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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
弐ノ巻~ガハラのRUN&RUN☆~
15/54

其ノ五~Won(*3*)Chu Kiss Me!~

ニギのきもち。

 男神同士の戦いが始まる五分前まで、時間は戻る。

 クエビコの寝屋の向かいに位置する部屋で、ニギは一人隅っこにうずくまり、膝を抱えていた。


「ダメ、ダメ……。寝ちゃダメだ、寝ちゃダメだ」


 青ざめた顔でそう繰り返し、虚ろな瞳は焦点が定まっていない。


 少女は人間であったが、『高天ヶ原』の事をよく知っているはずだった。

 仲間と一緒に冒険を楽しみ、様々なものに触れて親しんだ、下手をすれば『もと居たところ』より身近だったはずの世界。

 そのイメージが、理解不能な現象に巻き込まれてから一変した。

 食べなければお腹がすき、寝なければ眠くなる。歩きすぎれば疲れ、風に吹かれすぎれば寒気が走る。

 そんな当たり前の事に、ひどい違和感を覚えてしまう。


(だって、ここはの世界のはずで、この体は作り物だ。お腹すくのも眠くなるのも現実のボクであって、今のボクじゃない)


 中でも『以前』までは無縁であった『痛み』の感覚は、彼女に強い恐怖を植え付けた。首を絞められる苦しさや触手に弄ばれる不快感は、自身がそこに命をもって実在している事を確証づけるように、間違いなく本物だった。


(村であのカラスが言った事、今でも信じたくない。でも認めるしかないのか。偽物だと思ってた世界が、実は本当に存在してて、ボクはそこに飛ばされてきた……って? やっぱりダメだ、改めて考えてみても受け入れられない。頭がどうにかなりそうだ。……いや、やめよう。今はそれよりも)


 眠るのが怖い。

 世界よりも痛みよりも、今は睡魔の方が何十倍も恐ろしい。

 寝てしまったらやってくる。

 知らない誰かが、自分の内側からやってくる。

 はっきりとした理由はないが、本能がそう告げているのだ。

 だから必死に瞼を擦り、頬をつねり、部屋の中をうろうろと歩き回ったりもした。それでもやはり丸二日も起きっぱなしでは、さすがに限界である。

 体育座りのまま、とうとう意識が朦朧とし始めた時、


「奥方さまぁ、なりませぬぅぅ~」


「どうかお戻りを。お体に障りますゆえぇぇ~」


 悲痛な声と共に、複数の足音が廊下の側から近付いてきた。


「お前達は下がりなさい、命令ですっ」


 障子戸の前で立ち止まった小さな人影が、大きな二つの人影を一喝でもって追い払う。それから、ひっそりと語りかけてくる。


「ねえニギっち、入ってもいい?」


「わぅ、はい。どうじょ……」


 ニギはほぼ反射的に答えた。眠気を誤魔化してくれるのならば誰でもよいという気持ちで。


「ゴメンね? こんな遅くにお邪魔しちゃって」


 テナヅチが遠慮がちに戸を開けて入ってくる。真っ白な長襦袢ながじゅばんの上に羽織をかけており、頬はまだ昼間と同じくほんのり赤い。


「い、いえ全然……。お体は、その、大丈夫なんですか」


「平気。もうだいぶ楽になったの。そんな事より、どうしてもあなたに会いたくなって」


 ぼんやりとささやくなり、幼女は突然、ニギの胸にしなだれかかる。


「え……えっ? テナヅチさん?」


 当然ながらわけがわからない。戸惑っている間に、今度はゆっくりと体重を傾けられて、敷いてあった布団の上へ押し倒されてしまう。


「変な話するけどね。わちゃし、あなたに今日初めて会ったって気がしてないの。一緒にいると、すごく落ち着くの。なんでかなぁ」


 熱にとろけた微笑を浮かべる幼い顔が急接近し、距離は零となる。暗くなった視界と唇に当たる柔らかい感触によって、ニギは遅れて気付く。

 唇を奪われたのだ、と。

 次いで、テナヅチのなめらかすぎる舌が、口内に潜り込む。

 そのまま自身の舌を絡めとられ、ねちっこく苛めるように弄ばれるニギ。脳髄をくすぐる痺れにも似た異感覚から逃れんと、無意識に布団を掴んでもがく。だが、相手の押さえつける力が予想外に強く、解放してもらえない。


「んぅう、ぁっ……」


 光る糸の橋を残して唇が離れた時、喘ぎ声を漏らしたのはどちらの口か。


「ねえ見せて。あなたのからだの奥の奥まで全部見せてよ。何かとっても特別な、大切なもの、そこに隠しているんでしょう?」


 明らかに様子のおかしいテナヅチは、小さな手でニギの体のいたるところをまさぐり始めた。さらに、着物をはだけさせ、柔肌に舌を這わせてゆく。


「ねえ、おねがい。『それ』ちょうだい……?」


 ※    ※    ※


 月明かりのみが照らす中庭で、二柱の戦いは続く。

 クエビコは、杭を縛る縄の間に右手を入れて握り込み、鋭い先端を拳ごと突き出した。

 対するアシナヅチは即座に姿勢を低くして杭の真下をくぐり抜け、槍の柄を両手でしならせて、地表すれすれの軌道から穂先を跳ね上げる。

 それを、わざと倒れ込む挙動をとって回避するクエビコ。そのまま背中で転がって円を描き出し、足を高々と振り上げ、相手の顎に爪先を叩き込む。とっさの蹴り技は図らずも、カポエイラという地上の武術に酷似していた。

