其ノ二~ウルトラリラックス~
わたしのコトだけ見ててね!
旅が始まってから、山中で過ごす二回目の夜が訪れた。
一般的に、魔物が活発化する闇の中での移動は控えるべきとされる。ゆえにクエビコは川辺での休憩を提案したのだ。
現在地は山の中腹を越した辺りであり、最難関と目していた道は幸いにも突破したので、後は一直線に下るだけ。その先にある古い知り合いの領地へと、彼は立ち寄るつもりでいた。
だが寝る前に、やっておくべき事がある。
クエビコは怯えるニギを大きな木まで追い詰め、左手で顎を固定し、右手でずいと棒状のものを突きつけた。
「逃がさねえぞおら、クチ開けやがれ」
「いやっ……あっ、む、んむうっ」
口に無理矢理突っ込んだのは、焼き魚である。
油の乗ったアユに枝を突き刺し、塩をふって焼いたもの。
クエビコが先程、杭の先に糸を巻いて虫をくくりつけた即席の竿で、大量に釣り上げてみせたのだ。
「ふぐ、けほ、いらないって言ったのに……あふいしっ」
「嫌がってても、体が欲しがってんのはわかってんだよー! 飢え死にさせるわけにはいかねえ、吐いても食わしてやらあ」
最初こそ身をよじって抗っていたニギも、豊潤な香りを嗅いで空腹感が限界に達してか、とうとう串を奪って自分から食らいつく。
「ほふっ……すご、ちゃんと味がするっ。ほいひ、ほいひい」
唇は小刻みに震えている。薄く涙の膜が張り、瞳の空色は揺れる。恥じらいを忘れて、咀嚼しながら喋るほど感動しているらしい。
「こんなの作れるなんて、クエなんとかさん、神なの?」
「今さらかっ。あーもう、いいから食え食え!」
ひと安心したクエビコが岩に腰かけ、追加の魚を焼く焚き火に枝をくべていると、ニギは彼の隣に座って二匹目に手を伸ばす。
それを骨だけにした後、彼女は次第にうつらうつらとし始める。腹がくちくなって、睡魔が甦ったのだろう。
「おうおう食ったら寝ろ寝ろ」
クエビコはニッと笑い、傍らの風呂敷から唯一の衾(※かけぶとん)を取り出し、華奢な体に被せてやる。
「ねっ、ねむくない……よ。……むー、おきれ、るぅ」
ふるふる、とワンコか何かみたいに首を振り回し、案の定抵抗するニギ。
「本能に抗う人間ほど見苦しいモノはないな、ぐはは。ならば神の切り札、子守唄攻撃をくらうがいい!」
調子づいていたクエビコは彼女を抱き寄せ、赤子をあやす際のリズミカルな振動を交えて、自慢の喉を解放した。
眠れおたまじゃくし
カエルの卵はつながっている
つながった揺りかごの中で
母の愛と粘膜に包まれながら
おーネンゴロリーオコロリYO
眠れおたまじゃくしー
歌い終えたところでチラリと反応を窺うと、相手は寝付くどころか、全てを悟ったふうな遠い眼差しを向けている。
「あ、ごめん。えっと、逆にちょっと目覚めた、かも」
「おいどういう意味だ、失礼な事考えてるな? いい加減にし」
言葉が途絶える。ニギが突然しがみついてきたからだ。
「本当に寝たくないの。今日だけは寝かさないで、お願い」
恐怖に心臓を握られているような、真っ青な表情であった。いったい何がこの子を怯えさせるのか。クエビコは知りたくとも聞けず、口をつぐんだ。
(思えばこいつ、丸二日一緒にいても故郷の話とか全然しねえよな。帰りたいって言う割に……なぜだ? 言えないのか? 何を考えてるってんだ?)
