表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマノクニ  作者: 山田遼太郎
弐ノ巻~ガハラのRUN&RUN☆~
11/54

其ノ一~すいみん不足~

ニギ は うごけなくなった!



 突然の緊縛きんばくショウであった。


「わうぅ~っ!」


 濁りきった沼のごとき緑色をしたゲル状の生物が、無数の触手でニギの体を絡め取る。


「ナニやってんだ、ばっけろい!」


 正面から迫り来る同種の怪物を、抱えた杭の横薙ぎでもって吹き飛ばしてから、クエビコは振り向いて叫ぶ。


 下山は、途中までつつがなく進んでいるように見えた。そこはタニグク村から一番近い、大陸北部に寝そべる『ウンシュウ山脈』の一角で、テナガ山という。クエビコは実に二千年ぶりに踏み込んだが、飛び回るカラスの視覚情報を神力で盗み、安全な道を歩く事ができていた。

 ちょいと目を離した隙に迷子となったニギが、魔物ケガレの巣である沼地に入り込むまでは。


 緑と陰で視界を埋め尽くす草木の隙間から、魔物の気配がどんどん増えていくのを、クエビコは感じ取った。急いで離れなくては!

 身を翻し、襲われているニギのもとへと駆けていく。しかし、お楽しみを邪魔するなとばかりに立ち塞がった新たな二匹が、体当たりをかけてきた。

 彼はとっさに杭を横に倒して構え、衝撃を受け止める。


「どけこのぉ!」


 足止めを食らっている間にも、糸引く粘液まみれの触手が、うら若き少女のやわい肢体を這いずっていく。

 上半身では腕を封じて、襟元から内側に侵入し、決して豊かではない胸をこねくり回して弄ぶ。

 下半身では脚を伝って、スカート状の裾から潜り込み、あらぬ部分を舐め回すようにまさぐる。


「あっ、ぅん……くっ、はあぁ、んひ、やっ……」


 ニギはもはや抗えぬ虜。寄せては返す未知の感覚に震えを走らせ、頬を紅潮させてもだえ、艶めく喘ぎを吐息に混ぜた。


 さて、読者諸兄の誤解を防ぐため、語り部の『わし』から言わせていただく。

 これは決して無意味な触手プレイシーンにあらず。

 まず明確にすべきは、このゲル状生物はオスではなく、メスだという点。

 では女の子同士のイケナイくんずほぐれつなのかというと、それも違う。

 ちょうど人間大のサイズを持つこの種のメスは、半分以下のサイズしかないオスから精子を受け取った後、受精卵を体内で成熟させるが自分では産卵しない。他の生物を捕らえて植え付け、五百を越す赤子の苗床とするのだ。

 すなわち触手での蹂躙はなにもエッチな目的ではなく、人間という未知の生物の体を探り、植え付けに適した部分を確認したいだけなのである。

 果たして怪物はそこを見つけるに至った。

 受精卵を注ぎ込むためのホースたる特別な触手が、いよいよニギの大事なところに向かおうとしたその時、


「うらああああァーッ!」


 クエビコの雄叫びが、轟く。

 彼は足止めの二体を踏み台にして跳躍すると、右脇で下向きに固定した杭の先端を、落下の勢いのまま突き降ろした。

 怪物はゲルの中心に浮かぶ脳髄を的確に貫かれ、青い体液を噴き上げてどうと倒れ伏す。巨体が転がった先は、急な斜面であった。


「うあああっ」

      「きゃああっ」


 カカシと少女は悲鳴をユニゾンさせ、死骸と一緒に滑り落ちていく。

 土煙と木の葉を巻き上げ、どこまでもゴロゴロと。


 ※    ※    ※


「ばっけろい! 朝からボーッとしやがって! なんであそこで道をそれるんだ、ちゃんとついてこいと言っただろ?」


 流水のせせらぎが清々しい音色を奏でる川辺にて、クエビコはがなり立てた。目の前ではニギが正座し、暗い顔でうなだれている。


「落ちたところが運よくここだったから良いものの、崖かなんかだったらおれら死んでたぞ! いらん苦労させやがって!」


 ここならどれだけ怒鳴っても魔物を呼び寄せる心配は無いと、クエビコは学んでいた。

 自分達がけがれた存在であると理解している魔物達は、綺麗な水を怖れるという共通性質を持つため、川辺までは追ってこないのだ。


「ご、ごめんにゃさ……ふぁ、あふっ」


 ニギはもごもごと呟きかけて、突然起こったあくびに驚き、口元を隠す。


「お説教中にその失礼な態度はなんだ! だいたいおまえ強えーんだろ? なんであのとき無抵抗だったよ? でかい剣だしてズバーッはどうした?」


「ふに……出し方、わから、ない……」


 頼りなく答える顔は先程以上に惚けており、様子がおかしい。しきりに瞼を瞬かせ、細い体を揺すっている。


「ど、どした? まさかおまえ、もうタマゴ産み付けられちまってたのか? それじゃマズイ! み、見せてみろ! はやく脱げ下を!」


 最悪の事態を想定したクエビコは気が動転するあまり、ニギに詰め寄ってしゃがみこみ、袴の裾に手をかけた。唐突な神のセクハラに悲鳴が起こる。


「ひっ、違う……! ただその、ねむくて」


「眠いだと?」


「おなかも、すいた」


「当然だろ。朝メシ出しても遠慮したのはおまえだし、ゆうべずっと起きてたのもおまえだぞ」


「違うんだよ、『こっち』に居てこんな風になるの初めてだから……」


 困り顔で言われても、クエビコにはさっぱりだ。地上の者は食事も睡眠もとらないというのか? と頭を悩ませてしまう。


「こっちでものを食べるとか眠るなんて……想像できないし、怖くて無理」


「意味がわからん。それにしたって、生き死にのかかったあの場で戦わなかった事はどう説明つける。アマテラスの話だと旅人やって長いんだろ? 魔物を初めて見たわけじゃあるまい」