 アシナヅチは呻きながら、異常な脚力で八メートルばかり跳び退く。クエビコはその間に起き上がり、体勢を整えていた。


「おい、覚悟の上なんだろうな手前。おれへの裏切りだけじゃなく帝の敵と繋がったんだ、立派な反逆行為だぞ!」


「とがを負うのは私だけでよい。妻もテナガの民も、何も知らぬ」


「そうかよ、だったらここでぶち殺されても文句はねえな!」


「否、死ぬのはおぬしだクエビコ」


 片や憎しみによる殺意、片や使命感による殺意、異なる動機を抱く両者は互いに距離をつめてゆく。

 と、ここでアシナヅチは不自然な行動に出た。

 槍の間合いに入らぬうちから下半身を捻り、どう考えても空振りになるであろう回し蹴りを放ったのだ。

 だがその瞬間、振り払った右足は関節を無視して『ぐん』と伸び、 鞭のごとくしなったではないか。その長さ実に十メートル以上。

 クエビコは杭で防ぐが、遠心力を加算した一撃の重さを受け止めきれぬ。盾にしたはずのものに腕ごと脇腹を押し潰され、真横に吹き飛んでしまう。


「ぐ、ァッ……!」


「そうか、おぬしは初めて見るか」


 蛇の化身・ミズチ族を民に持つアシナヅチは、自らも蛇の性質を宿す神である。

 彼の足は本来、大蛇のごとく長く、自由自在の柔軟力を持つ。普段は神力によって、生活しやすい短さに調節しているだけなのだ。

 名前にある『ヅチ』という言葉は日本の古語で、そもそも蛇を意味する。

 また、秋田や福井などに伝わる伝承で、異様に足の長い『足長』という巨人が手の長い『手長』という巨人と対なす存在として語り継がれているが、この神と直接の関係性があるか否かは定かではない。


「ならばさらに見よ! 我が肉体と、槍術と、神力の融合を」


 右足を短縮させると、アシナヅチは背後に向かって跳躍し、重力を無視する動きで一本松のに着地した。

 腰を落として膝を曲げ、全身をバネと化して、反発力を溜めに溜め……。


「かァア!」


 気合い一声、解き放つ。

 弾丸のごとく射出された肉体が、音速で風を裂きながら槍の穂先を構え、クエビコの懐へ飛び込む。

 カカシの神と蛇の神は、互いに重なりあったまま中庭を飛び越え、先程までいた寝屋に突っ込んでゆく。


 ※    ※    ※


 二柱が壁を突き破り、吹き飛んだ先は、今まさに女同士がもつれ合う寝屋。

 テナヅチに体中をなめ回され、息も絶え絶えのニギは見る。突如現れたクエビコの背中と共に、砕けた壁の木片が、自分に向かって飛んでくるのを。

 激突と、衝撃。

 ニギは瞬く間に意識を失い、

 そして入れ替わりに目を覚ます。

 心の最深部に封じられていた、もう一人の彼女自身が。

がちむち! スサノオさん♂


オモイカネ「エッ、ガチムチってソウイウ……イヤーッ全然ワターシの美学と違イマス! 似て非ナルモノ、相容レナイ! イヤーッ! 


……ははっ、ソンナまさか、男ガ好きダナンテまさか、嘘デスヨネ?」


スサノオ「何を言う? 確かに鍛え上げられた筋肉は美しいが、わたしにそのケなどない! だいたい、結婚だってしているんだぞー! オロチ退治の時にめとった自慢の女房だ! その頃はこーんなちっちゃいガキンチョだったけどなー!」


オモイカネ「エッ、じゃあロリコっ……」


ドン


スサノオ「いい加減にしたまえ。怒るぞ」


オモイカネ「ハッハイ(じょばー)」


スサノオ「思えばあの頃は自分もやんちゃであったなあ! 行く先もわからぬまま盗んだ馬で走り出し! 夜の城を窓ガラス壊して回り! 姉者に叱られて高天ヶ原追放! 色々あった……。そんな時に見つけためんこい娘と、泣いていたアシナヅチ・テナヅチの夫婦! 聞けばヤマタオロチとかいう化け物に娘を食われて困っているというではないか! そこでこのわたしが立ち上がったわけだ……」


オモイカネ「アー、その武勇伝、長くナリマスカー? ダッタラまた次回にお願いシタイノデス。ワターシも暇ジャナインデ」


スサノオ「うむ、致し方ないな! それでは次回は『スサノオ武勇伝~VSヤマタオロチ編~』をお送りしたいと思う! ん? クエビコとニギ? 誰だその脇役は? そんなやつら知らん!」


オモイカネ「ワーワー! 皆サン、次回はチャント今回の続きからお送りシマスンデ! そんなアホ話ヤラナインデ! 見捨テナイデクダサーイ!」


スサノオ「わっはっはっは」

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