困ったなー、これはわたしが出ていかなくちゃならんのじゃないかなー。でも賊の討伐もあるしなー。アシナヅチとかはもう随分会ってないけど、いちおう親戚にあたるわけだしなー。あ、でもアイツもう反逆者じゃん! 見殺しにしてもいいかなー!」
オモイカネ「ウワー、クズ。これで英雄トカ……世も末デスネ。あと本編とおまけをゴッチャにしないでクダサイ。ルール違反デスヨ」
スサノオ「おお、そうだったな! スマンスマン!
んで誰がクズだと? ちょっと後で一人でわたしの部屋に来なさい。たっぷり可愛がってあげよう」
オモイカネ「何というパワハラ……タースケテー! 〇されるーっ!」
スサノオ「誤解を招く発言はよしたまえ! 筋トレ追い込みの刑を追加するぞ!」
オモイカネ「ヤダーまだ生キテターイ! 皆サンまた次回もお会いシマショーウ! ソンデ誰かコイツ殺シテ!」




