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アマノクニ  作者: 山田遼太郎
壱ノ巻~神は此処にいまし~
1/54

其ノ一~カカシ~

《ご注意》

本作は、日本神話を歪めております。

ご了承ください。

作者には、神道に対する悪意や攻撃の意図は一切ございません。



 人は言う。

 神は天にいまし、と。


 神が存在るとか存在ないとか誰かが最初に言い出すよりもウンと昔から、の地……高天ヶ原(タカマガハラ)はあった。

 ぬしら人間の星である地球の全周をぐるりと囲む、緑豊かな大地がそれじゃ。

 もちろん山や海なんかも広がっておるぞ。しかも、温暖化や大気汚染も関係ないからまるで楽園じゃ。

 まァもっとも、別次元に位置する世界だからして、普通の人間の目に映ったり手に触れたりする事はない。宇宙に出るロケットとかは必然的にここを通過するわけじゃが、飛行士の中に並外れた霊感を持つ者がおれば、もしかすると何かしら感じ取れるやもしれぬ。

 神様だから空に住む、とは想像力乏しい人類らしき考え方じゃが、このばあい見事に的中だの。事実は小説より奇なり、いやこの場合、安直なりと言うべきか?


 さて、前置きはこれくらいにするとしよう。

 これは、神と人との物語。

 お子さんにはとても語って聞かせられない、歪められた昔話。

 あるいは新たな世界が創られるまでの、他愛ないおとぎ話じゃよ。


 ※   ※   ※


 突き抜けんばかりの青空の下に敷かれる、一面の田畑。

 その一角にて、若い男がはりつけになっていた。

 散切ざんぎり頭に、着物は襤褸ぼろ。みすぼらしい格好だが目鼻立ちはハッキリしており、そこそこの『いけめん』と呼べなくもない。

 見ると、彼の頭や肩、地面に対して平行に伸びた腕などには、カラスが群がっている。

 三本の足が特徴の、ヤタガラスという種類だ。

 そいつら専用の『止まり木』みたいになった男は、身体じゅう突っつかれても悲鳴一つあげず、覇気のない表情で遠い地平を眺めるばかり。

 そして時々、深いため息の後に呟く。


「かったりぃなあ、まぢ」


 男は何も、拷問とか受けてる訳じゃない。

 十字に組まれた丸太に縄でくくりつけられ、ただそこにいてカラスをおびき寄せるのが、彼の毎日の仕事なのだ。

 無数のくちばしでついばまれても血は噴かない。

 皮膚はつぎはぎの布切れ。破れた部分から覗くのは筋肉ではなく、わら


 そう、要するに彼はカカシである。

 ただし地上世界で見るそれとは格が違う。カカシの神様なのである。

 正直しょぼいとか思った人がいれば挙手したまえ。

 彼はこれでも尊い存在だ。神々が日本を形作った時代、かけがえない自然の恵みを象徴したほどの。


 だから間違っても、ダサいとかボロいとかモテなさそうとか言うべきではないぞ。

 祟られるかもしれんしな! 絶対じゃからな!


「全部テメーで言ってんだろがクソジジイ。もぐぞ」


 怒られて、睨まれた!? 第四の壁をかくも容易く突破して語り部にツッコミいれてくれるとは、やはり侮れぬ。


「クエビコの兄貴!」


 おっと、カカシに近づいて、話しかける者がいた。

 地上でいうところの『丸めがね』をかけた小さな女の子で、着ているものはこれも地上の、『ぽりえすてる』とかいう物質でできた雨ガッパに近い。一見ヒトにも見えようが、こいつはヒキガエルの化身……すなわち妖怪だった。その証拠に、フードの下から覗く額には、特徴的な角状の突起が二本、ちょこんと生えている。


