其ノ十~ハジマリ~
夜明け前。
星空のもと、土を掘る。
思い出深い丘に立ち、新しい縄で組み直した杭の先端を使って、いくつもの穴を作る。
あれからクエビコは時間をかけて廃墟を巡り、瓦礫を除けて焼け跡を探っては、村人達の亡骸を運び出してきた。
できれば全員弔ってやりたいが、完全に炭化してしまい、原型を留めない者はさすがに断念せざるを得ぬ。そういう場合も、とりあえず目につく体の一部だけ選んで持っていき、次々と埋めていく。こうして出来上がった無数の土まんじゅうの一つに、懐から出した陶器を傾ける。こぼれる液体は酒。
「どうだ旨いだろおやじ、二千年モノだぞ……冗談だけどな」
辛うじて無事だった倉から拝借したものだ。二年前に老衰で死んだ前・村長は秘蔵の酒を大量に抱え込んでおり、保管庫の鍵を隠したまま旅立ってしまったので、長の親友だった飲んべえのカエル親父はたいそう悔しがった。自分も死ぬ前にひと舐めくらいしたい、とぼやいてたのを思い出したのだ。
次はモミの土まんじゅうに、いつかのお返しの花冠を添えてやった。
「おまえのと比べりゃ全然へたっぴだが、勘弁してくれ。とにかく花がいっぱいありゃあ女って嬉しいもんなんだろ? いや偏見か」
今度はセンの土まんじゅうの番。かき集めてきたカラスの羽毛を、一緒に埋めてやる。
「これで来世は望み通り鳥になれるぜ。それも鳥ん中で一番偉いヤタガラスだ。ただし間違ってもカカシを苛めるようなワルにはなってくれるなよ?」
できたらまた会いに来て仲良くしてくれ。
今度はもっと面白い遊びしようぜ。その頃はおれも少しは素直になって、おまえの事、友達ってちゃんと呼べるようになっとくからさ。
そう心で語りかけた後から、虚しさと後悔が胸の奥に雪崩れ込んでくる。大切だと気づいた者達に、大切だと伝えられないままだった。
「あ、の……っ」
目元を袖でごしごし擦り、背中にかかった声に振り向く。
そこにいたニギはなぜだか、髪や衣服に木の葉をたくさんくっつけて、もじもじと肩を揺すっている。彼女は先程から何をしていたかというと、作業を続けるクエビコの後をとぼとぼとついてきたり、言いたい事があるみたいに口をもごもごさせたりするばかりだ。
一度なんか墓穴堀りを無言で手伝おうとしたので叱りつけたところ、平坦な目をうるうるさせて、体育座りで落ち込んでいた。
「どうした、なんか用か」
問いかけても答えず、そそくさとクエビコの横を通り抜け、後ろに回していた両手を前に出す。掌いっぱいに握られていたのは、真っ白な鳥の羽毛。
「林の方に、落ちてた。この子にあげようと、思って……。意味はよく、わからないけど、白いのもあった方が、いいと思って……」
「あのなあ、それじゃあこいつが迷うだろ。何に生まれ変わりゃいいのか」
クエビコはため息混じりに言うが、厳しい響きは加えなかった。
何となくわかってきたのだが……下手したらこの少女は、何でもかんでも自分が怒られていると捉えてしまう、変にビビリ症なところがあるからだ。
相手は、人間への復讐に必要な切り札である。
長い旅になるのだし、距離を置かれても面倒臭いと思っての配慮だった。
「まァいい、埋めるから寄越してくれ」
「うん……っ!」
お供えものが認められて嬉しいのか、乏しい表情の中にもどこかキラキラした生気のオーラを纏いつつ、ニギは手を差し出す。羽根を受け渡す際、彼女はクエビコの手をじっと見つめて、しばらく動かなかった。つぎはぎの布で構成されたカカシの肌が珍しいのか、怖いのか、心理がよくわからない。
「何だよジロジロ見て。地上にだってカカシは居るだろ? それがちっとばかり人間に近い顔で、動いて喋るだけだ。そう思って慣れてくれ」
下界の住人相手に、けっこう無茶な理論をぶつけたものである。
「ったく、あのバケモンみてーな戦いをしてた奴とはとても思えんな」
「だから……それは覚えてないって、言った……っ!」
「あの血も涙もねえ連中とも全然雰囲気が違いやがる。まるで兎かリスだ」
「お、同じじゃ、ない……っ! 村の妖怪には、ボクは手出ししてない……っ! カエル苦手、だし」
「そうか……。ところで、今時の地上の女は男みてーに喋るのが流行りと聞いた。そりゃ本当か?」
「ボクのこれは、もとから、クセで……って、え?」
間をもたせる意味で他愛もない言葉をかけながら、クエビコは墓に追加の土をかけ終わり、ふと自分の腕に視線を落とす。
禍ツ神のアザのうち、顔のものは消えたが、前腕には名残のように黒い模様が浮かんでいる。最高神の助言通り、十字架に触れた途端にタタリ後遺症の進行は嘘みたいに止まり、苦しみは和らいだ。やっとカカシの任がとけたのに今後もこいつから離れられないとは、自業自得とは言えど気が滅入る。