「ねえ……つねって、ほっぺた。ずーっと、つねってて」
「え? あ……おう」
訳もわからず言う通りにした。彼はこのまま一晩中、少女の頬を握り続ける事となる。
理解しようとすればするほど人間というものがわからなくなり、クエビコは思考の沼に沈んでいくのだった。
※ ※ ※
翌日、一人と一柱はついに山を下りきり、麓へと辿り着く。
ここ一帯は、一組の夫婦神・アシナヅチとテナヅチが治める領域だ。どちら片方が主権を握るのではなく、夫婦で領土を二分するという変わった方針をとっている。山脈を利用して複数の鉱山を切り拓き、ヘビ妖怪の民・ミヅチ族に高度な製鉄技術を教えて大市場を築いた、やり手のカップルである。
山に隣接するのが、妻・テナヅチの『テナガ村』。そこから南の森林地帯を挟んで、夫・アシナヅチの『アシナガ村』が存在した。
さて現在、テナガ村の入口付近では、ミズチ族の村人が五~六人ほど固まって深刻な顔で話し合っている。揃って鋭い瞳孔と犬歯を備え、鱗の肌と長い尻尾を着物から覗かせる以外は、外見的に人間と大差ない。
集団の中心にて腕組みをして佇むのは、一目で高級とわかる紬の着物に紫の羽織を着用した、妙齢の男。白髪混じりの総髪を背に垂らし、三白眼を抜き身のごとくギラつかせる強面だった。
「久しいな、アシナヅチ!」
竹やぶの間に伸びる坂道を、小汚ない襤褸の袖を振る神が、少女の手を引いて駆け降りてきた。
彼らの姿を認めるや、男……アシナヅチはぎょっと目を見開く。
「無事だったのかクエビコ……いやそれよりも、山のお役目はどうした」
「何だ、カカシが歩いちゃおかしいか?」
へらりと自虐的に微笑むクエビコの背中から、ニギが恐る恐る顔を出す。
「……彼、クエさんの友達?」
「へっ、向こうはそう思ってるかどうか! なんせ二千年も会いに来てくれねーような薄情な野郎だぜ? 一緒に地上で国作りした仲だってのに」
憎まれ口を叩きながらも、懐かしの相手に会えた嬉しさが、クエビコの口調から滲み出るようだ。つられてか、アシナヅチも少しだけ口角を上げる。
「時々はカラスで連絡していただろう……。ともあれ、息災のようで何よりだ。そこの子は?」
「あー、さいきん成り出た新神でよ、目が離せねえガキなもんでおれが面倒見てんだ。なっ、そうだよな」
話を合わせろ、という圧力のこもった顔で迫られ、ニギは頷くしかない。
一方、突然現れて領主と親しげに話す余所者の神を、後方に控えるミヅチ達は怪訝な表情で眺めていたが、
「何をしているお前達。私の客人をいつまでも立たせておく気か」
アシナヅチが手を叩くと慌てて散り散りに引っ込んでゆく。
「いいってホントそういうの。忙しいんだろ。……アシナガ村、賊に襲われたそうじゃねえか。おまえがテナガに来てるって事は、まさかここも」
「いや……幸い無事だ。今日はその件で妻に相談に来たところでな。憂鬱な気分だったが、おぬしに会えて幾分か晴れた。もてなしをさせてくれ」
二柱が陰りを帯びた顔をしばし見合わせていると、
「あ~っ! クエちゃんじゃない! うっわ~スッゴい昔ぶり! どしたのどしたの~っ?」
目に痛い真ピンクの、なんとも派手な着物を纏う幼女が走り寄ってきた。
地上でいう七五三にでも出向くのかというあどけない風貌の上に、ところどころ跳ねの目立つ金髪パーマを左右で結った『ついんてーる』は、周囲の竹やぶや村に並ぶ木造家屋といった和風背景と並べると、激しく場違いだ。
「あれ? なあアシナヅチ。おれっておまえらの娘と会った事あるっけ?」
「ボケた事を言うな。妻とは何度も会っているではないか」
「あーはいはい、テナヅチね……って、ハアァ!?」
開いた口が塞がらぬクエビコに、幼女……テナヅチはタックルのごとく飛び付く。
「クエちゃんひっどお! 昔のオンナの事は忘れたってのね! やっぱりカラダだけがもくてきだったんだぁ! うわ~んっ!」
「地上からの信仰不足で妻も少々縮んでな」
「だからってこれはおかしい! おまえら夫婦だろ、困るだろ色々とっ!」
叫ばれたアシナヅチは、不意にニヤリとして言い放つ。
「夜の事は聞くなよ」
ニギです……。
変なところに飛ばされちゃって……混乱してます……。クエなんとかさんには怒られるし、触手には襲われるし、はやく帰りたいです……。三点リーダーの多い喋り方でうざったいので……作者からも風当たりが強くなりがちです……。どーせ、ボクなんか……。
皆さんも何だこの暗い女って思ってますよね……早ければ次の次の回くらいに色々語るので許してください。
えと……今回はボクを含めてこの世界に来た人間達の特徴を列挙します。
・様々な武器や魔法を使う。高天ヶ原にはない物質でできている。その気になれば神も殺せる。
・死んでも再び現れる。特別な条件がない限り、痛みも苦痛も感じない。
・非常に好戦的。
・強い神を優先的に狙う。
・村を襲って略奪したりする。
・変わった言葉を使う。
これじゃまるで悪者みたいだけど……そういう事をして楽しむ人もいるってだけで……ボクとボクの仲間は……素直に冒険を楽しみたかっただけなんだよ……。あと、その仲間のリーダーで、すっごく強くて可愛い子がいるんだけど、その子、ボクのただ一人のトモダチなんだ……コミュ障のボクをよくかまってくれて……怒ると怖いけど、優しくて……え? これ以上言っちゃダメ?
ご、ごめんなさい……。
じゃ、じゃあまた次回でね……またね……」