「なんだよカエルか。生憎だが今は友達と遊んでて、手が放せない状況だ」


「それはカラスの事でやんすか。どう見ても苛められてるようにしか」


「おれが友達と言ったら友達だ、この世で一番のな」


 交遊関係に乏しい孤独な神の、涙ぐましい虚勢だった。


「それよか兄貴、面白い噂きいたでやんす! みやこの方で、オオヒルメのミカドが緊急幕僚会議ですって!」


 カエルと呼ばれた幼女は大きな瞳を輝かせ、胸を張る。

 だが、クエビコと呼ばれたカカシは、さもつまらなさげに吐き捨てた。


「あーそれ知ってる」


「ええ~!」


「情弱め、なめんな神を。おれのが耳がはやいんだ」


 落胆する相手を見下ろし、鼻で笑う。この場を動けない彼は、高天ヶ原全土を渡るヤタガラスの心を読む事で、様々な情報を仕入れるのだ。


「じゃあ、これは? 正体不明の賊がそこらの村を荒らし回ってるってのは」


「知ってる。補足すると、最後に襲われたのはアシナヅチの領地だろ」


「くー、また負けた!」


 これは暇潰しの遊びみたいなものだ。互いにニュースを持ち寄って、どれか一つでも『知らない』と言わせた方の勝ち。

 クエビコは、知恵師の神も兼ねている。カエルはまたの名をタニグクといい、どこでもピョンピョン跳ねて各地の出来事を見て回れるが、空飛ぶものと比べれば情報収集力に歴然の差がある。卑怯なカカシは鳥の手柄を己が実力と誇ってはばからず、いつもカエルを負かしては楽しんでいた。


「諦めやがれ。おれとおまえじゃ鳥と虫ぐらい違う」


「あっしだって跳べるでやんす。お天道様に届くほど! 万里の果ての津々浦々(つつうらうら)も空から見渡しゃ一目いちもく瞭然!」


「ほー、そいつぁスゲェ。そのうち背中に羽根でも生えてくるんじゃねぇか?」


「縁起でもない事を!」


 むくれる幼女に、カカシは怪訝な顔をして、「なぜ」と一言。


「知らないすか。だってそれ地上の言い回しで、死ぬって意味すよ?」


「い、いや……余裕で知ってる」


 滝のごとき汗を背中にかいているのは、クエビコ自身と語り部にしか知り得ぬ事。


「あっしが死んだら兄貴も悲しいでやんしょ。なんたってカラスに続く第二の友達なんでやんすから」


「自惚れんな、友達なわけあるか」


「じゃあ……それ以上のカンケイ?」


 幼女は不意に『しな』を作り、上目遣いで首を傾げる。妙に熱のこもった視線を当てられ、血も通ってないはずのカカシ男は真っ赤になった。


「ばっけろい! てか、さっきからなんだその変な口調。ちゃんと女言葉を使え。日本語の乱れだ嘆かわしい」


「うっわジジくさ。今どき女子はこーゆー男めいた喋り方するのが流行りなんす。きょうび、神世かみよだって地上の文化体系を見習う時代に来てるんすからね、常識でやんすよ。兄貴は最近の人間知らないでやんすか?」


「地上にゃヤタガラスいねえし……あーいやいや知ってる知ってる! おまえを試しただけだ。くそ、妖怪の分際で神を言い負かそうとするたぁ罰当た」


 クエビコが言いかけた直後の事だ、異変が起きたのは。


 彼らの前方十五メートルばかり離れた位置にある、田畑の上の虚空にて、爆発が発生した。

 突風が実りかけの稲穂を吹き飛ばし、膨大な炎の熱量が泥の地面を抉る。

 閃光が周囲の全てを乳白色に溶かしたと思ったが、それも一瞬。反射的に閉じていた瞼を、カカシとカエルは同時に開く。

 色彩感覚を取り戻した視界に映るのは、田畑に刻まれた破壊の爪痕と、クレーターの中央部にいつの間にか倒れていた、巫女装束姿の少女。


「兄貴ぃ、なんすかアレ。あり得なくないっすか?」


「知るか……あ、いや、嘘だ嘘。知らないわけがない」


「あ、否定の連続。日本語の乱れでやんす」


「っせぇよ、ばっけろい」


 すっかり怯えて腰にすがりつくカエルを振りほどこうとしつつ、クエビコは自らの体も震えている事を隠そうと、必死になっていた。


 ※    ※    ※


 ここは高天ヶ原……またの名を、『あまの国』。

 口およそ八百万やおよろず

 国産みと国作りを果たし、人間に治世を預けた神々が、揃って隠居する世界だ。

 彼らに残された仕事は、悠久の時の中、下界の行く末をただ見守る事……の、はずじゃった。

 そこに人間が足を踏み入れる時代が来ようとは、さすがの神にも思いもよらぬ事だったとさ。

今回登場したのは、


クエビコ


タニグク


そして……


ニギ


でした。

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