「そうだけど……仲間と居た時はボク、後衛ばっかで……弓とか魔法とかで支援してたから、前の方で戦った事ない」


「まほー? 地上の技術か? じゃあそれ出せばよかったろうに」


「……出せなくなってた」


 しょんぼり肩を落とすニギの姿に、クエビコはムカッ腹が立ってきた。アマテラスは下級とはいえ神の自分に、こんな奴の子守りをさせたいのかと。


「だー! 使つっかえねえ! とんだ役立たずだよおまえは!」


 吐き捨てられた瞬間、ニギは雷を浴びたみたいに硬直する。たださえ虚ろな瞳により濃い影を落とすと、膝を抱えて後ろを向き、頭を垂れてしまう。


「ど、ど~せ、ボクなんか……っ」


「おちこむなァ~ッ! あー、ぶん殴りてェーッ!」


 想像してた以上にウザさMAXの少女に、カカシの男は怒り心頭である。


「こんなお荷物と一緒に頑張れってのか神様よお~っ!?」


 自身の肩書きを忘れるほど打ちのめされた彼の嘆きが、山中に反響した。


 ※    ※    ※


 テナガ山の麓からさらに南下し、広大な森林地帯を抜けた付近に位置する平らな土地。

 そこはアシナヅチという土地神の領地であり、ミズチ族と呼ばれる蛇の妖怪が住む村がある。その入口に、ニ柱の神が立った。

 両者とも丈の長い外套に身を包み、深く被ったフードで顔を隠している。


「あーれあれ、聞いてた以上にエグい惨状になってんじゃんよ。俺らが行ったら確実に殺し合いだね。どーする『みっちゃん』」


 長身の男神が、やたら明るい声で物騒な事を言う。

 村の市場は客で溢れ、賑やかな声と活気に包まれている。どう見ても先の発言とは程遠い、平和そのものの光景。

 だがそれは、本当は異常な光景だった。なぜならそこは四日ほど前、人間の一軍による襲撃を受けていたはずなのだから。

 腰に刀らしき物を帯びた女神が、一拍置いて返す。


「『タヂ』……ことが起こってほしいような物言いは慎むで御座るよ。迂回して先を急ごう。今はミカドの命令が何より先決なり」


「了解。でもぶっちゃけ、この似顔絵って参考になると思う?」


 男が広げた巻物には、驚くほど稚拙な筆遣いで、二つの顔が描かれている。絵の下には、


『くえびこクン&にぎチャン

        よしなに頼む ばーいアマテラス』


 という文字が確認できた。

クエビコです!


ついに二章が始まったわけだが、いきなりの前途多難……。この女、天浮橋まで速達便で送りつけてえくらいだぜ。


さて、もう忘れられてるかも知れないが、おれはカカシの神であると同時に知恵の神でもあるんだ。てなわけで、今回はおれら神の事について少しだけ語ろうと思う。といっても、このお話の中だけの事だけどな。


・神様の肩書き……八百万の神様ってのは、地上の自然やら色んな物質を司っていて、その数だけいる。複数の肩書きを兼任してる奴もいるし、転属したりする奴もいるな。おれはカカシの神兼、田んぼの神兼、知恵の神。アマテラスは太陽の神兼、天空の神兼、ニートの神(仮)みたいな感じか。地上の文化の発達によって、属性が増えていってるぞ。知恵師仲間のオモイカネなんか、スーパーコンピューターの神もやってるらしいし。


・神様のランク……やっぱ八百万もいると、自然に上級下級は分かれてくるわな。都に住むようなメジャーな神は、地方のマイナーな神から『信仰エネルギー』を年貢みてーに搾り取ったりしているらしい。おれはゼッテー、アマテラスの奴に敬語なんか使わねーけど。


神力しんりき……人間や妖怪から向けられる信仰エネルギーによって、神様が使う奇跡の総称だな。この力の強さで、そいつがどれだけ偉いかがわかるわけだが、おれは民を失って今んとこゼロ。やんなるぜ。この前の『タタリ』みたいな裏技で底上げする事もできるんだが、乱用はできないな。


・神様の死……神様だって生き物だからな。人間と違うのは、死んじまったら色々悪影響が出るんだな。おれが死んだら田んぼがなくなったりすんのかね。アマテラスが死んだら太陽がなくなるのか? まあ、すぐに代わりの役割を持つ奴が『成り出る(産まれる)』んだけどな。世界ってのは帳尻合わせるようにできてるもんだ。


まあ今はこんなところか。長くてすまない。神様の苦労にちょっとでも共感してくれたなら、また本編の方で応援してほしい。じゃーまたな!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