「あァしんどい。今日はホントに、なんて日だ」
彼はうざったそうに、汗の絡む長い前髪をかきあげ、下を向きっぱなしだった首を反らす。
熱中し過ぎて時間を忘れていたが、満天に散りばめられていた星々の輝きはとっくに薄れ、空は白み始めている。
「友達、だったの?」
先程よりもうつむきがちになって、不意に尋ねるニギ。
「さっき埋めてた、いっぱいの、妖怪」
「そんなもんさ。本人達には言えずじまいだったけどな。なぜいま聞く?」
「あの……『初めて』会った時、怒ってたから。すごく怖かったから」
クエビコにとってあれは初対面ではないが、例の鬼神めいた大暴れの記憶は、彼女の頭から綺麗に抜け落ちているらしい。
「ああ、えっと、怖かったか。そりゃ悪い事をした。誤解してたとはいえ、一度本気で殺そうと思っちまったからなあ」
無論、疑念はまだある。この相手だって本質はあの賊と同じ人間だ。そう思いつつも安心させるため一応謝ったつもりが、
「こ、ころ殺っ……!?」
露骨に怯えて飛び退かれてしまい、焦る。
「すまん! だが大丈夫だ今は。殺そうなんて思わんどころか、約束する。おれはおまえを何としてでも守る」
これは本心だ。
知らず知らず表情が引き締まり、少女の肩を両手で掴んで前を向かせ、揺れ惑う空色の瞳を正面から見つめて叫んでいた。
「で、天浮橋まで無事に送り届ける! おれにとっては民の弔い合戦で、賊どもへの報復だ。死んでもやり遂げてやるっ!」
「まも、る? ボクを……まもって、くれる?」
すると何やら、ニギの様子がおかしくなる。
全体的には考えの読めぬ無表情のまま、頬をほの赤く染めて夢見心地のごとく、目元だけをとろんと蕩けさせたのだ。
「手伝って、くれる? ボクが帰るの……」
「ああ帰すさ、絶対に帰れるとも! 神様の約束だぜ、信じる者は救ってやるっ!」
「あ、あり……がとっ、クエなんとかさん」
(あれ、なんだこれ? なんか間違ったのかおれ?)
騙したわけでもないのに微妙に心が痛み、愛の告白でもあるまいに異様な気恥ずかしさを感じて、つられて赤くなってしまうクエビコである。
※ ※ ※
少女と男神は夜明けと共に、廃墟を後にした。
前者は特に何も持たず。
後者は僅かに焼け残った村の食料を革袋につめ、背負う十字架にぶら下げて。
両者の関係性はさながら、ベニヤ板の張りぼてで表面だけ立派に取り繕った、吹けば飛びそうな楼閣である。
片や、憎き敵を討ち滅ぼすため。
片や、もといた世界に帰るため。
互いに自分の想いしかなく、目の前の希望しか見ておらぬ。絆とは程遠い薄っぺらな繋がりだ。少なくとも、現時点では。
これが、神世を行く旅の始まりだった。
さよなら! オモイカネちゃん(笑)
オモイカネ「ハ? い、意味がワカラナイ( ´Д`)
ヤット旅が始マッタノニこのコーナー終ワリナノ?
エ? 後ハ他のキャラが解説を引き継ぐッテ?
ロクニ説明シナイ役立タズちゃんはリストラ?
……ワカリマシタヨ、ケッ(やさぐれ)
ジャア最後の仕事ト言ウ事で、一章までの、わかりづらい日本神話の用語解説のせときマスよ。
・天浮橋……日本神話では、高天ヶ原と地上の間にかかっていたという橋。
作中では、高天ヶ原と地上を亜空間で繋げる扉のような遺跡のようなもの。「橋」とあるが、「中に入る」とか「システム」などの表現があるため、本当に橋なのかどうかも現時点では不明。とにかく、この橋の封印が何らかの理由で解かれてしまったために、人間達は侵攻してきた。
・三種神器……日本神話では、あまのむらくものつるぎ、やたのかがみ、やさかにのまがたま、以上三つからなる秘宝のこと。アマテラスの手によって、その孫のニニギノミコトに託されたという。
作中ではミクサ・ウエポンと称される。普段はニギの体内にオーラとなって眠っているが、何らかの条件によって発動する。今のところ、兵器としての用途しか確認されていない。これを持つ事がニニギノミコトの生まれ変わりである証。
・天孫降臨……日本神話では、天の神の孫=天孫であるニニギノミコトが、三種神器を携えて天浮橋を降り、地上に降臨した出来事をこう呼ぶ。
作中では、ニギが三種神器を持った状態でこれの再現を行う事で、天浮橋のシステムを修復し、地上への扉を閉ざす事ができるとされる。ニギが帰る手段もこれしかないという。
……以上デシタ。後ハ後任の方々に任セマス。
コレカラモ続く、クエビコ様とニギ様の旅にご期待クダサイ。
フンダ、このコーナーに出レナクテモ本編で出レバイイノデース。私、メゲナイゾ! 諦メンナヨ絶対目標達成デキル!
トイウワケデ、マタネー!」




